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第89話 おあがりよ

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 さて俺がこの遠征に連れてこさせられた理由は食事を作るためである。といっても今日は初日のため、朝に仕込んできたものを焼いたりするだけの簡単なお仕事だ。

 今日は水場のない平たい草原で野宿をすることになる。明日は水場があるから水を使った料理が出せるから今日はちょっと手抜きだ。

 俺以外の人達は火を起こしたり、今日寝るテントを立てたり、ローラン様の相手をしている。そして俺のほうにはエレノアさんという女性の方が手伝いをしてくれる。

「ユウキさん、エレノアです。この度はありがとうございます。私も料理ができればよかったのですが……」

 普段はエレナお嬢様の身の回りのお世話をしているらしく、戦闘もできるため今回同行している唯一の女性だが、料理だけはどうしてもできないらしい。年齢は俺よりひと回りくらい上で、今は動きやすさ優先で女性の冒険者のような格好をしている。

 ちなみに彼女の右手にも奴隷紋がある。ローラン様の屋敷で勤めている人の半分くらいは奴隷だ。

「ユウキです、よろしくお願いしますね。エレノアさん、料理のできない人だってたくさんいますよ。それに料理なんて慣れですから、何度も料理をして慣れればすぐに上手くなりますよ」

「ええ、そうだといいのですが……なぜかいつも作るたびに味が変わってしまうんですよね」

「なるほど、俺も別に料理人というわけじゃないですけど、そういう時は調味料の量に気をつけるといいかもしれませんね。味見をしながら少しずつ入れていけばそれほど味がおかしなことにはならないと思いますよ」

 例外としてはうちの屋敷のメイドさんだ。シェアル師匠はどんなに練習をしても厨房に立たせるのは難しいと思う。

「なるほど、調味料の量ですね。今度からそこを意識してみます」

「とはいっても今日は街で作ったものを焼いたり温めたりするだけですけどね」

 今日のメニューは生姜焼きとサラダ、スープ、パン、デザートだ。生姜焼きは朝切った肉をタレにつけたままシェアル師匠の魔法で冷やしたまま持ってきた。半日くらいならこれで十分持つだろう。あとはこれを焼くだけである。

 サラダは野菜を千切ったり切ったりしてマヨネーズをかけた。スープは朝に屋敷で作った野菜のスープを温め直すだけ。パンも数日は持つから屋敷で焼いたパンを持ってきている。さあ明日も朝早くから出発するし、さっさと終わらせてしまおう。



「みなさん、ご飯できましたよ~」

 2台の馬車を中心にテントが2つ、そしてその周りを3人の見張りがいるといった形だ。中央には折りたたみの木のテーブルと椅子がある。おそらくはローラン様はあそこで食べるのだろう。

「ほう、だいぶ早かったではないか」

「今日の晩ご飯は街の屋敷で作ったやつを焼いたり温めたりしただけだからな。明日からはもう少し時間がかかると思う」

「ふむふむ、なるほどのう。それで今日の献立はなんじゃ?」

「今日はターブ肉の生姜焼きとスープ、パンにサラダだ気に入ったらレシピも教えるから言ってくれ。エレノアさんが味見もしてくれたから、もう食べても大丈夫だぞ」

 当然だが部外者である俺の料理だから味見兼毒見役が必要だったが、一緒に料理を手伝ってくれたエレノアさんがしてくれた。彼女はローラン様の奴隷だからローラン様を害することはできないもんな。

「ほう、ではいただこうかの」

 料理に手をつけようとするローラン様、そして他の人の分もよそったのだが、まど誰も手をつけようとしない。やはり普通は主人と一緒にご飯を食べたりはしないのだろう。

「おおっ、肉が柔らかくてしっかりとタレが染みていてうまいではないか!うむ、この味は初めて食べる味じゃな。ユウキ、このタレはどうやって作ったのじゃ?」

「これはすりおろした生姜と少量のニンニクと酒と果物、そして俺がいた国でよく使われていた醤油という調味料を使って作ったタレだ。しばらく肉に漬け込んでおいて、あとは焼くだけでこの味になる便利なタレなんだよな。味は少し濃いめだからパンと一緒に食べると美味しいぞ」

 本当は一緒に食べるなら米が一番なんだけど、米に関してはまだこの世界では見つかっていない。米に合う料理もいっぱいあるから早く見つかって欲しいんだけどな。

「ふうむ、しょっぱくて甘くてなかなかじゃな。ユウキ、あとでうちの者にレシピを教えておくのじゃ」

「了解ですよ」

 気に入ってくれたようで何よりだ。やっぱり日本人としては醤油を全世界に広めたいと思ってしまう。そのあとはパンもスープもサラダも問題なく喜んでくれた。スープに関しては味噌汁にするか少し悩んだが、屋敷の人も好き嫌いがあって反応が分かれたから無難な鳥ガラのスープにした。



