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しおりを挟む『「凪に落雷」のtetsu、デビュー作が早くも映画タイアップ。切ないラブソングで新境地を切り開く』
そんな煽り文句が、大和たち三人の目に飛び込んできた。
ツアーを完走してから約一か月後、綴は初のソロ曲を発表した。それは公開予定の映画のタイアップに選ばれ、ソロデビューは最高のスタートを切ったことになる。バンドメンバーのうち綴を除く三人は、事務所から渡されたCDを聴くため、大和の部屋に集まっていた。
「え、綴ってラブソングなんて書けたんだ?!」
「俺らのバンドじゃ表現できないって言ってたの、これのことか」
「・・・」
感想だけは言うなと綴から釘を刺されていたが、慶太と晴斗はCDを見て「なるほどな」と頷く。一方、大和は俯きながら、緊張しているのか唇を固く結んでいた。
「とりあえず、聴いてみよう」
慶太がCDを大和のコンポに入れ、再生ボタンを押す。最初に流れてきたのは、ピアノの繊細な旋律。続いて、綴の透き通るような歌声が空気を切り裂くように響く。その瞬間、大和は自分の心臓が止まったかのような感覚に襲われた。綴が、自分の内側を吐き出すように紡ぐ歌詞は、「凪に落雷」とは違い、非常に直接的な言葉が続く。
どんなに近くにいても、あなたは私を見てくれない。あなたが求めるのは私自身ではなく、私の外側だけ。向けられるのは崇敬だけで、私と同じ場所には立ってくれない。想いを伝えられないまま、その崇敬に縋ってこんな歌を歌う私は、卑怯者だ。
「おい、これって・・・」
「熱、烈っ!」
目を見開いた慶太に、晴斗がケラケラと笑うが、大和は笑えなかった。信じられないものを見るような表情で、目を大きく見開いている。
「これって、綴さん自身のこと・・・?」
「お?」
「さすがにこれはねぇ」
途端にニヤつき始めた慶太と晴斗だったが、大和が続けた言葉に二人はぽかんと口を開けた。
「綴さんって、好きな人いたの?なんで、俺だけ何も聞いてない」
「は?」
「マジで言ってる?」
「二人は知ってたの?つーか、なんで知ってんの!」
「いや、知ってるっていうか」
「今察したっていうか、ねぇ」
向かい合って話す二人を前に、大和は焦るように歌詞カードを手に取りもう一度読み始めた。なぜ自分だけが何も知らされていないのか。ソロ活動までして失恋ソングを書くほど、綴は一体誰を想っているのか。気づけば、大和の胸はぎゅっと締め付けられていた。曲の終盤、オーケストラに合わせて綴のギターが響く。その胸を掻きむしるような音が、大和の心を酷く乱した。
そんな大和の様子に、慶太と晴斗が顔を見合わせる。
「これ、もしかして」
「綴、ワンチャンあるかも?」
その後すぐに帰ろうとする二人をなんとか引き留めようとする大和だったが、「綴に直接聞いてみれば?」という言葉を残されて、結局帰られてしまった。
(こんなにずっと綴さんを見てきたのに、好きな人がいたなんて、知らなかった)
二人の言うとおり綴に直接聞いてみようか。スマホを手に取り、なんとなくSNSを開く。トレンドに「凪に落雷」と「tetsu」がどちらもランクインしていた。
『tetsuのソロ曲、まじで切ない。あれ絶対tetsuの実体験でしょ』
『凪に落雷の人の新曲、原作にピッタリすぎて泣きそう。映画絶対見にいく』
『やっぱtetsuにソロとかやってほしくない~!思ってたのと違いすぎる』
『好きな人いるとか匂わせるのヤメテー!tetsuのラブソングとか求めてないから!』
全てが好意的な意見とは言えないようだ。これまでの作品とは違いすぎて意見が分かれるのはわかる。それでも、これまで綴を追っかけてきた大和としては、腹に溜まった感情を吐き出さずにはいられなかった。
「みんな、tetsuのソロデビュー曲聴きましたか?俺はさっきメンバーと聴いたけど、バンドとはまた違ってピアノやオーケストラと合わせた時のtetsuのギターや声が、めちゃくちゃ映えてたね!原作を意識した、気持ちが滲み出るような切ない歌詞も新しいtetsuの魅力が詰まってた!」
綴の想い人のことを考えながらも、改めて彼の才能に敬意を抱いたその気持ちをコメントに書く。すぐにたくさんのグッドのボタンが押されていった。
