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第6話 A列車で行こう

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 人家がちらほら見え出してきたなと思っていたら、いつの間にかネピアの街に入っていた。
俺としては城壁があり、門のところで待たされたり、税金を払わされたりするなんてことを想像していたのだが、この街に壁はなかった。
城壁があるのは領主の城だけだそうだ。
 ボトルズ王国、コーク領 ネピア。
それが俺たちの今いる場所だ。
領主はアーサー・コーク侯爵。
なんでもこの国の四大侯爵のひとりで、かなりの権勢《けんせい》を誇るらしい。
そういえばパティの苗字はチェリコークだ。
「コークとチェリコークって似てるね」
とパティーに聞いたら、
「家は分家よ」
と、あっさりした答えが返ってきた。
うん、やっぱりそうか。
パティーは貴族だったんだね。
「あら、驚かないのね?」
「まあなぁ。食事の仕方とか所作がお上品だったから、いいところのお嬢様っていうのは想像がついていたんだ」
「そうなんだ。うちは分家の傍系《ぼうけい》の子爵で、しかも私は3男4女の次女だから、貴族だからって気にしないでね」
「わかった」
 これからパティーの家へいくのだ。
とりあえず今日はそこに泊めてもらうことになっている。
旅の間に色々なものを錬成・作成したので、それを売れば当座をしのげる金は稼げるとは思う。
だけど今は一文無しだ。
今日はパティーの実家に厄介になって、明日になったら商品を売る予定だった。
しかしなんで貴族のお嬢様が冒険者をやっているんだろう。
素朴な疑問が湧き上がってくる。 
ひょっとしてパティーの実家は没落しかけの貴族なのかもしれない。
彼女には世話になった。
俺にできることがあれば手を貸すことに吝《やぶさ》かではない。
 だが、単にパティーがお転婆なだけで家はすごい貴族という可能性もある。
心の準備をするためにチェリコーク家がどの程度の貴族か探りを入れておいたほうがいいだろう。
「パティーさんや」
「なによ、へんな呼び方して?」
「今からご実家に窺うわけだが、いきなり俺が押しかけても大丈夫なのかな?」
「ええ問題ないわ。イッペイが泊まる部屋くらいあるわよ」
部屋数は多いらしい。
2LDKとかではないようだ。
「その、……お父さんとかに怒られないかな?」
「お父様? 今はいないわよ」
留守なのか。
「お前はどこの馬の骨だぁ!」的な展開を危惧していたのだが、心配が過ぎたようだ。
だが、まだ油断はできない。
高飛車な姉に「あら、平民のお客様?」などの嫌味を言われる可能背もある。
俺の防御力は5だが、精神的防御力も大して高くないのだ。
「ほら、ご家族の迷惑にならないかなと思ってさ?」
「そんなことを心配していたのね。うちの家族はみんな王都で暮らしているの。本宅はここなんだけど、普段は寄親のコーク侯爵と一緒にみんなあっちに行っているわ」
「そうかぁ、ご家族に挨拶しなきゃとか思ったから、すごく緊張したよ」
「バカね。いくら私が放蕩娘《ほうとうむすめ》でも、いきなりイッペイを家族に紹介したりするもんですか。両親が卒倒しちゃうわよ」
そりゃそうだよね。
貴族の令嬢がいきなり家に男を連れて行くなんてあり得ない話だ。
寂しい気もするけど気を使わないで済むなら、その方がいい。
野宿にも疲れたし今夜は久しぶりのベッドでのんびりさせてもらうとしよう。

 ネピアの街はなかなか栄えている。
俺たちは中心街に向かって歩いていた。
往来には人が多く、馬車もたくさん走っている。
様々な店が並び、豊富な商品が窓越しに見えた。
この世界にはガラス窓があるのだ。
もっともすべての建物についているわけではない。
ガラス窓があるのは富裕層の家や役所、教会、高級な品物を扱う商店などに限定されているようだ。
まだまだ高価な品なのだろう。