「ふう、なかなかうまかった!まさか外でこれだけの料理が食べられるとは思っていなかったぞ」

「それは何よりだ。おかわりいるか?」

「うむ、もらおうかの」

「はいよ。ああ、後でデザートもあるから少しだけ腹は空けといてくれよ」

「なに!?こんな場所でデザートまであるのか?」

「いやそんなに大したものでもないからそこまで期待されても困るぞ。さすがにケーキとかは無理だからな」

「さすがにそこまで期待はしとらんわ。果物かなにかか?」

「当たりだ。こっちは少し時間がかかるからもうちょっと待ってくれ」

「果物なのにか?まあよい、それよりも早くおかわりを頼むぞ」

「おう」

 ローラン様がおかわりを食べ終えた後は俺や他の人も晩御飯を食べた。

「……うまい」

「おう、これはうまいな!」

「うん、美味しい!」

 ルーさんやラウルさん、他の護衛の方にも好評だった。やっぱり火を囲んでみんなで食べるキャンプやバーベキューみたいなのはテンションが上がるよね。前に子供たちの村に行った時の道中の夜も結構楽しかったもんな。

「ふむ、これはうまいですね」

 どうやらこの遠征班のリーダーであるニアさんも満足してくれたようだ。ニアさんは30代前半くらいの男性で美しい銀色の髪と頬にある大きな傷が特徴だ。勝手な予想だが、その傷には深いエピソードがあるに違いない。



「待たせたな。これが今日のデザートの焼きゴリンだ」

「なんじゃ、ゴリンの実を焼いただけではないか」

「いやさっきもそこまで大したものじゃないって言っておいただろ。まあこういうところで食べるそいつはなかなか上手いから試してみてくれ」

「ふむ、ではいただくかの」

「おあがりよ!」

「なんじゃ急に?まあよい、どれどれ味はどうかの?」

 おっと、某料理漫画のセリフがつい出てしまった。さすがにこれを食べても服は破けないから安心してくれ。懐かしいな、あの漫画のリアクション結構好きだったんだよな。おっと、リアクションといえば某中華料理漫画か某パン職人漫画が最強だったか。なにせリアクションで世界を救ってしまえるからな。

「っ!!甘い、これは甘いのじゃ!」

「簡単だけどなかなかうまいだろ?」

 今回作ったのはリンゴのようなゴリンという果物の実の真ん中をくり抜いて、中にバターと砂糖とシナモンもどきを入れ、工場で作ってもらった極限まで薄く伸ばしたアルミ、つまりはアルミホイルを巻いて2~3時間焚き火のそばに置いておくだけのお手軽料理だ。

 俺もバーベキューで初めて焼いた果物を食べた時には驚いたものだ。何でも焼くことで果物の水分が飛び、糖度が凝縮されるとかなんとか。まあ科学的な話はよくわからないが、バナナとかパイナップルとかリンゴとかは焼いたら焼いたで、生の時とは違った味わいがある。リンゴとバナナとパイナップルは特におすすめだな。

「ぬぬ、本当にこれは焼いただけなのか?」

「いや、中に砂糖とバターと香辛料が入っているよ。ゴリンの場合はじっくり低音で焼いた方がいいから時間が少しかかるんだ。気に入ったのならこれの作り方も後で教えておくよ」

「ぬぬ、それでこれほどの甘みが出るのか。うむ、気に入ったぞ、あとで作り方を教えるのじゃ!」

「おう」

 どうやら満足いただけたようでよかった。今回は前回ローラン様に借りた大きな恩を返すためだからな。希望があれば、作り方も教え方なども全て教えるつもりだ。

 とはいえ今日は持ってきたものを焼いたり温めただけの簡単な料理だったから本番は明日からだな。





 食事は終わり、まだ時間は早いが眠ることになった。夜は暗くて移動することができないから、早めに寝て、明日の朝に早く起きて移動をする。ローラン様はに馬車の中で寝て、他の人は交代で見張りをしながらテントで眠るようだ。

 俺は見張りをしなくてもいいと言われた。朝はみんなより早く起きて明日の昼食の準備をする予定だからとてもありがたい。見張りの人に朝少し早めに起こしてもらうようにお願いをして今日は早めに就寝した。

 そういえば屋敷のみんなは元気かな。特に大きな問題とか起きてなければいいんだけど。……いかんいかん、初日からホームシックになっている俺がいる。この世界に来てからみんなと離れたのは、移動させられた奴隷商で過ごした時くらいだからな。うん、ちょっとだけ寂しいけど頑張ろう。
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