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第一章 失くした記憶と巡り会う運命

15. 最終段階

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 壁の時計を見ると、9時を回ってた。修行に夢中になるあまり、時間が経つのを忘れてしまっていたみたいだ。
 
「ごめんね、アルシュ。夕食にしようか」
「うん!ぼく用意するね」
「僕たちに気兼ねせず、アルシュだけでも先に食べてくれてよかったのに……」
「んー……でも、みんなで食べた方がおいしいから!」
「気を使わせてしまってすまない、アルシュ」
「ぜんぜん!とっても大事な修行だもの」
 クロは躊躇しながらも口を開いた。
「……実は、食事の準備に役立ちそうな魔法を覚えたのだが……試してみてもいいだろうか?」
 
 
「ウォーム!」
 クロの掲げた魔法の杖の先に、温かな光が点された。その光は熱を持っているようだ。
「わあ!あったか~い」
「温度を上げる。調整が難しいので、念のため少し下がっていてくれ」
 クロの魔法により、冷めきっていた食事に熱が加えられた。温められたシチューや燻製肉かkら、ほかほかと湯気が立っている。
 
「魔法ってこんなふうにも使えるんだな」
「すごいよ!クロ!」
「それほどでも。二人に喜んでもらえてよかった」
 クロが覚えたのは、食事を温める魔法だった。ここは異世界だ。不便なのは仕方ないと諦めていたが、魔法を使えればなかなかに便利な生活ができるのかも……
 
 食事中にクロから聞いた話によると、治癒魔法習得に必要な修行の行程は、まだ二つ残っている。手早く食事を終え、修業を再開することになった。
 
「次の修業を始めよう」
「お願いします!」
「杖に魔力を送り込めるようになったきみが次に習得すべきことは、杖に込めた魔力を用いて、精霊の力を杖に集める技術だ。ここまでの学びの中で、魔力は意志の力で操れることは理解しているな。このように——」
 
 クロが杖を掲げると杖の先に微かな光が点った。集中して気配を探ると、杖に精霊の力が集められているのがわかる。
「実際にやってみるといい」
「うん!」
 
 精霊の力よ、この杖の先に集まれ——そう念じた。
 
 すると——……目には見えない精霊の力が、杖の先に集まってきた。
 
「……できた?」
 クロの驚いた顔を見て、これは普通のことではないとわかった。
「これほどすぐにできるとは……ミツキは特別に精霊との親和性が高いのか?」
「ミツキ、すごーい!ラビュステルだから?それとも才能?」
「才能って……?」
 魔法の存在しない世界で生まれ育ったのに……不思議だなあ……
 
「さて、残る修行は最終段階を残すのみだ」
「ミツキ、がんばって!」
「うしっ!やるぞ!」
 最後の修行は、杖に集めた精霊の力を、治癒魔法へと変換する技術の習得だ。
 
「まずはよく見ていてくれ。アルシュ、さっきと同じように頼む」
「ぼくに任せて!」
 クロは左腕の袖を捲り上げた。肌はまったく日に焼けておらず、真っ白だ。軽く拳を握った腕を、アルシュへ向けて差し出した。
「行くよ?」
「ああ」
 
 アルシュはピンと立てた人差し指と中指に、息を吹きかけてから、腕を振り上げた。
  
「えいっ!」
 掛け声と共に、アルシュは腕を振り下ろした。
「っ……」
 
 アルシュは、クロにしっぺをした。クロの腕には、指の形がくっきりと赤く残っている。
「ごめんね!クロ‼︎痛かったよね?」
「大丈夫だ。これくらいでなければ魔法の効果がわかりにくい。きみが謝る必要はない、アルシュ」

 クロは魔法の杖を取り出した。腕の赤くなった部分に杖の先を向け、
「ヒール!」と、呪文を唱える。
 かすかな光が生じた。光の当たった腕からは、アルシュのしっぺでできた赤みが消えている。
「痛みもなくなった。成功だ。いまのように、魔法が発動するとかすかに温かな光が生じる。それができるようになれば、確認のために先程見せた方法なりで、実際に傷を癒してみるといい」
「なるほど……うん!やってみるよ」

 僕はさっそく、最終段階の修行を始めることにした。習得できれば、明日の任務できっと役に立てる。一方、クロはすでに十種類以上の魔法を習得していた。アルシュは弓が使える。
 それに比べて、僕は……。いや、諦めちゃダメだ……どうにかして、今晩中に治癒魔法を使えるようになりたい!

 
 もうじき日付が変わろうかという時刻になると、アルシュが目をこすり眠そうにし始めた。
「アルシュ、もう寝なきゃ」
「ううん……まだ大丈夫」
 
 窓辺に置かれた椅子で魔術書を読んでいたクロは立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。
「子どもは寝る時間だ」
「むうぅ……子ども扱いしないでよぅ」
「明日、失敗することは許されない。万全を期さなければ。私たちもそろそろ休むべきだろう」
「えっ……!ああ……そうだね」
 思わず反対の声を上げてしまいそうになったけれど、クロの言うことはもっともだ。
 
「えー……ミツキはもっと練習したいよね?」
「うーん……でも、けっこう疲れてるのも確かだし……」
「疲労を感じるのは当然だ。魔力を扱うのには多大な集中力を要する。どれほど才能に恵まれていようと例外はない。それに本来、魔法の習得は一朝一夕で出来るものではない。焦る必要はないぞ、ミツキ」
「そっか……クロがそう言うなら……」

 ——あ!アルシュは声を上げた。何か閃いたらしい。
「クロってもしかして……」
「なんだ?」
「記憶がなくなる前は、先生だったんじゃない?いまの、ぼくの村の先生みたいだったよ」
「教職か……あまりピンとこないな」
 
「すごくいい先生だったと思うなあ」
「僕もそう思う。クロのおかげで、あと少しで魔法が使えるところまで、たったの半日で辿り着いたんだから」
「それは……私の教え方というより、ミツキの素質だろう」
「そんなことないよ。僕なんか、こっちの文字もろくに読めなくて……アルシュに助けてもらいながら、やっと……」
 
 ——あれ……?
 
 アルシュにお礼を言おうとと振り返るも、アルシュの姿が見当たらなかった。 
 部屋を見回すと、アルシュは寝台に横たわっていた。すうすう——と、健やかな寝息を立てている。長いまつ毛が頬に影を落とし、いつまでも見ていられるような、天使のような寝顔を惜しげもなくさらしている。
 
「寝てる……アルシュ、やっぱり疲れてたんだなあ」
 昼間は温かいが、夜はまだ冷える。アルシュが風邪を引かないよう、シーツとブランケットを肩までしっかりとかけておいた。
「私たちも寝るとするか」
「そうだね…ふわあ……」
 気が抜けると、急激に眠気が襲ってきた。睡魔と戦いながら手早く寝る支度を整え、寝台に横になると、すぐに寝入ってしまった。


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