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第41話 黒い液体

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「ということがあって、お礼がしたいとのことなので場所を少し移動しましょう」

 馬車に戻ってリールさんやみんなに商人達を助けたことを伝える。

「とりあえずユウキくんが無事で良かったよ。そうだね、確かに血の匂いに誘われて何か集まってきてもおかしくないから早めに移動しようか。確かこの先に小さい泉があったからそこで待ち合わせると伝えてもらってもいいかい?君の服の汚れもそこで落とすといい」

「はい、わかりました。あちらの方に伝えてきます」

 そう、今の俺は狼の血でベッタリだ。さすがにこの格好で馬車の中には入れないので外からリールさんに報告している。

 商人さん達にそのことを伝えてリールさん達には先に泉の方へ向かってもらう。俺は護衛のグレッグさんとユアンさんに毛皮の剥ぎ方を教えてもらう。

 正直言って肉を解体するよりも毛皮を剥ぐほうがグロかった。肉を解体する際の内臓とかの臭いはやばいんだが、皮を剥いだ後の見た目ほどではなかった。さすがにこれはもうやることがないと信じたい。



 泉に着くとみんなはすでに馬車から降りてお昼の準備をしていた。まあ今日もサンドウィッチだからそんなに準備をすることもないんだけどな。さて俺もさっさと身体の汚れを洗い流そう。

「まさか、君たちはオニール村のサリアちゃんにマイルくん!?それにキャメル村のルイスくんに、オドネル村のミレーちゃんかい!?」

 泉に到着してエドガーさんが子供たちを見るなりみんなの名前を叫ぶ。何が起きた?まさかみんなの知り合いなのか?

「ああ!行商人のおじちゃんだ!サリアちゃん、覚えてる?毎月村に来て魚とか塩とかを売ってくれてるおじちゃんだよ!」

「サリア覚えてる!いつも村に来てくれるおじちゃん達だ!」

「俺も知ってる!よく村に来てお店を開いてくれる兄ちゃん達だ!」

「ミレーも覚えてるよ!おじちゃん達が村に来てくれた日はいつもご馳走だったの!」

 なるほど行商人と言っていたが、みんなの村をまわっていたのか。それにしてもよくみんなの村や名前を覚えているな。

「なんでこの子達がこんなところに!?確か盗賊達に攫われたと聞いていたが!まさかこの人達が盗賊……いや、盗賊だったら我々など助けずに全滅した後に積荷だけ奪うはず。すみません、今のは失言でした」

 確かに今ある情報だけだったらそう考えるのは当たり前だよな。みんなの知り合いのようだしちゃんと説明したほうがいいようだ。

「あの、エドガーさん。実は……」

 そのあと4人に今まであったことを簡単に話した。盗賊達に攫われたこと。奴隷になってしまったがとある方に救われたこと。仕事が認められてサリアとマイルは奴隷から解放されて一度村に帰ること。ルイスとミレーは一度両親に説明に行くことを話した。

「なるほど、そういうことでしたか。本当にみんな無事でよかった!子供達の両親も本当に悲痛な思いをしておられましたから。それにしても街の領主であるアルガン家とは、本当に良い方に買われたようですね。ちゃんとした服も着せてもらっているしご飯もしっかりと食べれているようだね」

「うん、俺んちで食べるご飯より美味しいもの食べてるよ!それにユウキ兄ちゃんや他の人もみんな優しいんだ。村にいるより毎日楽しいんだぜ!」

 ルイスが行商人の人たちに力説する。俺もエレナお嬢様に買われたのは本当に幸運だった。

「ははっ、それは本当によかった!リールさん、ユウキさん、私からも礼を言わせてください。私の馴染みの村の子供たちを救ってくれてありがとうございます」

「いえ、エドガーさん、我々は何もしておりませんよ。感謝でしたら我らが主人であるアルガン家にお願いします」

「はい、ユウキさんには我々も命を救ってもらいましたし、今度街に行った際には改めてご挨拶させていただきます。まあうちもそれほど大きな商店ではないのでそもそも会っていただけるかわかりませんがね。

 それで今回のお礼なのですが、こちらの荷馬車に積んである商品から好きな物を好きなだけ持っていってください。もちろん現金のほうが宜しければ、手持ちは少ないですが全てお渡しします」

 いやいや何言ってんだこの人。さっき狼の毛皮を積むときに荷馬車の中をチラッと見たが、物凄い量の商品が積まれていた。そりゃこれから村をいくつも回るんだから当然といえば当然だが。

「あっ、ただ塩と魚の干物だけは少し残してくれると助かります。これから伺う村には塩がないと生活自体が難しい村もありますから」

「いやいやエドガーさん、別にお礼目的で助けたわけではありませんから。それにさっきの狼の毛皮も全部もらっちゃいましたし、これ以上は大丈夫です。ね、リールさん」

「エドガーさん、お気持ちだけいただいておきます。どうしてもいうなら我が主人のアルガン家が困ったときに力を貸してください。というよりそもそも我々の馬車にはこれ以上荷物は積めなさそうですから」

