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第38話 パーティでの事件

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「そういえばローラン様は初めてでしたね。半年ほど前にアルガン家で雇いましたユウキと申します。お褒めいただきましたケーキもユウキが考案した物ですの。ユウキ、こっちへきて」

 雑談をしている中、いきなり話題がこっちに飛んできた。だが、幸いなことにローラン様は以前のことは憶えていないようだ。声でバレるということもあるだろうから少し声色を変えてと。

「初めましてフローレン=スミス=ローラン様。エレナお嬢様の執事をしておりますユウキと申します。奴隷の身ではありますが何卒よろしくお願い致します」

「……初めましてですね、ユウキ殿。ローランと申します。奴隷の身でありながらいろいろな物を開発したとアルガン家に貢献してきたと伺っておりますわ。どうぞよろしく」

 そう言いながら右手を差し出してくるローラン様。こちらの世界でも握手という文化はあるので、握手を求めてきているのだろう。

「ばっ、馬鹿な!あのローラン様が奴隷に自ら触れられるとは!」

「あの奴隷の男、少しでもローラン様の機嫌を損なえば生きてこの屋敷を出れないだろうな」

 外野からものすごい不穏な言葉が聞こえてくる。この女の本当の性格を知っているから俺も物凄く怖い……大丈夫だよね、この前のこと忘れてるよね?

「奴隷の身である私にまでも握手いただけるとは感激でございます」

 とはいえ断るという選択肢などないので恐る恐る手を差し出す。見た目だけはものすごい綺麗な女性なので柔らかい女性の手に少しドギマギしてしまう……って、いててて!なにこの人握力めっちゃ強っ!

「そうだエレナ様、ケーキの件で彼に伺いたいことがありますので、少しだけユウキ殿をお借りしますね」

「えっ、ええ」

 そう言いながら手を潰されながら会場の端の方へ連行させられていく。手は痛いがさすがにこの場で情けない顔はできないのでポーカーフェイスをなんとか貫く。

「ええっとローラン様、ケーキについて聞きたいことがあるのでは?あと右手が痛いので力を緩めていただけると助かります」

「……ここであったが百年目じゃのリールよ、いやユウキじゃったかな」

 いえたった一月ぶりくらいです、とは言えない。しかしちゃんとことわざもしっかり日本語に聞こえるんだなーとか現実逃避してみる。

「ええっとローラン様、誰かと勘違いなされているのでは?」

 一縷の望みにかけてしらばっくれてみる。

「ふむ、今まで妾にあんな無礼を働いたものはいなかったからのう。顔だけでなくしっかりとホクロの位置まで覚えていて正解じゃったわ。リールという名前で探しておったが、全然違う名前ではないか!」

 優秀すぎるというのも考えものだな。普通初対面の相手のホクロの位置とか覚えてるかあ。

「……あの時はすみませんでした。まさか領主であるローラン様とは思わず。どうかお許しください」

「ふっふっふ、ようやく妾の偉大さがわかったようじゃな!奴隷風情が平伏すがよい!」

 やっぱりこいつ、外見は綺麗でも性格悪すぎるな。そしてようやく手を離してくれた。

「ははあ」

 さすがにパーティ会場で土下座はアレなので頭を深々と下げてみる。

「まあ妾は寛大であるからな。許してやらんこともない。ユウキ、話を聞けば貴様は奴隷の中でも優秀らしいな。今後一生妾に仕えることで許してやろう」

「………………」

 何言ってんだこいつ。なんで頭叩いただけで一生仕えなければならないんだよ。本当に甘ったれたお嬢様だな。

「すみませんがローラン様。前にも言いましたが私は今の主人であるエレナお嬢様に救われました。私だけでなく私の大切な人も一緒にです。私はまだエレナお嬢様に恩を返し切れていないのであなたに仕えることはできません」

 たとえ、恩がなくてもあんたに仕えるのはごめんだけどな。

「……何を言っておる、妾の奴隷となる名誉を断ると言うのか!」

「一応言っておきますけど、どんなに偉い人に仕えたとしても奴隷というだけで名誉もなにもないと思いますけど」

 世界一の王とか勇者だとかだったら別なのかもしれないが、普通は奴隷というだけで名誉もクソもない。

「そんなバカな!父様も母様も奴隷達本人も妾に使えることは光栄だと言っておるぞ!」

「そりゃさすがに本人の前ではそう言うしかないんじゃないでしょうか。確かによっぽど素晴らしい人物なら仕えたいと思う人もいるかもしれませんが、少なくとも自分はまだ2回しか会ってないですし」

