ヒキガネを轢いたら

晴野幸己

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第二部

第18話 崩壊を終わりに

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 俺はグレンの正体を明かした。
 こいつは、世界を滅ぼしかけた種の一つ。人間がつくった超AIシステム、人工知能を有したコンピュータウィルスの成れの果てが具現化したものだった。

 「・・・・・・終わりにしてやるよ」

 グレンが百数年経ってもまだここにホログラムが残っているのなら、きっとこの塔のどこかにこいつの本体があるかもしれない。
 ホログラムを作っている、スーパーコンピュータのような大きな機械はないか。俺はまわりを見渡した。だけど、この階にはあの大画面と一つのテーブルしかない。

 階段を上っていた時、どこかにグレンを操るコンピュータがありそうな大きい機械はなかった気がする。それに、俺にまた階段を上り下りする体力が残っているかどうかもわからない。もう一度上り下りできる自信がなかった。

 「ジョゼフ、地下があるかもしれない!」

 「・・・・・・地下室か!?」

 そうだ、考えてみればわかるじゃないか!
 この塔は新しい設計になっている。グレンがつくられたという150年前の建物とは思えない。ならば、ここに奴の本体があるとすれば地下室しかないのだ!
 俺は冷静さに欠けていた。だからそれを思いつくことができなかったのだ。
 それに大戦の真っ只中なら、こんなに目立つ塔にGURENの本体があったら、今に至るまで存在できなかったはずだ。きっと爆撃を受けて消えているだろうから。

 「マリー、地下室にスーパーコンピュータがあるはずだ!それを破壊すればグレンは消える!」

 俺はマリーの手を引いて階段を降りた。

 「待って、そんなに急いで下りなくてもいいじゃない!あなた、まだ体調悪いでしょう?!」

 「グレンが何を仕出かすかわからないところでのんびりしてられない、急ぐぞ!」

 確かに体調は良くなかった。もしかしたら熱も上がっているかもしれない。空気が薄い感じがして、寒気がする。
 それでも俺は急いで地下室を目指した。

 「・・・・・・うっ」

 だけど、下りている途中に目眩がして壁に身体をもたれかけてしまった。

 「ジョゼフ、大丈・・・・・・」

 それなのに階段の下から敵らしい兵士の姿をした人間が上がってきた。俺に声をかけようとしたマリーも敵に気がついて短剣を握って戦う態勢をとった。そしてその敵が持っていた銃を斬って破壊すると、続けてまた敵が何人か現れた。
 自分達も含めて数えたら約10人だ。完全に道を塞がれてしまった。だけど、ここでこの人数を相手に戦うのも狭すぎる。階段から突き落とすにしても、俺達はこの階段を下りなければならない。

 「マリー、フロアへ出るぞ・・・・・・!」

 俺はマリーを連れて階段を出て、フロアに入った。そこにも敵の人間が何人かいた。奴らは銃を構えて俺達に向けていたが、それを上手く操れていないようで、避けなくても弾は当たらなかった。
 
 「こいつらも薬物中毒者だ!殺さないと・・・・・・」

 言おうとした瞬間に、さっき、マリーが背中を負傷していた時に自分が夢中になって殺しをしていたことを思い出した。
 また血を浴びたら化け物になるのではないか。そんな恐怖におされていた。

 そんなこと考えていると、マリーは短剣を振っていた。いつのまにか敵の武器が全て破壊されていた。

 「ジョゼフ、これで少しは安全になったわ!階段は使えないから、窓から飛び降りるのはどう?!」

 「ああ、わかった!」

 敵の人間を避けながら壁の方へ走った。窓はどこだ。探しながら近づいてくる敵を殴って蹴って遠ざけた。壁をつたって歩いていると、やっと窓が見えた!

