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第65話 黒の殺戮者
しおりを挟む「おっとその前にこの場に邪魔なものは片付けておかなければいけませんね」
ヒュン!
そういいながらナイフを明後日の方向に投げる黒の殺戮者。
「いぎゃあああ!」
その先には先程俺が倒した盗賊団のボスがいた。俺達が話している間にこっそりと逃げようとしていたようだ。こいつに気を取られていて全く気付かなかった。ナイフが背中に刺さりそのまま崩れ落ち、もがき苦しんでそのまま動かなくなる。
「さあ邪魔者も消えました。まあわかっていると思いますがこのナイフには猛毒が塗ってありますからね、お二人も気を付けてください。さてここにはゴミばかりありますから少しこっちの方に行きましょうか」
そう言いながらあっさりと俺達に背を向けながら歩いていく黒の殺戮者。この間に逃げるという言うのも難しいのだろうか?そして今この瞬間に人を一人殺し、まわりの盗賊達をゴミと言いながらも笑顔を保っている。正直に言ってこいつはヤバい。
「……このまま逃げるってのは不味いんですかね?」
黒の殺戮者のあとをゆっくりと追いながら小声でリールさんに話す。
「そうだね、上手くいけば逃げ切れるかもしれないけど、彼の話だと屋敷にも襲撃があるからそこに連れて行くのはまずい。可能ならここで倒しておきたいね」
「でも一人で来たってことは俺たち全員を一人で相手にする自信があるってことですかね?それとも他に伏兵が大勢いるってことでしょうか?」
「彼が仕事をする時はいつも一人らしいからそこは問題ないよ。ただ二人がかりでも勝てるかは分からないね。それにべニールのほうもどうなっているか分からないから心配だ。あっちも襲撃されてすでに馬車も壊されたとなると非常に不味い状況になるね」
「確かに。べニールさん大丈夫かな」
「とりあえず僕たちは彼を倒すことに集中しよう。それと先に言っておくけど、僕たちのどちらかがやられたら全速力で戦闘から離脱してべニールの無事を確認し、なんとしても屋敷に戻って状況を伝えることが大事だよ。ユウキくんももし僕がやられたら見捨てて全力で逃げるんだ」
いつもはニコニコしているリールさんの顔がマジだ。仲間を見捨てて逃げろとはとんでもないことを言うがリールさんがそう言うということは、それが現在の最善なのだろう。
「……絶対に嫌ですけどわかりました。それでどう攻めます?盗賊を相手にする様に俺が前に出るか、それとも同時に行きます?」
「いや、今回は僕が前に出よう。相手はかなりの経験を積んだ殺人者だ。しばらくは回避に専念するからユウキくんは彼の動きをよく見て慣れて欲しい。動きにある程度慣れてきたら同時にかかろう」
「はい、わかりました」
「彼の武器は暗器だ、様々な武器をあの黒いマントの中に仕込んでいるらしい。武器の出どころがマントで見えにくいから注意して。それと大事なことだけど彼には手加減なんて不要だよ。殺す気で行かないと間違いなくこっちが殺されてしまうからね」
「了解です!」
黒の殺戮者の情報は以前にアルゼさんからある程度は聞いている。なんでもあのマントから様々な武器を出して対象を殺すとかなんとか。そして確かにこいつを相手に手加減などしていられない。こちらも殺す気でいかなければ!
「さあこの辺りでいいでしょう。この後にはメインディッシュが街に控えてますからね、早速いきましょうか」
盗賊のアジトから数分歩くと少し開けた場所に出た。リールさんが俺より前に出て武器を構える。俺も刀を構えて身体能力強化魔法と硬化魔法をかけ直す。
「おや、てっきり少年が前に出てくると思ってましたがあなたが前ですか。さあ楽しませてください、ねっ!」
そう言いながら黒の殺戮者からナイフがリールさんと俺に向かって放たれる。速い、だがさっきは不意打ちだったが今回は魔法もかけたし正面からなので問題ない。日本刀でナイフを弾く。
キィン!
