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一年後(その十ニ)
しおりを挟む「私……ごめん……あの、……帰るね」
立ち上がると、フラフラと歩き出す。
「えっ⁉︎ ユリちゃん、急にどうしたの? 待って……」
「離してっ!」
腕を掴もうとする環くんの手を大きく振り払うと、環くんの驚いた顔が目に入る。
ーーでも、今は、関係ない。
(ああ、そうだ。服、着替えなきゃ……)
フラフラとしたまま、脱衣所へと向かう。
「ユリちゃん!」
(だめだよ……こんなの……おかしいよ……帰ろう……帰らなきゃ……)
「ユリ!」
錬の声が聞こえるが、そのまま歩き続ける。
「アンタはもっと、自信を持っていいんだ!」
「……」
突然のその言葉に、思わず立ち止まる。
「自分に自信を持てよ。胸を張って生きろよ。俺たちには、アンタが……ユリが……、必要なんだから!」
「……なんで……うくっ、そんな、こと……言うの?」
涙が自然とあふれてきて頬を伝う。
背中がふいに温かくなる。
錬が、私を包むように抱き締めている。
「……少しだけ聞いた。この間……成田、課長から、ユリの家族のこと……」
「……」
* * * * * *
ーー子どものころ、私は挙動不審な言動が多い子だった。
もともと感情の起伏は、激しかったように思う。突然大きな声を出したり、泣いたり、怒ったり。
そんなの、子どものときは誰だって少しはあるだろう。
でも、気づくと周りの子と同じことができなかったり、いつも授業中ボーッとしたり、学校の帰りにどこかで寝ていたりーーそんなことが続いた。
そのうち親が学校に呼び出されたり、先生が家庭訪問に来るようになる。
『あー、もしかしたら自分は他人とは少し違うのかなあ』と、自分でも徐々に思い始めた。
そう感じてからは《普通》であろうと努力をした。人と同じであろうと努力をした。
でも……うまくはいかなかった。
どうしても他の子と同じようにはできないし、相変わらずボーとしてしまう。
学校帰りに夜まで気づかず神社の境内で寝てしまい、地元の消防団が出動する騒ぎになったこともあった。
家族がそんな私を疎ましく思い始めたのはすぐにわかった。
学校の行事があっても用があるからと来ることはなく、休日にどこかへ連れて行ってくれることもほとんどなかったからだ。
休みの日に家族で出かけた。そんな話を友達から聞くと、うらやましく思えた。
運動会に家族が応援に来て、手作りのお弁当をみんなで食べる。そんな光景を目にすると、うらやましく思えた。
私は家族の中で、どんどんと孤立していった。
* * * * * *
小学校も高学年に進むと少しずつ《普通》になってきたものの、元々体も小さく不器用なところがあったせいか、まだうまく周りと馴染めず辛い日々が続いていた。
そして家族との距離もあいたまま……家で過ごす時間が辛かった私は、よく公園で時間を潰していた。
あるとき公園にいると、ひとりの警察官が突然声をかけてきた。
焦って逃げようとした私を優しく引き止めると、混乱してうまく話せない私の話を、その人はゆっくりと聞いてくれた。
友達とうまく話せない、同じことができない、家族のいる家にーー居たくない。
するとその警察官は私に『大丈夫、それでもいいんだよ』と言ってくれた。『みんながみんな、同じである必要はないんだ』と。『事情を知らない自分に、一所懸命に話をしてくれた君は、とても優しい、いい子だよ』と。
そう言って、頭をポンポンッと優しく撫でてくれたのだ。
ーー嬉しかった。
私という存在を、初めて認めてもらえた気がした。
単純だけれど、そんなことがキッカケで警察官を目指した。私がそのとき救われたように、誰かを助けたいと思った。誰かに優しくしたいと思った。
必死に勉強して、小さな体格を補うべく体力をつけ、わがままを言って道場にも通わせてもらい武道を学んだ。
そしてなんとか警察官になり、刑事になり、忙しいけれど毎日が充実しだした。
やっと家族にも、ほんの少しだけど認めてもらえた気がした……すると、春輝の件があった。
ーー家族とは、絶縁された状態になった。
私はずっと、自分に自信が持てなかった。
生きていていいのだろうかと、ふと、考えるときが未だにある。
それでも、そんな私を、必要だと言ってくれるの?
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