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一日目(その十三)

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「えっ⁉︎    だ、大学生⁉︎」

 錬の手から学生証をもぎ取ると、マジマジと見つめる。

 《T大学 学生証 宇賀神 錬》

(うわー、マジかー、本当に大学生だぁ……。しかもT大なんて、めっちゃ頭いい大学じゃなかった? えと、これ、名前なんて読むんだっけ。ウカガミーーかな。生年月日は⁉︎ 一体何歳なの? えーと、私から引くとーー)

 頭の中で素早く計算をする。

(二十一……)

 目の前で、涼しい顔をして雑誌を読んでいる錬を見る。

「錬も……環くんも。あなたたち……二十一歳、なの?」
「ん? ああ」

 平然と錬は答える。

「何年生?」
「四年、来年卒業」

(二十一。……私とは、二十六違うのか。えー……見えない、見えないよ? 二十一には。二十七、八歳と踏んでいたんだけど……。いや、大人っぽっ! 学生で二十一なんて、ほんとまだまだ子どもじゃん)

 慧眼けいがんのなさに自分はまだまだだと反省をする。
 そして今までの出来事が、まるで走馬灯のように思い出されてーー

「ちょ、ちょっと錬、アナタねー、まだ二十一のくせにあんなことしてきたの⁉︎」
「あんなことって?」
「あんな……その、キ、キスしたりとか、体触ったり、とか……」
「別に普通だろ? みんなやってるよ、あんなこと」
「うっ、……ま、まあ、そうか? そうよね? お、お互いに好きならいいわよ、それは……。違うっ! そういうことじゃなくて。うー、私が言ってるのは知らない人に……好きでもない相手に、遊びであんなことしちゃダメってこと! いやっ、歳くってりゃいいのかっていうとそれも違うけど……。とにかくねー、アナタいろいろふざけ過ぎなのよ。人を気絶させて連れてくるわ、手錠をかけるわで」

 錬は苦虫を噛み潰したような顔をすると、拗ねたのかプイッと横を向いた。


   * * * * * *


「好きな相手ならいいの?」

 いつの間にか私の座っているひとり掛けソファの横に来ていた環くんが、顔を覗き込んで言う。
 環くんも……見えないよなあ、当たり前だけど。無邪気な表情を見せるとはいえ、やっぱり大人びている。

「そりゃあ、好きな子ならいいわよ。どちらにしても無理やりじゃないならね」
「ふーん。……ねえ、じゃあさ」

 環くんはしゃがみ込むとソファの肘かけに手を置き、私を上目遣いに見つめて言った。

「僕、ユリちゃんのこと好きだから……してもいい?」
「⁉︎」
(こ、この子はほんと、小悪魔だ……。いかん、いかんぞ)
「あのねー、環くん。アナタもそうやって人をからかうのも大概にしなさいね?」
「えー、僕、からかってなんかないよ? ユリちゃんのこと、本当に気に入っちゃった♡」
「……あのね、環くん。私ね、四十七歳よ? こんなおばさん相手にそんな気になる? ならないでしょ? 冗談、言、わ、な、い、のっ!」

 私は、ツンツツーンッと環くんのおでこを人差し指でつつく。

「冗談じゃないんだけどな……」
「んっ? なにか言った?」
「……べっつにーっ。ねー、錬。錬だってユリちゃんのこと、気に入ったから連れてきたんでしょ?」

 錬を気にかけたのか、環くんが話しかける。

「ーー俺は、退屈だったから連れてきただけだ」

 変わらず不機嫌そうに言うと、錬はソファから立ち上がる。

「あー、待って、どこ行くの? もうすぐご飯になるよ」
「ちょっと部屋に行くだけだ。すぐに戻る」

 階段を上がっていった錬を見送ると、環くんは肩をすくめた。

「錬は……拗ねたんだと思う?」

 環くんにそう尋ねると「うん、たぶんね」と答えつつ、ジッと私を見てくる。

「なに?」
「うん……さっきも言ったけど、錬はユリちゃんのことを気に入ったんだよ。その気持ちを本人に否定されたから拗ねちゃったんだと思うよ」
「……」
(私を気に入っただなんて……きっと、物珍しいだけね。最初に会った時、いきなり大笑いされたしね、フンだっ)
「まあ、とにかくご飯にしようよ」

 カウンターキッチンに向かった環くんは、私に来い来いと手招きをすると「ユリちゃん、手伝って」と言った。


   * * * * * *


「錬、まだー? ご飯の用意ができたよー」

 環くんが階段下から声をかけると、少しして錬が下りてきた。
 すでにローテーブルの上には、いくつもの料理が並べられている。
 大皿に敷かれたレタスの上に並べられた焼売、トロリとしたあんかけのカニ玉、ブロッコリーとトマトのサラダ。今日はどうやら中華の日らしい。

「それにしても環くん、すごいね。見ていたけど、あっという間にたくさんの料理を作っちゃうんだもの」
「ふふ、そうかな? でもね、下ごしらえをしておけば、案外簡単にできちゃったりするんだよ」
 確かにーー準備ができていて、それをうまく組み立てていたように思う。
 でも、やっぱりすごいと思うけど。

「後はご飯とスープだけだから、ユリちゃんは錬と一緒に座ってて」

 そう言われてソファに座ると、先に座っていた錬がなにやら洋服を私に差し出す。

「な、なに?」

 さっきのことがあったのでちょっと戸惑うが、見ると渡されたのは、ロゴの入った薄いブルーのトレーナーとグレーのスウェットパンツだった。

「これ……」
「今日、寝るのになにかいるだろ? 探したけど一番小さいサイズでそれだった。まあ寝るだけだし、今着ている服で寝るよりもマシだろ?」
(なんだ、これを探してくれてたの? ーーこの子はこの子でなんというか、不器用に優しいのよね。こういうところが……ふー、キュンとしちゃう)
 
「ありがと」
「別に」
「さー、ご飯とスープだよ。錬、ほら配って。ユリちゃんも」

 環くんが、キッチンから最後の料理を持ってくる。

「はーい。わあ、これもおいしそう」

 全てを配り終えると、誰からともなく「いただきまーす」と食べ始めた。

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