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7話 カルロの訪問
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翌日イリアはリディオが来るより少し早く目覚めていた。
相変わらず身体は眠ったままだ。
何もする気が起きずぼうっと窓辺にもたれかかって外を眺めていた。
(リディオ先生)
少し前まではそろそろ目を覚ましてもいいかと思っていたが、今はずっと眠っていたい気持ちだ。
昨夜あっさり失恋してしまったというのに、やっぱり昨日の今日ではまだ胸が痛い。いつもはリディオが来るのを楽しみにしていたけれど、今日は会うのが少しだけ辛い。
「……何かしら」
ぼんやりと庭を眺めていたら玄関辺りから騒がしい声が聞こえていた。
そっと窓から外を覗き込むと大きな門と玄関に続く道が見えた。来客用の大きな玄関の前には豪奢な馬車が一台止まっていた。
「あれは……カルロ殿下の馬車?」
見間違えるはずがない。やたらと金で派手に装飾された白い馬車はカルロの物だった。玄関でセルラオ家の執事長に止められているようだった。
おそらくイリアに会いに来たのだろう。だが今のイリアは世間には病気療養中ということになっている。家族と使用人、そして医者のリディオしか面会を許していないのだ。
(それにしても……今更一体何の用かしら。私とはもう婚約破棄したのに)
今はもうルイーザを新たな婚約者にして仲睦まじく暮らしているのだと思っていた。
久しぶりに見たカルロの姿になぜかイリアは言い知れぬ不安が心の中に広がっていくのを感じた。
イリアは慌てて部屋を出て来客用の玄関へと急いだ。そこではまだカルロが執事長と押し問答をしているようだった。
「どうして駄目なんだ? 王子であるこの僕が直々に見舞いに来たというのに会えないなんて失礼じゃないか」
「ご容赦ください殿下。イリア様はまだとても人にお会いできる状態ではないのです」
執事長の言葉にカルロは美しい眉を顰めて首をかしげた。
「なんだい? 僕の言葉にへそを曲げているだけではなくて本当に病気なのか? せっかく婚約者に戻してあげようというのに……。しかし本当に病気ならば仕方ない。使者に見舞いの品を持たせよう。早く良くなるよう伝えてくれ。彼女は僕の将来の妻なのだからね」
(は?)
イリアは素で疑問の声をあげていた。
もちろんカルロにその声は届かない。優雅な仕草で髪をかき上げたカルロは派手な馬車に乗って帰って行った。
一体どういうことなのだろう。
イリアに婚約破棄を言い渡してきたはずなのに今更婚約者に戻すとは。
(どうして今更……、私が眠っている間に何かあったの?)
眠りから覚めたらイリアはカルロの婚約者に戻るのだろうか。おそらくカルロにその意思があるのならエルネストはそうするだろう。
イリアの胸に言い様の無い不安が広がっていく。そしてはっきりとイリアの心はカルロを拒絶していた。
(カルロ王子の婚約者に戻る……? そんなの絶対嫌!)
思っていたよりもずっとイリアはカルロも妃教育も嫌だったのだ。そんなことを今更自覚して途方にくれる。
(だって私は……)
「やあ、もう起きてたのか?」
(え!?)