 エレナお嬢様みたいな立派な方なら仕えたいと思うかもしれないが、今のところこの人に仕えたいとは一ミリたりとも思えない。

「ぐぬぬ~、いいから妾に従え!妾の初めてを奪ったくせに!」

「おいバカ何言ってんだ!誰もそんなことしてねえだろ!あと声がでかい!」

 濡れ衣もいいとこだ。そして興奮しすぎたせいか声がでかい。絶対にエレナお嬢様とかにも聞こえたぞ。

「何度もぶったではないか!お父様にもぶたれたことないのに!」

 いやそんな某機動戦士の主人公みたいなこと言われても困るんだけど。軽く頭をはたいただけじゃん!それを初めてとか勘違いされること言うなよ。ほら、向こうのほうでざわざわしてるじゃん。

「そうですね、前に会った時に屋敷までご案内して差し上げて、とても軽く頭をぽんぽんとしましたね!」

 言い訳がましく向こうに聞こえるように大きな声で話す。違いますからね、軽く頭を叩いてこいつを屋敷まで連れていってあげただけですね。

「おいっ、これ以上そんなこと言ってると、あの時わんわん泣いてたことばらすぞ!」

 さすがにこっちはみんなには聞こえないようなひそひそした声で話す。

「うぐっ、貴様、領主を脅すとはふざけおって!」

 よかったこっちは交渉材料になるようだ。

「いやこっちも悪かった、謝るよ。だからな、ここは前回会ったことはお互いに忘れることにしないか?」

「ぐぬぬ、仕方ない。おいユウキ、そのことを誰かにしゃべったら命はないと思え!」

 こえーよ!泣いたことしゃべっただけで殺されんのかよ!まあ誰にも言う気はないからいいんだけどさ。

「わかりました、神様に誓います。だからローラン様もどうか頭を叩いたことは忘れて、今後ともエレナお嬢様と仲良く良いお付き合いをよろしくお願いしますよ」

 まああんな適当な神様に誓ったところで破っても全く問題ないだろう。

「……まあいい。おいユウキ、さっさと皆のところに戻るぞ」

「はい、ローラン様、承知しました」

 ふう、どうやらなんとかなったようだ。ローラン様も少し落ち着いたらしく、おとなしくみんなのところに戻っていく。



「ローラン様、うちのユウキが何か致しましたか?」

 やっぱりさっきの大声が聞こえていたらしい。エレナお嬢様が心配そうに伺ってくる。そしてその後ろでのアルゼさんの圧がやばい……早く誤解を解いてください。

「いえすみません、そちらは妾の勘違いでしたわ。以前に妾がお忍びで街に出かけた時にユウキ殿に道を案内してもらったことがございましてお礼を伝えていただけですわ」

「そうでしたの。よかったですわ、ユウキが何か粗相をしたものかと」

 おお、やればできるじゃないですか。よかった、ようやくアルゼさんの圧も弱まってくれた。

「いえいえ、ユウキ殿にはとても感謝しておりますの。そうですわ、エレナ様、もしよろしければユウキ殿を譲ってくれませんこと?とても優秀とお伺いしておりますので買値の10倍ではいかがでしょうか?」

 おい!何言ってんだこいつは!このやろう、本人がだめだから直接エレナお嬢様に交渉しやがった。

「……ユウキをそこまで評価して頂きまして光栄ですわ。ですが、申し訳ありません。ユウキはすでに我がアルガン家で必要不可欠な人材です。本人がローラン様に仕えたいというなら別ですが、私の方からユウキを手放すと言うことはあり得ませんわ」

 さすがエレナお嬢様、そこにシビれる! あこがれるゥ!おれたちにできない事を平然とやってのけたわけではないが本当によかった。ないと思いつつもこの女の下につくのは絶対にやだ。

「とても光栄ですが、私はまだエレナお嬢様に仕えていたいので。大変申し訳ございません」

 社交辞令だからね。光栄でもなんでもないから真に受けないでね!

「……そうですか、それならば仕方ないですね。それではエレナ様、月に一度ユウキ殿にケーキを届けていただいてもよろしいでしょうか。1時間ほどお話に付き合っていただけると嬉しいですわ!」

「ええ、それくらいでしたら問題ございませんわ。ふふ、本当にユウキを気に入られたんですね。ユウキも大丈夫?」

 めちゃくちゃ嫌なんですけど!気に入られたというより目をつけられたと言った方が正しい。何が悲しくてこんなわがまま領主の元に行かなくちゃ行けないんだ。見た目良くても中身最悪だぞ。しかしこれも隣の領主と良い関係を保つためか、仕方がない。

「……ええ、もちろん。とても光栄な役割をいただいて嬉しいです」

 社交辞令だからね。大事なことなので2回思ったけど、真に受けないでね!

