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12話 幼い頃の思い出

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「はい、このタオルでいいかな。俺が温かい風を出す魔法を使えればよかったんだけど」

「いえ、十分です。ありがとうございます」



 アンダーソン侯爵家のお屋敷は王城のすぐそばにある。ウィル様のマントにくるまれてものの五分もしないうちに辿り着いたお屋敷の見覚えのある部屋のソファの上に私は座っていた。まさかまたウィル様の部屋にこの姿で来ることになるとは……。使用人の方達も急にウィル様が帰ってきたから驚いていたみたいだ。

 ウィル様からふわふわのタオルを貰って私は生乾きの耳を拭いた。

 温かい風を出す魔法は風呂上りに髪を乾かしたりするときに便利だけど、温度の調節が難しいから使える人はまだそんなにいない。本来だったら湿ったぬいぐるみはお日様の下に干すのが一番なんだろうけど。



「ん?」



 毛足の長い身体にタオルを当てて水分を取りながら、私ははっと顔を上げた。ソファに座る私をじーっとウィル様が頬杖をついて眺めていたのだ。



「あ、あのウィル様。ちょっと見すぎでは……?」

「え!? わ、ああごめん。可愛かったからつい……」



 顔が近い! というか巨人と小人みたいになってる。

 我に返ったのかウィル様は恥ずかしそうに身を引いた。そうだったこの人可愛い物好きだった。今の私の姿も一応可愛い部類に入るんだ……。可愛いの範囲がずいぶん広いんだなこの人。



「わぷ!?」

「これじゃあいつまで経っても乾かないな。ほら、貸してみて」



 私からタオルを取り上げたウィル様が大きな手でわしゃわしゃと私を拭く。揉みくちゃにされてるけど手つきは優しいから綿が偏ったり毛玉ができたりはしなさそう。タオルの隙間から間近に見えるウィル様の顔はすごく真剣で、なんだか妙に恥ずかしくなってしまった。



「……あの、怖い思いをさせてごめん。また俺のせいだったんだろう?」

「え、いや、ウィル様のせいというわけでは」



 わしゃわしゃとタオルで私を拭きながらウィル様が呟いた。

 騒ぎを聞きつけて駆けつけてくれたみたいだし色々聞いたのだろう。



「いや、俺がもっとしっかりしていれば防げたことだと思う」



 ウィル様は首を横に振ってそう言った。

 ……私は、ウィル様が悪いとは思わないけど、でもこういうことはこのままだとこれからもあるかもしれない。ウィル様はとても素敵で優しい方だけど、相手が私じゃ皆納得しないのだ。

 レナルド殿下やマリア様、ファンクラブのご令嬢達が言うように私は魔法薬学だけが得意な綺麗でも華やかでもない根暗だから、ウィル様の相手には不相応なのだ。

 やっぱり私達の婚約には無理がある。最初っからわかっていたことだけど。

 私はタオルでもみくちゃにされながら勇気を出して顔を上げた。



「……ウィル様、その、やっぱり……私達、婚約はやめにしませんか?」



 ぴたりと私を拭いていた手が止まる。

 ウィル様は珍しく少し困った様な顔をしてそれから呟いた。



「ど、どうして?」

「……うーん、ほら、やっぱりウィル様にはもっとふさわしい方がいるというか、私じゃあまりにも不相応というか」

「そういう理由だったら嫌だ」

「え」



 きっぱりと断ったウィル様に、私は驚いて顔を上げた。

 頭にかかっていたタオルがぱらりと落ちる。

 ウィル様はいたく真面目な顔をしていた。

 どうしてそこまで。

 そんなに自分の趣味を知られるのが嫌なのかな?

 確かに騎士様もイメージが大事とは聞いたことがあるけれど。

 強くて清廉であるとか。

 でも、可愛い物が好きでもいいと思うけどなあ。



「ウィル様の趣味を理解してくれる人はきっと私以外にもいますよ。もっと素敵なご令嬢が」



 そうだ、私じゃなくたってウィル様だったら素敵な相手がいるはずだ。

 そう考えるとちょっとだけ胸がチクリと痛い気がするけど、たぶん気のせいだ。

 けれど、ソファの前に座ったウィル様は真剣な顔で言った。



「俺はステラじゃなきゃ嫌なんだ」



 宝石みたいな緑色の瞳にまっすぐ見つめられて、衝撃の余り私はぴょんっとソファの上で小さく跳ねた。

 そのままぽすんと尻餅をついて着地する。

 わ、私じゃなきゃ嫌だってどういうこと?

 だってそれってまるで……。



「あ、あああ、あの」



 今まで魔法薬学一筋で、当然恋愛耐性などない私にはちょっと刺激が強すぎる。一体ウィル様が何を考えているのかさっぱりわからない。

 動揺し過ぎて視線をうろうろさせていたらウィル様は床に座り直して少し照れくさそうに呟いた。



「俺が、君がいいって言うのは何もこの前のことがあったからってわけじゃないんだ」

「ウィル様の可愛い物好きがばれたからってわけじゃなく……?」

「……ステラは覚えてないだろうけど、俺は君のことを以前から知っていたんだ」

「え?」



 驚いてウィル様を見つめると、少しきまり悪そうにがしがしと頭を掻いて口を開いた。



「……俺が5歳になったばかりの頃、母様が開いた茶会に君が母親に連れられて来ていたんだ。俺もそれに参加してた」

「そ、うなんですか?」



 全然記憶にない。

 ウィル様が5歳ということは私は2,3歳だったのだろうから当たり前かもしれないけれど。

 貴族のご婦人方はよく茶会を開くから私も幼い頃は母に連れられて参加していた覚えはある。アンダーソン家のお茶会にも参加していたんだ……。



「茶会には他にも小さな子供がたくさん参加していたんだけど、子供の頃の俺はお気に入りのウサギのぬいぐるみを肌身離さず持っていたからそれを揶揄われてさあ。情けないけど泣いて逃げ出したんだ」

「そんなことが」



 子供って時には残酷だ。

 男の子がぬいぐるみなんて持っていたら女の子みたいだと笑われてしまったのは容易に想像できる。



「それで庭の隅に隠れて泣いていたら君が来た」

「私が?」

「そう、それで俺の持っていたぬいぐるみのウサギを可愛いって言ったんだ。だけど俺は恥ずかしくてさ、こんなの男の俺が持ってたら変だろうって君に押し付けようとしたんだけど」



 ウィル様は少し恥ずかしそうに苦笑いした。



「君は変じゃないって言ったんだ。このぬいぐるみは俺と一緒に居たがってるって。嬉しかったなあ」

「……全然覚えてないです」

「君は小さかったから仕方ないよ。まあ、そういうわけでさ、俺は君のことを知ってたよ。貴族学校でも王城で働くようになってからも、遠くから見かけては元気にやってるなあって思ってた」



 ゆっくりと立ち上がったウィル様が私を両手で持ちあげる。

 なんだか懐かしそうな顔をしているのは、昔のことを思い出しているのかな。

 ウィル様はずっと私のことを気にしてくれていたんだ。



「家族以外で俺の可愛い物好きを初めて肯定してくれたのがステラだったんだ」



 それに、とウィル様が笑う。



「まさかこんな形でまた話ができるようになるとは思ってなかったけど、ステラは成長しても俺の可愛い物好きを認めてくれただろ。だから、やっぱり俺は君がいい」

「ウィル様……」



 なんだかふわふわの身体の内側がドキドキする。

 この身体って心臓入っているのかな?
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