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第19話 ゴールド・バグ

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 探索二日目。
第一階層3区で狩りをする。
3区に入ると天井が仄かに明るくなり、壁にツタなどの植物が生えるようになった。
ここではゴールド・バグと呼ばれる体長80センチもある巨大なコガネムシがメインターゲットだ。
奴らは硬い甲殻に覆われているので、攻撃によるダメージを与えることは「星の砂」のメンバーには不可能だ。
そこでカマドバラという花の花びらを煮詰めたものに毒を入れて食わせる作戦をとって狩りをしていた。
「この方法だと戦闘をしなくて済みます。ですから『星の砂』はいつもここを狩場にしているんですよ。他の冒険者に人気がないというのもいい点です」
サウルさんの話では、ゴールド・バグは装甲が硬くて厄介な割に素材が取れないので人気がないそうだ。
その代わり魔石は第一階層では珍しくHクラスがコンスタントにでる。
たまにGクラスの魔石も出るそうだ。
「カマドバラの毒餌は私が開発した秘伝のレシピなんです」
普段、自信なさげなサウルさんが少しだけ誇らしげだった。

 広場になった場所にそっと移動し、毒餌のはいった桶を置いた。
桶は密封されていて、開けると甘い匂いが広がる。
俺たちはすぐにその場を離れ、あらかじめ確保しておいた小部屋で休憩した。
「今頃、匂いに釣られてきてるんですかね?」
俺はお茶を沸かしながら、サウルさんに話をふる。
「そのはずですよ。いつも30匹は来ます。多い時はそれ以上。この後、先ず生きている虫がいないか確認してからすぐに毒餌をしまいます。ほっておくと新しい虫が来てしまいますからね。その後、魔石が落ちてないか確認するという段取りです」
魔石のとれる確率は迷宮内では10%。
30匹なら3個くらいはドロップするかもしれない。
俺たちは静かに時間が経つのを待った。

 その日は同じような作業を移動しながら12か所で繰り返し、トータルで456匹のゴールド・バグをたおし、49個の魔石を手に入れることが出来た。
普段より若干多めだそうだ。
毒で魔物を殺すのでレベルアップに必要な経験値は入らないが、安全で堅実なやり方だと思う。
こういうパーティーもいるのだと勉強になった。

 ゲート出口横には、巨大な買取カウンターが並んでいる。
大きな倉庫が後ろに控えていて市場のようだ。
今回「星の砂」はトータル75個の魔石をゲットした。
内訳は、Iクラス×26個、Hクラス×47個、Gクラス×2個だ。
それぞれの買取価格は500、800、1500リムで小計53600リム。
素材買取が14300リムで合わせて67900リムの売り上げになった。
 俺とリタは3000リムの報酬を受け取った。
さすがにそれだけでは気がとがめたのか、サウルさんが夕飯をご馳走してくれることになった。
ゲート横の商店街には食堂もいくつか並んでいる。
その中の一つがサウルさん行きつけの店らしい。
日替わり定食を5つ頼んだ。
洗面器のような大きな皿にグラタンが入ったものが出てきた。
マカロニがこれでもかというくらい入っていて、炭水化物を控えてる人が見たら卒倒しそうなハイカロリー食だ。
地球でサラリーマンをしていた頃だったら絶対に食べきれなかった量の食事を、俺はがつがつとかき込んでいった。
値段は350リムとかなりリーズナブルだった。
全員が空腹を抱えていたので瞬く間にグラタンは消えていった。
細い身体のどこに入るのだろうという食欲をみせて、大盛グラタンを平らげたリタは空いたお皿を見つめている。
なにやら真剣な表情だ。
「おなか一杯になりましたかリタさん?」
サウルさんの問いかけにしばらく間をおいてからリタは口を開いた。
「お願いします。私を『星の砂』のメンバーに加えてください!」
「…そうですか。私たちのやり方は見てもらった通りです。構わないのですか?」
「はい。その、私には非常にあってると思うんです」
「…そうですか。歓迎しましょう! リタ、あなたも今日から『星の砂』です」
リタの顔が喜びに明るくなる。
「こんなつまらないパーティーに入れて喜ぶなんて変な奴だ。でもよろしくな」
口とは裏腹にトムの顔がほころんでいる。
「イッペイ、アンタはどうすんのよ?」
ジュリーさんが俺に聞いてきた。
「俺はもう少しいろんなパーティーのポーターをやってみますよ」
『星の砂』のポリシーはステータスが低い俺向きだとは思う。
でも俺は生活のために冒険者をしているのではなく、冒険のために冒険者をしているのだ。
第一階層だけで狩りをして暮らしていきたいのではない。
「やっぱりそうよねぇ。せめてゴブだけでも置いていってほしいわ。ゴブなら私に優しくしてくれるもんね」
「うが」
ジュリーさんは人間の男にはあまりもてないのだろう。
素直にいろんなことを聞くゴブが気に入っているようだ。
「そうだね。イッペイ君はもう少しいろんなパーティーを見て回ったほうがいいだろう。それに下の階層もね」
「そういえば、サウルさんは第三階層まで行ってるんですよね。第8位階なんだから」
「ああ。だけどね、私はポーターとして第三階層に行ったに過ぎないんだよ」
そうか、たとえポーターでも地下3階までいけばギルドカードは大8位階になる。
こうして考えてみると位階というのは強さの証明というわけではないのだな。
迷宮をどこまで潜ったことがあるかを示す指標でしかないわけだ。
「生き延びそうなパーティーを見極めること。それがポーターに一番大切な技能です、イッペイ君」
……しょぼくれたおじさんなんて言ってごめんなさい。
今回の探索ではいろんなことをサウルさんに教えてもらいました。
サウルさんしぶいっス! 
わかったっス! 
俺、頑張って生き延びるっス! 
そう心の中で誓って俺はホテルに帰った。

 ホテルのフロントで鍵を受け取るときに、またチェリコーク家からメッセージが届いていた。
前回はいつでも会えますよとメッセージを返したら、すぐに迎えの馬車を寄こしてきた。
今回は同じ轍を踏まないように返事は明日することにしよう。
辺りはもう暗くなってきている。
今夜はもう何もしたくなかった。

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 チェリコーク子爵夫人は屋敷の廊下を歩いていた。
すれ違う使用人たちはみな、婦人が来ると身を引いて道を譲り、頭を下げる。
ふと、何かに違和感をおぼえて夫人は足を止めて振り返った。
特におかしなところはない。
自分の娘が一人、朝の挨拶をしてすれ違っただけだ。
……いやちがう! 
あの子は確か……。
「ねぇパティー、その肌はどうしたの?! ずいぶん綺麗になってるじゃない!」
 パティーは顔を赤らめながら説明する。
「ちょ、ちょっとね。イッペイがスキンケアセットっていうのをくれたのよ。それを使っただけ」
「だって、あなたの肌は冒険のせいでガサガサだったじゃない?」
「うん。そうだったんだけど、ゆうべお手入れをしてから寝て、朝起きたらこんな感じだったの」
照れたようなパティーだが、どこか嬉しそうだ。
「そうだったのね……。そのセットはまだ残っているの?」
「だっ、だめよっ! あれはイッペイが私にくれたんだからっ!」
その日もパティーはいつもと同じく親に反抗した。
「うっ……。私もミヤタ様に手紙を書かなくてはなりませんね。誰か、メッセンジャーをすぐに私の書斎によこして頂戴! パティー、あなたからもミヤタ様に頼んでくれない? お願い」
 書斎へと去って行く夫人を見送りながら、パティーは深いため息をつくのだった。
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