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第69話 工場の破壊

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 工場に入ってすぐの場所には普段工場のみんなが働いている作業場がある。材料の木を切ってリバーシや将棋や人生ゲームの駒を作ったり、作った駒に色をつけ絵を描いたりする作業場だ。

 そしてドワーフであるローニーが使っている新しい試作品を作ったり、金属類を加工する小さな炉がある作業場。大金を支払い資材を買って、ローニーやみんなで作成した大きな3つの蒸留タンク。

 その全てがめちゃくちゃに壊されていた。みんなが頑張って作った娯楽遊具は踏み潰され、駒は散乱していた。金属を加工する小さな炉はボコボコに殴られ横に倒されていた。蒸留を行うための大きな3つの蒸留タンクも細いパイプはすべて叩き潰され、タンク自体も殴られて大きな穴が開けられている。

 おそらく襲撃者の目的は工場の破壊だ。でなければここまで徹底的に工場の内部を破壊したりはしないだろう。

「う、うう……」

 ここでも襲撃者の死体や怪我をした奴がいる。だが従業員のみんなや中に入った門番のカイルさんの姿が見当たらない。まだみんなが無事でいる可能性が高いため少しほっとする。この奥にはできた商品を管理する倉庫と従業員用のスペースがある。



「カイルさん!」

「うう……ユウキさん」

 倉庫の商品はめちゃくちゃにされていたが、そこには門番のカイルさんがいた。よかった、傷だらけだけどまだ生きている!大きな傷もない、これなら!

「今治療します!生命の源たる癒しの力よ、この者を癒したまえ、ヒール!」

 傷だらけだったカイルさんの傷が少しずつ小さくなっていく。俺の回復魔法でも多少は効果があったようだ。

「ありがてえ、痛みが引いていく!ユウキさん、大変だ!いきなり大勢の奴隷達が武器を持って工場に入ってきやがったんだ!」

「はい、ダイスさん達から聞いています!」

「よかった、あいつらも無事だったんだな!」

「っ!!……いえ、ダイスさんとボンドさんは無事でしたけどアランさんとカーソンさんは……」

「そうか……いや、それよりもすまねえ、あと5人ここを通しちまった!ユウキさん、あいつらはここの施設と従業員を狙っている。すぐに俺も動けるくらいにはなる!頼む、早く奥にいるみんなを!」

「わかりました、みんなを助けてすぐに戻ってきます!」



「おらああああ!」

 向こうの部屋で声が聞こえた。あの声はガラナさんだ!

 バンッ

 食堂のドアを乱暴に開ける。中には剣を持って3人の敵と戦っているガラナさんとモラムさんが見えた。残り2人の敵はその手前に倒れている。そしてガラナさんとモラムさんの後ろで2人にかばわれているみんなが見える。

 よかった、間に合った!

「せい!」

 ガラナさんとモラムさんと戦っている3人の敵を後ろから斬りつける。左の敵はこちらに振り向いた瞬間に後ろから首を刈る。真ん中の敵は首に突きを入れそのまま横に切り裂く。最後の右の敵はこちらを向いて防御の姿勢を取ったが、防御したボロい剣ごと日本刀で袈裟斬りにしてやった。

「ユウキ兄ちゃん!」

「ユウキさん!」

 よかった、みんな無事だ!ローニーやルイス、カミナさん達みんな怪我もなさそうだ。

「……くそったれが!」

 ガラナさんも無事だ。あちこちに擦り傷はあるが命に別状はなさそうだ。

「ごほっ、本当にぎりぎりじゃねえか。あと少し遅れてたらぶん殴ってたぞ」

「モラムさん、良かった無事で……っ!!えっ!?そっ、そんな!間に合わなかったのか!」

 敵の影に隠れていて見えなかった。何事もなかったように平然と話しているモラムさん、だがモラムさんの腹には大きく剣で斬られており、大量の血が今も地面に流れ続けている!

