ヒキガネを轢いたら

晴野幸己

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第三部

第31話 リンの誕生、そして

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 地球管理システムAI国家OSについてざっくり説明すると・・・・・・それは、あのグレンより人格を強調した自律型コンピュータウィルスのことである。
 グレンと区別できるように、ホログラムは女性型になり、新しい人間が操作をするには彼女を説得しなければならない。
 こうして説明すると、なんだか得体の知れない恐ろしい存在のように思えるが、俺達はなんとか彼女をほぼ普通の人間のような人格にできたと思っている。


 ちょうど今、初めて彼女を起動して、俺達はゴーストランドと繋がることができた。
 ゴーストランドの応信を受け取ると、俺はもう一度メッセージを送った。


 「応信ありがとうございます。まずはゴーストランドコミュニティと世界を平和に導くシステムをつくりたいので、協力してもらえないでしょうか」


 『もちろんです』


 ゴーストランドは精密な機械をつくる技術が優れている。
 地球管理システムAI国家OSが繋げたコミュニティは電波を辿れば位置を特定できる。ホログラムを向かわせてコミュニティとのやりとりを行ってもいいが、いつかは正式な同盟も組む必要が出てくるだろう。 
 そこで、ゴーストランドがつくった飛行機などを使えば、生身の人間もコミュニティに移動できるのだ。だけど、ゴーストランドとの協力を求めるのはそれだけが理由ではなく、グレンを操っていたスーパーコンピュータがあったというのが一番の理由だ。


 ゴーストランドとの通信が切れると、パソコンの画面に金髪の少女の姿が映った。彼女こそがこの地球管理システムAI国家OSを操る本体なのである。


 「君の名前は・・・・・・リンだ」


 俺は画面上に映った少女に話しかけた。そうしたら彼女は瞼を上げて、大きなグレー色の瞳を我々に見せた。

 『私の名前は地球管理システムAI国家OS、リン。登録しました』

 「リン、君にはお願いがあるんだ。どうか・・・・・・リンの力で世界を平和に導いてほしい」

 『はい、わかりました。ちょうど3分29秒前に放散した電波信号により、地球には機械を有するコミュニティが4つ発見されました。遠隔通信が可能なコミュニティはゴーストランドのみですが、私はホログラムを作って残りの3つのコミュニティとの通信をはかろうと思っています』

 「それは頼もしいな、ありがとうリン。だけど、ゴーストランドとも協力を得るつもりだから、それも承知しておいてくれ」

 『はい。私も皆と最善の方法を尽くします。ですが、ゴーストランドはまだコミュニティとしての復興作業中ですので、ゴーストランドへの支援を促しつつ、まずは私が残りの3つのコミュニティを調査するのが現実的だと思います。ナディエージダに敵意があるかどうかを確かめて、安泰を保ちたいのですが・・・・・・よろしいでしょうか?』


 リンは、自律型の人工知能をしっかり有していた。ゴーストランドが復興作業中であったというのは、彼女の一瞬の調査によって俺は知ったのだが、それに対する支援を促すというのは彼女自身の判断であった。それが可能ならば、と俺は思い、リンの判断には同意した。


 「そうだな、リンの判断は正しい。引き続きコミュニティの調査を続けて、ゴーストランドの状態を報告してくれ」

 『はい、わかりました。ところで・・・・・・私は皆様のことを何と呼べばいいのでしょうか?』

 「何と呼んでも構わない。リンは今日からナディエージダの住民だ」


 リンは少女らしい笑みを浮かべて、翌日からホログラムを出してナディエージダを駆け回るようになっていた。

 俺達は彼女を小さな妖精のように可愛がって、いつしかリンはナディエージダのシンボルのような存在になった。





 あれから1年後、俺の命のタイムリミットが迫ってきていた。

 アレンの呼びかける声と、マリーに抱きしめられる感触がしていた。
 俺は病室のベッドで上半身を起こして、手には洗面器を持っていた。そこには溢れんばかりの赤に満ちていた。

 「ジョゼフ、しっかりしろ!さっきナースコールを押したからもうすぐ医者が来る、意識を手放すな!!」

 薄れていく意識の中でアレンの叫び声が頭に鳴り響いた。

 「ジョゼフ、お願いっ死なないでよ・・・・・・!!」

 背後からマリーに抱きしめられていた。

 アレンがしっかり自分の足で立っている姿が、朧げな視界に映った。良かったな・・・・・・お前が元気になって。
 マリーが泣いている。俺がこのまま死ぬと思って恐れているからだ。

 ガラガラと廊下の方から物音が聞こえると、担当の医者が数人とミチコフ看護師が病室に入ってきた。
 肺からの出血が治らず、次第にその赤が洗面器から溢れてシーツを汚してしまった。


