究極のポーター 最弱の男は冒険に憧れる

長野文三郎

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第50話 祈りの夕べ

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 ついに『祈りの夕べ』の時間がはじまった。
礼拝堂に集まった信者たちの前で俺は脂汗をかいている。
すぐにでも逃げ出したい気持ちに襲われるが、そこはぐっと耐えた。
「この度《たび》、この地に赴任してまいりましたロバート・レドブルです。よろしくお願いします。さっそく『夕べの祈り』を行いましょう。なに緊張することはありませんよ」
俺は自分自身に言う。
経典を読むだけだからリラックスして聞いてくれ。
その方が俺もリラックスできる。
「それでは経典の第24章16節から――」
「ちょっと待ってくだせぇ」
一人の村人が俺の話を遮《さえぎ》った。
なにかまずかったか?
「新しい神官様は祓魔師《ふつまし》様だと聞きました。それは前のタブリア様が悪魔憑《あくまつ》きだったと神殿も認めているということですか」
礼拝堂が一気にざわめきだす。
「やはり悪魔はおるのでしょか?」
「どうかお助け下さい神官様!」
経典を朗読しておしまいにしようと思っていたのに、いきなり波乱の幕開けじゃないか。
悪魔がいるか? 
知るわけないだろっ! 
アンデッドしか見た事ないわい。
しかも奴らは天敵だ! 
みんなみんな大嫌いだぁ! 
といった感情を表に出さずに俺はクールにふるまう。
「悪魔は人の弱い心に憑きます」
俺の静かな一言に、ざわめきが少し収まる。
「皆さん、動揺する気持ちはわかりますが、日々を規則正しく生き、正しい行いをするものに悪魔はとり憑きません」
自分で言っててすごく嘘っぽい。
「では前の神官様はどうして悪魔に魅入られたのですか?」
困ったことに、素晴らしいツッコミだ。
「大いなる信仰をもつものは大いなる闇も同時に抱えるものです。タブリア師は篤《あつ》い信仰の持ち主だっただけに抱える悩みも大きかったのだと思います。そこを悪魔につけ入られたのかもしれません」
今日も詐欺師スキルは好調だな。
だがざわめきは収まらない。
まだまだ村人は疑わしそうな顔でこちらを見ている。
ここは一発、出血大サービスといきますか。
「みなさん、私の師匠が常々申していた言葉ですが『健全なる精神は健全なる肉体に宿る』そうです。つまり悪魔に魅入られないためには健やかな肉体が必要ということですね」
ここで俺は医療スキルのスキャンを発動して信者たちを調べた。
「そこの貴方」
俺は前列に座っていた初老の男の前へ移動する。
「右ひざが痛むのですね」
「はい。え? な、なぜそれを」
俺は彼の右ひざに手を当てる。
あまり強烈な回復魔法をかけるわけにはいかないので軽めの魔法を発動する。
「さあ、立ってごらんなさい」
「こ、これは! 痛みがひいている!!」
「もう大丈夫、貴方は悪魔にとり憑かれることはありません」
「おお! おお! 神官様、感謝いたします!」
結構強引なロジックだったが信じてくれたようだ。
体調が目に見えてよくなったせいもあるだろう。
その後、我も我もと詰めかける村人を端から治療し、健康な人には治療するふりだけをして、あたかも新興宗教の教祖のような感じに崇められてしまった。
「皆さん、本来神殿は無償での治療を禁じています。だから今回は特別です。今夜のことは誰にも言ってはなりませんよ」
期待はしていないが、一応口止めはしておこう。
こうして『祈りの夕べ』は大盛況の内に終わった。

 夕飯はインゲン豆のスープとパンだけだった。
神殿の夕飯はだいぶ質素だ。
「神官様、あんなに回復魔法を使ってよろしかったのですか?」
「シスター…、村人たちが怯えていたので仕方がありませんでした。これ以上神殿の権威を失墜しっついさせるわけにはいきません」
俺はそれらしいことを言って誤魔化す。
本音を言えば神殿の権威なんてどうでもいい。
「それにしても神官様は祓魔師《ふつまし》ですよね? まるで法術師のようでしたが…」
「あー、それはいろいろありまして…。実を言えば私は治癒を専門とする法術師で、退魔を専門とする祓魔師ではありません」
「そうだったのですか!」
シスター・マリアは機嫌よく胸の前で手を合わせる。
「神官様が来てくださってよかった」
「どうしてですか?」
「だって皆さんの笑顔を神官様も見たでしょう。法術師の方は滅多にこんな田舎には来てくれないんです」
 食事の間中ずっとシスター・マリアはずっとご機嫌だった。
だから俺もなんとなく嬉しかった。
村人からも感謝されたしね。
ほら、俺ってば人前だとすぐに恰好つけちゃうからさ。

 夕食が終わり、シスターが湯の入った桶を自室に届けてくれた。
これで体を拭くということらしい。
…神殿には風呂がなかった。
…馬鹿だよな俺。
こんなところでラッキースケベなんてあるわけないじゃん。
シスターの部屋には鍵もかかるんだぞ。
…。
当初の予定通り明日の夜明け前に出て行くことにしよう。
俺は食糧庫からジャガイモと玉ねぎを少々ちょろまかしてきた。
あれだけ回復魔法の大盤振る舞いをしたのだ。
少しくらいいいだろう。
鞄からハチドリ達とジョージ君を取り出して机の上に置き、野菜を詰めた。
 そういえばこの村では怪事件が続いているんだったな。
寝ている間に変なのが神殿に来るかもしれない。
ジョージ君に屋根の上で見張り番をしてもらうことにしよう。

 少ない荷物を詰め込んであっという間に逃亡の支度が整った時、ドアをノックする音が聞こえた。
扉の向こうにはシスター・マリアが立っていた。
「神官様、少々よろしいでしょうか」
もうすぐ夜の9時だ。
就寝前の祈りを済ませて寝る時間のはずだが、いったい何の用なのだろう。
「本日はお疲れ様でした。長い旅をしてこられたのに、休む間もなく村人たちのために回復魔法を使い、さぞお疲れでしょう。私がマッサージをして差し上げますわ」
「え? あ、あの、自分は回復魔法をかけられますので…その…」
貞潔の天使と欲望の悪魔が俺の中で激戦を繰り広げているぞ。
その様子はまさに最終戦争《アルマゲドン》だ。
「さあ、こちらに」
シスターの手、あったかいなぁ。
天使軍の側面に悪魔軍の第2部隊が攻撃を仕掛けたぞ。
「遠慮なさることはありませんわ。私も神官様のために何かお役に立ちたいのです」
「そ、それじゃあ」
て、天使軍が押されている。我救援を乞う。我救援をぉ!
俺はおずおずと寝台に横になった。
「あら、いやですわ。うつぶせに寝てください。仰向けではマッサージできませんよ」
クスクスとシスターが笑う。
わずかに頬を赤らめて、なんて可憐なんだ。
「こ、これは失礼」
シスターの手が肩から腰へとゆっくり俺の身体を揉みしだいていく。
人にマッサージされるなんていつ以来だろう。
ぼんやりとそんなことを考えながら、いつしか俺は意識を手放していた。
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