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2話 ウィルの秘密

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 なんとそのままウィル様は鞄を下ろすことなく帰宅してしまった。

 馬に揺られてあっという間にたどり着いたのは、おそらく王城近くに構えているアンダーソン家のお屋敷だった。



(どどどうしよう。どうすれば……)



 というか今の私の身体は一体どうなっているんだろう。

 どう見てもぬいぐるみみたいなんだけど……。

 鞄の中で震えている私など知る由もなく扉が開く音がした。



「おかえりなさいませ」

「おかえりなさいませウィル様」

「お坊ちゃま、おかえりなさいませ。すぐ夕食の支度をします」



 執事や侍女達の声が聞こえる。



「ただいま、先に湯あみをするよ」

「どうぞ、ご用意できてますよ」



 そのまま鞄が揺れて、誰かに預けられたことがわかる。中からタオルや練習着が洗濯のために抜き取られるのを鞄の端にへばりついて私は隠れた。今の自分がどんな状態なのかわからないまま、誰かに見られるわけにはいかない。

 そのまま鞄は侍女によって部屋へと運ばれたようだった。鞄がどこかに置かれたかと思うと部屋の扉の閉まる音がして人の気配が消えた。しばらくじっと耳を澄ませて薄暗い部屋が無人だと確信してから用心深く外へ出る。



「ここは……」



 薄暗いからよく見えないけれど、広々とした部屋はおそらくウィル様の私室なのだろう。勉強机の脇の棚に鞄が置かれたようだった。棚から勉強机へ、そして椅子を伝って私は床に降りた。キョロキョロと周辺を見渡してクローゼット脇に大きな姿見を見つけた。

 恐る恐る近づいた私は驚愕して固まってしまった。



「こ、これって……!?」



 そこには手のひらサイズの全身タオル地でできたウサギの出来損ないみたいなぬいぐるみが映っていた。ダークブラウンのフワフワのタオル地に茶色の瞳。うさ耳らしきところについているのは私が普段からつけている昔父からプレゼントされた魔力増幅にも使えるアメジストのブローチだ。

 足も腕も中途半端に短くて少々……いや、かなり不格好なウサギだ。

 ど、どうしてこんなことに。

 変身薬は何でも自分の好きな姿になれるはずだったのに。これはまだまだ研究が必要だ……じゃなくて! とにかくここから出ないと。今元に戻ってしまったら完全に不法侵入者だ。

 そこでばっと勢いよく振り返って私はまた固まってしまった。



「ここって……ウィル様の部屋だよね?」



 思わず呟いてしまったのも無理はない。

 薄暗い部屋にようやく目が慣れてきて見えたのは、ベッド脇に置かれたたくさんのぬいぐるみ。クマにウサギにネズミに鳥……よくわからないヘビみたいなのや果物のマスコット。それも大きいのから小さいのまでたくさん。それに壁際には可愛らしいドールハウス。そこにも小さなウサギやクマの人形が置かれて生活しているようだった。

 でもこれではまるで。



「……女の子の部屋?」



 ここはウィル様の部屋じゃないんだろうか。妹さん? と一瞬思ったけれどアンダーソン侯爵家に娘がいるって話は聞いたことがないけれど……。

 首をかしげているとパチリと音がして部屋が明るくなった。ウィル様が部屋に入ってきたのだ!

 咄嗟に私はぬいぐるみの山の中に隠れた。



「ふう」



 バスローブ姿のウィル様が濡れた髪を乾かしながらベッドの脇に回り込んでくる。なんだか見てはいけないものを見ている気分だ。早くここから出たいのだけれど。



「よしよし、みんなただいま。いい子にしてたか?」

「?」



 ふにゃりと笑ったウィル様がぬいぐるみ達の頭を次々と撫でていく。一番大きなクマのぬいぐるみを抱き上げてそのままベッドの転がる。



「はああ~~、今日も疲れたあ」



 ゴロゴロ転がっている。えっと……ウィル様だよね?

 あのみんなの人気者で勇敢な騎士として実力も十分だと言われる。



「聞いてくれよ、今日団長が……あれ」



 私が唖然としてる間にクマのぬいぐるみを抱いたままベッドでローリングしていたウィル様がこちらをまっすぐに見つめていた。

 ぎくり。

 私は冷や汗をダラダラかきながらぬいぐるみに徹した。

 今バレたら社会的に死ぬ。そう直感的に思ったからだ。

 大きく澄んだ緑色の瞳でじっとこちらを見つめていたウィル様が腕を伸ばしてきて私を抱き上げた。



「君は誰だ?」

「……!!」



 けれど次の瞬間ウィル様はふにゃふにゃの笑顔になった。



「かっわいいな~! それにふわふわだ! わああ~、兄様がくれたのか?」



 急にぎゅーっと私を抱きしめたままベッドの上でごろごろしだした。ちょっとやめてください。目が、目が回ります!?

 というかウィル様ってこんな感じの人だったの?

 明るく爽やかで勇ましく凛々しい騎士様って印象だったのに。



「ウィル様~! お夕食ができておりますよ!」

「わかった、すぐに行くよ!」



 部屋の外から侍女の声が聞こえてウィル様が起き上る。私はそのままベッドの脇にぽん、と優しく置かれた。

 た、助かった……。

 そのままウィル様は私の頭を人撫ですると夕食を取るために部屋から出て行ってしまった。





 ウィルが退出した直後、ぼふんと音がして煙と共に私は元に戻った。



「あ、あぶなかったあぁ……」



 もう半泣きで私はウィル様のベッドから転げ落ちるように窓へと向かった。

 ウィル様の部屋が一階にあって助かった。とにかくここから出ないと。周囲を探って私は窓から外へ脱出した。その際慌てていて転んでしまったのだけれど、幸い誰にも見られていなかったみたい。

 現在は平和だとはいえ大貴族のお屋敷なので警備もそれなりにあるだろう。私は庭の植え込みに隠れて小さく呪文を唱えた。



「スクリーング」



 気配や存在感を一定時間薄くすることができる魔法だ。

 こうして私はなんとかアンダーソン家の屋敷から逃げ出すことができたのだった。
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