上 下
17 / 32
1章

Coming Out

しおりを挟む
 翠くんの手の温もりを感じていると徐々に気持ちが落ち着いてきた。

 僕は翠くんに目を合わせると、聞いて欲しい事があると伝えた。

 翠くんは小さく頷くと、子供の頃と変わらない笑顔を見て最後の一押しをされた気がした。

 僕は1度、息を吐き出すと改めて翠くんを目に捕えると口を開いた。

「翠くん、僕はαなんだ……」

 この時の翠くんの表情を僕はこの先、忘れることは出来ないだろう、アーモンドのような目が大きく見開かれると、直感的にその目は僕を映していない事に気付いた。

 同時に、何故だか分からないけれど翠くんから声をかけてくれるまでは、声をかけてはダメだと本能が警告していた、僕は繋いだ手を離さない事しか今の僕には、出来なかった。

「楓はαだったんだ……」

 そう話す翠くんは笑顔を浮かべていたけれど、その笑顔はどう見ても泣くのを我慢するために作られた笑顔にしか見えなかった……

 僕はまた間違ってしまったのかな……

 それでも僕が翠くんの事を、どれほど好きかとまだ伝えていないじゃないかと思うと抑えきれなくなった、気持ちを翠くんに伝えることにした。

「翠くんは僕がαだと言うことを内緒にしていたから……いまそんなに悲しそうな顔をしているの?」

 時間にしたら数分の沈黙……けれど僕には数時間経ったような重い時間が流れた後に翠くんが口を開いた。

「……なんだよ俺は……」

 俯いた翠くんの口からは途切れた言葉しか聞こえてこなかった。

 僕が翠くんと呼ぶと伏せられた顔から隠れ見える眉間には深い皺がよせられていて、こんな表情の翠くんを1度も見たことが無かった。

 誰よりもかっこよくて……

 どんな手を使ってでも隣に居たい僕の大切な人……

 それなのに翠くんに、こんなにも悲しそうな顔を僕がさせてしまったと思うと、胃の内容物が出てきそうだった。

「僕がαだと言えなかったのは、いつまでも翠くんに守ってもらいたいと思う甘えからだった……黙っててごめんなさい……悲しそうな顔をさせてしまったけれど僕は翠くんが好きだよ……あの時……翠くんに助けてもらった時から僕は翠くんが大好きなんだ……翠くんにとって僕じゃ力不足かもしれないけど、ずっと翠くんの隣に立っていたいよ……」

 僕の言葉を聞いた翠くんの表情は分からなかったけれど髪から覗く耳が朱色に色付いたのは見て取れた。

 僕は自分に都合の良いように解釈しているのかもしれない……。

 翠くんも僕のこと好きだよね……?

 そう言葉に出そうだったのを我慢した……大事なことをまだ伝えていないから。

「翠くん、僕と付き合って下さい」


 胸に秘めていた言葉をやっと伝えることが出来た。


 翠くん、お願いだから早く答えて……


 楓……そう僕の名前を呼ぶいつもより低い声色の翠くんの口から放たれた言葉には破壊力があった。


「ゴメン……楓の気持ちに答えることは出来ない……」


 なんで僕の顔を見て返事をしてくれないの?

そう思うと僕は握っていた手を放すと、そのまま翠くんの顔を僕の方へと向かせるために両頬に手を添えた。

 なんで……そんな顔をしているの……

 僕がそんな顔をさせてしまったのかと思うと、今まで感じたことのない胸の痛みを感じると同時に、僕が翠くんから、そんな表情を引き出したのかと思うと別の感情が生まれたのも確かだった。

 涙に濡れる翠くんも綺麗だな……

 「翠くんなんで泣いてるの?」

 ゆっくりとした言い方で翠くんに問いかけても、翠くんは泣いてないと一言呟いただけだった。

 翠くんの両目から滴る雫はどうみても涙にしか見えなかった、僕が思ってたよりも翠くんは強がりだなと、また見たことがない一面を知ってしまった。

「翠くんは僕のことが好きじゃないの?」

 自分で言いながらも、ずいぶんとおごっているなと思いながらも、翠くんは僕のことを好きだと確信に似た何かを感じたからこその言葉だった。

「嫌いじゃない……」

 そう言うと唇が震えているのを悟られないように、口をつむぐ翠くんを見ると、僕には翠くんが僕のことが好きだという気持ちが痛いほどに伝わってきた。

 それなら何故、素直に答えてくれないんだろう?


「翠くん、嫌いじゃないって答えだと僕は好きだと言われてると思ってしまうよ。」

 そう言うと、翠くんの目からは涙が止めどなく流れていた。

「俺じゃ……ダメなんだよ……」

「なんで?」

「楓はαなんだろ……」

 僕が頷くと翠くんは長く目を閉じた後に僕を見据えると偽物の笑顔を僕に向けた。

「俺は……βなんだよ……」

 翠くんの言葉に動揺しなかったと言ったら嘘になるけれど僕にとって、そんな事は特に問題視するような事ではなかった。

「βだと何でダメなの?」

 僕の問いかけに翠くんはβは普通だからαの楓の隣には立てないと言った……

 そんな言葉を聞いて、気づいたら僕は翠くんを抱きしめていた。

 僕はバース性を軽く考えていたのかもしれない……

 βということで僕に劣等感を感じたのなら僕に出来る事は、翠くんを嫌と言うほど甘やかして僕には翠くんしか居ないと言うことを、身を持って分かってもらうしかない。

 僕は翠くんの耳元に言葉を投げかけた。

「お試しでもいいから……僕と付き合って下さい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

俺の幼馴染はストーカー

凪玖海くみ
BL
佐々木昴と鳴海律は、幼い頃からの付き合いである幼馴染。 それは高校生となった今でも律は昴のそばにいることを当たり前のように思っているが、その「距離の近さ」に昴は少しだけ戸惑いを覚えていた。 そんなある日、律の“本音”に触れた昴は、彼との関係を見つめ直さざるを得なくなる。 幼馴染として築き上げた関係は、やがて新たな形へと変わり始め――。 友情と独占欲、戸惑いと気づきの間で揺れる二人の青春ストーリー。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

幼なじみが変わる時

ruki
BL
物心ついた時からそばにいるのが当たり前の幼なじみを、オレはどう思ってるのだろう。好きなのは間違いない。でもその『好き』って、どんな好き?いままで考えることなんてなかったオレたちの関係が、第二性診断で変わっていく。オレはオメガで幼なじみはアルファ。恋人同士になれなくは無い関係に、オレたちはどうなって行くのか・・・。

処理中です...