黄泉の後継ぎ

隼ファルコン

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第1章 現世の先駆者たち

第3話 微かに残る意志

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「っ…ふぁぁ…眠っ。って、あれ?」

 俺は気が付くと、空に浮かんでいた。大体地上から3mくらいの地点で視点は固定されている。

(どういう状況だ……?俺…昨日は帰って配信してたはずだが…)

 昨日俺は危険区域内で本物の枯骨獣と謎の少女と出会った。その後は現在地が不明だったのもあり少し迷ったが、割とすぐ家に帰ることができた。その後俺は、ネットでの予告通り「エルデンリング初見全クリ耐久」という配信を始めた。そこから10時間程度ぶっ続けで攻略し続け、大体3分の2くらいまで攻略した。
 だがその時、突然睡魔すいまが襲ってきた。本当に限界まで攻略を続けたが、30分程度経った辺りで限界に達した。俺は配信終了を決断した。視聴者の反応が怖かったが快くOKしてくれた。

 そして、現在に至る。

(……いったん周りを見渡してみるか。)

 俺は何が何だか分からないが、周囲を確認してみる。砂漠かと思う程自然の気配はなく、空は途方もなく暗い。目に見える範囲には十数本程度の枯れ木しかなく、草など当然生えていない。その上今まで見た中で一番闇という言葉が似合う空だ。俺が今まで見たどんな場所より荒れ狂っている土地だ。
 そんな荒れ狂っている土地の中に、ぽつんと小さな家がある。見覚えのない土地だが、あの家は何故か頭に引っかかる。昔どこかであの家を見たことがあるのだろうか。

(……!!あれは…)

 その家の中に、一人の女性が入ろうとする。見覚えのある女性だ。
 
 俺は確証かくしょうもって家の中に入る。

『あれ?帰ってきてたんだ母さん。今日は遅くなるって話じゃなかったっけ?』

『ふふふ、今日はサプライズ…って、あぁぁ!間違えて言っちゃった!!』

 仲睦まじい家族の団らんが俺の目に映っていた。俺はこの光景に涙を流した。自然と溢れる涙だったと思う。

(母さん…何でこんな所に…)

 俺の目に映るは懐かしき母の姿。もう片方の男は俺の記憶にはないが、俺にとっては心底どうでもよかった。俺は幽霊のような状態で母に近づく。ついに俺の努力が報われたのかと思った。

「母さんっっ………!!………あ、あれ?」

 母さんに近づいた直後、俺は瞬きをした。次に瞳に映るのは、母だと思っていたが、そうではなかった。次に瞳に映ったのは、地に足をつけ、見慣れた内装に、見慣れた景色のいつもの俺。

「……はは…夢か…相当疲れてたみたいだな……ははは。」

 久しぶりの安息だと思った。だが違ったようだ。俺の周りの奴は、常にこんな楽しそうな時間を過ごしているのだろうか。母がいて、家族がいる生活。いや、大学生だから一人暮らしなのかもしれない。だが、この身近にいないと「この世界」にいないというのは違う。

 家族がいることを幸せなんて温い言葉で語られると虫唾むしずが走る。

 不平等で、意地悪で、人が積み上げてきたものなど気にしていない。どれだけ薄っぺらな人間だろうと幸せを得られるし、どれだけ努力の日々を過ごした人間だろうと不幸を被る可能性がある。
 幸福という不確定な事象においては、それは平等だとする者もいるだろうが、そんなことあるわけない。頑張らなくても幸福になれるなんて、不平等に決まってる。

「やばいな…今日はいつにもまして偏屈へんくつだ。まぁ、昨日みたいな事があったら悪夢も見るか。」

 昨日起こった怒涛どとうの事件。謎のモンスターに、謎の少女。それに伴う逃亡劇。はっきりと記憶に残っているから、夢じゃないのは分かる。だが、我ながら信じれない。

「…まぁ、気にしても仕方ないか。さっさと準備しないとな。」

 俺は何事もなかったかのように準備を始める。今日は土曜日で大学はないのだが、昨日もう一人の友人あいつのお呼び出しをバックレた分の埋め合わせがある。
 中々怒らない奴なのだが、怒った時の反動はとてつもない。これ以上刺激しげきしたらどのような仕打ちを受けるのか分からない。確か、矢場杉やばすぎ駅が集合場所だったな。