胸の奥にあるもやもやが晴れたわけではないが、綴の言っていた「バンドではできない表現」は、確かにあったのだとわかる。これを自分たちで表現していたら、泣き叫んで相手に縋り付くような曲になっていただろう。ピアノやオーケストラと合わさることで、片想いの切なさや儚さ、崇高さが見事に表現されていた。
『ありがとう』
大和の書き込んだコメントに綴から返信が届いていた。嬉しくてすぐにグッドのボタンを押す。
綴のプロフィールに行くと、新曲の情報の他に、雑誌の取材を受けた時の写真が投稿されていた。遡るとレコーディングや打ち上げの写真もある。そこには大和の知らない綴が写っていた。
今までは同じバンドで、基本的に仕事もずっと一緒だった。大和だけがソロで取材を受けることは少ないが、以前そういう仕事が来た時、綴がついてきてくれた。恥ずかしくて言わなかったけれど、本当は一人でする仕事が心細くて、綴が来てくれたことに酷く安心したのを覚えている。
知らない人と笑う綴の写真を見て、なんだか遠くにいってしまったような気がした。あんなに人付き合いが苦手な綴が、どんどん大和の知らない世界を広げていってしまう。取り残されたような、見捨てられたような、どうしようもない切なさに、大和は目を瞑った。
しばらくはスタジオ練習に行けないと綴から連絡があった。ソロの新曲のレコーディングがあるのだそうだ。残りの三人で練習をし、音合わせをする。時間がある分三人の技術は一段と上がっていた。どんな新曲でも完璧に演奏できそうだと笑い合って、その日は解散することにする。
次に発表されたtetsuのソロ曲は、一曲目とは違って随分セクシーなものだった。一度でいいから自分を手酷く抱いてくれとねだる綴の色っぽい声に、大和の背筋にぞくぞくとしたものが走る。
こんなにも感情を揺さぶることのできる綴はやはり天才だ。凪に落雷での激情をそのままぶつけるような音楽も、ソロでの隠しても隠しきれない胸の内をこぼすような切ない音楽も、どちらも大和の心を大きく震わせる。
「早くまた一緒のステージに立ちたい」
大和は一つ呟いてから、ベースを手に取った。
バンドとしての新曲を出さないまま、tetsuのソロ三曲目が発表された。一曲目のような切ない歌詞のもので、遠く離れてしまった想い人に焦がれる内容だった。
新曲を披露すると聞いて、テレビに映る綴を大和がじっと眺める。
ずっと近くにいたはずのあなたがそばにいなくて、毎夜胸が張り裂けそうになる。今何をして、誰と笑っているのか。あなたの隣にいるのは私ではだめだったのか。違う世界にいるあなたに、この声だけでも届きますように。
バラードのゆったりとしたリズムなのに、綴のギターが激しく掻き鳴らされる。隣にいた有名なベーシストが綴と向かい合って音を鳴らしていた。
(なんで。そんなフレーズ、俺だって弾ける。そこで弾くのは俺じゃだめだったんですか、綴さん)
ふと湧き上がった自分の感情に、大和が息を呑む。
『あなたの隣にいるのは私ではだめだったのでしょうか』
聞こえてくる歌詞と重なったその想いに、心臓が早鐘を打ち始めた。待て待て待て。そんなはずは。この曲はどう考えても相手への恋慕の歌で。自分が、綴を、そんな目で見ているはずは。
混乱している大和にSNSの通知が届いた。綴が新しい投稿をしたのだ。
『放送見てくれましたか?』
綴らしいシンプルな文章にあわせて、先ほどテレビに映っていたサポートメンバーと笑顔で乾杯している写真が添付されていた。綴の隣で肩を組んでいるのは、綴と向き合って演奏していたベーシストで。
「・・・!!!」
なぜそこにいるのが自分ではないのかと、肩を組むなんてどれほど仲がいいのかと、どろどろとした醜い感情が湧き上がってくる。さすがにこれは、どう考えても。
(嫉妬してる。俺、このベーシストに、綴さんの隣を取られたくない)
この嫉妬は、隣で演奏していたからだけではない。早くその手をどけろと喚き散らしたくなる感情に、大和が頭を抱えた。
「俺、綴さんのこと、そういう意味で好きなのか・・・」
なんて皮肉なことだ。綴が想い人への気持ちを堪えきれずソロで活動し始めて、その曲で自分の想いを自覚するとは。気づいた途端に失恋なんて笑えない。
「なんで、俺・・・こんなんじゃ、もう一緒にバンド、やっていけないじゃん」
自分の気持ちを自覚したうえ、綴の想い人への気持ちを知ってしまった以上、隣で笑って演奏できる気がしなかった。もし綴の想いが成就したら・・・そう思うだけで涙があふれて止まらない。
大和が震える手でスマホを持ち上げ、綴へのメッセージを打ち込む。
