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第27話 疾風怒濤(しっぷうどとう)
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宿営地に着くと騎士団は天幕を張りだした。
この近くに町はないので、今日は久々の野営である。
近くに酒場やレストランもないから、こんな日は酒保の客も多くなる。
だが、その日最初にやってきたのはミリアだった。
「イシュタル兄様、お願いがあってまいりました」
「どうしたんだ、やけに真剣な顔をして」
ミリアは口をキュッと結び、真っ直ぐに俺の目を見てきた。
「兄様、どうぞミリアに稽古《けいこ》をつけてください」
「稽古だと?」
「あの小城で兄様の鬼神のような戦いぶりを拝見して、兄様は世界一お強いと確信しました。どうぞミリアを鍛えてくださいまし!」
「うーん……」
この遠征が始まってから、『カクテル』を使った様々なスイーツをミリアに食べさせてきた。
それだけではなく、水や食料にも細工をしてきたのだ。
基礎的な能力はだいぶ底上げされているだろう。
だとすれば、これからは実戦を通して何の能力が足りないかをみて、それを補う形に切り替えていくのも悪くない。
稽古をすれば何が必要かはっきりとわかるだろう。
「いいだろう、早速やってみるか。ミリアと戦うのは久しぶりだな。覚えているか、屋敷の中庭での勝負を?」
「あ、あれは幼いころの騎士ゴッコではございませんか! 今日はあれとは全然違う、本気の稽古ですよ!」
「すまん、そうだったな」
照れながら怒るミリアがやたらと可愛かった。
俺とミリアは夕暮れの原っぱで対峙した。
何事かと他の騎士たちも集まってきている。
「ビール、ビールはいかがっスかぁ?」
観客を当て込んで商売を始めるリーンもいる……。
「それじゃあ、剣を抜いて」
「お兄様の武器は?」
武器ならいくつか仕込んであるけど、使うところは見せたくない。
これだけ観衆がいるのに、手の内を見せるなんて特殊部隊にあるまじき行為だ。
稽古だから攻撃を受けてやらなくちゃならないだろうし、そうなると刃こぼれしてしまう恐れもある。
手入れとか嫌いなんだよね、面倒だから。
「じゃあ、俺はこれを使うよ」
落ちていた棒を拾い、大地に突き刺して『カクテル』を施す。
地中の金属と棒が交じり合い、多少の強化がされた。
見た目も、ところどころ輝いていて強そうだ。
これを使えば、稽古くらいなら事足りるだろう。
「さあ、いつでもかかってきなさい」
「はい!」
ミリアは剣を抜いて、真っ直ぐに打ち込んできた。
いい踏み込みだけど、攻撃が直線的すぎる。
騎士っていうのはだいたいこれなのだ。
戦いなんて相手をだましてナンボなのだが、真面目なミリアにはそれができない。
それでも、身体能力だけは上がっているようで、幅の広いブロードソードも軽々と使いこなせている。
伸びしろはじゅうぶんありそうだった。
――
「ハア、ハア、ハア……」
疲れ切ったミリアが剣を支えに何とか立っている。
ちょっとやり過ぎたかな?
