69 / 95
第69話 工場の破壊
しおりを挟む工場に入ってすぐの場所には普段工場のみんなが働いている作業場がある。材料の木を切ってリバーシや将棋や人生ゲームの駒を作ったり、作った駒に色をつけ絵を描いたりする作業場だ。
そしてドワーフであるローニーが使っている新しい試作品を作ったり、金属類を加工する小さな炉がある作業場。大金を支払い資材を買って、ローニーやみんなで作成した大きな3つの蒸留タンク。
その全てがめちゃくちゃに壊されていた。みんなが頑張って作った娯楽遊具は踏み潰され、駒は散乱していた。金属を加工する小さな炉はボコボコに殴られ横に倒されていた。蒸留を行うための大きな3つの蒸留タンクも細いパイプはすべて叩き潰され、タンク自体も殴られて大きな穴が開けられている。
おそらく襲撃者の目的は工場の破壊だ。でなければここまで徹底的に工場の内部を破壊したりはしないだろう。
「う、うう……」
ここでも襲撃者の死体や怪我をした奴がいる。だが従業員のみんなや中に入った門番のカイルさんの姿が見当たらない。まだみんなが無事でいる可能性が高いため少しほっとする。この奥にはできた商品を管理する倉庫と従業員用のスペースがある。
「カイルさん!」
「うう……ユウキさん」
倉庫の商品はめちゃくちゃにされていたが、そこには門番のカイルさんがいた。よかった、傷だらけだけどまだ生きている!大きな傷もない、これなら!
「今治療します!生命の源たる癒しの力よ、この者を癒したまえ、ヒール!」
傷だらけだったカイルさんの傷が少しずつ小さくなっていく。俺の回復魔法でも多少は効果があったようだ。
「ありがてえ、痛みが引いていく!ユウキさん、大変だ!いきなり大勢の奴隷達が武器を持って工場に入ってきやがったんだ!」
「はい、ダイスさん達から聞いています!」
「よかった、あいつらも無事だったんだな!」
「っ!!……いえ、ダイスさんとボンドさんは無事でしたけどアランさんとカーソンさんは……」
「そうか……いや、それよりもすまねえ、あと5人ここを通しちまった!ユウキさん、あいつらはここの施設と従業員を狙っている。すぐに俺も動けるくらいにはなる!頼む、早く奥にいるみんなを!」
「わかりました、みんなを助けてすぐに戻ってきます!」
「おらああああ!」
向こうの部屋で声が聞こえた。あの声はガラナさんだ!
バンッ
食堂のドアを乱暴に開ける。中には剣を持って3人の敵と戦っているガラナさんとモラムさんが見えた。残り2人の敵はその手前に倒れている。そしてガラナさんとモラムさんの後ろで2人にかばわれているみんなが見える。
よかった、間に合った!
「せい!」
ガラナさんとモラムさんと戦っている3人の敵を後ろから斬りつける。左の敵はこちらに振り向いた瞬間に後ろから首を刈る。真ん中の敵は首に突きを入れそのまま横に切り裂く。最後の右の敵はこちらを向いて防御の姿勢を取ったが、防御したボロい剣ごと日本刀で袈裟斬りにしてやった。
「ユウキ兄ちゃん!」
「ユウキさん!」
よかった、みんな無事だ!ローニーやルイス、カミナさん達みんな怪我もなさそうだ。
「……くそったれが!」
ガラナさんも無事だ。あちこちに擦り傷はあるが命に別状はなさそうだ。
「ごほっ、本当にぎりぎりじゃねえか。あと少し遅れてたらぶん殴ってたぞ」
「モラムさん、良かった無事で……っ!!えっ!?そっ、そんな!間に合わなかったのか!」
敵の影に隠れていて見えなかった。何事もなかったように平然と話しているモラムさん、だがモラムさんの腹には大きく剣で斬られており、大量の血が今も地面に流れ続けている!
