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第67話 殺す覚悟
しおりを挟む俺はリールさん達と分かれて街へ向かいながら走っている。襲撃が起こることも考えて街から近い山に来ていたため、あと30分ほどすれば街に戻れる。幸いなことに今のところ黒の殺戮者以外の襲撃はない。
身体能力強化魔法と硬化魔法は魔力を供給し続けている間は効果を発揮し続ける。シェアル師匠が言うには俺の魔力量は普通の人並みだが、この二つの魔法は魔力を体内に留め続けるため、ほとんど魔力を消費しないらしい。この前試してみたが、10時間以上継続して使用することができた。
ファイヤーボールやウインドカッターなど魔法を形にして外に放ったり、魔力を消費して身体の組織を修復する回復魔法や解毒魔法は多少の魔力が必要となる。この前シェアル師匠が使っていた規模の魔法を常人が撃てば一発で魔力が枯渇するそうだ……まあどちらにせよ俺にはそんな規模の魔法使えないんだけどな!
街の門を抜け街の中に入るがまだ襲撃は無い。門の前には絶対に待ち構えていると思ったんだけどな。おそらくあの黒の殺戮者から俺達が逃げられる可能性を想定していなかったのかもしれない。リールさんのことをただの使用人と言っていたし。
更に急ぎながら屋敷の方へ向かうと、すでに襲撃が始まっているのか屋敷の方から大きな爆音と悲鳴が上がっている。
くそ、みんなは無事なのか!
「きゃあああああ!」
「早く逃げろ!」
屋敷の方から逃げてきたと思われる人達が悲鳴を上げながら逃げていく。ちくしょう、もっと速く、速く走れ!
「おい君!ここから先は危ない、速く離れるんだ!」
屋敷まであと少しというところで街の憲兵に引き止められる。
「アルガン家の使用人の者です。何が起きたんですか?アルガン様は無事ですか?」
「おお、アルガン家の人でしたか!現状詳しいことは分かりませんが、現在アルガン様の屋敷が攻撃を受けています。警備隊が応援に向かおうとしたところ、襲撃者の周りに魔法による障壁のようなものが行手を遮り近づけません!今別の者が高度な魔法を使用できる兵と冒険者ギルドに緊急応援を求めに向かっているところです!」
マジかよ!こんな真っ昼間から領主の屋敷を襲撃するなんて何を考えているんだ!
「ありがとうございます!」
憲兵さんにお礼を言い屋敷に急ぐ。頼む間に合ってくれ!
ゴンッ
「いってえ!」
屋敷が見えはじめたところで、目の前に見えない壁のがあり、そこにぶち当たったような感触があった。街中とはいえ、身体能力強化魔法を使ってスピードを出していたので、硬化魔法がなければかなりのダメージを受けていたに違いない。
これが魔法の障壁か。黒の殺戮者の風魔法と違ってうっすらとだが透明な壁のようなものが目の前の道を塞いでいるのがわかる。
「くそったれ、邪魔をすんな!」
障壁を強化した拳で思いっきり殴る。
ガァンッ
大きな音はするが駄目だ、割れていない。いやまて、もう一度障壁を見てみるとわずかにだがヒビが入っている。これならばこの日本刀でいける!
「めええええええん!」
ザンッ
よし、障壁が斬れた。これで中に入れる!障壁の中に入り、屋敷の方へ向かう。
「なんだ、あれは!?」
ようやく屋敷の前に辿り着くとそこには黒いローブを被った怪しげな集団がいた。屋敷を攻撃するのに夢中でこちらの方にはまだ気づいていないので物陰に隠れながら様子を伺う。
「赤く輝き荒ぶる炎よ、我が敵を貫き燃やせ!ファイヤージャベリン!」
「大いなる風の刃よ、我が敵を切り裂きたまえ!ウインドカッター!」
「大地より生まれたる力よ、固まりたりて我が敵を穿て!ストーンバレット!」
ズガガガーン!
