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一日目(その十五)

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「りりりりーん。りりりりーん」

 楽しい雰囲気の中、突然着信音が鳴り響く。
 テーブル下に置いてあるボディバッグを慌てて開くと、携帯を手に取る。
 今度こそ上川課長だ!

「ごめん、ふたりとも。署からの電話なの。緊急かもしれないから出るわね?」

 そう言って電話に出る。

「もしもし! 課長?」
「あー、ユリか。悪いな、せっかくの休みのところ。寝てなかったか?」
「はい、大丈夫です。なにかありましたか?」

 そう言いながら、キッチンのほうへと場所を移動する。

「ああ、いや、一日目がやっと終わったところでな。お前は? 少しはゆっくりしてるのか?」
「あー、はい……そう、ですね」

 曖昧な返事をしてごまかす。

「とりあえず、心配しているといけないから一度連絡をと思って。また明日ゆっくり連絡するから、お前は気にせず休みをーーえっ、いや、ちょっと……」
「課長? どうしました? なにかありましたか? 課ーー」

 そう言いかけると、低音の懐かしい声が電話の向こうから聞こえてきた。

「ユリ、か……?」

 一瞬息を呑む。

「春……輝……」
「久しぶりだな」
「……」
「もしもし、聞いてるのか? ユリ」

 次の言葉が出てこない。なんで……もう、何年も経ってるのに。
 どうしよう。心臓がバクバクいってる。目を閉じて深呼吸をするけど追いつかない。
 落ち着け、落ち着け、大丈夫だから。必死に自分に言い聞かせる。それでもまだ心臓が騒がしい。
 どうしよう。私、どうしよう……


   * * * * * *


「ひゃあっ!」

 首筋が一瞬生温かくなり、慌てて後ろを振り返ると環くんがそこにいた。
 どうやら彼が……首筋を舐めたらしい。

《ちょ、ちょっとなにを……》

 送話口を押さえ、声にならない声で言う。

「ユリ? どうした?」
「べ、別になにも……ひうっ」

 今度は錬が後ろから手を回し、脇腹あたりをまさぐりだす。

《ちょっと! やめて! ふたりとも》
「ユリ?」

 コイツらー。全く、すぐにこうやって人をからかって。
 ……でも、おかげで冷静になれた。
 今度は落ち着いて、ゆっくりと深呼吸をする。
 息を全部吐き出したら、軽く吸って、よしっ!

「なんでもありません! 成田警視正! お疲れ様です。一介の署員の私に、警視正ほどの方がなにか御用でしょうか?」

 そう言うと一瞬沈黙があり、その後クスクスと笑い声がした。

「……ユリ、相変わらずだな」
「なんの用? 私、今休暇中なんだけど」

 ふたりをシッシと手で向こうへ追いやる。

「まあ、そう言うな」

 久しぶりに聞いた春輝の声は、どこか少し疲れているような気がした。


   * * * * * *


「俺が来るから休みにしたのか?」
「そうよ。アンタの顔なんか見たくないんだから。当然でしょ?」
「まあ……そうだよな」

 そう言うとしばらく沈黙が流れる。

「本当は……。いや、お前らしくて安心したよ。ところでさっきの叫び声はなんだったんだ? 大丈夫なのか?」
「あー、いや、あれは……猫! そう猫がいて、ね」
「猫? 猫を飼っているのか?」
「えーっと……今、猫カフェにいるの! 急にジャレついてきて、ちょっとびっくりして。それだけ」
「こんな時間にか? ふーん。まあお前、犬も猫も好きだったもんな」

 そんな、昔話を持ちだされても。別に返事しなくてもいいよね、うん。会話が盛り上がったほうがおかしいんだから。
 すると、春輝が空気を察したように言った。

「ーー課長に代わるよ。急に悪かったな」

 そして春輝の声がしなくなり、代わりに申し訳なさそうな課長の声が聞こえてきた。

「ユリ、すまん。バレないように部屋から出て電話をかけたんだが」
「いいですよ。彼はその辺り優秀ですから。課長のぎこちない行動を見て怪しいと踏んだのでしょう。仕方ないですよ」
「あのなあ、ユリ。俺のことバカにしてるのか? まあ、なんだ、その……すまなかったな、嫌な思いをさせて」
「ふふ、冗談です。大丈夫ですよ、気にしないでください。じゃあ、また連絡待ってますから。はい、それじゃあ、お疲れ様です」

 そう言って電話を切ると、ふーっと息を吐く。

(相変わらず、か。あなたこそ、相変わらずなのね。淡々と、ゆっくりとした喋り方……)

 でも、さすがに驚いたな。
 それに、まだこんなにも動揺する自分に……
 不意をつかれて、なんだか感傷に浸ってしまう。
 ーーもう、四年も経っているのに。

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