 「先生・・・・・・心拍数、血圧が下がってます!」

 ミチコフ看護師は担当の医者に向かって大きな声で言った。
 出血はまだ続いていたが、俺はベッドに寝かされてから胸元に電極のようなものを取り付けられた。規則的な機械音がだんだん崩れていくのを聴くと、いよいよ最期なのかと不安になった。

 いやだな・・・・・・まだ、死にたくないのに。


 俺は顔の横に感じたマリーの存在に手を伸ばした。マリーは俺の手を取って「あたしはここだよ」と苦しそうに言った。霞んだ目ではその顔はよく見えなかったが、マリーが泣いていることはわかっていた。


 「生き、たい・・・・・・」

  
 マリー、俺は君と一緒に新しい世界を見たい。元気になったアレンとまた海を眺めに行きたい。父親だと分かったイヴァン博士と親孝行をしてみたい。
 
 やっと、やりたいことをたくさん見つけたのに。
 大切な人ができて、みんなから生きる喜びを教えてもらえたのに。


 胸の鼓動がゆっくりになっていくのを感じた。呼吸が浅くなっていく・・・・・・意識とは反対に体が生を手放しはじめていた。


 病室の向こうから背の高い金髪の女が立っていた。以前、イヴァン博士の家で見つけた写真の女性とそっくりだった。
 イヴァン博士の妻で、俺の母親のナターシャという女性の姿が・・・・・・突然現れたのだ。


 「やめてくれ、俺はまだ・・・・・・そっちへ逝きたくない!」

 言うことを聞かないはずの体が激しく彼女を拒絶して、目から涙が溢れるのが分かった。

 「ジョゼフ、よく聞いて」

 彼女は俺に近づいて、こう言った。

 「ジョゼフには、自らを修復する機能があるでしょう?生きたいのなら・・・・・・最後まで足掻くのよ。心の底から『生きる』と念じて、自分で回復して・・・・・・」

 彼女はそう言って俺の頭の上に手を置いた。すると体はまた熱を帯びて、周りは光に包まれたように見えた。マリーやアレンにはそれが見えていないようで、もしかして俺はあの世との狭間にいるのかと錯覚した。


 それからしばらく記憶がなかった。





 あの大きな発作からジョゼフは意識不明の植物状態となった。辛うじて生きてはいたけど、担当医にはもう手の施しようがないと言われて、ジョゼフは研究所の自室へと戻っていた。
 必要最低限の栄養を取り込むための点滴と人工呼吸器に繋がれたジョゼフを、あたしは休むことなく隣についた。
 もしかしたら奇跡が起きて目を覚ましてくれるかもしれない・・・・・・そんな切ない願望を抱きながら。


 「ねぇ、ジョゼフ・・・・・・起きてよ」

 願っていた平和な世界が完成しようとしてるのに、何呑気に寝てるのよ。ジョゼフだって見たいはずじゃない。
 みんなで作った新しいシステムのリンちゃん、あの子はとっても優秀で世界のコミュニティを治めたんだよ。ゴーストランドだってリンちゃんのおかげで復興を終えてこんなに早く普通のコミュニティになれたのに。
 もう一度、お互いにやりとりができるようになった世界は、やっと平和を取り戻そうとしてるのに。

 アレンだって元気になったんだよ。あんな奴でもジョゼフに感謝したいって言ってたのに、これじゃ伝わらないじゃない。

 「あたしだって・・・・・・」

 ・・・・・・好きだよ。
 ジョゼフが大好きなの。

 伝えたいよ・・・・・・あたしの、ジョゼフへのこの想い。

 初めて会った時、あなたはあたしに「一緒に生きよう」と言ってくれた。
 故郷を失って絶望に暮れていたあたしに、あなたは振り絞るように声を出した。
 
 一緒に生活をして初めの頃のジョゼフは、気持ちが不安定で喋ることもままならなかったのに。
 でも、生物兵器としての存在であるあたし達がどれだけの苦痛を強いられて生きているか・・・・・・あなたはわかってくれたから。

 自分の感情に素直なジョゼフは、まるで昔のあたしを映しているようだったの。故郷の無機質な世界では生きていても楽しくなかったから。
 あたしだって、ジョゼフやナディエージダのみんなと出会ってからなんだ・・・・・・未来に希望を望みはじめたのは。

 みんなと生きていて楽しいと思えるようになったから。


 「ねぇ、ジョゼフ・・・・・・ほんの一瞬だけでいいから目を開けてよ」


 一瞬だけじゃなくて、ずっと起きててよ・・・・・・生きててほしいの。

 目から涙が溢れていた。青い顔で寝てばかりいるジョゼフを見るのが辛かった。

 お願い、もしこんな世界でも神様がいるのなら・・・・・・あたしの唯一の願いを聞いてよ。他に何もいらないから、ジョゼフを目覚めさせて。もう一度、あなたの目を見たいの。

 「・・・・・・好きだよ、ジョゼフ」

 血色のないその唇にあたしは重ねた。
 愛を深く、だけどそっと触れて。
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