様々な属性の魔法が屋敷を襲う。だが全ての魔法は屋敷にたどり着くまえにシェアル師匠の障壁によりかき消される。それにしてもシェアル師匠の障壁は本当に凄まじい。襲撃者達の魔法はシェアル師匠ほど大規模ではないとはいえ、かなりの数を撃たれているに違いない。
魔法使いらしきローブを被った奴らが9人おり、信長の鉄砲3段撃ちのように3人ずつ横に並び、順番に詠唱を行い魔法攻撃を屋敷に向かって放っている。しかも合間に魔力が回復するらしきポーションまで飲んでいるので魔法が途切れることはないということか。
魔法を使える人って少ないんじゃないのかよ!いや、魔法を使える者をそれだけ連れてきているという襲撃者の親玉がよっぽどの人物ってことか。
更にその魔法使い隊の前には3人の大きな盾を持った前衛がいる。アルゼさんやシェアル師匠が前に出れないのはこいつらのせいかもしれない。そして一番後ろには指揮官らしき高価な装備に身を包み指示を出している者がいた。
「まだ障壁は落とせないのか!」
「あと少しと思われます。いかに強固な障壁であろうとも、これだけの数の魔法を撃ち込めばもう限界のはずです!」
「よし、障壁を破壊後も後方より魔法を撃ち続けるのだ!こちらからは前に出るなよ。いかにあの名高き老騎士であろうとも近づかせなければこのざまよ。少しすれば黒の殺戮者もこちらに合流する。ただの使用人と良い武器を持っただけのガキの割には時間がかかっているが、また戦闘を楽しむ悪い癖が出てるのだろう。
なあに、憲兵と冒険者ギルドには細工がしてある。こちら側の障壁もそう易々とは破壊できぬし、まだかなりの時間がかかるであろう。障壁を破壊し、黒の殺戮者が合流次第屋敷に突入し、領主を殺せ!」
「はっ!領主が最優先ですね、承知しております!」
……いろいろとまずい状況のようだ。確かにあのアルゼさんやシェアル師匠でもこの魔法の弾幕を避けつつ、前衛を潰すのはさすがに難しいだろう。そして奴らの狙いはエレナお嬢様を殺すこと。やはり俺やリールさんはついででエレナお嬢様が本命か!
だが奴らの誤算はリールさんと俺を舐めてこちら側の者がここに来るなんて想定していないことだ。こちらも少しすればリールさんが来るが、いつまでシェアル師匠の障壁が持つのかわからない。それにリールさんもシェアル師匠の回復魔法を受けないことには戦える状況ではない。そうなる以上、ここで動けるのは俺だけだ。
……覚悟を決める。だがこれは単なる覚悟じゃない。人を殺す覚悟だ!
確かに先程の黒の殺戮者は殺す気で斬った。だが、あいつはまだ生きている。そして身体能力強化魔法と硬化魔法で強化された力と日本刀であのローブの魔法使いを斬れば、間違いなくその身体を一刀両断できる力が今の俺にはある。
峰打ちなどでは駄目だ。相手が殺す気で来る以上、こちらも殺す気でいかないと足元をすくわれる。屋敷にいるエレナお嬢様にマイルやサリア達、俺の大切な人達を絶対に守るんだ!
狙いはローブを着た魔法使い9人を倒し、アルゼさん達と合流して状況を伝えること。指揮官を潰すのもありだが、まずは後衛である魔法使いを潰さないと魔法で何をしてくるか分からないのは怖い。とりあえず魔法を使える者がいなくなれば、アルゼさん達も前に出れるし増援もすぐに来れるだろう。
「ふぅぅぅ……」
深呼吸をする。奇襲をするのに大声をあげて気合いを入れるほど馬鹿ではないからな。黒の殺戮者との戦いで負傷した左肘がまだ少し痛むが、逆に言えばそれ以外は問題ない。それにしてもこの世界に来てから騙し打ちや奇襲ばかりしている気がするが……いや、ルーさんとの組手は真正面からだからセーフのはずだ!それに今はそんなことを考えてる余裕はない。不意打ちだろうと奇襲だろうと生き残ったもの勝ちだ。
さあ、行くぞ!!
ザッ
強化された足で地面を蹴る。魔法による強化で物理的にはありえない速度で加速する。日本刀を横に構え、剣道でいうところの脇構えをとる。まだ気付かれていない、入る!
