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一年後(その一)

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 九月に入ってしばらくは残暑が続いていたが、それでも半ばを過ぎると暑さは少し落ち着いてきたように思う。
 交通課に立ち寄ると、女の子たちがなにやらキャッキャと盛り上がっている。

「エミちゃん、なんだかみんな盛り上がってるね」
「そうなんですよ。この近くにバーができたみたいなんですけど、杏奈ちゃんが彼氏と行ったら雰囲気もよくてお料理もおいしかったって」
「へー、バー? バーなのにお料理もおいしいんだ?」
「ええ。夕方くらいからやってて、カジュアルなダイニングバーみたいな? 六月にオープンしてからずっと大盛況らしいですよ。ユリさん、今度一緒に行きません?」

 私は昔の映画スターのように、人差し指を顔の前でニ、三度振りながら「チッチッチッ」と口を鳴らして言った。

「エミちゃん、違うでしょ? そこは成田課長を誘うところでしょ」
「えっ! ……やっぱり?」
「そりゃ、そうでしょう」

 ふたりはあれから距離が縮まったらしく、なんと! 勤務後や休日、食事に出かけたりする仲になったようなのだ。
 でもまだ正式にお付き合いというわけではなく、いわゆるお友達止まりという奴らしい。
 エミちゃんはがんばって押しているみたいなのだが、いざいい雰囲気になると成田課長が及び腰になるようで……
 わざと話題を変えたり、急用ができたと帰ってしまうこともあったらしい。
 時折エミちゃんから相談を受けているのだが、進展がないのは例のED……が原因でもあるのかな。
 お酒が入れば、またなにかが変わるかもしれない。

「ここはもうひと押しだよ、エミちゃん!」
「わかりました、ユリさん。……私、週末に誘ってみます!」
「おうっ」

 週明けにいい報告があるといいな。
 そう思っていたのだが……


   * * * * * *


 ……会わない。週が明けてから、エミちゃんとなぜかとんと会わなくなった。
 前はあんなに会っていたのに。
 交通課に行っても姿はなく、もちろん廊下でもすれ違わない。
 お昼の約束も、なんだかんだで私が出ずっぱりなので果たされないでいる。
 ーーひとつの嫌な仮説が生まれる。
 もしかして、なにかあった?
 うまく、いかなかった?
 それで避けられているとか?
 成田課長の様子に、特に変わったことはないように思えるのだが。
 どうしよう? 私がエミちゃんをたきつけてしまったところがある。
 その結果がこうなんて、私、どうしたらいい?

 悶々としたまま時間ときが過ぎ、今日はあっという間の金曜日だ。
 よし、やっぱり成田課長にさりげなく聞いてみよう。

『そういえば先週エミちゃんと行ったバーはどうだったんですかー?』
『人気のバーが署の近くにできたらしいですが、課長は行かれましたか?』

 うー、さりげなく、さりげなくって……どう言えばいいの⁉︎
 頭を抱えていると名前を呼ばれる。

「ユリ」
「ひゃい!」

 振り向くと成田課長だ。

「今日この後、空いてるか?」
「へっ? ……はい。空いて、いますが」
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれ」

 成田課長は椅子にかけてある上着を手早く着ると、私にも支度を促す。
 上着とバッグを慌てて手に取ると、ふたりで早々に部屋を後にした。

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