ミリアの成長が嬉しくて、つい張り切り過ぎてしまったのだ。
「まだまだ力に頼り過ぎているな。もう少し体の移動に気を遣った方がいい。敵の死角に潜り込むんだ」
「ハア、ハア、はい……」
「よし、今日はここまでにしよう」
「ハア……イシュタル兄様……、兄様はどうして息切れ一つしていないのですか?」
「手を抜いているからさ」
「えっ……」
「勘違いするなよ。ミリアをバカにしているという意味じゃない。力の出しどころを心得ているということだ。すべてに100%の力を出していたら疲れてしまうだろう?」
「はい……」
「ミリアは真面目過ぎるんだよ。もう少し肩の力を抜いてな」
「イシュタル兄様は子どものころから面倒くさがりでしたね」
「そうだっけ? さあ、何か飲み物を作ろう。酒保の荷馬車のところまでおいで」
心肺機能が上がるハチミツ水でも作ってやるとしよう。
ついでに疲労回復もな。
ついでに腕力も……。
可愛い妹のために、能力値のすべてを上げてやりたかった。
◇
荷馬車へと遠ざかる兄妹の後姿を見送りながら、騎士たちの間にざわめきが起きていた。
「見たか? 兄上様の太刀さばきを」
「いや、ほとんど見えなかった。最近どういうわけか目がよくなったにも関わらずだ」
「団長が兄様は世界一お強いと言ったときはどうかと思ったけど、あながち嘘じゃないかもしれないわ!」
騎士たちの興奮は冷めやらない。
「私にも稽古をつけてくださらないかしら……」
「それなら俺だって!」
「みんなで頼めば聞き届けてくださるかもしれないぞ!」
「そうね、あとで頼みに行きましょう!」
面倒くさがりの知らないところで、とんでもなく面倒くさい事態が発生しつつあった。
◇
「そこで踏み込みながら手首をひねるっ!」
「はいっ!!」
野営地の広場に騎士たちの声が響き渡る。
朝っぱらから俺は戦闘指導だ。
俺は酒保商人なんだけどな……。
百歩譲って酒保商人は世を忍ぶ仮の姿だと認めよう。
だが、その実態はグラハム大神殿の司祭だぞ。
お祈りをささげたり、人々の悩みを聞いたりするのがお仕事だ。
それなのに朝練って何なのさ……。
ミリアから頼まれて断り切れなかった俺も悪いが、こいつらは朝から本当に元気だ。
「よーし、本日はここまで。朝食を三種類用意したから、それぞれ指定されたものを食べるように!」
三種類とは、持久力、腕力、素早さ、を上げる食事だ。
今朝の練習を見て、各々に足りない部分を補ってもらうことにした。
特化型というのもロマンがあっていいのだが、俺がやりたいのは騎士団全体のボトムアップだ。
個人の技量よりもチームプレーで最強になってもらうつもりである。
戦はやはり組織力なのだ。
「お疲れ様です、クロードさん」
リーンがハムとチーズを挟んだサンドイッチを渡してくれた。
こちらは普通の食事だけど、人が作ってくれるというのがありがたい。
「ありがとう、うまそうだな」
「そりゃあ、愛がこもっていますから。重たいですヨォ!」
「食べる気がしなくなってきた」
「何を言ってるんですか、それを食べ終わったら、リーンちゃんへの個人授業が待っているんですからね!」
「食べ終わったら出発だぞ」
「ああん、下着をはかずに待っていたのにぃ!」
なんの授業を期待していたのだ?
アスタレテへはあと3、4日で到着という距離まできている。
俺たちの任務も終わりに近づいているのだ。
この近くに町はないので、今日は久々の野営である。
近くに酒場やレストランもないから、こんな日は酒保の客も多くなる。
だが、その日最初にやってきたのはミリアだった。
「イシュタル兄様、お願いがあってまいりました」
「どうしたんだ、やけに真剣な顔をして」
ミリアは口をキュッと結び、真っ直ぐに俺の目を見てきた。
「兄様、どうぞミリアに稽古《けいこ》をつけてください」
「稽古だと?」
「あの小城で兄様の鬼神のような戦いぶりを拝見して、兄様は世界一お強いと確信しました。どうぞミリアを鍛えてくださいまし!」
「うーん……」
この遠征が始まってから、『カクテル』を使った様々なスイーツをミリアに食べさせてきた。
それだけではなく、水や食料にも細工をしてきたのだ。
基礎的な能力はだいぶ底上げされているだろう。
だとすれば、これからは実戦を通して何の能力が足りないかをみて、それを補う形に切り替えていくのも悪くない。
稽古をすれば何が必要かはっきりとわかるだろう。
「いいだろう、早速やってみるか。ミリアと戦うのは久しぶりだな。覚えているか、屋敷の中庭での勝負を?」
「あ、あれは幼いころの騎士ゴッコではございませんか! 今日はあれとは全然違う、本気の稽古ですよ!」
「すまん、そうだったな」
照れながら怒るミリアがやたらと可愛かった。
俺とミリアは夕暮れの原っぱで対峙した。
何事かと他の騎士たちも集まってきている。
「ビール、ビールはいかがっスかぁ?」
観客を当て込んで商売を始めるリーンもいる……。
「それじゃあ、剣を抜いて」
「お兄様の武器は?」
武器ならいくつか仕込んであるけど、使うところは見せたくない。
これだけ観衆がいるのに、手の内を見せるなんて特殊部隊にあるまじき行為だ。
稽古だから攻撃を受けてやらなくちゃならないだろうし、そうなると刃こぼれしてしまう恐れもある。
手入れとか嫌いなんだよね、面倒だから。
「じゃあ、俺はこれを使うよ」
落ちていた棒を拾い、大地に突き刺して『カクテル』を施す。
地中の金属と棒が交じり合い、多少の強化がされた。
見た目も、ところどころ輝いていて強そうだ。
これを使えば、稽古くらいなら事足りるだろう。
「さあ、いつでもかかってきなさい」
「はい!」
ミリアは剣を抜いて、真っ直ぐに打ち込んできた。
いい踏み込みだけど、攻撃が直線的すぎる。
騎士っていうのはだいたいこれなのだ。
戦いなんて相手をだましてナンボなのだが、真面目なミリアにはそれができない。
それでも、身体能力だけは上がっているようで、幅の広いブロードソードも軽々と使いこなせている。
伸びしろはじゅうぶんありそうだった。
――
「ハア、ハア、ハア……」
疲れ切ったミリアが剣を支えに何とか立っている。
ちょっとやり過ぎたかな?