「なにっ!」
弾いたナイフの死角にもう一本ナイフが隠されていた。なんとか身をよじって避ける。あっぶね、ギリギリだったから強化魔法をかけてなかったら避けられたか怪しいぞ。
よくあんな小さなナイフの死角にもう一本ナイフを投げれるな。そして二本目のナイフは一本目より細く持つ部分もない棒手裏剣のようなものだった。二本目のほうが見え辛く打ち落としにくくなっていた。本当によく考えられている。
リールさんの方を見るとすでに戦いは始まっていた。先程の二本のナイフを避けたリールさんの両手には大きめのナイフが握られている。対する黒の殺戮者のほうは左手に小型のナイフを握り、時折空いた右手で懐からナイフなどを投擲している。
二人の戦い方は完全にヒットアンドアウェイだ。距離を空けたと思ったらお互いに詰め寄り、一閃斬り交えてすぐに距離をとるのを繰り返している。今まで戦ってきた盗賊達のただ真っ直ぐぶつかって斬り結ぶ戦い方とは全く異なる。
そして時折やってくる投擲も、黒の殲滅者の二つ名の由来である全身黒で統一された服装から放たれるとその出どころが分かりにくくなっている。ただの中二病の格好かと思っていたがちゃんと意味があった。手袋まで黒いのは厄介だな、遠くから見ると懐から直接ナイフが出てくるようにも見える。
なるほど、確かに俺が初見で斬り結んでいたら即座にやられていたかもしれない。
「ふははは!いいですね、非常に楽しいですよ!私の動きについていけるのはあの老騎士以来ですよ!さあどんどんいきますよ!」
「ふ~さすがに現役の暗殺者とやるのはしんどいねえ」
そういいながら更に二人の動きが速くなる。あのスピードでもまだまだ本気ではなかったらしい。よし、多少は二人の動きに慣れてきたし俺も行くぞ!狙いは斬り結んだ後に距離を取った瞬間に俺もヒットアンドアウェイをする。リールさんと斬り結んで離れた……ここだ!
「いやああああ!」
「ちっ」
俺の一閃は左手で持っていたナイフに側面からいなされてかわされた。もしも左手のナイフで真正面から受け止めていたら、この日本刀の切れ味と強化魔法の力でナイフごと叩き斬れると思ったのだが、そう上手くはいかない。この日本刀の切れ味も向こうに知られているらしい。
振り下ろした刀を斬り上げたが、またかわされたの見て右足に力を入れて一歩後ろに後退する。魔法で強化されているだけあって、一歩の後退でも数メートル離れることができる。離れた際にまた細いナイフが投擲されるが横に避けてかわす。さっきの死角からのナイフに備えて刀で落とすのではなく横にかわした。
「ふっ!」
俺が離れた瞬間に今度はリールさんが追撃をする。黒の殲滅者の右後方の死角から攻めるが、まるでそれが見えているかのようにかわされる。くそ、あれが避けられるのかよ!
「てえい!」
リールさんが離れたのを見て再び俺が斬り込む。相手の死角をなんて芸当は俺にはできないのでスピードとパワーを重視して一直線に突っ込む。
「ぬっ、くそ!」
逆にそれがやりにくいのか俺の攻撃をかわしながらも後退する。そしてリールさんから追撃に次ぐ追撃が入る。先程から俺にもリールさんにもナイフの追撃はなく防戦一方のようだ。よし、次は俺の追撃だ!
「なかなかやりますね!」
よし、このまま押し続ければいける。投擲用のナイフも無限にあるわけではないだろうし、向こうはジリ貧のはずだ。
「ふっ!」
俺の斬り下ろしを紙一重で避け、左手のナイフで反撃をしてくる黒の殲滅者。だが、俺の攻撃を避けているため体勢は不十分だ。十分左側に避けることができた。
その瞬間、黒の殺戮者がニヤリと笑う。ぞわっと全身を悪寒が走る。リールさん達との不意打ちの訓練の時に感じた第六感のようなものが働いた。
カチッ!