 住宅街を抜けると広場に出た。
市がたっていて、幾人かの露天商が品物を広げている。
上の方を見上げると建物の間から高架橋《こうかきょう》のようなものが見えた。
「パティーあれは何だい?」
「ああ、魔導鉄道の線路よ」
「魔導鉄道……だと!」
「ほら、聞こえてきたんじゃない」
耳をすませば人々の喧騒を越えて、遠くからなにやら鉄のきしむような音が聞こえてくる。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
電車の走る音だ。
一分も待たずに、魔導列車は姿をみせた。
銀に輝く流線型のフォルム。
続く貨車や客車は黒く塗られた箱型だった。
煙突などは見当たらず、煙も吐いていない。
「魔石を使って動いているのよ。イッペイは初めて見たの?」
俺が驚いたように頷くと、パティーは自慢するように説明してくれた。
「ボトルズ王国の西で一番の都市ネピアから王都エルミアを経て、東の都市クリネスクを繋ぐ東西線がこの線路なの」
 東西線とか聞くとファンタジーが突然に地下鉄ぽくなるから不思議だ。
しかしこの世界に鉄道があるとは驚きだった。
「魔導列車は魔石を動力にしているのか……」
「そうよ。ネピアが発展した一番の理由ね。ここには国一番の迷宮があるからね」
「どういうこと?」
「イッペイは何にも知らないのね。魔石は魔物を倒すと稀に出てくるのは知っているでしょう。そう、滅多に出てこないわ。フィールドで倒しても出てくる確率は2パーセントくらいと言われているの。でも迷宮の魔物の場合、確率は10パーセントに上がるわ。しかも魔物の数は迷宮の方が圧倒的に多いの」
「つまり魔石を集めようと思ったら、ダンジョンで魔物を狩るのが一番効効率的ということか」
「そういうこと。だから迷宮は国が管理しているの。理由はわかるわよね? 魔石の安定確保のためよ」
「ひょっとして魔石の持ち出しはできないのか?」
「魔石にはランクがあってね。10段階にランク付けされるの。上からS、A,B,C,D,E、Fまでの魔石は個人での持ち出しは禁止ね。魔導鉄道や飛空艇、各種施設や兵器の動力源として使われるらしいわ。だから迷宮の出入り口で検査、買取が行われてるの」
「こっそり持ち出すことは?」
「無理よ。魔石探知機があるから持ち出しは不可能ね。見つかれば収容所行よ。それに魔道具の動力源に使うならG、H、Iの魔石で充分ですもの」
 困った。
俺は魔石を原料にいろいろ作りたいのに。
でも、いざとなったら迷宮の中で錬成してしまえばいいだろう。
どうせ高ランクの魔石がとれる場所まで行くにはしばらく時間がかかるだろうから、今はコツコツと準備だけを進めておこう。


 開いた口が塞がらないとはこのことだ。
パティーは「今晩は家《うち》に泊まればいいよ」と言ったのだ。
家《うち》っていうのはもっと慎ましいものだと思う。
なんだよこの大邸宅は!
【職業】戦士に騙されてしまった。
 屋敷の門のところには詰所があり、パティーの顔を見ると大急ぎで守衛さんが門を開けてくれた。
玄関を入るとすでにメイドさんが控えている。
「お帰りなさいませお嬢様」
「ただいま、エル」
パティーは簡単に挨拶をしてずんずんと奥へ歩いていく。
俺もおいていかれないように慌てて追いかけた。
その後ろをエルと呼ばれたメイドさんがついてくる。
「彼はイッペイ。今晩はここに泊まるから部屋を用意してあげて」
「かしこまりました。ようこそおいでくださいましたイッペイ様」
「よろしくお願いします」
歩きながらおずおずと頭を下げた。
「夕飯は7時くらいがいいわ。お腹がすいているから多少量は多めにね。彼も一緒に食べるから用意して」
「はい」
「メインにはシギ料理をお願い」
パティーは俺の方を向いて説明してくれる。
「この辺でとれる鳥よ。とても美味しいの」
そして、また矢継ぎ早に言葉を繋ぐ。
「メイン以外は任せるわ。あ、でもデザートはこの前食べた『秋のマチェドニア』がいいわ。とても美味しかったから。それからお風呂の用意をしてちょうだい。イッペイ貴方も入るわよね? 彼の部屋のお風呂もね」
「すぐにご用意いたします」
「待っている間、応接室でお茶を飲むわ。お茶うけは何でもいいから。ハバの紅茶をお願いね。ミルクティーがいいからガーネン種のミルクもね。イッペイは何が飲みたい?」
「同じものでいいよ……」
「かしこまりました」
「着替えは簡素なものでいいわ。ドレスなんてやめてね。イッペイにはゲストルームにくつろげる服を用意してあげて」
「はい」
「それで、留守中変わったことはなかった?」
パティーが応接室の扉を開きながらエルに聞く。
「旦那様方が王都からご帰宅されました」
エルの言葉はパティーには届いていない。
パティーの視線は応接室の中の人々にくぎ付けだった。
「お帰りパティー。どこに行っていたんだい?」
温厚そうな紳士がパティーに声をかける。
「ただいまお父様……」
パティーはエルの方へ振り返りそっとつぶやく。
「さっきまでの言いつけは全部なしにして」
「かしこまりましたお嬢様」
エルは恭しく頭を下げてその場を離れた。

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