22 / 39
襲撃 その2
しおりを挟む
夜になり、俺はいつものルーティンワークだ。
今は馬の強化週間に充てているので、今夜は飼い葉にカクテルを施す。
筋肉を発達させる物質を餌に混ぜ込んで、騎士たちの馬を精強な軍馬へと育成するのが目標である。
「リーン、そろそろ行くぞ」
「んー、なんか体が重いっス……」
「どうした、風邪か?」
「いえ、女の子の日ですね」
「ああ、なるほど」
病気ならカクテル調合した特別なポーションで治してやれるが、生理現象となると難しい。
「だったら、今夜は俺一人で行ってくる」
人間の食料と違って、馬の餌は開封と梱包に時間を取られない。
一人でも楽に仕事ができるのだ。
「悪いっスね。あとで添い寝してあげますから、よろしくお願いします」
「要らねーよ」
俺は真っ暗な街路へと歩き出した。
しかし、リーンは本当に大丈夫か?
これまでずっと一緒に仕事をやってきたけど、こんなことを言い出したのは初めてのことだ。
ひょっとしたら本人も気づかないうちに体調を崩しているのかもしれない。
後で滋養強壮によいスペシャルカクテルでも作ってやるとしよう。
◇
クロードの気配が消えるとリーンはすぐに動き出した。
セルゲスたちが行動を開始するまで時間がない。
戦闘服に着替えるのももどかしく、リーンは慌ただしく準備をしていく。
黒装束の下にチェーンメイルを着込み、一本のマジックスクロールをポケットにねじ込んだ。
何度も資材部に掛け合って、ようやく申請を通してもらった高出力範囲魔法のマジックスクロールだ。
これがリーンの切り札である。
本来は遠隔操作や時間差で起動させるアイテムだが、いざというときは使用者がその場で使うこともできる。
当然、その場合は使用者までもが術に巻き込まれ、3000℃の熱で身を焼かれることになるのだが……。
「なるべく死にたくないけど、いざというときは仕方がないよね」
リーンは明るい声で自分を励ました。
外に出ると新月で辺りは暗かった。
もっともリーンのように特殊な訓練を受けた者は夜目が利く。
それはセルゲスやイアーハンの奴らも同じことだ。
道を急ごうとするリーンの目にシルバーシップが散歩をしているのが見えた。
シルバーは口を使って厩の扉を開け、勝手に散歩をすることがある。
朝までには戻ってくるので問題になったことはないが、本当に自由気ままな馬なのだ。
「シルバー、お散歩?」
「ぶるるるる」
「そっか、私も野暮用で出かけてくるよ。あとをお願いね」
「……」
シルバーは大きな瞳でリーンを見つめた。
その様子は、まるでリーンがこれから何をしようとしているか、すべてわかっているかのようだ。
「じゃあね!」
リーンはシルバーの横を通り過ぎる。
「ヒーン……」
暗闇の中でシルバーシップの小さないななきが響いた。
町の北側に潜んでいたイアーハンたち八人はセルゲスの先導で闇の中を走っていた。
目指すのはミリアが宿泊している宿屋だ。
彼らの計画はシンプルで、屋根からミリアの部屋へ侵入し、そのまま誘拐するというものだった。
どうして計画がここまで単純であるかといえば、それだけセルゲスの戦闘力が高いからだ。
誘拐対象となるミリアや護衛騎士の抵抗などは、ほとんど障害にもならないと考えている。