突然背後から声をかけられてイリアは飛び上がった。カルロの訪問を知らないリディオがきょとんとした顔で立っている。
(りりりリディオ先生)
「なんだどうしたんだ?」
ぶんぶんとイリアは慌てて首を横に振る。
もしリディオはイリアがカルロの婚約者に戻るかもしれないと知ったら何と言うだろう。いや、何を期待しているのだろうとイリアはそこまで考えて俯いた。
リディオにとってイリアはただの患者でしかないのに……。
「何かあったのか?」
(……なんでもありません)
急に間近で声が聞こえて顔を上げるとリディオがこちらを心配そうに覗きこんでいた。イリアは驚いて一歩後ずさる。メガネのせいで一見やぼったく見えるリディオの瞳は近くで見ると宝石のように綺麗な紫色だった。
「気になることがあったら何でも言ってくれよ。眠り病を治す手掛かりになるかもしれないからな」
(はい、ありがとうございます)
イリアはにっこりとほほ笑んで視線を逸らした。
なんだか申し訳なくなってしまったのだ。リディオは真剣にイリアの病を治そうとしてくれている。それなのにイリアはこのままずっとリディオとだけ過ごせればいいのにと思ってしまったからだ。
相変わらず身体は眠ったままだ。
何もする気が起きずぼうっと窓辺にもたれかかって外を眺めていた。
(リディオ先生)
少し前まではそろそろ目を覚ましてもいいかと思っていたが、今はずっと眠っていたい気持ちだ。
昨夜あっさり失恋してしまったというのに、やっぱり昨日の今日ではまだ胸が痛い。いつもはリディオが来るのを楽しみにしていたけれど、今日は会うのが少しだけ辛い。
「……何かしら」
ぼんやりと庭を眺めていたら玄関辺りから騒がしい声が聞こえていた。
そっと窓から外を覗き込むと大きな門と玄関に続く道が見えた。来客用の大きな玄関の前には豪奢な馬車が一台止まっていた。
「あれは……カルロ殿下の馬車?」
見間違えるはずがない。やたらと金で派手に装飾された白い馬車はカルロの物だった。玄関でセルラオ家の執事長に止められているようだった。
おそらくイリアに会いに来たのだろう。だが今のイリアは世間には病気療養中ということになっている。家族と使用人、そして医者のリディオしか面会を許していないのだ。
(それにしても……今更一体何の用かしら。私とはもう婚約破棄したのに)
今はもうルイーザを新たな婚約者にして仲睦まじく暮らしているのだと思っていた。
久しぶりに見たカルロの姿になぜかイリアは言い知れぬ不安が心の中に広がっていくのを感じた。
イリアは慌てて部屋を出て来客用の玄関へと急いだ。そこではまだカルロが執事長と押し問答をしているようだった。
「どうして駄目なんだ? 王子であるこの僕が直々に見舞いに来たというのに会えないなんて失礼じゃないか」
「ご容赦ください殿下。イリア様はまだとても人にお会いできる状態ではないのです」
執事長の言葉にカルロは美しい眉を顰めて首をかしげた。
「なんだい? 僕の言葉にへそを曲げているだけではなくて本当に病気なのか? せっかく婚約者に戻してあげようというのに……。しかし本当に病気ならば仕方ない。使者に見舞いの品を持たせよう。早く良くなるよう伝えてくれ。彼女は僕の将来の妻なのだからね」
(は?)
イリアは素で疑問の声をあげていた。
もちろんカルロにその声は届かない。優雅な仕草で髪をかき上げたカルロは派手な馬車に乗って帰って行った。
一体どういうことなのだろう。
イリアに婚約破棄を言い渡してきたはずなのに今更婚約者に戻すとは。
(どうして今更……、私が眠っている間に何かあったの?)
眠りから覚めたらイリアはカルロの婚約者に戻るのだろうか。おそらくカルロにその意思があるのならエルネストはそうするだろう。
イリアの胸に言い様の無い不安が広がっていく。そしてはっきりとイリアの心はカルロを拒絶していた。
(カルロ王子の婚約者に戻る……? そんなの絶対嫌!)
思っていたよりもずっとイリアはカルロも妃教育も嫌だったのだ。そんなことを今更自覚して途方にくれる。
(だって私は……)
「やあ、もう起きてたのか?」
(え!?)
突然背後から声をかけられてイリアは飛び上がった。カルロの訪問を知らないリディオがきょとんとした顔で立っている。
(りりりリディオ先生)
「なんだどうしたんだ?」
ぶんぶんとイリアは慌てて首を横に振る。
もしリディオはイリアがカルロの婚約者に戻るかもしれないと知ったら何と言うだろう。いや、何を期待しているのだろうとイリアはそこまで考えて俯いた。
リディオにとってイリアはただの患者でしかないのに……。
「何かあったのか?」
(……なんでもありません)
急に間近で声が聞こえて顔を上げるとリディオがこちらを心配そうに覗きこんでいた。イリアは驚いて一歩後ずさる。メガネのせいで一見やぼったく見えるリディオの瞳は近くで見ると宝石のように綺麗な紫色だった。
「気になることがあったら何でも言ってくれよ。眠り病を治す手掛かりになるかもしれないからな」
(はい、ありがとうございます)
イリアはにっこりとほほ笑んで視線を逸らした。
なんだか申し訳なくなってしまったのだ。リディオは真剣にイリアの病を治そうとしてくれている。それなのにイリアはこのままずっとリディオとだけ過ごせればいいのにと思ってしまったからだ。
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