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プロローグ

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「ふむ……情けない食事だのう」

 ……それが初めて聞いた、彼女の…いや、駅長の声だった。


 そう。ここを離れられるのだったら、僕はどんなところでもよかったんだ。
 
 学校での毎日も退屈に感じてたし、友達もほとんどいなかったし、誰かを好きになったことだってなかったし。
 背が低いせいで同級生にいじめられたことも結構あった。振り返ってみて、プラスかマイナスかで答えろと言われたら、どちらかと言えばマイナスと答えるだろう。

 周りのみんなと同じく大学進学という選択肢だってあるでしょ? と言われても、あいにく、その時の僕にはそんな余裕すらなかった。
 唯一の肉親であるおばあちゃんを親戚の元へと預けるのに何度も頭を下げる毎日で、気が付いたら僕の周りにはもう何も残されてはいなかったし。
 だから、僕はここを離れたかった。きちんとお金も稼ぎたかったし。

「いいの進学じゃなくて? あなたくらいの学力ならそこそこの大学も狙えるよ? それに奨学金制度だって活用すれば……」
 積まれた資料の脇から、担任の水谷先生が心配そうな顔で聞いてきた。
 僕の家庭事情を知っている数少ない理解者だ。だからこそ何度もこうやって進路を聞いてくれる。
「ええ、親戚の人にも介護のお金を払わなきゃいけないし、それに両親がいたときもかなり迷惑かけちゃったんで」
 家庭の問題が絡むとどうしようもならないわね、って先生は軽いため息を一つ。そして慣れた手つきで隣においてあったパソコンをカタカタと。
「この一週間、あたしもいろいろと探してはいるんだけどね……正直それほど多くはないのが事実。ましてやここから離れた会社となるとね」
 いい先生に恵まれたと僕は今でも思っている。ブラックな会社でなく、そしてガテン系のような体力勝負の会社でもなく、あくまで平均体力、そしてメンタル持ちの僕にマッチしそうな会社をあれこれ探してくれているんだから。
 ほどなくして先生は「おっ」と目を輝かせ、そのままカチカチマウスを手早く操作した。何か見つかったんだろうか。
「鉄道会社がヒット! うん、なんかいい感じじゃない正月?」
 正月というのは僕の名前だ。本名は志乃田正月。お正月の方じゃなく、まさつき、って読む。
 こんなおめでたい名前のせいか、みんなが思う通り僕のニックネームは「ショーガツ」だった。まあひどいキラキラネームにされるのは避けられた。良くもなく、悪くもなくって感じかな。


 で、鉄道会社っていったい……どんな仕事なんだろ、電車走らせたりとかかな。
「駅の中での仕事よ。改札とかカウンターに入って接客するみたい。それと掃除やら準備やらってとこね。勤務形態はかなり特殊だけど、そのぶんお給料も割とよさげ」

 ディスプレイに映し出された募集要項を僕も見てみた。
 なるほど……早番と遅番の二つの勤務形態に分かれていて、それの様々なサイクルで仕事が決められてるみたい。
ちょっと面白そうだ、月曜から金曜まで、九時五時スタイルの会社勤めとは全然違うし。
 それに寮もある。僕にはうってつけかもしれない。

 すぐに僕は先生にお願いした。ここにお願いします。って。

 そう、思えば、これが全ての始まりだった。




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