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第25話 酒の良さが分からない

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「「いらっしゃいませランディ様」」

「おやおやこれは可愛らしいメイドさんと執事さん達のお出迎えだ」

「始めましてランディ様、アルガン=ベルゼ=エレナと申します。この度はわが屋敷までお越しいただきましてありがとうございます」

「これはこれはアルガン様、お初にお目にかかりますランディと申します。この地区の領主であらせられるアルガン様にお会いできて光栄でございます。この度はお招きいただき誠にありがとうございます」



 商業ギルドへアルゼさんと共に訪ねてからちょうど1週間後、今日はランディさんがエレナお嬢様のお屋敷までやってきていた。サリアとマイルも小さいながらもメイド服と執事服を着てランディさんをお出迎えしている。

 お客様の前に出られるように教育したかいがあった。練習であっても噛みまくったり、お茶をこぼしまくるシェアル師匠よりも、もうすでに2人とも立派なメイドと執事さんだ。

「ふふっ、堅苦しいのはここまでにしましょうか、ランディ様。今日はいろいろな料理も用意したので楽しんでくれると幸いですわ」

「ははっ、そう致しましょうかアルガン様。今日は美味しい料理が食べられると思い、とても楽しみにしておりますよ」

「ご期待に添えられるとよろしいのですけれどね。それではこちらへどうぞ」

「はい、お邪魔致します!」



 まずはエレナお嬢様の部屋へ案内される。俺とアルゼさんとエレナお嬢様、それとランディさんと荷物を持ったランディさんのお付の者がいる。他のみんなは先に食堂へ行き、昼食の準備をしている。

「それでは先に仕事の話を済ませてしまいましょう。そうでなければ美味しい料理も存分に味わえませんからね」

「ふふっ、そうですね。面倒なことは先に済ませてしまいましょう」

「まず先日教えていただいたパンの改良方法が無事にこちらでも確認できましたので、正式に契約を交わしたいと思います。こちらが正式な書類となりますので、よくご確認のうえサインをお願いします」

「………………はい、問題なさそうですね。それではこちらでお願いします」

 契約書を読みサインをするエレナお嬢様、当然契約書の内容は事前にアルゼさんがチェックしているので問題はないだろう。

「はい、これでこの契約は正式に決定となります。レシピの使用料を月ごとに計算し、お支払い致します。そしてこちらが先にお支払い致します金貨1000枚となります。レシピの使用料のお支払いはこちらの金貨1000枚を超えてからお渡しすることとなりますね。

 とはいえ私の予想では単価は低いとはいえ、かなりの者がこのレシピを使用すると思いますので、1~2年ほどで金貨1000枚は超えると思われます。いえ、このレシピが売れないとなれば、我々商業ギルド側の責任となりますから頑張らなければなりませんね」

 ランディさんは笑いながらお付きの人に指示をする。お付きの人は大きな布袋から大量の金貨を取り出す。

「おお~!」

 思わず小さな声が漏れてしまう。金貨1000枚、言葉にすれば簡単だが実際にこれだけ金ピカで美しい金貨が1000枚ともなるとさすがに壮観な眺めである。元の世界で札束の山を目の前に置かれたらこんな気持ちになるのだろうか。

「それではご確認ください」

「はい、ユウキお願いね」

「はい!」

 そうかこういう役割は奴隷である俺の役割だよな。さすがにこれほどの数の金貨を数えるのはなかなかの作業であった。まあこれほどの数の金貨を数える経験なんてもう一生ない可能性が高いし良い経験になったな。



「はい、確かに金貨1000枚確認しました」

「ありがとう、ユウキ!」

「さすがにユウキ殿は優秀ですね。これほどの数の金貨をこの短時間で数えきるとは」

「恐れ入ります」

 元の世界では小学生でも同じくらいの速さでできそうだけどな。ただ間違いがあると大事なので2回ほど再確認した。

「これで難しいお話は終わりですね!それでは食堂へ行きましょう。今日のためにみんなで美味しい料理をたくさん作ったんですよ!」

「それは楽しみですね!期待しておりますよ」



 それからみんなで食堂へ移動した。食堂では子供達とシェアル師匠がちょうど料理を運んでいるところだった。今日のためにみんなでとっておきの料理を作っておいた。それからまだ試作段階だけどあれも喜んでくれるといいんだけどな。