「げほっ、だからぎりぎり間に合ったんだろ。あと少し遅けりゃこのまま俺が殺されて、そのまま3対1でガラナも殺されて、そのあと全員殺されてたじゃねえか。俺1人ですんだんだから問題ねえよ」

「いいからもうしゃべらないで早く横になって!」

 やばい、これはやばい!モラムさんの腹には今までに見たこともないくらい大きな傷ができている。それも腹の肉だけじゃない、内臓にまで深い傷が残っている。

 こんなに大きな傷を治せるのか?いや、魔法はイメージの力だとシェアル師匠も言っている!強く、深くイメージしろ、モラムさんの健康な身体を極限までイメージするんだ!

「生命の源たる癒しの力よ、この者を癒したまえ、ヒール!」

 くそ!だめだ、傷が塞がらない!

 俺の回復魔法では内臓も腹の傷もほんの少しだけ塞がっただけだ。まずは内臓だ、内臓を完全に治すイメージをしろ。もう一度回復魔法をかけようと身体中の魔力を集める。

「ユウキお兄ちゃん、モラムのおじちゃんは逃げ遅れそうになった私とルイスをかばってくれたの!お願い、助けて!」

「げほっ、黙ってろミーナ!誰がてめえらみてえなガキ共をわざわざかばうかよ、ボケが!」

「ふざけてんのはモラムのおっちゃんのほうだぞ!俺たちをかばったせいでおっちゃんが死んじゃったら俺はなんにも嬉しくねえよ!」

「ったく、本当に生意気なガキだな。おいルイス、今のおめえはただの弱えガキだ!ガキは大人に守られんのが仕事なんだよ!悔しかったらもっと強くなってさっさとてめえの大切なもんをてめえで守れるくらいのでけえ大人になれ!」

「……わかったよ!俺はもっともっと強くなる!おっちゃんみてえに強くてかっこいい大人にすぐになってやる!」

「馬鹿、俺みてえにはなんじゃねえよ!もっと強くてかっけえアルゼの旦那みたいになれって言ってんだよ!」

「強いもん!おじちゃんは強くてかっこいいもん!」

「……ったく、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ」

 そう言いながらモラムさんは笑う。

 駄目だ、まだ諦めるな!もっとだもっと強くイメージするんだ!少しでも効いてはいるんだ、このままヒールをかけ続ければ良くなるかもしれない!

「生命の源たる癒しの力よ、この者を癒したまえ、ヒール!ガラナさん、もう敵はいません。もしかしたら近くにシェアル師匠が来てくれているかもしれません、いなかったら近くの医者を呼んできてください!」

 だめだ、内臓の傷を塞ぐことができない!これ以上は俺のヒールじゃ無理だ。シェアル師匠レベルじゃないと。いやもしかしたらこの世界の医者ならこのレベルの怪我も治せる可能性も0ではない。

「おい、俺の身体なんだから俺がよくわかる。んな無駄なことをするくらいならさっさと……」

「ガラナさん、いいから早く!それにモラムさんはもう動こうとしないで!」

 俺だってわかってる!でも可能性は0じゃない!ほんのわずかでも可能性があるならそれに賭けたい!

「ちっ、わかったよ。門の前まで行ってシェアルさんがいなけりゃそのまま街の医者を呼んで戻ってくるからよ」

「……おう、ガラナ。わりいけど後のことは任せる。あとてめえは当分こっちに来るんじゃねえぞ!」

「……ああ、後は任せろ!心配しなくても当分行く気なんざねえよ。あとここのやつらも行かせるつもりはねえから安心してゆっくり休め。お前とはあのクソ主人からの長い付き合いだったな、まあ楽しかったぜ。じゃあな!」

「そうだな、親よりもてめえとの方が長い付き合いだってのが笑えるな。まさかあのクソ主人の奴隷からの付き合いがここまで続くなんてよ。俺も楽しかったぜ、あばよ!」

 それがまるで最後の別れであるかのように話をしてガラナさんは立ち去る。

 ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!