「ふぅ…まぁこんなもんでいいか。」

 今日は俺にしては珍しく、学校以外での外出だ。正直、昨日の一件のせいで休日は家でゆっくり休みたかった。身体の疲労も精神の疲労も並ではない。
 だが、外に出なければならない。気を紛らわせるように、俺はできる限りの入念な準備を心がけた。満足のいく出来だ。準備を終えた俺は、暗い足取りで矢場杉駅までの歩を進める。



 今日は、最近雨続きの中では珍しく、天気も雰囲気もとても晴れやかだ。あまり外出を好む性格じゃないが、一人で散歩したいと思うくらいにはいい天気。
 そして、とにかく人が多い。駅前という事もあるが、とにかく人が多い。あいつが目立つ見た目をしてなかったら探すのに手間取ってたことだろう。

 まぁだが、あいつなら探すのに手間取らないだろう。あいつからは、《獅子の覇気》のようなものを感じるからだ。簡潔に言えば目立つという事だ。

「おっ…あそこか。ウィっすウィっす、待たせましたな。」

 想像通り、簡単に見つかった。存在感の塊みたいな人だな。

「いや、集合時間ぴったりだ。こういうところをきちんとしているのは流石だな。」

 矢場杉駅に着いた俺を、威風堂々いふうどうどうとした女性が出迎えてくれる。この女性こそ、俺の二人いる友達の最後の一人である『百真世恋はくませれん』だ。

 世恋は名門家の次女として生まれた人生ヌルゲーの幸せ野郎だ。容姿端麗ようしたんれい博学多才はくがくたさいであり、更に身体能力も抜群。男の俺なんかより力もあるだろうし、足も速い。なんなら、身長も俺より高い。
 そしてなんといっても目を引くのは、特徴的な髪。ライオンを彷彿とさせる橙色のインパクト抜群の髪。毛量が多いのもあるが、圧巻という言葉に尽きる。
 ただ、何不自由なく過ごしているがゆえに性格は傲慢ごうまん極まりない。個人的には俺よりも変人だと思っている。
 俺が嫌いな幸福の権化ごんげそのものだが、何故かこいつは憎めない。客観的に見て幸せだが、本人が現状に満足していないからだろうか。俺とは真逆で、幸せや満足という自身を満たす何かに対して真っ直ぐだから

「……何か悪いことでもあったのか?目の下にクマができてるぞ。」

「あぁ…実は昨日エルデソリング全クリ耐久配信したんよ。そしたらあと1時間でクリアってところで寝落ちしててさ。」

 ありのまま嘘をつく。多分ゲームをしたことが原因じゃない。実は先日危険区域内でいざこざがあったとか、辛い夢を見てしまったとか言えない。

「君が寝落ちするなんて珍しいな。それほど疲れていたという事か。まぁ、君の眼の下にくまができるほどだ。お疲れと言っておこう。」

「労いの言葉感謝いたしますぅ。そういや、昨日壺おじを配信の合間にやったんだけどさ、久しぶりに世界1位の記録塗り替えることができたんだよね。いやぁ、あの時は感動したなー。」

「ほう、素晴らしい実績じゃないか。世界1位か、さぞ輝かしい景色なのだろうな。」

「まぁ宇宙の景色だよな、実質。」

 気を紛らわせるために他愛もない話を続ける。こいつはゲームに対して関心があるわけではないのだが、俺の話を親身になって聞いてくれる優しい奴だ。そういうところは尊敬だ。

「まぁ私はそんな世間話をしに来たわけではない。一つ聞こう。………君はなぜ、昨日の私の誘いを無視したんだい?」

(…………死の危機を感じる。)

 怒りの感情がひしひしと肌に突き刺さる。五感が正常に作動しなくなるんではないかという程の圧。あと一歩でもここに来るのが遅れたら死んでたかもしれないと感じるほど。いや、もしかしたら本当に殺されるかもしれない。

「…まさか…ゲームがしたかっただけなんてことはないよな?世界1位というのは、さぞ楽しかったのだろうな。」

 綺麗な笑みを浮かべているが、よく見たら少しだけ眉間にしわが寄っている。かなり爆発寸前だ。

「まさかぁ!!そんなわけないじゃないですかぁ!!僕はなんたってアゼルバイジャンくらい広い心を持ってますしね。人を思い、人と生きると言ったら僕みたいな所あるじゃないですかぁ!!嫌だなぁ。」

「アゼルバイジャンはたいして広い国ではないが…ふふ…そうだよな。当然、君はそんな薄情な男ではないよな?」

 顔が和やかになった。何とか乗り切ることができたようだ。一回でも選択肢をミスったら失敗の激ムズ恋愛シミュレーションをしている気分だった。

「まぁいい。実際のところ、君が昨日帰った理由は何でも構わない。今日は照、君にお願いがあって読んだんだ。」

「頼み事?」

 世恋こいつが頼み事など珍しい。基本的に自分で何でも解決できるような能力を持っているのに。それに、相手が俺となると、何か面倒事の予感がする。その時、冷たい空気が肌をかすめたような気がした。