「赤く輝き荒ぶる炎よ、我が敵を貫き燃やせ!、ファイヤージャベリン!」
「大いなる風の刃よ、我が敵を切り裂きたまえ!ウインドカッター」
「大地より生まれたる力よ、固まりたりて我が敵を穿て!ストーンバレット!」
見計らっていたタイミング通り、前にいる3人の魔法使いが屋敷に向かって魔法を放つ。そしてその詠唱に掻き消され俺の近づく音には気づかれない。
横並びに並んでいる3列の真ん中、つまり次に魔法を撃つ予定の者を狙う。そしてその中でも人体の一番の急所である首を狙う。
入る!
ザザザンッ
強化されてるとはいえ軽くはない肉と骨を切り裂く感触が手に伝わる。今は何も考えるな、ただ敵を斬る事だけを考えろ!
「はっ!?」
「なに!?」
「はあ!?」
日本刀で斬った3人の声ではない。斬った3人は声を発することなく、その首が宙を舞い、頸動脈を斬ったことにより赤き鮮血が吹き出す。目の前で3人の首が落とされる光景を見た3人から何が起こったかわからないという声が漏れる。
「てっ、敵襲!各自迎撃体制をと……」
一番後ろで現状を把握できた指揮官が叫ぶがもう遅い!返す刀で声を上げた3人の魔法使いを狙う。
「やめっ……」
「まっ……」
盾を持たない魔法使い達は杖やその腕を首の前に差し込み俺の斬撃を防ごうとするが強化された力とスピード、硬く切れ味を突き詰めた日本刀が無慈悲にも杖や腕ごと3人の首を刈っていく。
残り3人!
だがさすがに後ろで異変があったことに気付いた前衛の3人が残った魔法使いをかばうため、前に出ようと走り出す。やばい、間に合うか!
更に厄介なことに残り3人の魔法使いの両側の2人がそれぞれ別の方向へ逃げ出す。真ん中にいた魔法使いの首に日本刀を突き刺し、横に引き裂きながら右側の魔法使いへ向かう。
背を向け逃げ惑う魔法使いだが強化した俺のスピードに比べてはあまりにも遅い!背後からその首に刀を突き刺し、横に引き抜く。首は落ちなかったが、頸動脈を断ち切ったことにより鮮血が吹き出す。
残り1人!
だが今の奴とは逆方向に逃げ出していたため微妙に距離がある。全力で逆方向に切り返すが、視界の横に前衛が残り1人の魔法使いの方向へ向かっているのが見える。だがギリギリ届く!
「いけええええ!」
そして日本刀の刃が最後の魔法使いの首に……
ギィィン
届くと思われたその時、突如魔法使いの目の前に盾が飛び出した。あの固い変異種をも切り裂いた日本刀が盾の1/4ほど切り裂いたところでピタリと止まる。このまま盾を捻られれば日本刀が持っていかれると感じてすぐに日本刀を引き抜く。
「ひいぃぃぃ!」
「なんてガキだ!あの一瞬で8人もやられちまった!俺も魔法を使わなきゃ間に合わなかったぞ!それに俺の盾をこんなにしやがった!」
くそ、ギリギリ間に合わなかったのはこの前衛の無詠唱魔法で速度が上がったためか。おそらくだが、俺と同じ身体能力強化魔法と硬化魔法を使ったのかもしれない。
それと併せて日本刀の切れ味は群を抜いているが、その分切れ味が落ちるのは驚くほど早い。ここに来るまでに血と脂を拭いてきたが、さっきの魔法使いを8人も斬ったことによりだいぶ切れ味が落ちているはずだ。万全の状態だったならば、おそらくあの盾ごと真っ二つにすることができただろう。
「てっ、撤退だ!一時撤退するぞ!例の魔法を発動させろ!残りの者は死んでもそいつを守れ!」
逃げる気か!とりあえず屋敷のみんなは守れた。だが逃さん!また襲ってくる可能性もあるし首謀者を吐かせなければならない。
例の魔法とはなんだ?転移魔法か煙幕か、それとも障壁かわからないが、とにかく魔法を発動させては駄目だ!
