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第66話 とっておき
しおりを挟む戦闘前にリールさんに言われたこと。どちらかが戦闘不能となった場合、もう一人を置いてべニールさんと合流し、全速力で屋敷に戻って状況を伝えること。この場合、仮に黒の殺戮者から逃げ切れたとしても当然ながらリールさんの命はない。
「……わかりました。でもあと一度だけ試させてください。それで駄目なら全速力で逃げます」
「ごほっ、いいから僕を置いて屋敷に逃げるんだ!強化魔法をかけた君のスピードならきっと逃げ切れる!」
「おや、まだ来るのですか?二人がかりでも無理でしたのですぐに逃げるのかと思いましたよ。もしかしてあなたも何かとっておきがあるのですかね、今まで以上に楽しませてくれることを期待しておりますよ!」
「ユウキくん、駄目だ!早く逃げるんだ!」
日本刀を両手で持ち、先程までと同じ中段の構えをとる。この中段の構えは隙が少なく、攻防一体の構えとして現代の剣道では基本の構えになっている。
「えいいやあああああああ!!」
自分を鼓舞するために大きな声を出し気合を入れる。
今まで何のために鍛えてきた?大切な人達を守る時のためだろうが!
「いい、非常に良いですね!期待しておりますよ!」
集中、集中、集中!!
ザッ
両足に力を込めて走り出す。強化魔法によって強化されたスピードで一直線に黒の殺戮者へ突進する。
「シッ!」
黒の殺戮者がナイフを投げる。こちらも全速力で前に出ているため、もの凄いスピードとなる。だが強化魔法によりこちらの反射神経も強化されている。なんとか二本のナイフを日本刀で弾く。だが問題はこの後だ!
「さあ、あなたに避けられますかね!」
先程リールさんを襲った無詠唱の風魔法!駄目だやはり俺にも見えない!どこから放たれるのか、どこを狙っているのか、何発来るのか全く分からない。だが、分からないなら分からないでこうするまでだ!
両腕の手甲で頭を守り胴体は胸当てを信じて真っ直ぐに突っ込む!
「うぐっ!」
左腕の手甲がない肘のあたりに鋭い痛みが走る。目に見えない鋭い風の刃が俺の体を貫いていく感覚。そして胴体と右の手甲部分には衝撃が走った。だがそれだけだ、胴体と右の手甲部分は衝撃だけで痛みはない。変異種の甲羅で作られた胸当てと手甲、その防具には魔法攻撃に対する強い耐性がある!
「なっ!」
切り札である不可視の風魔法が当たったにも関わらず怯まず直進する俺に対して明らかに動揺する黒の殺戮者。
「くそっ!」
そしてそのまま左手に持ったナイフを構える。おそらくあのナイフにも猛毒が塗られている。小回りの効くナイフを振りかぶり迎撃体制に移る。
だが俺はその猛毒のナイフに対し、全く防御の構えを取らずに日本刀を振りかぶる!
「なっ、まさか!」
「とっておきなんかねえよ!俺は真っ直ぐに突っ込むだけだ!」
互いの攻撃が交差し、互いの身体に当たる。
「がはっ!」
俺の攻撃は初めてまともに黒の殺戮者に当たった。黒の殺戮者の右肩から袈裟斬りが斜めに入る。投擲用の暗器か防具のような硬い物を切る感触があったが、間違いなく硬化魔法で強化された日本刀の刃は黒の殺戮者を捉えた。黒の殺戮者はその場に仰向けになって倒れ込んだ。
「ぐっ!」
対する黒の殺戮者のナイフは左下からの斬り上げで胴当てに弾かれながらも俺の左頬をかすめた。最後の最後に相手が動揺していなければもっとグッサリ顔面に突き刺さっていたかもしれない。
「いっつ!」
かすめた左頬から激しい痛みと熱が発せられた。やはり毒がぬってあるようだ。
「キュア!、ヒール!」
急いで解毒魔法と回復魔法を自分にかける。少しずつだが痛みと熱が和らいでいく。
「ごふっ、残念ですがその毒は低レベルの解毒魔法などでは解毒できませんよ。あなたの命はもってあと数分です。ですが、私もこの出血ではもう動けません。どうやら引き分けのようですね」
やはりこの暗殺者が生半可な毒を使うわけないか。俺の回復魔法と解毒魔法はそれほど強力ではない。もしシェアルさんがこの場にいたら助かったのかもしれない。
……どうやら俺はここまでのようだ。このまま死んでまた神様のところへ行くことになるのか。
「ふふっ、それはどうかな」
「リールさん!」
貫かれた脇腹を抑えながらも立ち上がるリールさんの姿があった。よかった、立ち上がれるくらいには回復したのか。
「ちょっと頬を見せてみて。……うん、この腫れ方とこのナイフに付着した毒の匂いからみてマグダラ草の毒とみた。確かに少量でも数分で人の命を奪うほどの猛毒だね」
「さすがですね、一目でその毒を見破るとは。ですがそれなら尚のことわかるでしょう。残念ですがその少年の命はあと少しです。毒の耐性を鍛えている私でさえ多少は効果があるほどの猛毒ですからね」
……ん?毒の耐性?
「もうそろそろ数分経つけど気分はどうだい、ユウキくん?」
「えっとまだ特には。斬られた頬がまだ痛くて熱くなってるくらいですかね」
「そんなばかな!もう全身に毒が回り動けなくなってもおかしくないはずだ!少なくとも全身痺れて立っていることなどできないはずだ!」
そう言われても今のところは普通に動ける。右手をグーパーしてみるが特に問題ないように思える。
「仕込みは万全さ。今のユウキくんなら大抵の毒はほとんど効かないはずだよ」
仕込み言うな!そういや最近は耐性が強くなって忘れてたけどいまだに毎回食事に毒入れられてるもんね!