『バンド、抜けさせてください』
送信ボタンを押すまでに、何度も何度も呼吸を整えた。数分かかって、やっとそのボタンを押す。そして電源を切り、布団に潜り込んだ。少しは綴の心を乱すことができただろうか。新しい世界で仲間を見つけて、もう大和のことなどどうでもよくなってしまっただろうか。自分の抜けた穴は、あのベーシストが埋めるのだろうか。
部屋がシンと静まり返る。カーテンが夜風に揺れている。泣き疲れた大和はそのまま眠ってしまった。
ドンドンと重い音で目が覚める。時計を見るともう23時を回っていた。こんな時間に近所迷惑な。
「大和!大和いるか!」
綴の声だ。それだけで胸が高鳴った。転けそうになりながら慌てて玄関に向かい、扉越しに「何時だと思ってるんですか」と話しかけた。
「何時でも関係ねえ!お前、どういうつもりだ、早く開けろ!」
こんなに焦った大和の声は聞いたことがない。バンドを抜けると聞いて、飲み会からここまでわざわざ来てくれたのか。そう思うと、こんな時なのに大和の心がぽっと暖かくなった。緩みそうになる頬をなんとか引き締め、首を横に振る。
「開けません。今日はもう帰ってください。俺の言いたいことはもう伝えました。慶太さんや晴斗さんには明日自分から言うつもりです」
「おい、大和、俺がソロやったからか?俺の中にあった音楽があんな女々しい曲で、失望したのか?それとも、もしかして、お前に、全部ばれて、俺のことが気持ち悪くなったのか?なぁ、大和・・・」
綴の声が涙で滲む。ひっくひっくとしゃくりあげる声が廊下に響き、大和は諦めて扉を開けた。真っ赤に充血して潤んだ瞳が大和を写す。それだけで大和の体は一気に熱くなった。
「入ってください。外は、迷惑になるので」
「う、ん」
「お邪魔します」と言って、綴が部屋に入る。机を挟んで向かい合い、二人とも視線を落とした。
「本当に辞めたいのか」
「・・・はい」
「理由、はっ」
「俺が、もう、これまでどおり綴さんの横に、っ、立てそうに、ないから、です」
「なんでっ・・・大和?」
大和の目から涙がこぼれていることに気づいて、綴が息を呑む。覗き見ようとしてくる綴から顔を背け、必死で息を整えた。
「大和、なんで泣いてる。俺が何かしたか?っていうか、したんだよな、多分」
「いや、綴さんは、なにも悪くない、です。ソロ活動も、ソロで作ってた、っ曲、も、なにも、悪くない。失望も、してません。綴さんの作る曲は、全部、かっこいい、です」
「っじゃあ、なんで!・・・・・・やっぱり、気づいたのか」
「ゔ、っ、はい・・・」
綴が誰かを好きだと知ってしまった。そして、それ以上に自分が綴をこんなにも好きだと、改めて気づいてしまったから。頷いた大和に、綴が頭を抱えた。息を吐き、覚悟を決めたように顔を上げ、口を開いたのは同時でーーー。
「たしかに、俺はお前が好きだ」
「俺、綴さんが好きなのに」
言いかけて、二人ともぴたりと固まる。伺うように互いに見つめ合い、徐々にその目は見開かれていった。
「は?え?今お前何つった?」
「綴さんこそ!何、俺のこと、ええ?」
驚きに一瞬、息を呑む。お互いの言葉を確かめるように見つめ合い、次の瞬間、二人は笑い声をあげた。その笑いはどんどん大きくなり、ついには腹を抱えて笑い転げた。綴のこんなに笑っている顔など、見たことがない。可笑しくて、幸せで、涙は嬉し涙に変わった。
「何してんだ、俺らは」
「本当ですね。まさか綴さんが俺のこと好きだったなんて」
「ソロ一曲目出した時に、慶太と晴斗には速攻バレたのに」
「あ、二人とも俺には何も言ってくれなかった!」
「優しいな」
床に並んで寝転がる。隣で笑う綴を見つめると、そっと顔を背けられた。
「お前こそ、普通に女が好きだろ」
「んー、でも、綴さんのこと誰にも取られたくないなって思って、自分の気持ちに気づきました。これはただの敬愛じゃなくて、もっとどろどろした感情だなって。あ、てか、あのベーシストと何もありませんでした?めっちゃ肩触られてたし!」
「ははっ、妬いたのか」
「妬、きますよ、そりゃ。好きな人が他の人に触られてたら」
「・・・っ」
真っ赤な顔であの人に感謝すべきだな、なんて言う綴に、思わずそっと手を伸ばし、綴のさらさらとした髪を指先で優しく梳く。頬に触れると、その温かさに心が震えた。
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