 確かに6人分の毛布や布団やら食糧がある。もう少し入るには入るのだが、もしかすると帰りに子供達の親を街まで送る可能性があるのでこれ以上の荷物を入れるのは難しい。

「はい、もちろんアルガン家の力になれることがありましたら力を貸させていただきます。ですが、命を救ってくれた者に何も礼ができないとは商人としての名折れです。どうか少しだけでももらってはいただけないでしょうか」

「そこまで言われては断るほうが失礼ですね。ユウキくん、とりあえず中を見せてもらおうか」

 確かにそこまで言われると断りづらい。逆の立場だったら何としてもお礼をしたいと思うだろう。泉で汚れを落としたあとリールさんと一緒に馬車の中を見せてもらう。その間に子供たちはグレッグさんとユアンさんと自分たちのいた村の話をしているようだ。

 エドガーさんの馬車には様々な種類の商品が積まれていた。調味料や干物、鍬や鋤などの農具、剣や盾などの武器防具、服などの日用品。なるほどこれが村をまわる行商人なんだな。この時代ではまさに動くスーパーのようなものだ。

 今のところの第一候補は調味料である砂糖だ。砂糖は嗜好品ということもあって、なくても村の人達はそれほど困らないだろう。街の方でもなかなかの高級品だし、量もそれほどないし、お礼としてもらうにはちょうどいい気がする。とそこで調味料の中で陶器の壺に入った物を発見した。

「エドガーさん、これはなんですか?」

「それは地方で作っている調味料です。新たに仕入れルートが確保できましてね、今回初めて持ってきました。なんでも豆からできているそうですよ」

 豆からできている調味料なんてアレとアレしか思い浮かばない。いやそんなまさか、こんなところで出会えるわけがない。そう思いつつも期待しながら壺の蓋を開けてみる。中には黒い液体が入っていた。

 いや待てまだわからない。なにせここは異世界だ。別の味がする調味料であっても不思議はない。小指の先に少し黒い液体をつけて舐めてみる。昔から馴染みのあるしょっぱくて香りのある味が口の中に広がる。

 間違いないこれはジャパニーズトラディショナルスパイスの醤油だ!えっ、日本の伝統調味料なら英語で言うなって。細けえこたあいいんだよ!なんて一人でノリツッコミするくらいには動揺している俺。

「エドガーさん、もしかしてこれは醤油ですか?」

「ええ、これは醤油といいます。それにしてもよく知っていますね。かなり遠くの地方の一部の地域でしか作られていないのに」

「よっしゃあ!!こんなところで醤油に出会えるなんて!!リールさん、これにしましょう。エドガーさん、これを下さい!あと仕入れルートを確保したって言ってましたよね。これからも定期的に購入したいんですけど可能ですか?」

「え、ええ、もちろんどうぞ。仕入れルートも確保しておりますし、街にも定期的に訪れておりますので継続的に持っていくことも可能です。では醤油は確定としましてあとは何か欲しいものはありますか?」

「いえ、醤油を継続的に買えるなら他には何も要りません。あっ、もちろん他に欲しい物は砂糖とか香辛料とか魚や貝の干物とかいっぱいあるんですけど、醤油をまた使えるだけで俺にとってはとてつもない幸運なんですよ!

 ああ、ありがとうございます神様、俺は今エレナお嬢様に会わせてくれた次にあなたに感謝してます!よし、これで今まで作れなかったバター醤油炒めや肉じゃがやうどんのつゆ、醤油ダレや焼きおにぎりなんかも作れてしまう!いやまてあとはあんなものとかこんなものとか……」

「……えっと、リールさん。ユウキさんはいつもこんな感じなのでしょうか」

「いえ、ここまで喜んでる姿は初めて見ました。どうやらこの醤油という物をいただけるということが本当に嬉しいみたいですね。私は何もしてないですし、当の本人があれほど喜んでいるのでお礼はあちらで充分です」

「ええ、あれほど喜んでいただけるとは思っておりませんでしたが。そうですね、あとは街を訪れた際にアルガン様にご挨拶させてもらいたいと思います。それにしてもユウキさんはいつ戻って来ますかね?」

「うん、放っておきましょう。この後オニール村へ向かうんですよね。せっかくなんでご一緒しませんか?」

「よろしいのですか?こちらとしては願ったりですが」

「ええ、こちらの子供たちも懐いているみたいですしね。それにしてもよく子供たち全員の顔と名前がわかりましたね」

「そこは必死に覚えました。小さな村々を回る行商人としては人間関係がとても大事ですからね。こちらが名前を覚えてるとみんな嬉しそうな顔をしてくれますよ」

「なるほど、確かにそれは嬉しいでしょうね。それでは出発の準備をしましょうか。今から出れば日が落ちるまでには着くでしょう」

「ええ、承知しました。日が暮れるまでには着きたいですからね、急ぎましょう」

 10分後くらいに俺が我に返ったときにはみんなで仲良く昼食を食べていた。だってしょうがないじゃん、日本人が長い期間醤油を摂取できなかったらたぶんみんなこうなるよ。……なるよね?
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