究極のポーター 最弱の男は冒険に憧れる

長野文三郎

文字の大きさ
上 下
54 / 98

第54話 コーデリアという女

しおりを挟む
 どんよりとした冬の空は私を不機嫌にさせる。
この新しい任地、コンブウォール鉱山はなんともつまらない場所だった。
私の名前はコーデリア・ルートピア。この地の新しい代官だ。

 代官として3年の任期の間に私がしなければならないことは一つだけ。
ひたすら蓄財に励むことだ。
ここには華やかな社交界もなければ、色恋の駆け引きもない。
失恋の痛手から一切の恋を忘れて上級官僚を目指した私にはふさわしい場所だと言えるが、心の慰めは欲しかった。
この地に赴いた当初、私は素晴らしい素材に巡り合えた。
その男は囚人であったが、理知的であり、教養もあるようだった。
私の屈辱的な命令に反抗し、それに耐え、折れることがなかった。
私はすぐにその男が欲しくなった。
だが、その男は既に人のものだった。
その男の下着がそれを証明していた。
私は彼の貞操帯を破壊し、彼を開放し、私のものにしようとした。
だが彼は私の元から脱走という形でいなくなった。
普段の私なら激高していただろう。
だが不思議なことに彼が逃げたことを聞いてもそれほどの怒りは湧いてこなかった。
いつもの私は一度腹が立つと、怒りの感情が強すぎて自分でも持て余すほどだ。
だがあの日はなぜか激怒せず、ただただ悲しかった。
だから私は彼を追跡せず、私から解放することで心の平穏を取り戻そうとしたのだった。

「コーデリア様。ネピアのチェリコーク子爵家の次女、パトリシア様がご面会を求めていらっしゃっています」
執事のアーロンが珍しい客の来訪を告げてきたのはイッペイが私の元から逃げ出して11日目の午前中のことだった。
ネピアのチェリコーク家のことは知っていたが、パトリシアという娘のことは何も知らない。
いったいどのような要件があるのか想像も出来なかった。
「客間にお通ししろ」
なんの用かはわからないが、この退屈を紛らわせてくれるならそれでいい。
私は暇つぶし程度と考えてパトリシア・チェリコークと対面することにした。

