ヒキガネを轢いたら

晴野幸己

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第二部

第16話 ゴーストランドへ

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 ナディエージダの全体に避難命令が届いた。
 軍の兵士達はドローンの破壊を最低限におさえて、住民の避難を優先して動いた。確かに建物内ではドローンは入ってこなかった。

 あの眼鏡屋でミチコフと一人の女性兵士が避難していた。

 「あなた、名前は?」

 ミチコフはその女性兵士に訊いた。

 「ミカンです」

 「へぇ、変わった名前ね」

 「よく言われます。昔、東洋で馴染みのある果物の名前だったそうです」

 ミカンという女性兵士は凛々しい顔立ちで、肩までかかっている黒い髪を下で二つ縛りにしている。ナディエージダではあまり見かけない黒い瞳も印象的だった。

 「軍に女性がいるなんて、意外だわ。アレンくんは入隊を許してくれたの?」

 「そんなことありませんよ。救護班はほとんどが女性ですし、能力があれば女性でも戦闘班にも入れます。私はアレン指揮官が休んでいた時に、ルイス副指揮官との試合に勝ちましたので、戦闘班に入れました」

 「休んでた時、そうね。あの子・・・・・・まだ身体が弱いものね」

 「身体が・・・・・・弱い?」

 その言葉が意外だったのか、ミカンは驚いてミチコフを見ていた。

 「あら、軍の皆さんは知らなかったのかしら」

 「最近、病を得て入院されていたというのは存じておりますが」 

 「結構昔から身体が弱いのよ。本当はみんなにも知ってもらいたいのだけど、あの子は意地っ張りだから・・・・・・」

 「そうなんですね・・・・・・知りませんでした」

 「もし良かったらなんだけど、この襲撃がおさまったらアレンくんを見てくれないかしら。あなたに頼んでもいい?」

 「別に構いませんけど・・・・・・」

 「私はあの子が8歳の頃からの担当看護師だからね。ミチコフに言われたって言っておけば、素直に従ってくれると思うわよ」

 「8歳から・・・・・・そんなに子どもの頃から病気がちなんですか」

 「そう、被曝症なの」

 被曝症という言葉にミカンは目を細めた。彼女は母親を被曝症で亡くしていたからだ。ミカンはこの病気の恐ろしさを知っていて、この病気への憎しみもあったのだ。

 「わかりました。私がアレン指揮官を見るようにします。ですが、嘘は嫌いなので、ミチコフさんから本当のことを聞いたと言ってから接するようにします」

 「ありがたいわ」

 それから2人の間に沈黙が流れた。





 戦闘飛行機が着陸した。

 「ここが・・・・・・敵陣?」

 あたしは窓から外を見回した。路上には倒れている人間、壊れた建物、曇った空が見えた。名もなき自分の故郷を思い出してしまった。
 外へ出ようと扉を開けた瞬間、激しい異臭に鼻がちぎれそうになり、吐き気を催した。

 ・・・・・・なんだ、この臭い?!

 屍の臭いなら知っている。だけど、ここはそれ以上に耐えきれない臭いだ。薬品が混ざったような生臭さ、腐敗臭・・・・・・とにかく嗅いだことのないような激しい異臭だった。
 扉を開けてしまったことによってジョゼフも臭いにやられていないか心配になって、操縦席を見やった。

 だけど、ジョゼフは額の横から脂汗を流していてさっきから変わらない様子だった。顔色も良くなかったけど、なんだか臭いにやれているような素振りはなかった。

 「ジョゼフ、大丈夫?」

 「・・・・・・ああ、早くグレンを見つけないとな」

 ジョゼフは虚ろな目であたしに応えた。まさか、臭いがわからなくなっているのか?

 あたしが戦闘飛行機を降りると、ジョゼフも続けて降りた。

 見上げた景色の向こうには聳え立つ黒い塔があった。その塔の周辺には大量のあのドローンが浮遊していた。直感が告げていた。敵の大将はあそこにいる。きっとグレンはそこにいるはずだ。

 「行こう」

 あたしはジョゼフの手を引いて黒い塔へと進んだ。
 その近くまで歩きはじめると、今度は生きている人間に遭遇した。あたし達に敵意を向けている。大型のライフル銃を構えて発射・・・・・・

 ザンッ!

 発射される直前のところで、ジョゼフが持っていた剣でそれを切り刻んだ。ライフル銃は砕けた。

 「ば、化け物!!」

 敵の人間はジョゼフに怯えて床に尻餅をついていた。
 それに対してジョゼフは不敵に笑いながらこう返した。

 「ああ、俺は化け物だ・・・・・・これ以上歯向かってくるなら、殺すぞ」

 「ヒッ、ぐ・・・・・・グレン様ぁ!!」

 そいつは黒い塔の方向へと走っていった。これで確信が持てた。グレンというのは敵の大将で、グレンはあの黒い塔にいる。あたし達はそこへ向かって討てばいいのだ。

 「マリー、行こう。あの塔だけこの周辺の建物と雰囲気が違う。きっとあそこでドローンの遠隔操作が行われているから、俺達はそれを止めてナディエージダを救う。そして、グレンを倒すのだ」

 だけど、握られたジョゼフの手が熱い。

 「うん、進もう。ナディエージダのみんなが待ってる」

 黒い塔に向かって走り出してから数分も経たなかったのに、ライフル銃を構えた集団に囲まれてしまった。あたしはジョゼフと背中合わせになって戦闘の態勢をとった。ジョゼフは瞬時に全ての敵のライフル銃を破壊した。
 今度はそれでも集団の敵意は消えなかった。彼らはそのままあたし達に飛びかかろうとしていた。
 仕方ない。あたしは一年振りに細胞を変化させて、得意な戦いを始めようとしていた。手を刃物のように変化させて、一気に片付けよう、そう思っていたのに。

 「・・・・・・え?」

 細胞が・・・・・・変化しなかった。
 ・・・・・・できなかった!