「いやあああ!」
再び魔法使いを狙い刀を振り下ろす。
ギィン
だが再び前衛の男に阻まれる。この男の装備はフルプレートアーマーで兜も盾もあり、切れ味の落ちた日本刀で戦うには厳しい相手だ。更に横と後ろからは残り2人の前衛も迫っているし時間がない。ならば……
「これでどうだ!」
持っていた日本刀を手離し、両手で後ろの腰に仕込んでおいたナイフを2本、前衛の男の隙間を突いて魔法使いに投擲する。
「ちいっ!」
前衛の男も大した奴だ。目の前で自分の武器を手離すという暴挙にでた者の動きに即座に反応し、一本のナイフを叩き落として防ぐ。
だが、もう一本のナイフは前衛の男の横をすり抜け魔法使いに突き刺さる。
「ぐわっ!」
しかし俺もナイフの投擲はそれほど鍛えていないため、魔法使いの胸を狙ったのだが、魔法使いの左腕に命中しただけだった。
「ぎゃああぉあ!」
だが甘い。そのナイフにはたっぷりと毒が塗ってある。厳密にいえば毒を塗ったのは先ほど戦った黒の殺戮者で、武装を外した際に拝借しておいただけだ。こんな便利な……ゲフンゲフン、危ない代物を奴に持たせたままでは怖かったからな。
毒耐性のある俺にはそれほど効かなかったが、その魔法使いには即座に効果が現れた。悲鳴を上げ泡を拭きながら卒倒する。……というかこんなヤバそうな毒によく耐えられたな、俺。ちょっとアルゼさんとリールさんを問い詰めたいんだが。
「くそっ、毒か!なんて卑怯な野郎だ!」
それはあんたらの仲間の黒の殺戮者に言えや!ちょっとそれを拝借しただけだぞ。……いやそれはそれでちょっと卑怯か。
「もういい、さっさとこいつを殺して逃げるぞ!その毒ナイフも全身武装している我々には通らん!全員で一斉にかかるぞ!」
指揮官が叫びながら詰め寄ってくる。よくよく考えると前後左右に完全武装の4人に取り囲まれている。ナイフも通らないし、日本刀の切れ味もだいぶ落ちている。あれ、もしかして俺って今結構ヤバい?
「いいか、いっせいにだぞ、3、2、1……」
くそ、こうなったら誰かに向かって突っ込むしかない。一番装甲が薄そうなあいつだ!行くぞ!
「ファイヤーブラスト!」
「ウインドブラスト!」
後ろから魔法の詠唱が聞こえる。この声は……
「ぐおっ」
「ぎゃあ」
両隣の完全武装した2人が吹き飛ばされるほどの威力の魔法。俺とは違い、火の属性魔法と風の属性を使用でき、魔法だけならこの国で屈指の実力を持つ魔法使いの弟子であるこの2人。これはもうすでに遠距離からの攻撃では勝てないな。
「サリア、マイル!」
「ユウキお兄ちゃん!」
「ユウキ兄ちゃん!」
「ガハッ!」
そして完全武装したフルプレートアーマーの男をどうやったか見えなかったが、一撃で卒倒させる執事服を着た紳士。敵の魔法使いを全て倒したことにより向こうの障壁が消えてこちらに来れるようになったようだ。
「よくやったぞユウキ。リールとべニールは無事か?」
「はい、黒の殺戮者を拘束して、もうすぐ荷馬車で屋敷に戻ってきますよ、アルゼ様!」
「そうか、こちらの負傷者は0だ。攻撃は全てシェアルの障壁で防いでいたが、何分魔法の圧が強くて前に出れずにいてな、助かったぞユウキ!」
「はい、みんな無事で本当によかったです!」
よし、みんな無事だ!今度こそ大切な人たちを守ることができた!
「……さて、では此度の襲撃の落とし前をつけさせてもらうとするか」
「ひいっ!」
後ろでこっそりとこの場を離れようとしていた指揮官をアルゼさんが睨む。それにならって俺は日本刀を構え、サリアとマイルは杖を構える。
「どうか、いっ、命だけはお助けを!」
即座に武器を捨て両手を上げ降参の意を示す指揮官。ふう、とりあえずなんとか無事に襲撃を切り抜けることができたようだ。
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