「そういってもらえて嬉しいですわ。おすすめのケーキをいくつかお願いしますね。もちろん持ってきていただく手間賃も多めに払いますので」

「ええ、承知しました」

「それでは妾はこちらで失礼致しますわ、ユウキ殿もご機嫌よう」

 そういいながらローラン様は他の貴族達のところへ挨拶にしに行ったようだ。まあ貴族様は貴族様で大変なようだ。



「それにしてもユウキがローラン様と知り合いなんて驚いたわ。いったいいつ知り合ったの?」

「以前にお休みをいただいた時に、隣の領地を見学に行ってて、お忍びで道に迷っていたところにお会いしました。道を案内して差し上げて、試作品のフルーツ飴を試食してもらったらたいそう気に入られてましたよ。もちろん領主であることは知りませんでした」

「……何か問題など起こしてないだろうな」

「はは、アルゼ様、そんなまさか。ちなみに飴の包装紙を個別にして高級感があるようにしたほうがいいと言うアドバイスもローラン様からいただきました」

 大丈夫、頭を叩いたことと泣かせたことは忘れることになってるからセーフ。

「まあ、そうだったの。それはローラン様に感謝しなければね」

 確かにそこは感謝しているけどな。とりあえずようやく一番面倒な領主への挨拶も終わったしこれで普通にパーティを楽しめそう……

「キャー!!」

「うわあああ!!」

 だと思っていた時期が僕にもありました。ローラン様のいるほうから悲鳴が上がった。なんだよ襲撃者でも現れたのか?

「エレナお嬢様、アルゼ様、少し様子を見てきます」

「わかったわ。ユウキ、気をつけてね」

「エレナお嬢様の護衛は私がする。頼んだぞ、ユウキ」

「はい!」



 2人から離れて悲鳴のあった人集りに向かう。人が集まっているということは襲撃者ではなさそうだ。

 人混みをかき分けて前に進むとそこには不機嫌そうなローラン様と土下座をしているメイドの姿があった。

 右手には黒い六芒星のあることから彼女も奴隷なのだろう。異世界で奴隷のメイドと言うだけでなんかグッとくるものがあると言うのは男ならわかるだろう。わかるよね?

 状況から察するにあのメイドさんが何かローラン様に粗相をしてしまったのかもしれない。

「なんてことだあの奴隷、ローラン様のドレスにスープを一滴こぼしてしまうとは!」

「ああ、なんてこと。美しいお召し物に一滴のシミができるなんて許されることではないわ!」 

 なんだよスープ一滴ごときで大袈裟すぎるだろ!焦って損したわ。まあ襲撃者とか大したことでなくてよかったけどさ。

「よりにもよってローラン様のドレスに!良くてここをクビの後に鞭打ちか、最悪の場合は国外追放までありえるぞ」

「あの奴隷メイドも可哀想に。ローラン様でなければ減給程度で済んだのに」

 ……全然大したことあった。スープ一滴で国外追放とかどこの暴君だよ!

「どど、どうか、どうかお許しを!」

「………………」

 土下座しながら身体を震えさせながら必死で許しを乞うメイドさん。そして不機嫌そうな顔で黙ってメイドさんを見下ろすローラン様。くそっ、なんとかしてあげたいけどさすがに関係のない俺が出て行ってもエレナお嬢様に迷惑を掛けてしまうだけだしな。

 ふと顔を上げたローラン様と目があった。言葉が届くわけないが、どうかその人を許してあげてほしいと目で訴える。

「……ふっ、まあ良いでしょう。今日はめでたい妾の誕生日パーティです。今回のことは不問に致しましょう。責任者の方、良いですね、今回の件でこの奴隷メイドに罰を与えることは妾が許しません!さあ、あなたも早く仕事に戻りなさい。次からは気をつけるのですよ」

「あっ、ありがとうございます!ありがとうございます!」

おおーっと会場全体から歓声が湧き上がりそこらじゅうから拍手が沸き起こる。

「きっ、奇跡だ!まさかあの奴隷に厳しいローラン様がお咎めなしなどとは!」

「あのメイドは命拾いをしたな!よっぽどローラン様の機嫌がよろしかったのだろう!」

 ……スープ一滴こぼしたのを許しただけでこの言われよう。普段どれだけ奴隷に厳しいんだよ、この人。そしてそれを許しただけでこれだけの拍手喝采とは。これがジャイ○ン映画版だといいやつ原理なのか。

 まあとりあえずローラン様がドヤ顔でチラチラこっちにも目線を送ってくるので、雰囲気に合わせて笑顔で拍手しておこう。まあ目の前で奴隷の人が罰を受けるところなんて見たくもないし良かったな。



 この後は無事にパーティが終わりなんとか無事にエレナお嬢様の屋敷に帰ってくることができた。帰りにアルゼさんとエレナお嬢様にさっきのことを報告したら、お咎めなしは本当に奇跡のようなものだったらしい。

 ローラン様の奴隷に対する扱いは厳しいことで有名で、領主の立場上、極刑までに行くことはないらしいが、今までに何十人もの奴隷達が国外追放処分に下されたとのことだ。これから毎月そんな人のもとへケーキを届けに行かないとダメとか憂鬱すぎるんですけど。
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