ミリアの成長が嬉しくて、つい張り切り過ぎてしまったのだ。
「まだまだ力に頼り過ぎているな。もう少し体の移動に気を遣った方がいい。敵の死角に潜り込むんだ」
「ハア、ハア、はい……」
「よし、今日はここまでにしよう」
「ハア……イシュタル兄様……、兄様はどうして息切れ一つしていないのですか?」
「手を抜いているからさ」
「えっ……」
「勘違いするなよ。ミリアをバカにしているという意味じゃない。力の出しどころを心得ているということだ。すべてに100%の力を出していたら疲れてしまうだろう?」
「はい……」
「ミリアは真面目過ぎるんだよ。もう少し肩の力を抜いてな」
「イシュタル兄様は子どものころから面倒くさがりでしたね」
「そうだっけ? さあ、何か飲み物を作ろう。酒保の荷馬車のところまでおいで」
心肺機能が上がるハチミツ水でも作ってやるとしよう。
ついでに疲労回復もな。
ついでに腕力も……。
可愛い妹のために、能力値のすべてを上げてやりたかった。
◇
荷馬車へと遠ざかる兄妹の後姿を見送りながら、騎士たちの間にざわめきが起きていた。
「見たか? 兄上様の太刀さばきを」
「いや、ほとんど見えなかった。最近どういうわけか目がよくなったにも関わらずだ」
「団長が兄様は世界一お強いと言ったときはどうかと思ったけど、あながち嘘じゃないかもしれないわ!」
騎士たちの興奮は冷めやらない。
「私にも稽古をつけてくださらないかしら……」
「それなら俺だって!」
「みんなで頼めば聞き届けてくださるかもしれないぞ!」
「そうね、あとで頼みに行きましょう!」
面倒くさがりの知らないところで、とんでもなく面倒くさい事態が発生しつつあった。
◇
「そこで踏み込みながら手首をひねるっ!」
「はいっ!!」
野営地の広場に騎士たちの声が響き渡る。
朝っぱらから俺は戦闘指導だ。
俺は酒保商人なんだけどな……。
百歩譲って酒保商人は世を忍ぶ仮の姿だと認めよう。
だが、その実態はグラハム大神殿の司祭だぞ。
お祈りをささげたり、人々の悩みを聞いたりするのがお仕事だ。
それなのに朝練って何なのさ……。
ミリアから頼まれて断り切れなかった俺も悪いが、こいつらは朝から本当に元気だ。
「よーし、本日はここまで。朝食を三種類用意したから、それぞれ指定されたものを食べるように!」
三種類とは、持久力、腕力、素早さ、を上げる食事だ。
今朝の練習を見て、各々に足りない部分を補ってもらうことにした。
特化型というのもロマンがあっていいのだが、俺がやりたいのは騎士団全体のボトムアップだ。
個人の技量よりもチームプレーで最強になってもらうつもりである。
戦はやはり組織力なのだ。
「お疲れ様です、クロードさん」
リーンがハムとチーズを挟んだサンドイッチを渡してくれた。
こちらは普通の食事だけど、人が作ってくれるというのがありがたい。
「ありがとう、うまそうだな」
「そりゃあ、愛がこもっていますから。重たいですヨォ!」
「食べる気がしなくなってきた」
「何を言ってるんですか、それを食べ終わったら、リーンちゃんへの個人授業が待っているんですからね!」
「食べ終わったら出発だぞ」
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