「それは……ん?すまない少し待ってくれ。」

 突如世恋のポケットから着信音らしき音が聞こえてくる。どうやら世恋のスマホに連絡がかかってきたしい。世恋はそれを手に取り、耳に当てる。

「ああ私だ。……何?……成程、分かった。」

 通話が終わったのか、世恋はスマホをポケットに収める。そして俺は、通話が終わったとの世恋に少し違和感を覚えた。顔は俯き、表情はどこか悩んでいるような表情だ。
 そして数十秒程度その状態が続き、顔を上げる。

「……すまない。今日の用事はパスということでもいいか?実は……その、急遽アゼルバイジャンに行かないといけなくなってな!!」

(嘘が下手すぎやしませんかね。)

 声が上ずっており、どう見ても本当のことを言ってるようには見えない。この事について問い詰めてみたいという好奇心が俺の脳裏に浮かぶ。だが何故か、俺の本能がこの場から離れるよう警告している。

「いや~~本当のこと言ってくれないとちょっと無理だなぁ。」

 好奇心の方が勝ってしまった。

「……すまない。詫びはいつかする。だから今は黙ってこの場から離れてくれ……!!」

 いつにもなく必死な表情だ。申し訳なさからか、逆に冷静になってきた。そして冷静になったおかげか、一つ気づいたことがある。先程感じた冷気が、今や肌全体から感じることができる。さっきまで晴れ渡っていた晴天の美空みそらは、今や見る影もなく闇に包まれていた。

 そして、周囲から人がいなくなっている。

 それに気づいたのと同時に、俺のスマホから一通の通知が流れてくる。地震の発生時に似たような音と共に。

『警告!!警告!!矢場杉駅周辺に枯骨獣が襲来しました!!矢場杉駅周辺の人は直ちに非難を!!』

 俺がそれを確認したのもつかの間、俺たちの目の前に枯骨獣の群れが現れる。昨日危険区域で見た常軌じょうきいっした怪物と同じ見た目だ。たった一匹その場にいるだけでも「死」というイメージを植え付けてくる化け物が、複数対いるのだ。今、世恋の言葉の意味を理解した。

「今ならまだ間に合う。頼む…逃げてくれ。」

 俺の耳にそのような言葉は入ってこなかった。身体が震えた。それか高揚か、はたまた絶望によるものか。それを理解する術を俺は知らなかった。

「なんか良く分かんないけど世恋お前、軍隊みたいなことしてんだろ?民衆を助けるのが仕事なのかもしれねぇ。だがこの数…俺の見立てじゃお前がどんだけ強くたって死ぬ。俺にだって友人としての意地ってものがあってね。数少ない友を見捨てるつもりはねぇよ。」

 一度逃げた戦った身としては分かる。世恋がどれだけ化け物じみていても、一人じゃどう足掻いても無理だ。死への恐怖は、俺が一番知っている。俺の言葉を聞いた世恋は、数秒ほど苦しそうな苦しそうな表情が続いた。
 
「それでも、君を見殺しにすることはできない。私だけなら確かに生存の可能性は低いだろう。そして、君がいてくれたら私が生きて帰れる確率が上がるのも事実だろう。だが、君が死ぬのは、おそらく確実…そんな君を――」

「誰かを助けるのに理由がいるのかい?」

 その言葉を発した時、世恋ははっとした表情に変わった。

「FF9、ジタン・トライバルの名言だ。FF作品の中でもこの言葉は好きでね。今に、そしてお前にピッタリじゃないか?」

 こいつが軍だっていうなら、それこそ誰かを助けるために理由がいるのかって話だ。俺だって、世恋を助けたいって気持ちは変わらない。

「……ふふ、ゲームの台詞借り物の言葉か…馬鹿だなぁ。はぁっ…分かった。同行を許可する。ただし、私からは絶対に離れるなよ?」

「それは背中は任せたってことでおk?」

「何でも構わんさ。死にさえしなかったらな。」

 この時ほど、こいつと悪友でよかったと思ったことはない。心臓の鼓動が、どんどんと速くなっていく。
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みんなの感想(1件)

中原星道
2024.09.22 中原星道

お気に入り登録させていただきました。
お互い頑張りましょう!!

解除

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