禁断の魔術と無二の愛

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16話

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 二年前、セシルは王都を離れ、生まれ育った村へ帰ることを決めた。
 王都で出会った自己中心的な人間たちに利用されたことは、セシルの心に深い傷を残した。これ以上利用されることのないように、心無い人間たちとの関わりを極力避けて生きたいと、セシルは願う。
 故郷の村よりも、誰もセシルのことを知らない街だとか、そもそも人のいない山奥といった僻地の方が理想に近いのかもしれない。
 だが、心の大部分を占める人の存在が、セシルにそうはさせてはくれなかったのだ。
 ——マシューは、今頃どうしているのだろうか……。
 村へと続く道の途上で、セシルは馬車に揺られながら、幼馴染の懐かしい顔を思い浮かべていたそのとき——。
「セシル!」
 うしろから聞き覚えのない声に呼びかけられ、セシルは顔を上げた。背の高い農夫らしき男が馬車を追って走っている。セシルは男の面立ちによく知った幼馴染の面影を認め、驚きの声を上げた。
「マッ……マシュー!?」
 馬車を停め、八年ぶりに再会した友と向き合い、セシルは目を見張った。
 ——変わったな。マシュー……!
 セシルの思い出の中のマシューは、勉強嫌いだが家の手伝いや弟たちの面倒をよくみていた、家族思いの少年だった。
 けれども、いま目の前に立つ幼馴染は、立派な青年へと成長していた。村を出た頃はほとんど同じだった目線の高さが、今は見上げなければ合わない。
 セシルは言いようのない胸の高鳴りを感じていた。
 早鐘を打つ鼓動に戸惑いながらも、セシルは内心の動揺を悟られぬよう、平静を装い口を開く。
「ひさしぶり——」
 セシルの言葉は遮られた。マシューから、痛いほど強く抱きしめられたせいだ。
「おかえり……セシル!」
「……ただいま、マシュー」
 広い胸に抱き竦められ、セシルは頬どころか、顔全体がとても熱くなっているのを感じずにはいられなかった。
 ——好きだ。私は、マシューのことが——。
 セシルの想いは胸の内に秘められたままで、マシューは知る由もなかった。
 
 魔術師が居を構えている村や街は多いが、この村にはいない。それはセシルにとって好都合だった。村長に帰郷の挨拶を告げた折に、この村で魔術師として生計を立てていきたいと願い出ると、快い承諾を得ることができた。
「どうだった?」
 セシルが村長の家に出向き、挨拶をしている間、マシューは家の近くで話し合いが終わるのをずっと待っていた。
「順調だ。村の外れに居を構える許しもいただいた」
「よかったな! 俺に手伝えることがあったら、何でも言ってくれよ」
「ありがとう、マシュー」
「とりあえず、しばらくうちに来いよ」
「構わないのか?」
「もちろん、好きなだけいてくれよ」
「ではお言葉に甘えさせてもらうよ、ありがとう」
 セシルは土人形が塔を完成させるまでの数日、マシューの家に滞在することになったのだった。
 
「もう出ていっちまうのかい?」
 荷物をまとめて別れを告げるセシルに、マーサは眉を下げて残念そうな顔を見せている。
「しばらくの間、大変お世話になりました。このお礼はまたいずれさせていただきます」
「なに水くさいこと言ってんだい。あんたは、あたしたちにとって息子同然。もっと居てくれたっていいんだよ」
「ありがとうございます。でも、ご迷惑でしょうから……」
「迷惑なんてこと、あるもんかい。せめてあと一日だけでも——」
「まあまあ、かあさん……」
「あんたは黙っときな!」
 とりなそうと間に入ろうとしたマシューだったが、マーサから邪険に扱われてしまった。
「どうしても行っちまうんだねえ」
「ええ……またいずれ近い内に顔を出しますから」
「本当かい!? 約束だからね」
「は、はい……」
「マシュー! あんたがしっかりセシルの面倒を見てやるんだよ」
「かあさんに言われなくてもそうするさ。行こうぜ、セシル」
 それからマーサは、ふたりの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
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