その時避けたはずのナイフの刀身部分が俺の顔を目掛けて飛んできた。そんなのアリかよ!!
「ぬおおおお!」
顔を捻りきりなんとかギリギリで避けることができた。今のは本気で危なかった。不意打ちの特訓がなければ間違いなく今ので死んでいたに違いない。死の恐怖からか一気に身体中から冷や汗が噴き出る。
黒の殺戮者のほうを見ると左手にはナイフの柄の部分だけが握られている。おそらくスイッチを押すとバネか魔法の力で刀身が飛び出す仕掛けだったのだろう。
柄だけのナイフを捨てて懐からまた新しいナイフを取り出す。もしかしたらあれにも刀身が飛び出す仕掛けがあるかもしれない。
「ふ~、まさかこれも防がれるとは思いませんでしたよ。ちょっとあなた方を舐めすぎていました。コンビネーションもいいし、少年の防御不可の刀という武器とスピードも実際に戦ってみると非常に厄介です。仕方ありませんね、こちらも本気で行くとしましょう!」
おいおい、まだ本気を出してなかったのかよ。そういうのは漫画の中の世界だけにしてくれよ!
「ユウキくん、今のままで問題ない。さっきの攻撃には気をつけて!」
「了解です!」
そうだ、二人を相手にして向こうもギリギリのはずだ。さっきみたいな不意打ちにさえ気をつければ絶対に押し通せる!
「ぬっ!!」
しばらくの攻防の後。俺の攻撃を避けた際に黒の殺戮者の足が地面の凹凸に引っかかり体勢が崩れる。リールさん、ここです!!
「そこっ!」
一瞬できた隙を逃さずにリールさんが斬り込む。
「くっ!」
黒の殺戮者が苦し紛れのナイフをリールさんに向かって投げる。
キィン、キィン
だがリールさんはそのナイフをも両手のナイフで弾く。あの一瞬で二本のナイフを投げた黒の殺戮者はさすがだが、それを弾いたリールさんの方が一枚上手だ!
「これで終わりだよ!」
「ええ、そちらがね!」
「なにっ!!」
両手でナイフを投げ、リールさんの攻撃を防ぐことができないはずの黒の殺戮者。だが、何もない空間から突・然・見・え・な・い・何・か・がリールさんを貫き吹き飛ばした。
「がはっ!」
「リールさん!」
急いでリールさんを抱えて黒の殺戮者からかなりの距離を取る。リールさんを見ると両肩と右脇腹を何かで貫かれており、赤い血が流れ出す。
「ヒール、キュア!」
何が起きたかわからないが回復魔法と解毒魔法をかける。だが、俺の魔法の力はそれほど強くないので応急処置レベルである。傷口は全て塞ぐことは叶わず、血も流れ続けている。
「おやおや、まさか少年が回復魔法まで使えるとは驚きです。ですが、強化魔法ほどは強力ではないようですね。非常に楽しい時間でしたがここまでのようです」
「……ぐっ、まさか無詠唱の風魔法まで使えるとは思ってなかったよ。不可視の一撃か、これは初見じゃ避けられないね」
無詠唱の風魔法だと!まさかこいつも魔法を使えたのか!
「素晴らしい!今のを初見で風魔法だと見切ったのはあなたが初めてですよ!これを見せたのはまだ三人しかいません。まあ残りの二人はもうこの世におりませんし、またすぐに一人もいなくなりますがね」
先程までの均衡が一気に崩れた。リールさんと二人がかりで少ししか優勢でなかった状態から俺一人で勝てるとは思えない。
「ごほっ。……ユウキくん、さっき言ったことわかっているね」
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