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第一章 失くした記憶と巡り会う運命

14. 魔術の修行

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「ただいまー」
「おかえり、二人とも」
 クロとアルシュが宿屋の部屋に帰ってきた。腕には紙袋に入った荷物を抱えている。
「どうだ?進んでいるか?」
「うーん……ぼちぼちってとこかな」
 
 アルシュは紙袋を食卓の上に置き、中身を取り出した。
「大丈夫!ご飯買ってきたから、たくさん時間使えるよ」
「ありがとう!」
「お湯屋さんに行くのも、依頼が完了するまでお預けだね」
 この宿屋には客室ごとの浴室や共同の浴場はない。富裕層向けの高級宿屋ならあるらしいが、この世界の庶民や旅人が宿泊する宿には、ほぼ備わってはいないようだ。
 
「なんかごめん……クロとアルシュの二人で行ってきてもいいんだよ」
「えー……三人で行きたいよう。ね?クロ」
「ああ。それに私も明日までに、一つでも多くの魔法を習得したいからな。ミツキが謝ることは何もない」
「そっか……あのさ、帰ってきて早速で悪いんだけど、ここ、教えてもらってもいい?」
「どれどれ……」

 二人のおかげで、一人のときよりも断然早く魔術書を読み進められるようになった。窓の外がすっかり暗くなった頃、僕たちは夕食のため一時休憩をとることにした。
「治癒魔法を使うには、精霊の力を扱えないとってことなんだよね。うーん……今いちピンと来ないっていうか……」
「ぼくもわかんない。精霊の力ってなんだろ?」
 僕とアルシュは同時にクロの方へ振り向いた。彼は食事の前に治癒魔法の魔術書を読み、一時間もしない内に傷を治癒する魔法『ヒール』を習得していた。
「要するにだな……」

 クロの説明によると、精霊とは世界のあらゆるものに宿る、目には見えない物質らしい。四大元素魔法も治癒魔法と原理はほぼ同じだ。精霊の力を術者が操り、魔法として発動させる。
 四大元素魔法とは火の精霊、水の精霊、風の精霊、土のの精霊の力を借りて自然現象を引き起こす魔法であり、治癒魔法は精霊の力を対象者の生命力に変換する魔法……とのことだ。
 
「まずは、深く集中する。それから、精霊の力を感じ取るんだ。それができるようになる事が、まず第一段階だ」
「どうしたら精霊の力を感じ取れるの?」
「そうだな……目を閉じて息を吐き、肩の力を抜く。雑念はない方がいい。心を落ち着かせ、精神を研ぎ澄ます……」
「おお……」
「とりあえず、僕たちもやってみようか」
「うん!」

 クロが教えてくれた通りに……肩の力を抜き、集中する。

 なんだろう、これは……
 あたたかな空気……なんだかとても安心する——ん?……包まれている?
「……これが、精霊の力?」
「ミツキ⁉︎もうわかるようになったの?」
 ゆっくりと目を開けた。今までと同じ景色だったが、何かが違うように感じた。
 
「うん……なんとなくだけどね。なんでだろう……今まで気づいていなかったのが、不思議に思えるよ」
「精霊の力は動物や植物、あらゆるものに宿っているが、ミツキは力の量が通常よりも多いようだな。これほど早く感じ取る事ができるようになったのも、そのおかげだろう」
「すごいなあ……ぼくは全然だよう」
 
 がっくりと項垂れるアルシュ。
「アルシュも修行を積めば感じ取れるようになるはずだ」
「ほんと?ぼく、がんばる!」
「ミツキは次の段階へ進もう」


 治癒魔法を使う術者は、精霊の力を対象者の生命力へと変換させる。その術を魔法と呼ぶ。魔法を使うには魔力が必要だ。その補助を行うのが、触媒である魔法の杖だ。また、魔法の杖には術者の魔力を増幅させる効果もある。

「呪文はあまり重要ではない。術者がその魔法を使うという意思を強固にするため、唱えているだけにすぎない。熟達した魔法使いは無言で魔法を操ることも可能だ」
「そうなんだ……」
 そこまで魔法を極める日が、いつかはやってくるのだろうか……
「魔法を使う時に重要なのは魔力と意思の力だ。まずは手のひらに魔力を集める事から始めよう。これを……」
 
 そう言って、クロは布に包まれた手のひらに収まるほどの大きさの何かを手渡してくれた。布を開くと、小さな水晶が姿を現した。
「これは?」
「この水晶には、魔力を吸い取る作用がある。魔法の習得の助けになるずだ。使い方は簡単。ただこうして、軽く握り込むだけだ」
 
 クロに言われたとおりに水晶を握り込むと、手のひらから、何かが抜けていくような感覚があった。それから、水晶が微かな光を放ち始めた。
「これが……魔力?」
「そうだ。この水晶は微弱だが魔力を吸いとる。魔法習得のための補助具のようなものだ。魔法を使うには自らの意志で魔力を操り、杖に魔力を送り込まなければならないからな」
「ふーん……難しい?」
「慣れるまでしばらくかかる者もいる。だが、心配ない。水晶ほどの強い効果ないが、初級者用の杖の中でも、特に魔力を引き出しやすく作られたものを購入しておいた」
「そんな違いがあったんだ……」
「この杖は魔力が送られると仄かに光を放つようにもなっている。実際にやってみるといい」
「わかった。いろいろありがとう、クロ!」
 
 精霊の力を感じ取ることはすぐにできるようになったので、こっちもできてしまうのでは?と、淡い期待を持ったが、そこまで甘くはなかった。
 水晶に魔力を吸い取らせ、その感覚が残っている内に水晶を杖に持ち替えて、魔力を杖に送り込もうとするが、なかなかうまくいかない。水晶に触れ続けていると、魔力が吸い取られ、消耗するような感覚があるため、休憩を挟みながら訓練を続ける。魔力の回復を待つ間は、魔術書を読むことに専念した。
 
「ミツキはまだこっちの文字に慣れてないでしょ?ぼくが代わりに読んであげる。ちゃんと聞いててね?」
「いいの?アルシュだって……」
「ぼくはじっくり修行することにしたんだ。だから、今日はミツキとクロのお手伝い!」
「正直すごく助かるよ。ありがとう」
 
 アルシュのおかげで異世界の文字と格闘する手間が省かれ、魔術書の理解に集中できるようになった。魔術書に杖に魔力を流し込むコツが何か書かれていないかと、パラパラと頁を捲ってみる。
 
 魔力は流れる水のようなものである。これらは私たちの体を絶えず巡っている。魔術を扱うためには、この流れを意志の力で制御し、自在に操らねばならない。
 
「だってさー……それが難しいんだよねえ……」
「ヒントがほしい。うーん……こっちの文章は?」
 
 魔力は水、あなたは水差し。そして、掌を注ぎ口と想像しなさい……
 
「なるほど……」
「これならできそう?」
「やってみる」
「がんばって!」
 
 魔術書のアドバイスやクロにもらった水晶を駆使し、アルシュの声援に励まされながら、何十回もの失敗にはめげず、何度も何度も挑戦した。

 そしてついに……

「光った……っ!」
 杖の先に、淡い橙色の光が灯っていた。
「やったね!ミツキ!」
「やった!アルシュの応援のおかげ!」

 パチパチパチ……——
 振り返ると、微笑を浮かべて拍手をしているクロがいた。
「クロ!出来たよ」
「さすがだな、ミツキ」

 ぐぅ~……
 
 室内に響いた大きめのお腹の音の主は、アルシュだ。
 
「ううぅ……お腹空いたよぉ」
 
 
 
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