魔術師は初恋を騎士に捧ぐ

くー

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26話

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 停戦後、カナフは治癒魔術の詳細をまとめ、魔術研究学部の学部長である学院長へと提出した。だが、他の魔術師はカナフの考案した治癒魔術を使うことができなかった。
 そうだ、確かあの時、バルテルが——。
「カナフ、この魔術の詠唱なのだが」
 常にはない殊勝な態度で声をかけてきた同僚に、自分はなんと言葉を返しただろうか、と記憶を辿るが、思い出せはしなかった。
 明白なのは、カナフは人に教えるのが苦手なことである。バルテルの求める答えを返せなかったに違いない。それどころか、面倒だとか、君には無理だとか——思ったまま口に出してしまったことは、大いにあり得る……。
「……僕が悪かった。ここから出してくれたら、すぐに教えるから——」
「何を今さら……もう遅い。私には貴様が邪魔だ。消えてもらう」
 取り付く島もない様子のバルテルに、カナフの頭に疑問が浮かぶ。
「……どうしてなんだ? 僕に罪を着せる為に関係ない人まで殺したんだろう? 何も、そこまでせずとも……」
「フン……貴様が学院を去る様仕向けた方が容易だとでも? どうだかな……。貴様は勘違いをしているようだが、私はただ、あの女を殺したかった人間の背中を押してやっただけだ。貴様に罪を着せるのに、大した手間はかかっていない」
 カナフは目を眇め、バルテルを睨み返す。
「……こんなこと、学院長が見過ごすはずない」
「だが、貴様はもう二度と彼に会うことはないだろう。証人も牢番も弁護人も買収済みだ。彼らは大金を手に入れる為ならば、貴様の首に喜んで縄をかけるような人間達だ」
 バルテルは勝ち誇った笑みを浮かべていた。カナフは眉根を寄せて、言葉を発する。
「卑怯者……っ」
「何とでも。では、私はお暇させていただく。残された僅かな時間を有効に使い給えよ」
 最も、牢の中でできること等たかがしれているが、と嘲るバルテルに、カナフは思わず鉄格子を素手で殴り付けた。
「お大事に」
 黒髪の魔術師の嘲笑と靴音が、闇の奥へと消えていく。
 バルテルの姿が見えなくなってから、カナフは薄汚れた寝台に腰を下ろし、肩を落として頭を抱えた。
「死にたくない……」
 バルテルの口にした、首に縄をかける、という言葉が頭から消えない。
 ハル——死んでしまったら、二度と君に会えなくなってしまう。
 淹れてくれたお茶を飲むことも、遠くから眺めることも、同じ空の下で今、君は何をしているのだろうか、と思い巡らすことすらも。
「誰か、助けて——」
 カナフは己の無力を噛みしめ、差し迫った死への恐怖に怯える。
 寒々とした牢の中でなすすべなく、身を震わせるのだった。
 
 *

 その日、王都には朝から霧雨が降り続いていた。雨の日は客足が遠のく。カフェ・ベルデも例外ではなく、店内は空席が目立っていた。
「ホォッホォッホォッ……美味い茶じゃのう、アロンや」
「そうですねぇ」
 ゆったりとした店内で出されたお茶を上機嫌で、楽しんでいるのは魔術学院の長である学院長であった。向かいの席で相槌を打っているのは、同学院の下級魔術師、アロンである。
「カナフが通い詰めるだけのことはあるわい」
「学院長、ゆっくりお茶を飲んでる場合では……」
 苛立たしげなアロンを気にかけず、学院長はいつもと変わらずおっとりと振る舞っていた。
「どれ、おかわりを貰おうかの。おーい。そこの店員さんや」
「はい」
 女性給仕の返答を受けたが、学院長は首を横に振った。
「すまんのう。あちらの背の高い、眉目秀麗な店員さんを呼んでもらいたいんじゃが」
 女性は苦笑を浮かべた後、ハルに声をかけに行く。
「大変お待たせいたしました」
「おお。お前さんがハル君か。噂に違わず男前じゃのう」
「恐れ入ります。私に何か御用でしょうか?」
「悪いんじゃが、お前さんに個人的な頼み事をしたくてのう」
「頼み事? あ、貴方はもしや……」
 そこでハルは、小柄な老魔術師が誰なのか、ということに気付き、背筋を伸ばした。
「失礼致しました!」
「ホォッホォッホォッ……そうかしこまらんでも。今日はお忍びなんじゃ」
「とんでもないです! 学院長様が私に個人的な頼み事とは、どういったご用件でしょうか?」
「うむ。それはの、儂の養い子でもある我が学院の上級魔術師が、少々厄介事に巻き込まれての。ひとつ手を貸してほしいのじゃ」
 ハルは目を見張り、学院長へ問いかける。
「その魔術師というのは、カナフのことですか?」
「そうじゃ。引き受けてくれるかの?」
「はい、私にできることならば、なんなりと」
 学院長は相好を崩し、空いていた椅子をハルに勧めるのだった。
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