それくらいセルゲスの強さは圧倒的だった。
先頭を走っていたセルゲスは突然剣を引き抜き、斜め上へと切り上げた。
プツンと音がして、仕掛けられたワイヤートラップが切り落とされる。
知らずに走り抜けていたら、襲撃者たちは胴の真ん中あたりが切断されてしまっていただろう。
「細目のくせに、視力はいいんだね」
セルゲスたちの前に黒い影が立ちふさがった。
「やはり裏切ったか、リーン・リーン」
セルゲスは残酷な笑みを浮かべた。
「裏切ったというか、嫌いなんだよね」
「何がだ?」
「アンタとかレギア枢機卿とかがさ。生理的に無理なんだよ、悪いけど」
「そこまでクロウ司祭に尽くすか、健気なことだな」
それは下らないものを見たような失笑だった。
「うるさいなぁ……」
リーンはポケットに手を入れた。
この場所で高出力範囲魔法を発動させれば、半径15メートルが瞬く間に3000度の高温に包まれる。
脱出できるものはいないだろう。
術者が離れていないので発動までのタイムラグは1秒もない。
すべてが消し炭になるのだ。
(さようなら、クロードさん。本当に好きだったんだよ……)
最後に心の中で語りかけて、リーンはスクロール発動の魔力を流し込もうとした。
ところが、セルゲスは目ざとくリーンの不自然な動きに気が付いてしまった。
高速の踏み込みで5メートルの距離を一足で詰める。
そして、リーンが反応する間も与えずにポケットの中のスクロールを奪っていた。
「おやおやぁ、ずいぶんと物騒なものを持っているじゃないか。さすがの俺でもこいつには耐えられない」
「クッ!」
リーンは慌てて後方に飛びのき愛用のナイフで身構えた。
一方のセルゲスは、いいおもちゃが手に入ったとばかりにマジックスクロールを懐にしまってしまう。
「自分の身を犠牲にしてまで俺たちを止めたかったか。まったくもって健気じゃないか……本当に、めちゃくちゃにしてやりたくなるな」
セルゲスが唇の端を舐めた。
「そういうところがキモいのよ!」
セルゲスは手を振ってイアーハンに合図する。
「ここは俺が引き受ける。お前たちは計画通りにやれ」
その言葉にイアーハンの連中は再び動き出したが、リーンにはどうすることもできなかった。
隙を見せればセルゲスにまたもや距離を詰められてしまうだろう。
「怯えているのか?」
「……」
「弱い奴ってのは、そそるねぇ……」
弱者をなぶる肉食獣のように、セルゲスはじわじわとリーンに近づいてきた。
今は馬の強化週間に充てているので、今夜は飼い葉にカクテルを施す。
筋肉を発達させる物質を餌に混ぜ込んで、騎士たちの馬を精強な軍馬へと育成するのが目標である。
「リーン、そろそろ行くぞ」
「んー、なんか体が重いっス……」
「どうした、風邪か?」
「いえ、女の子の日ですね」
「ああ、なるほど」
病気ならカクテル調合した特別なポーションで治してやれるが、生理現象となると難しい。
「だったら、今夜は俺一人で行ってくる」
人間の食料と違って、馬の餌は開封と梱包に時間を取られない。
一人でも楽に仕事ができるのだ。
「悪いっスね。あとで添い寝してあげますから、よろしくお願いします」
「要らねーよ」
俺は真っ暗な街路へと歩き出した。
しかし、リーンは本当に大丈夫か?