「げほっ、だからぎりぎり間に合ったんだろ。あと少し遅けりゃこのまま俺が殺されて、そのまま3対1でガラナも殺されて、そのあと全員殺されてたじゃねえか。俺1人ですんだんだから問題ねえよ」
「いいからもうしゃべらないで早く横になって!」
やばい、これはやばい!モラムさんの腹には今までに見たこともないくらい大きな傷ができている。それも腹の肉だけじゃない、内臓にまで深い傷が残っている。
こんなに大きな傷を治せるのか?いや、魔法はイメージの力だとシェアル師匠も言っている!強く、深くイメージしろ、モラムさんの健康な身体を極限までイメージするんだ!
「生命の源たる癒しの力よ、この者を癒したまえ、ヒール!」
くそ!だめだ、傷が塞がらない!
俺の回復魔法では内臓も腹の傷もほんの少しだけ塞がっただけだ。まずは内臓だ、内臓を完全に治すイメージをしろ。もう一度回復魔法をかけようと身体中の魔力を集める。
「ユウキお兄ちゃん、モラムのおじちゃんは逃げ遅れそうになった私とルイスをかばってくれたの!お願い、助けて!」
「げほっ、黙ってろミーナ!誰がてめえらみてえなガキ共をわざわざかばうかよ、ボケが!」
「ふざけてんのはモラムのおっちゃんのほうだぞ!俺たちをかばったせいでおっちゃんが死んじゃったら俺はなんにも嬉しくねえよ!」
「ったく、本当に生意気なガキだな。おいルイス、今のおめえはただの弱えガキだ!ガキは大人に守られんのが仕事なんだよ!悔しかったらもっと強くなってさっさとてめえの大切なもんをてめえで守れるくらいのでけえ大人になれ!」
「……わかったよ!俺はもっともっと強くなる!おっちゃんみてえに強くてかっこいい大人にすぐになってやる!」
「馬鹿、俺みてえにはなんじゃねえよ!もっと強くてかっけえアルゼの旦那みたいになれって言ってんだよ!」
「強いもん!おじちゃんは強くてかっこいいもん!」
「……ったく、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ」
そう言いながらモラムさんは笑う。
駄目だ、まだ諦めるな!もっとだもっと強くイメージするんだ!少しでも効いてはいるんだ、このままヒールをかけ続ければ良くなるかもしれない!
「生命の源たる癒しの力よ、この者を癒したまえ、ヒール!ガラナさん、もう敵はいません。もしかしたら近くにシェアル師匠が来てくれているかもしれません、いなかったら近くの医者を呼んできてください!」
だめだ、内臓の傷を塞ぐことができない!これ以上は俺のヒールじゃ無理だ。シェアル師匠レベルじゃないと。いやもしかしたらこの世界の医者ならこのレベルの怪我も治せる可能性も0ではない。
「おい、俺の身体なんだから俺がよくわかる。んな無駄なことをするくらいならさっさと……」
「ガラナさん、いいから早く!それにモラムさんはもう動こうとしないで!」
俺だってわかってる!でも可能性は0じゃない!ほんのわずかでも可能性があるならそれに賭けたい!
「ちっ、わかったよ。門の前まで行ってシェアルさんがいなけりゃそのまま街の医者を呼んで戻ってくるからよ」
「……おう、ガラナ。わりいけど後のことは任せる。あとてめえは当分こっちに来るんじゃねえぞ!」
「……ああ、後は任せろ!心配しなくても当分行く気なんざねえよ。あとここのやつらも行かせるつもりはねえから安心してゆっくり休め。お前とはあのクソ主人からの長い付き合いだったな、まあ楽しかったぜ。じゃあな!」
「そうだな、親よりもてめえとの方が長い付き合いだってのが笑えるな。まさかあのクソ主人の奴隷からの付き合いがここまで続くなんてよ。俺も楽しかったぜ、あばよ!」
それがまるで最後の別れであるかのように話をしてガラナさんは立ち去る。
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!
なんでもう諦めてんだよ!まだ奇跡だって起こるかもしれないだろ!頼む神様、今だけでいいから俺に力をくれ!一回でいいからシェアル師匠くらいの回復魔法を使わせてくれよ!