「それではみなさん、グラスをお持ちください!ランディ様、本日はようこそアルガン家へ!我が屋敷の者一同心より歓迎いたします、それでは乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 エレナお嬢様の音頭で食事が始まる。さすがに今日はお客様であるランディさんとの食事なので子供達とシェアルさんはこの場にいない。そのかわりに奴隷である俺がこの食事会に同席している。

 もちろん席について食事を一緒にというわけではなく、エレナお嬢様とアルゼさんの席の後ろに立って料理の説明をしたり配膳をしたりしている。

「ふむ、これは非常に美味しいですね!はじめて食べる味ですがなんと言う料理ですか?」

「はい、ランディ様。これは私の国の料理で照り焼きと申します。最初に鶏肉の表面をしっかりと焼き上げ、その後にタレを加えて煮立たせるとこのような味になります。先日運よくライガー鳥を手に入れることができましたのでそちらを使用しております」

「なるほど、そちらの唐揚も美味しいですがこちらの照り焼きという料理も見事ですね。それにしてもユウキ殿は本当に料理が上手ですね」

「ありがとうございます」

「ふふ、ユウキがうちに来てから毎日の食事が楽しみなのよ」

 いやあ褒めても何にもでてきませんよ。でもそういっていただけるだけで、いままでいろいろと頑張って料理をしてきたかいがあったもんだ。

「ユウキ、そろそろあれを出してみてはどうだ」

「はい、アルゼ様。それではお持ちいたしますので少々お待ちください」

「おや、こちらの料理だけでも見事なものなのですがまだ何かあるのでしょうか?」

「こちらはまだ試作段階なのですが、ぜひランディ殿にもご意見をいただきたく思いまして。なにせ我々の中では私しか試すことができないのでね」

「アルゼ殿だけですか?それはいったいどういうことでしょうか?」

「お待たせいたしました」

 俺は透明な液体を入れたグラスをランディさんとアルゼさんの前に置く。

「これは?」

「こちらは蒸留酒というものになります。普通のお酒よりも強いお酒なので少量ずつお試しください」

「この屋敷の中ではお酒を飲むのはアルゼだけなのですよ。ですからお酒をたしなまれ、商売に携わるランディ様にもご意見をいただきたいのです」

「なるほど、お酒でしたか。それならアルゼ殿だけというのも納得ですね。ふむ蒸留酒ですか、初めて聞く名前のお酒ですね。私もお酒はたしなみますので楽しみですよ、それではいただきます」

 ランディさんはゆっくりとグラスを傾け蒸留酒を口に含む。

「ごほっ、ごほっ、ごほっ!」

 盛大に吹き込むランディさん。アルゼさんにいろいろと試飲してもらい、良い評価をもらったものを出してみたのだが、酒好きのアルゼさんの目にかなっても普通の人には強すぎたのかもしれない。

「失礼しました、思ったよりも強いお酒で咳き込んでしまいました。いやあこれは凄まじく強いお酒ですね、今まで味わったお酒の中でもっとも強かったです。

 ですがただ強いだけではなくしっかりとした酒としての味わいがあります。いったいこのような酒をどこから手に入れたのですか?」

「こちらのお酒はラモスというこの街で購入することができるお酒を加工したものになります。さすがに加工方法まではお教えすることはできませんが」

「ラモスですか!?ラモスは私も呑んだことがあります、言われてみれば確かにこれはラモスの風味!ですがこれはラモスとは全くの別物です。なんといえばいいのでしょうかラモスの味を凝縮した味というのが近いでしょうか」

「そのとおりです。加工した方法は教えられませんが、こちらはラモスから更に水分を取り除き、酒精を強めたものとなります」

 蒸留の仕組みは簡単だ。水が沸騰して気体となる温度は100度だが、アルコールが沸騰する温度は80度前後である。その気化する温度差を利用し、手に入れたお酒を80度に加熱し、気化した気体を管を通し冷却し液体に戻す。