これまでずっと一緒に仕事をやってきたけど、こんなことを言い出したのは初めてのことだ。
ひょっとしたら本人も気づかないうちに体調を崩しているのかもしれない。
後で滋養強壮によいスペシャルカクテルでも作ってやるとしよう。
◇
クロードの気配が消えるとリーンはすぐに動き出した。
セルゲスたちが行動を開始するまで時間がない。
戦闘服に着替えるのももどかしく、リーンは慌ただしく準備をしていく。
黒装束の下にチェーンメイルを着込み、一本のマジックスクロールをポケットにねじ込んだ。
何度も資材部に掛け合って、ようやく申請を通してもらった高出力範囲魔法のマジックスクロールだ。
これがリーンの切り札である。
本来は遠隔操作や時間差で起動させるアイテムだが、いざというときは使用者がその場で使うこともできる。
当然、その場合は使用者までもが術に巻き込まれ、3000℃の熱で身を焼かれることになるのだが……。
「なるべく死にたくないけど、いざというときは仕方がないよね」
リーンは明るい声で自分を励ました。
外に出ると新月で辺りは暗かった。
もっともリーンのように特殊な訓練を受けた者は夜目が利く。
それはセルゲスやイアーハンの奴らも同じことだ。
道を急ごうとするリーンの目にシルバーシップが散歩をしているのが見えた。
シルバーは口を使って厩の扉を開け、勝手に散歩をすることがある。
朝までには戻ってくるので問題になったことはないが、本当に自由気ままな馬なのだ。
「シルバー、お散歩?」
「ぶるるるる」
「そっか、私も野暮用で出かけてくるよ。あとをお願いね」
「……」
シルバーは大きな瞳でリーンを見つめた。
その様子は、まるでリーンがこれから何をしようとしているか、すべてわかっているかのようだ。
「じゃあね!」
リーンはシルバーの横を通り過ぎる。
「ヒーン……」
暗闇の中でシルバーシップの小さないななきが響いた。
町の北側に潜んでいたイアーハンたち八人はセルゲスの先導で闇の中を走っていた。
目指すのはミリアが宿泊している宿屋だ。
彼らの計画はシンプルで、屋根からミリアの部屋へ侵入し、そのまま誘拐するというものだった。
どうして計画がここまで単純であるかといえば、それだけセルゲスの戦闘力が高いからだ。
誘拐対象となるミリアや護衛騎士の抵抗などは、ほとんど障害にもならないと考えている。
それくらいセルゲスの強さは圧倒的だった。
先頭を走っていたセルゲスは突然剣を引き抜き、斜め上へと切り上げた。
プツンと音がして、仕掛けられたワイヤートラップが切り落とされる。
知らずに走り抜けていたら、襲撃者たちは胴の真ん中あたりが切断されてしまっていただろう。
「細目のくせに、視力はいいんだね」
セルゲスたちの前に黒い影が立ちふさがった。
「やはり裏切ったか、リーン・リーン」
セルゲスは残酷な笑みを浮かべた。
「裏切ったというか、嫌いなんだよね」
「何がだ?」
「アンタとかレギア枢機卿とかがさ。生理的に無理なんだよ、悪いけど」
「そこまでクロウ司祭に尽くすか、健気なことだな」
それは下らないものを見たような失笑だった。
「うるさいなぁ……」
リーンはポケットに手を入れた。
この場所で高出力範囲魔法を発動させれば、半径15メートルが瞬く間に3000度の高温に包まれる。
脱出できるものはいないだろう。
術者が離れていないので発動までのタイムラグは1秒もない。
すべてが消し炭になるのだ。
(さようなら、クロードさん。本当に好きだったんだよ……)
最後に心の中で語りかけて、リーンはスクロール発動の魔力を流し込もうとした。
ところが、セルゲスは目ざとくリーンの不自然な動きに気が付いてしまった。
高速の踏み込みで5メートルの距離を一足で詰める。
そして、リーンが反応する間も与えずにポケットの中のスクロールを奪っていた。
「おやおやぁ、ずいぶんと物騒なものを持っているじゃないか。さすがの俺でもこいつには耐えられない」
「クッ!」
リーンは慌てて後方に飛びのき愛用のナイフで身構えた。
一方のセルゲスは、いいおもちゃが手に入ったとばかりにマジックスクロールを懐にしまってしまう。
「自分の身を犠牲にしてまで俺たちを止めたかったか。まったくもって健気じゃないか……本当に、めちゃくちゃにしてやりたくなるな」
セルゲスが唇の端を舐めた。
「そういうところがキモいのよ!」
セルゲスは手を振ってイアーハンに合図する。
「ここは俺が引き受ける。お前たちは計画通りにやれ」
その言葉にイアーハンの連中は再び動き出したが、リーンにはどうすることもできなかった。
隙を見せればセルゲスにまたもや距離を詰められてしまうだろう。
「怯えているのか?」
「……」
「弱い奴ってのは、そそるねぇ……」
弱者をなぶる肉食獣のように、セルゲスはじわじわとリーンに近づいてきた。
0
あなたにおすすめの小説
ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい
空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる