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24話
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セシルは悲鳴を上げて苦しむマシューを、魅入られたようにうっとりとした眼差しで、じっと見つめていた。
——マシューを苛む痛みは、きっと想像を絶するだろう。
親友をつらい目に会わせていることを心苦しく思うセシルだったが、それと同時に暗い喜びに包まれていた。セシルを蝕むマシューを慕う女たちの存在——きっと、彼女たちは去るだろう。
——万が一去らなければ、また別の方法を考えねばならないが……それはそれで、禁書の魔術を試すいい機会だ、とセシルは暗い笑みを浮かべた。
セシルは思考を巡らせながら、魔術の深淵をいままさに覗き込んでいるという高揚感に胸を高鳴らせ、マシューの様子を直視し続けた。ひどく苦しむ姿に目を背けたくなる気持ちはあれど、ひとりの魔術師として、禁じられた魔術による変貌の過程を観察せぬわけにはいかない。
書見台にのせた魔導書を確認しつつ、セシルは記録用の羊皮紙に魔法のペンを走らせ、できるだけ詳細に記録をとっていく。
マシューの身体は禁書の魔術により、人ではない姿へと変貌を遂げていた。頭部に以前の面影は残っていない。ピンと立った三角の耳——その顔貌はまさしく狼だった。白色、茶色、灰色、黒色が混じった毛は頭部だけではなく全身を覆っている。
肩甲骨の辺りから生じた瘤のような固まりは、やがて巨大な鷹の翼へと変じていた。灰色の羽はマシューの背を覆い、床に無数の羽根をまき散らしている。
やがて獣は両足で立ち上がった。マシューだった頃よりも背丈が頭一つ分ほど伸びた上、筋肉で肥大化したせいで、受ける圧迫感は凄まじい。喉の奥で低くグルルと唸り声を上げる人狼——紛うことなき獣であった。
——成功だ。素晴らしい……。
様々な想いが織り交ざった感情に、セシルの心は満たされ、鼓動は激しく脈打っていた。セシルの前に立つその姿は、魔導書に書かれたとおりだった。
セシルは獣と視線を交わし、慎重に声をかける。
「マシュー……私がわかるか?」
薄暗い部屋の中で、金色の眼が獰猛に光った。マシューであった獣は、鋭い歯を剥き出しセシルを威嚇する。
「セシルだ。君の幼馴染の……」
獣は不穏な唸り声を上げ続ける。
「私がわからないのか、マシュー?」
セシルの声が焦りを帯び始めた。杖を手に取り、呪文を唱える。
「ワォゥンッ!」
獣は警告のような鋭い一吠えと共に、セシルへ飛びかかってきた。
魔術師は身を躱さんと、後ずさろうとしたが足がもつれ、石造りの床へと身を投げ出してしまった。その際に頼みの綱である魔法の杖を手から取り落としてしまった。
——しまった……っ!
獣は体勢を整える暇を許さず、素早い動きで床の上に膝を付き、セシルの上に覆いかぶさった。床に縫い留められ、動きを封じられたセシルの背筋に、冷たいものが走る。
獣は、匂いを嗅いでいるのだろうか? セシルの首筋に顔を寄せ、しきりに鼻をひくつかせている。半開きの口元から漏れ出る生温かい、ハッ、ハッ——という呼気が肌に当たり、セシルは身をすくませた。獣の喉元からは低い唸り声が鳴り続けている。
「ひゃっ!?」
首筋を這った滑りのある感触に、セシルは思わず声を上げた。それは獣の舌だった。
——マシューを苛む痛みは、きっと想像を絶するだろう。
親友をつらい目に会わせていることを心苦しく思うセシルだったが、それと同時に暗い喜びに包まれていた。セシルを蝕むマシューを慕う女たちの存在——きっと、彼女たちは去るだろう。
——万が一去らなければ、また別の方法を考えねばならないが……それはそれで、禁書の魔術を試すいい機会だ、とセシルは暗い笑みを浮かべた。
セシルは思考を巡らせながら、魔術の深淵をいままさに覗き込んでいるという高揚感に胸を高鳴らせ、マシューの様子を直視し続けた。ひどく苦しむ姿に目を背けたくなる気持ちはあれど、ひとりの魔術師として、禁じられた魔術による変貌の過程を観察せぬわけにはいかない。
書見台にのせた魔導書を確認しつつ、セシルは記録用の羊皮紙に魔法のペンを走らせ、できるだけ詳細に記録をとっていく。
マシューの身体は禁書の魔術により、人ではない姿へと変貌を遂げていた。頭部に以前の面影は残っていない。ピンと立った三角の耳——その顔貌はまさしく狼だった。白色、茶色、灰色、黒色が混じった毛は頭部だけではなく全身を覆っている。
肩甲骨の辺りから生じた瘤のような固まりは、やがて巨大な鷹の翼へと変じていた。灰色の羽はマシューの背を覆い、床に無数の羽根をまき散らしている。
やがて獣は両足で立ち上がった。マシューだった頃よりも背丈が頭一つ分ほど伸びた上、筋肉で肥大化したせいで、受ける圧迫感は凄まじい。喉の奥で低くグルルと唸り声を上げる人狼——紛うことなき獣であった。
——成功だ。素晴らしい……。
様々な想いが織り交ざった感情に、セシルの心は満たされ、鼓動は激しく脈打っていた。セシルの前に立つその姿は、魔導書に書かれたとおりだった。
セシルは獣と視線を交わし、慎重に声をかける。
「マシュー……私がわかるか?」
薄暗い部屋の中で、金色の眼が獰猛に光った。マシューであった獣は、鋭い歯を剥き出しセシルを威嚇する。
「セシルだ。君の幼馴染の……」
獣は不穏な唸り声を上げ続ける。
「私がわからないのか、マシュー?」
セシルの声が焦りを帯び始めた。杖を手に取り、呪文を唱える。
「ワォゥンッ!」
獣は警告のような鋭い一吠えと共に、セシルへ飛びかかってきた。
魔術師は身を躱さんと、後ずさろうとしたが足がもつれ、石造りの床へと身を投げ出してしまった。その際に頼みの綱である魔法の杖を手から取り落としてしまった。
——しまった……っ!
獣は体勢を整える暇を許さず、素早い動きで床の上に膝を付き、セシルの上に覆いかぶさった。床に縫い留められ、動きを封じられたセシルの背筋に、冷たいものが走る。
獣は、匂いを嗅いでいるのだろうか? セシルの首筋に顔を寄せ、しきりに鼻をひくつかせている。半開きの口元から漏れ出る生温かい、ハッ、ハッ——という呼気が肌に当たり、セシルは身をすくませた。獣の喉元からは低い唸り声が鳴り続けている。
「ひゃっ!?」
首筋を這った滑りのある感触に、セシルは思わず声を上げた。それは獣の舌だった。
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