「なんと!以前に会った時にはただの少年だったはずなのに!まさかこの短時間でそこまで成長しているとは。よっぽどの地獄を見てきたことでしょうね」
そうだね、おかげ様で何度も死にかけて、一度は天国と地獄の狭間っぽいところに行って、神様にも会えたもんね!まあそれは主にシェアル師匠のせいだが。
「うんうん、いろいろと鍛えておいてよかったでしょ!」
……うん、いろいろと精神的に失うものもあった気がするけど無駄ではなくて本当によかった。まさかあの非人道的な訓練に感謝する日が来るとは思わなかった。
……いや、感謝しているかと聞かれれば微妙な気もするけど。
「なるほど、どうやら私の完敗のようです。ふふっ、それにしても、まさか私と刺し違える覚悟で突っ込んでくるとはね。この私が見事に騙されましたよ。ぐふっ……何が一度だけ試したら逃げるですか?逃げる気なんて全く無かったじゃないですか」
こっちは始めから逃げるつもりなんてねえよ!リールさんが戦闘不能なってから改めて考えたが、この場でリールさんをおいて一人で逃げるなんて選択肢は俺にはない。街でエレナお嬢様が襲われた時に自分の無力さはもう十分味わった。例え勝てる可能性が低かったとしても、もう俺は逃げたくなかった。
仮に逃げても逃げ切れるか分からない、それならば難しくても2人とも生きて帰れる方法を試さずにはいられなかった。仮にこいつと刺し違えたとしてもリールさんがなんとか屋敷に戻ってくれると信じていたよ。
「前回みたいに逃げたくはなかったんです」
「ふふ、あなたも非常に良い!最後にとても面白い死合ができまして楽しかったですよ!願わくばもう一度あなた方二人と楽しく殺し合いたかったですね……」
そう言いながら黒の殺戮者は意識を失ったようだ。いや、もしかしたら意識があってこちらの隙を伺っているだけかもしれないし気は抜けない。それにしてももう二度とこいつとは戦いたくない。アルゼさんと戦うために力を温存していたかもしれないし、風魔法以外にも切り札があっても不思議ではない。もうないとは思うが、もう一度最初っから本気で戦ったとしたら今の俺ではまず勝てないだろう。
「いてて、さすがに僕も限界だ。ありがとう、ユウキくんのおかげで命拾いしたよ。こいつの言うことが本当なら屋敷が襲われているかもしれないし早く戻ろう」
「はい、エレナお嬢様達が心配です!」
そのあとまずは黒の殺戮者をリールさんと二人で確認する。手加減なしで日本刀で叩き斬ったがどうやらまだ息があった。もしかしたらこの切れ味の日本刀に備えて何か対策がしてあったのかもしれない。回復魔法を最低限だけかけて縄で縛り上げる。当然服やマントに何か仕込んでいる可能性が高いので服もすべて脱がす。
リールさんが言うにはこいつを生かしておくのはリスクが高いが、この襲撃について情報を吐かせることができるかもしれないそうだ。
べニールさんとは無事に合流できた。こちらには襲撃はなかったようで荷馬車も無事だった。俺とリールさんがあまりに遅いので様子を見にきたところ、気絶している盗賊達が大勢いたので縄で拘束しているところだった。
先に襲われたのが俺達で本当に良かった。べニールさんには悪いが、黒の殺戮者が先にこちらに奇襲をかけていたらおそらくベニールさんの命はなかっただろう。
「ユウキくん、毒は問題ないかい?まだ動けるかい?」
「はい、さっきよりだいぶ楽になってきました。まだ少しだけズキズキしますが、屋敷に戻ってシェアル師匠に解毒魔法をかけてもらえれば大丈夫そうです。左肘はまだ痛いですけど少しなら動きますね」
「よし、ユウキくんは先に一人で屋敷に向かってくれ。幸いここからは街までそれほど離れていないから馬車で屋敷に戻るよりもユウキくんが強化魔法をかけて走った方が断然速い。他に襲撃者がいたとしてもユウキくんが全力で走れば追いつけないはずだ。僕たちも馬車ですぐに屋敷に向かう」
「はい、わかりました!でもリールさん達は大丈夫ですか?」
「今度は更に警戒しながら進むから大丈夫だよ。それに僕ら二人で逃げようとすれば何とでもなるさ。屋敷もシェアルの結界があるからしばらくは大丈夫だと思うけどそっちのほうが心配だ。
屋敷に戻ったらこちらに黒の殺戮者からの襲撃があったことと屋敷に襲撃があることを伝えて欲しい。もう襲撃が始まっていたらアルゼ様達に加勢してくれ。
あとエレナお嬢様を命に代えても守ってほしいけれど、さっきみたいな無茶だけはしないようにね。今回はそのおかげで僕は助かったけど、ユウキくん自身も大事にして欲しい。次に同じようなことがあったらちゃんと僕に言うことを聞いて逃げるんだよ」
「……次は逃げろなんて言われないようにもっと鍛えます」
「まったく……なら無事に切り抜けたらもっと訓練を厳しくしないと駄目だね」
「望むところですよ!」
まだまだ修行が足りないから望むところである。……いやでもすでに一杯一杯なんでどうかほどほどにお願いします。いやマジで!
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