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13話 自分の気持ちは……

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 ――コンコン。



「ウィル、いるのか?」

「!!」

「!?」



 静かな部屋にノックの音とブラッド様の声が響いた。

 思わず二人して飛び上がり、慌ててウィル様は私をベッドのぬいぐるみの群のなかに突っ込んだ。それとほぼ同時に扉が開いた。



「に、兄さん!」

「ウィル、早朝訓練はどうしたんだ? 王城から急に戻って来たと聞いたが」

「えっと、その、忘れ物をしてしまって。そうしたらちょっと胃の具合が悪くなってきてさらには頭痛が」

「何? 大丈夫なのか。医者を手配させようか」

「いや、少し休んだら治ったから大丈夫!」



 ウィル様嘘が下手ー!

 私のせいだから何も言えないけど……!

 訝しそうな顔をしたブラッド様はそれ以上追及することはしなかった。

 私はただひたすら無心でぬいぐるみになりきっていた。ちらりとこちらに視線を向けられた気がして冷や汗が出そうだった。



 (私はぬいぐるみ。私はぬいぐるみ……!)



「に、兄さんは遠征から帰って来たところ? お疲れ様」

「ああ、今夜は久しぶりに共に夕食が取れそうだ」

「そう、嬉しいよ」



 ウィル様がニコニコと不自然なほどの笑顔で話題を逸らす。普段嘘とかつきなれてないんだろうな……。

 騎士団の副団長であるブラッド様は定期的に部隊を引き連れて地方の視察に行っているらしい。今回もその遠征帰りだったんだろう。



「……ところで、今朝は城で騒ぎがあったと聞いたぞ。ステラ嬢がその場にいたとか」



 う、とウィル様が口籠る。

 ブラッド様は優しい微笑みをたたえているけれど、むしろそれが怖い。朝の騒ぎのこともすでにブラッド様の耳に入っていたらしい。

 私は無心になってぬいぐるみのふりをして天井を見つめるしかできない。



「確かにトラブルはあった。だけど、それは俺の責任だ。ステラは悪くないんだ」

「ほう?」

「婚約のこと、良く思わない者達もいるとわかっていたのに対処できてなかった。今後はこんなこと無いようにする」

「そうだな、婚約者を守るのがお前の務めだ」

「ああ、心配かけてごめん兄さん。ステラは俺が守る」



 ウィル様……。

 私のことを本当に真剣に婚約者として考えてくれているんだ。正直、隠してた趣味を知られてしまった勢いだけで婚約したのかと少し思っていたから反省した。幼い頃のウィル様にとって可愛い物を好きでいる自分を認めてもらったことはすごく大きな事だったんだろう。

 だからウィル様は私と婚約したいと言う。

 私はどうだろう? ふと天井を眺めながらそんなことを考えた。

 人気者のウィル様に引け目を感じて、なんだか申し訳ないなって気分になぜかなったりして。勢いに押されて婚約者になったけど、私はウィル様をどう思っているんだろう?

 ウィル様が真剣に考えてくれているからこそ、私も流されるだけじゃなくてちゃんと考えなくちゃいけないんだ。





「そろそろもとに戻れそう?」

「はい、計算では改良した変身薬だとそろそろ効果が」



 アンダーソン邸からの帰り道はこっそりとウィル様が馬車で送ってくれた。いつ元の姿に戻るかわからないので私は馬車の中でウィル様が御者席から顔を出していた。もうすぐそこがハーディング家の屋敷だ。

 言葉を言いかけていた私が急にぽふんと煙に包まれる。馬車の中を充満していた煙が晴れると私は人間の姿に戻っていた。



「何度見ても不思議だなあ」

「効果が持続する時間は伸びたんですが、肝心の変身がぬいぐるみにしかならないのが問題なんですよね……」

「可愛くていいと思うけど」

「それじゃあただのぬいぐるみ変身薬じゃないですか」

「あはは」



 私が元の姿に戻るまでの間、屋敷近くに停めていた馬車をウィル様が笑いながら動かした。



「そういえば、研究室に連絡を入れてくださったんですね。ありがとうございました。無断欠勤になるところでした」



 朝の騒動で無断欠勤になってしまったかと思っていたら事態を予測していたウィル様が先に私が急病で欠勤になったと連絡をしてくれていた。何から何までお世話になりっぱなしだ。



「いいって、俺のせいでもあるんだし。それより明日から、君のことは俺が王城まで送っていくよ」

「え……ええ!? いや、そんないいですよ。お忙しいのに」

「だってそうしないとまた面倒なことに巻き込まれるかもしれないだろう?」

「でも」



 御者席の小窓から見えるウィル様の頭を眺めながら私は赤くなった。

 ただでさえ忙しい騎士様だし、それに朝から一緒に登城なんてした日には周囲がどんな反応するか考えるだけで恐ろしいやら恥ずかしいやら。

 もちろん、気遣ってもらえるのは嬉しいんだけど。

 居たたまれないというか、恥ずかしい気持ちの方が勝ちそう。



「いいんだよ、俺がそうしたいだけなんだ」



 けれどウィル様は意見を曲げる気は無いようで、結局翌日から私はウィル様と登城することになったのだった。
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