 なんでもう諦めてんだよ!まだ奇跡だって起こるかもしれないだろ!頼む神様、今だけでいいから俺に力をくれ!一回でいいからシェアル師匠くらいの回復魔法を使わせてくれよ!

「生命の源たる癒しの力よ、この者を癒したまえ、ヒール!」

 駄目だ、まだ傷は塞がらない、血も流れ続ける。俺の回復魔法では現状を維持することすらできていない。頼む、頼むよ!

「げほっ……おいローニー、あの馬鹿はたまに1人で空回っからよ、ちゃんと手綱を握ってやれ。あと酒も酒精が強けりゃ強いほどうめえって勘違いしてやがるからな、おめえと旦那でちゃんと美味い酒を作るんだぞ!」

「任せるべ!絶対にこの国で一番の酒を作ってやるだ!……寂しくなるけんどこっちは任せるだ!短い付き合いだったども楽しかったべ!」

「がはは、この国で一番たあ、言うじゃねえか、後は任せるぜ!おめえのおかしな訛りにもようやく慣れてきたとこだったんだけどよ、まあ俺も楽しかったぜ。

 おい、じいさんばあさん共もちったあ長生きしろよ!すぐにこっちに来たら追い返してやっからな!」

「若造が言いよるのう。あと20年はそっちに行く気はないわ!」

「まったくわしらのしぶとさを舐めるでないわ。そうじゃな、わしもあと30年はそっちには行かんぞ」

「安心するさね。この爺どもは簡単には死なんよ。なにせ奴隷商のところでもしぶとく生き延びてたほどさね」

「だっはっは、げほっ、ごほっ!まったくしぶてえ奴らだな。そんだけ元気なら当分は死なねえだろ!せいぜい長生きしとけ!」

「なんで最後みたいなこと言ってんだよ!あと少し根性入れろ!すぐにシェアル師匠か医者が来るんだから気合い入れて耐えるんだよ!」

 あんたまだこれからだろ!クソみたいな主人から解放されて、ようやくエレナお嬢様の下でまともな人間らしい生活を送れようになったんだろうが!

「これからうまい酒をもっとたくさん作るって言っただろ!できた酒だってまだ何年も熟成させてもっと美味くなるんだよ!そうだ、俺が酒の味がわかるようになって一晩中飲めるまで待つって約束しただろうが!」

「……はっ、これだからてめえはガキなんだよ。大人ってのは約束なんか簡単に破るもんだ」

「くそ!俺が……俺があと少し早く来てさえいれば!」

「はっ、関係ねえよ。俺が勝手にヘマしちまっただけだ。そもそも俺は犯罪奴隷になった時点で人生諦めてんだ。それなのにエレナお嬢様みたいな優しい主人に買われて名前を呼んでもらえて普通の人間扱いしてもらえただけ幸運だ」

「生命の源たる癒しの力よ、この者を癒したまえ、ヒール!」

 何度目かわからないヒールをかけたが最早現状を維持することもできなくなってきた。血は流れ続け、顔色は悪くなり唇の動きが弱くなる。

「ごほっ、くだらねえ人生だったぜ。貧しい村に生まれてよお、金がねえからって15やそこらでクソ親に騙されて奴隷商に売られちまった。そこから同じくれえクソみてえな主人からようやく解放されてチンピラまがいのことしてたな」

「頼む、死なないでくれよ……」

 もう俺の声も届いてはいない。もう目の焦点もあってはいない。

「げほっ、げほっ、……まあこの半年だけは悪くなかったか。…………うまい飯食って俺達で最高の酒を作って飲んでよ。たまに作った酒を飲みすぎて旦那に怒られてたりしたっけな。………………ガキ共やじいさんばあさん共の世話してよ、あいつらこんな俺なんかに感謝してんだぞ、笑っちまうぜ」

 モラムさんの言葉がどんどん小さくなっていく。

「クソみてえな人生だったが、最後だけは満足だ…………」

 薄らと笑いながら、今まで見たこともない安らかな表情をしながらモラムさんは死んだ。
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