「生命の源たる癒しの力よ、この者を癒したまえ、ヒール!」
駄目だ、まだ傷は塞がらない、血も流れ続ける。俺の回復魔法では現状を維持することすらできていない。頼む、頼むよ!
「げほっ……おいローニー、あの馬鹿はたまに1人で空回っからよ、ちゃんと手綱を握ってやれ。あと酒も酒精が強けりゃ強いほどうめえって勘違いしてやがるからな、おめえと旦那でちゃんと美味い酒を作るんだぞ!」
「任せるべ!絶対にこの国で一番の酒を作ってやるだ!……寂しくなるけんどこっちは任せるだ!短い付き合いだったども楽しかったべ!」
「がはは、この国で一番たあ、言うじゃねえか、後は任せるぜ!おめえのおかしな訛りにもようやく慣れてきたとこだったんだけどよ、まあ俺も楽しかったぜ。
おい、じいさんばあさん共もちったあ長生きしろよ!すぐにこっちに来たら追い返してやっからな!」
「若造が言いよるのう。あと20年はそっちに行く気はないわ!」
「まったくわしらのしぶとさを舐めるでないわ。そうじゃな、わしもあと30年はそっちには行かんぞ」
「安心するさね。この爺どもは簡単には死なんよ。なにせ奴隷商のところでもしぶとく生き延びてたほどさね」
「だっはっは、げほっ、ごほっ!まったくしぶてえ奴らだな。そんだけ元気なら当分は死なねえだろ!せいぜい長生きしとけ!」
「なんで最後みたいなこと言ってんだよ!あと少し根性入れろ!すぐにシェアル師匠か医者が来るんだから気合い入れて耐えるんだよ!」
あんたまだこれからだろ!クソみたいな主人から解放されて、ようやくエレナお嬢様の下でまともな人間らしい生活を送れようになったんだろうが!
「これからうまい酒をもっとたくさん作るって言っただろ!できた酒だってまだ何年も熟成させてもっと美味くなるんだよ!そうだ、俺が酒の味がわかるようになって一晩中飲めるまで待つって約束しただろうが!」
「……はっ、これだからてめえはガキなんだよ。大人ってのは約束なんか簡単に破るもんだ」
「くそ!俺が……俺があと少し早く来てさえいれば!」
「はっ、関係ねえよ。俺が勝手にヘマしちまっただけだ。そもそも俺は犯罪奴隷になった時点で人生諦めてんだ。それなのにエレナお嬢様みたいな優しい主人に買われて名前を呼んでもらえて普通の人間扱いしてもらえただけ幸運だ」
「生命の源たる癒しの力よ、この者を癒したまえ、ヒール!」
何度目かわからないヒールをかけたが最早現状を維持することもできなくなってきた。血は流れ続け、顔色は悪くなり唇の動きが弱くなる。
「ごほっ、くだらねえ人生だったぜ。貧しい村に生まれてよお、金がねえからって15やそこらでクソ親に騙されて奴隷商に売られちまった。そこから同じくれえクソみてえな主人からようやく解放されてチンピラまがいのことしてたな」
「頼む、死なないでくれよ……」
もう俺の声も届いてはいない。もう目の焦点もあってはいない。
「げほっ、げほっ、……まあこの半年だけは悪くなかったか。…………うまい飯食って俺達で最高の酒を作って飲んでよ。たまに作った酒を飲みすぎて旦那に怒られてたりしたっけな。………………ガキ共やじいさんばあさん共の世話してよ、あいつらこんな俺なんかに感謝してんだぞ、笑っちまうぜ」
モラムさんの言葉がどんどん小さくなっていく。
「クソみてえな人生だったが、最後だけは満足だ…………」
薄らと笑いながら、今まで見たこともない安らかな表情をしながらモラムさんは死んだ。
10
お気に入りに追加
362
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…
小桃
ファンタジー
商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。
1.最強になれる種族
2.無限収納
3.変幻自在
4.並列思考
5.スキルコピー
5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。
貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!
やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。
これではまともな生活ができない。
――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう!
こうして彼の転生生活が幕を開けた。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる