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一年後(そのニ)
しおりを挟む署を出てから、成田課長はなにも言わないでいる。
行き先も言わないまま、ただ、歩き続けている。
(どうしよう。本当に……もしかしたら、なにかあったんだ)
前を歩く成田課長の背中を見つめる。
(成田課長か、もしくはエミちゃん。ううん、もしかして、ふたりとも傷つけることになってしまったのかも)
心臓がバクバクしてきて、目を閉じる。
(エミちゃん、ごめん。ごめんなさい! 私、余計なことを……)
「ぶっ!」
急に止まった成田課長の背中にぶつかる。
「す、すみません!」
「ここ」
「へっ?」
見ると、どこかのお店の前だった。
木の扉には
《BAR-petit lys》《FERME/CLOSED》
の札がかけられている。
「バー、ペティリース? ……これってフランス語?」
「ふっ、ペティじゃなくプチ、だよ。それにリス。プチリス」
「プチリス?」
(プチッとしたリス? 動物のあのリス?)
「ユリ、お前、動物のリスを思い浮かべたろ? 違うぞ」
「えっ、違うの?」
「ふっ、あはは。ほんとお前は……」
そう言うと、成田課長は私の顔をジッと見る。
「ユリ、ありがとな。エミちゃんのこと」
「えっ! エミちゃんのこと……? ありがとって。もしかして……付き合うことになったとか?」
成田課長は、少し照れながら小さく頷いた。
(なんだー、よかった。うまくいってたのか。そっかー)
「春輝、よかったね」
ここはあえて名前で呼ぶ。
「ああ、ありがとう」
「でも、なんで? 私、エミちゃんにずっと避けられてる気がして。だからなにかあったのかと」
「ああ、それは俺が頼んだんだ。ーー彼女、黙っていられないと思って」
「うん? 別にいいじゃない。なにか都合が悪いことでもあるの?」
「ああ、まあ」
そう言葉を濁すと、成田課長はまた私の顔をジッと見る。
(なんだろう? このお店に、なにかあるの?)
「先週、このお店に来たのよね?」
「ああ、そうだ」
なぜだか成田課長は、少しもったいぶっているようにも思える。
* * * * * *
「ユリ、俺とエミちゃんのこと、どう思う?」
「へっ? どうって……お似合いだと思うよ?」
「彼女は二十六歳、俺は四十七歳ーーかなり、歳の差があるけど?」
成田課長の言葉にーー少しとまどう。
(……知ってるわ。それは……何度か考えたもの)
「でも、それは……。本人同士がよければ……、いいんじゃないの?」
「本当に、そう思う?」
私には春輝がなにを言いたいのか、わかった気がした。
でも、なんで突然、今ーー?
「春輝……、なにが言いたいの?」
「ユリ。このフランス語の意味わかるか?」
唐突に、また質問をしてくる。
「プチリス? うーん、プチは小さい? リスは……なんだろ。思い浮かばない」
「百合、だよ」
「えっ?」
「花の百合」
「……」
「小さなユリ、ってこと」
春輝は続ける。
「ここの店員がイケメンでさ。しかもふたり揃って。そいつらある女の子を待ってるんだって。書き置きひとつ残して家を出ていっちゃったけど、その子はきっと後悔してて、絶対に自分たちのところに戻ってくるって」
「……」
春輝は黙って目を伏せたままの私の頭に、右手をポンっと軽く置いた。
「……ユリ、そのままでいいから聞いて」
今にも泣き出しそうな私を気遣ってか、春輝はそう言って話を続ける。
「ユリが俺を許してくれて……また俺と向き合ってくれたから、前に進めた。お前と出会えてよかった。お前を好きでよかったよ。ありがとな。……ユリ、これだけ聞かせて? エミちゃんと俺のこと、応援してくれるか?」
「……当たり前でしょ」
そう答えると、春輝はフッと笑って言った。
「俺も、お前のこと……応援してるよ」
頭をポンポンッと二回叩くと、私の横をとおり過ぎ、来た道を戻っていく。
「春輝っ」
今にも湧き出てきそうな涙を堪え、背中越しに呼びかける。
「ん?」
「……ありがと」
「おう。じゃあな」
ありがとう、春輝。
そして、幸せになってね。
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