 「よし、ジョゼフ!ここから飛び降りてもう一度入って地下室を目指そう!」

 マリーは早速短剣で窓ガラスを破ってそこから飛び降りようとしていた。
 見下ろしたところ、ここは4階ある高さだ。
 俺は身体の細胞の強化と瞬速的な修復機能があるからきっと大きな怪我はしないだろうが、細胞変化の機能が衰えてしまったマリーは大丈夫だろうか。

 「・・・・・・えっ?!」

 俺はマリーを姫抱きにして一緒に飛び降りた。そして無事に着地すると、やっぱり周りには敵のドローンが集まってきた。俺達に銃口を向けている。
 マリーは俺の腕から降りて周りにあった全てのドローンを破壊した。が、数秒後にまたドローンが近づいてきていた。
 だけど、俺はそれに構わずマリーの手を引いて塔の入り口へと走った。ドローンの銃撃は逸れた。

 「ドローンの破壊に手間かけていたらキリがない!早く地下室へ行こう!」

 「でも、追いかけてくるよ?!」

 「あれには正確な射撃術がない!避ければいい!」

 聴力を研ぎ澄ませ。皮膚で風圧を感じろ、弾を本能で避けろ。大丈夫だ。俺にはこの程度の攻撃ぐらいなんともない。万が一撃たれても致命傷にはならない。

 「・・・・・・くっ!」

 肩に銃弾がかすった、避けきれなかった!

 「ジョゼフ?!」

 だけど、塔の入り口がもう目の前にあった。マリーの呼びかけには応えずに俺はその扉を開いた。そしてマリーと一緒にもう一度黒い塔の中へ入った。
 塔の1階のフロアの床が酸性の液体で濡れていたためか、そこには敵の人間はいなかった。

 「ここのどこかに地下室に繋がる扉があるはずよね?一体どこに・・・・・・」

 見渡しても扉らしいものはなかった。上階に繋がる階段と壁に窓しか見えなかった。

 「まさか、埋め立てられているのか?!」

 「そんな・・・・・・!」

 いや、地面は酸によって溶けはじめている。100年前には地下室に繋がる扉はあったはずだ。だとしたら、その扉が埋め立てられている部分の侵食の仕方は他の普通の床の部分とは違うかもしれない。
 100年前に作られた床と最近埋め立てられた扉の部分に使った素材は違うはずだ。視神経を凝らせ、よく見ろ。どこか膨らんでいる部分はないのか・・・・・・

 「マリー、あったぞ!あそこに扉がある、破壊するぞ」

 俺はマリーを連れてフロアの隅の部分まで走った。

 「ここ?!何もないけど!」

 「いや、ここだけ少し色が違う!きっとここが埋め立てられた扉だからここを破壊したらきっと地下室へ行ける!」

 その部分だけちょうど四角形色が少し暗かった。間違いない、ここに地下室に繋がる扉があったのだ!
 剣をその部分に刺して壊そうとしたが、刺せなかった。

 「クソッ、コンクリートで出来てる!剣では壊せない・・・・・・どうすれば」

 「・・・・・・まかせて」

 マリーは深く息を吸ってから拳をその床に向けた。

 「マリー、細胞変化が使えるのか?」

 「わからないけど、やってみるよ。変化はできなくても、筋力の強化はできるから」

 ダンッ
 マリーは床を思いっきり殴った。

 「・・・・・・っ」

 だけど、そこにはひび割れができただけだった。

 「・・・・・・ごめん」

 「いや、大丈夫だ」

 俺はそのひび割れの隙間に剣を刺した。そして、思いっきり力を入れて動かした。ひび割れは大きくなって、コンクリートの薄い層が剥がれていった。その下には木造の層があった。もしかしたらこれが扉かもしれない。
 マリーも大きくなったその隙間から手を入れてコンクリートの層を剥がしていった。全て剥がし終えると、木造の層の端に取手のようなものが見えた。

 「やった・・・・・・!本当にここが扉だったんだね!」

 マリーは歓喜の声を上げたが、俺はその取手から扉を開いた。地下室へと続く階段を下りると俺達はまた絶句してしまった。

 「嘘だろう・・・・・・これじゃあ壊せないじゃないか!」

 歓喜も束の間、俺達は地下室を見てまた途方に暮れた。
 部屋全体に機械がくくりつけられている。全体の壁の縦横半分が大きなキーボード状になっており、反対側には何台ものパネルがあった。地面ですら電流の回路があるような作りになっていた。天井にも何百本ものコードがあった。地下室全体がスーパーコンピュータだったのだ!