 一目見ただけで天啓のようにこの女がイッペイのご主人様、あるいはパートナーだとわかった。
勝気な眼、下品に盛り上がった胸、引き締まった四肢。
いかにもあの男の気を引きそうな性格と体つきをしている。
それぞれ挨拶を済ませると、やはり私の予想は当たっていたことがわかった。
「この度、私がこちらに参りましたのはある友人を探してのことです」
「ほう、友人ですか」
白々しい、どうせ情夫なのだろうが。
「はい。イッペイ・ミヤタという囚人です」
やはりそうか。
「彼は冤罪でこの鉱山に収監されました。ネピアでは既に彼の無罪は証明されています」
「ほう」
「ただ、こちらの事務官に問い合わせたところ、イッペイ・ミヤタは既に死亡したとの回答が寄せられました」
「それは残念でしたな…」
ふん、小娘の癖に怖い眼で睨みつけてくる。
「代官殿はイッペイ・ミヤタという囚人についてなにかご存じありませんか?」
「さて、私もすべての囚人を把握しているわけではありませんからね…。文官が死んだというのならそうなのでしょう」
「イッペイ・ミヤタが脱獄したなどの事実もないのですね」
「脱獄があれば私の耳にも入ります。私が着任してまだ10日程ですが脱獄囚は出ていません」
ふん、こちらの心を見透かすような目をして、生意気な娘ね。
この娘がいけないのだ、私の中で意地悪な心がむくりと鎌首をもたげた。
「そういえば…」
「なんでしょう」
「着任初日に何人かの囚人と面会をしましたね。これも代官の仕事ですが、収容所の施設内がどうなっているか、彼らの健康状態がどうかというのを確認する必要があるのですよ」
「はい」
「労働環境については一人一人と面接をして、そのあと健康状態のチェックをしました。その中にイッペイという囚人がいた様な気がします」
「!」
「まずは頭髪を調べるのです。虫などがいる場合が多いのです。そうそう彼は綺麗な黒髪をしていましたね。まるで囚人じゃないみたいにサラサラでした」
私はまるでそこにイッペイがいるかのように髪を撫でるしぐさをする。
「代官殿が触ったのですか?」
「ええ。仕事ですから」
ふふふ、少し驚いているようね。
あら? 怒っているのかしら。
「その後に服をすべて脱がせましてね……隅々までみました。ん? どうされました震えていらっしゃるようだが」
「いえ。それでイッペイに何をしたのですか?」
ふふ、ちょっと声まで震えてるわよ。
なんて気持ちがいいのかしら。
「健康状態のチェックですよ。傷などがないか、不当な暴力を受けていないかなども入念に確かめました。…ええ念入りにね」
「それで、…その時まで問題はなかったのですね」
「ええ。私が見る限りなにも異常はありませんでした。それこそ全てをつぶさに見、触れもしましたからね、断言できます」
「…ではなぜイッペイは死んでしまったのでしょう」
「さあ、健康診断の後、彼がどうなったかは知りません」
チェリコークが怒りに震えるほど、私の身と心は潤うように息づく。
自分の気に入っている玩具を勝手に使われるのは腹が立つものよね。
久しぶりに楽しい時間だ。
その後、二三の雑談をしてパトリシア・チェリコークは帰っていった。
部屋に残った私は卓上の鈴を鳴らして執事のアーロンを読んだ。
「いかがされましたかコーデリア様」
「湯浴ゆあみの用意を」
「ただいますぐに」
アーロンは去って行った。
さて、少し風呂に入って気持ちを落ち着けよう。
午後はまた、つまらない仕事がまっているのだ。
その前にこの濡れた身体を綺麗にしなくてはなるまい。


 代官との面談を終えて帰ってきたパティーの顔を見てジャンとクロが怯えた。
「やべえ肉食獣の顔だ」
「オーガでも逃げますよ」
二人でひそひそと話し合っていると、パティーが思いっきり叫ぶのが聞こえてきた。
「うああああああああああああああああああああっっっ!!!!! あのくそ婆、絶対何か知ってて隠してるわ!」
「クロ、何があったか聞いてこい」
「切り込み隊長はジャンさんじゃないですか!」
「お前の方が俺より可愛がられてるだろう! お前の中の眠れるオーガを呼び覚ませ!」
ジャンに背中を押されておずおずとクロが前にでる。
「やはりイッペイさんは生きてるんですね」
「ええ。代官は絶対にイッペイについて何かを知っているわ! ただそれをこちらに言う気はなさそうね。ああムカつく!!」
怒りに燃えるパティーをどう扱っていいかと怯える少年たちの元に救いの神があらわれた。
3日前から別行動をしていたメグが帰ってきたのだ。
「それらしい手がかりを見つけたわ。ここから北東に80キロほどいったところにマチア村というところがあるの」
「おっさんがそこを通ったのか?」
「おそらくね。10日以上前だけど、その村に一人の天使があらわれて死にかけていた老人を治療したということなの。本人やそのお孫さんにも会って確かめてきたわ」
「天使~?」
訝いぶかるジャンを脇に押しのけてパティーが聞く。
「その天使がイッペイなの?」
「天使は黒髪で銀の鳥と猿を連れていたそうよ。それから…平たい顔をしてたとルウという孫が言ってたの。だから…ね」
「平たい顔はわかるけど、サルってなんだよ?」
不死鳥の団のおサルさんが聞くが、ジョージ君のことは誰も知らない。
「サルのことはわからないけど、イッペイに間違いなさそうね。ボニーももうすぐ戻ってくるはずだから彼女が合流し次第追いかけるわよ」
パティーの瞳からいつの間にか怒りが消えていた。今はそんな些細なことよりイッペイの消息を追うことの方が大事だった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

処理中です...