 「マリー、危ないぞ!」

 細胞変化しなかった己の手を見ていたら、飛びかかってくる集団に気がつかなかった。襲われる直前にあたしはジョゼフの素早い防衛によって助けられた。

 何故・・・・・・何故、細胞が変化できない?
 普通の人間より戦闘は優れているし、傷の修復機能も損なわれていないのに。細胞の変化ができなくなっていた。
 1年間のんきに生活していたから?それとも、オリバー博士から離れたから?
 わからない。だけど、これではジョゼフの足手まといになってしまう。ジョゼフだって力を必要としているのに!

 「ぼさっとするな!敵はどんどん迫ってくる!」

 ジョゼフにそう言われてから、確かに周りに武器を持った新手がどんどん迫ってきていた。
 敵の人間の様子がおかしい。ナディエージダにやってきた奴らみたいに不規則な動きをしていて、やっぱり目も充血している。

 「マリー、こいつらは何かしらの薬物による中毒者だ。生物兵器ではないが、痛みに鈍感のようで軽い攻撃では動きを止められない。殺すしかない」

 ジョゼフはそう言いながら集団を一蹴していた。
 確かに彼らを見ているとまるで生きた屍のようだった。まともな人間にはとても見えなかった。

 ナディエージダの戦闘服を着てきて良かった。あたしは腰にぶら下がっていた短剣を握って敵の集団に向けた。

 「マリー・・・・・・?」

 短剣を持つあたしを不思議そうに見るジョゼフに対して、

 「背後はあたしに任せて。このまま敵を避けながら黒い塔まで向かおう。ジョゼフは塔に辿り着くことを最優先にして、あたしがその道を空けるから」

 グレンはどんな敵なのかはわからない。
 もしかしたら完璧な生物兵器かもしれないし、ただの人間かもしれない。もし、そのグレンが強い生物兵器なら、戦い方を失ったあたしでは倒せないかもしれない。
 それから、あたしにはドローンの遠隔操作を止められるだけの技量なんてあるわけがない。さっき、戦闘飛行機の操作すらできなかったのだから。これは、ジョゼフの高い知能指数が頼りになる。
 だとしたら、黒い塔に辿り着くべきはジョゼフだ。

 あたしの今の役目は、ジョゼフを守り、その道を空けることだ。





 戦場で、マリーが短剣を握っていた。

 おかしい。マリーには細胞変化の機能があったはずだ。身体の一部を刃物のように鋭く変化させて戦うから、武器なんて使わないはずなのに。

 まさか、細胞変化の機能に・・・・・・故障が?

 そんな考えが過ぎってしまって払拭しようとしたが、やっぱりできなかった。
 まさか、マリーも生物兵器ではないのか?疾患被験体なのか?俺やアレンのように・・・・・・。

 そもそも、この世界に完璧な生物兵器はいるのか?

 今更ながら、人間ごときに生物は造れるのかと疑問に思い始めていた。
 イヴァン博士が造ってきた生物のほとんどが疾患被験体だった。唯一成功だと思われていた俺でさえ疾患被験体かもしれない。
 だとしたら、マリーも故障があっても不自然な話ではないのだ。


 今、俺はマリーにあの黒い塔へ進むように誘導されている。護衛されながら、道を作ってもらっている。

 「・・・・・・うっ!?」

 射撃音とともに、マリーは短剣を落とした。敵の弾丸がマリーの利き手に当たったのだ。

 「マリー!!」

 「いいからっ、あたしのことは気にしないで!早く、あの黒い塔へ!!」

 マリーはそれでも必死な形相で俺に向かって叫んでいた。
 駄目だ。利き手が負傷してしまえば、武器が持てない。俺はこんなところにマリーを置いていけるはずがない!

 そう思ってマリーの方へ駆けつけようとした時だった。地面が揺れた気がした。

 「・・・・・・ジョゼフ?!」

 いや、違う。
 俺が身体のバランスを崩して倒れかけていたのだ。頭がぐわんと重たくなった。寒気がして視界が霞んだ。目眩とともに、俺はマリーに覆い被された。

 ドッドン!!
 ライフル銃の射撃音。

 「良かった・・・・・・ジョゼフが無事で」

 その赤を見たら、急に意識がはっきりした。
 マリーは背後から俺を狙っていた敵の銃撃を受けていた。それも、背中に何発も。

 「・・・・・・カハッ!」

 「マリー!!!」

 マリーは口から血を出していた。それなのに、敵はどんどん迫ってきていた。いくつものライフル銃の銃口がこちらに向かっていて、きっと何もしなければ俺達はここで肉片と化すだろう。 
 
 だけど、黒い塔はもうすぐそこまでだった。
 ここで負けるわけにはいかない。
 マリー、君を失うわけにもいかないのに!


 もし、俺にもっと力があれば雑魚どもを一蹴できる。
 もし、俺が弱っていなければマリーに庇ってもらうこともなかった。

 嘆きながらふつふつと湧いてくる怒りと殺意を糧に、俺はまた立ち上がった。
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