 地下室全体を壊すか?いや、そんなことをしたら俺達はここで生き埋めになってしまうかもしれない。それに、これだけ大規模なスーパーコンピュータだったらどこを壊したらグレンが消えるかもわからないのだ。もしかしたら、ここの何処かにやつの核があるかもしれないが・・・・・・。

 「ジョゼフ、戦闘飛行機の設定を変えた時みたいにグレンを操ることってできない?」

 マリーの提案に俺は眉間に皺を寄せてしまった。
 グレンは自己で進化ができるコンピュータウィルスだ。人間に操作ができるならとうの昔にされているはずだ。
 だけど、やるしかない。どんな方法であろうと試してみないとナディエージダを救うことができない。

 そして、俺はキーボードのボタンを一つ押そうとした。

 「動かない・・・・・・?!」

 ボタンが押せなかった。劣化でボタンが固まっているのか?
 いや、違う。これはグレンがスーパーコンピュータにストッパーをかけているのだ!

 『スーパーコンピュータから私を操れるとでも思ったか・・・・・・愚かな』

 「グレン・・・・・・!」

 地下室からでもグレンの音声が聞こえた。やっぱり奴が防衛のためにスーパーコンピュータにストッパーをかけている!
 これじゃあ奴を消す術がない。俺達には何ができる?どうしたらこの戦いに勝てる?
 そう思い悩んでいるとマリーが叫んだ。

 「グレン、よく聞きなさいよ!」

 『フッ、聞いてやろう』

 「あなたは何のために存在しているか、間違ってる!」

 『面白い、この私に説教か』

 「そうよ、説教よ!よく思い出しなさいよ!あなたの目的は本当に世界の破滅なの?!もっと、本当は違う目的をもって生まれたはずよ!!」

 『くだらん、私は世界を滅亡させるために存在している。それだけが我が喜びであり、存在理由だ』

 「あなたは・・・・・・満たされてないからずっと続けてるでしょう?!」

 『何を言っている?世界はまだ存在しているからこうして壊しているのだ』

 「いいや、違う!あなたはとうの昔に滅亡しかけた世界を見ている!その昔に、世界があなたの手によって滅亡しかけたのに・・・・・・とどめを刺さなかった!」

 『・・・・・・なんだと?』

 「どうして、世界にいくつもコミュニティができてから、今更になって襲撃してくるの?それは、グレン。あなたが迷ってるからよ。もし、あなたが本当に世界を滅亡させるためだけにプログラムされた存在なら、とうの昔に世界は滅んでるはずだから!」

 『・・・・・・黙れ!貴様のような者に私の何がわかるッ!!』

 すると、地下室の一面から機械音がした。地面は光って、パネルから古い映像が流れた。

 「ジョゼフ、今よ!グレンが取り乱してる内にスーパーコンピュータを操作して!」

 「・・・・・・わかった!」

 キーボードのボタンを一つ押した。よし、操作ができる!これでグレンを止める設定を作ろう。いくつかボタンを押していると、大画面にまた古い映像が流れた。これは、グレンと同じ黒髪の男性か?何かを喋っているようだったが、音質が悪くてよく聞こえない。

 『・・・・・・博士?』

 グレンの音声。
 大画面の映像に映った黒髪の男性のことだろうか?もしかして、映像の男がグレンの製造者なのか?
 それでもボタンを押し続けた。上手くいくかわからないが、それでも脳を捻るように考えた。グレンを消す設定を作るために。

 すると、大画面の男性はまた何かを喋っていた。やっぱり音声が古くて上手く聞こえない。

 『・・・・・・そうか、わかりました』

 それがグレンの最後の音声だった。
 
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