 そうしてできたものが蒸留酒となる。ちなみにこちらの世界では蒸留というという言葉自体なく、加工方法を知られることがなさそうなので、そのまま蒸留酒という名前にした。

 当然元にするお酒の種類によって気化する温度や蒸留に適したお酒かは異なってくるので、お酒の種類や蒸留する回数などをいろいろと試した結果、このラモスというお酒を蒸留したものがアルゼさんのお気に召したようだ。

 俺も少し飲ませてもらったのだが、正直に言ってこの蒸留酒の良さがさっぱりわからなかった。むしろ元のラモスというお酒のほうがまだ飲みやすい。アルゼさんにはなんでこのお酒の良さがわからないんだといわれたが、むしろなんでこっちのほうがいいのか俺には理解できなかった。

 俺も大人になればお酒の良さがわかるものなのだろうか。ちなみにこの国ではお酒の年齢制限はないらしい。法律は守らなきゃいけないよ、未成年による飲酒はダメ、絶対!ただし異世界は除く。

「ラモスを加工ですか?ふむ、このような液体である酒を加工する手段があるとは。こちらもユウキ殿の国で知られている方法なのですか?」

「ええ、本来ではこの加工したお酒をさらに数年間寝かせたほうが酒精が強くなるらしいのですがさすがにこればかりはかなりの時間がかかりますからね」

 元の世界ではビールやワインなどを蒸留してできたものを樽に保存し、数年から数十年たったものがブランデーとかウイスキーと言われる高価な蒸留酒となっていたはずだ。

 ただし、ここは異世界なので熟成も不思議パワーの魔法でどうにかなる可能性もある。当然無属性魔法しか使えない俺では無理なのでシェアル師匠頼みではあるがな。

「ランディ様、こちらの蒸留酒を販売するとなると商売として成り立つくらいには売れる可能性はありますか?元となるお酒を購入、加工し販売するとなると利益などを含めて考えると結構な値段になってしまうと思うのですが」

「間違いなく売れますね」

 まさかの即答!?この蒸留酒の良さが俺にはかけらもわからないんだけど!

「もちろん現在市場に出ているワインやエールと同量が売れるというわけではありません。ですがワインやエールは様々な酒蔵が多くの種類のお酒を販売しておりその利益を多くの酒蔵で分かちあっております。

 こちらの蒸留酒というという酒を販売する酒造はアルガン様のみとなりますのでその利益は独占することができます。ならば一定量以上が販売できれば利益が確保できることとなりますが、こちらの酒精の強さならば間違いなくドワーフたちが購入するはずです」

 はいドワーフいただきました!やっぱりドワーフといえば酒、酒といえばドワーフなんですね。

「だからいったであろう、これならば売れると。さっさと量産体制に入ってもっと多くの種類の酒を試さんか!」

 アルゼさんひとりの意見だと信用できないんですよ!本当にこの人は酒のことになると人格変わるからな。

「ふふ、そうね。ランディ様のご意見ももらえて資金も貸していただいたことだし、酒造工場を作る計画を進めて行きましょうか」

「かしこまりました。それではもろもろの手配は私におまかせくださいませ」

 きっと今日中にほとんどの手配を済ませてしまうんだろうな。

「まかせるわね、アルゼ。ランディ様、このお酒の販売先を紹介料を払うという形で商業ギルドに任せたいのですがいかがでしょうか?」

「もちろんお受けいたしますよ!取引先でしたらいくらでもありますから、紹介料をいただくだけの簡単な仕事になりそうです。いやあ本当に今日は素晴らしい日ですね!美味しい料理に美味しいお酒、更には仕事までいただけるとは!」

「喜んでいただけてこちらもうれしいですわ。さあ、まだまだ料理もお酒もたくさんありますから楽しんでくださいね」

「ありがとうございます、楽しませてもらいますよ。ああ、それからユウキ殿、食事のあとはまた私とリバーシでの対戦もよろしくお願いしますよ!」

「はい、もちろん覚えておりますよ、お手柔らかにお願いします」

 さすがランディさん、しっかりと商業ギルドでした約束は覚えていたらしい。せっかくのお客様だし少し接待でもしようかと大人な対応を考えていた俺だが、普通に全力で戦っても勝つことができなかった。お酒も入っていたのに本当にすごいわこの人。
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