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第18話 エレナお嬢様の事情

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 俺がエレナお嬢様への誓いを終えた後、今日の仕事は終わりとなり、アルゼさんと共にエレナお嬢様を部屋まで送っていった。

「アルゼ様、少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」

「……いいだろう、私の部屋まで一緒に来い」

「ありがとうございます」

 アルゼさんの部屋に入る。初めてアルゼさんの部屋に入るが想像通りの大人しい感じの部屋だ。部屋の大きさは俺が使っている使用人2人用の部屋と同じくらいであまり広くはない。置いてある家具はベッド、机、椅子、本棚、ワインセラーと最小限のものだけになっている。

「そこに座れ、それで話というのはなんだ?」

「アルゼ様にお願いがあります!」

 俺は椅子へ座らずに地べたに座り額と両手を地面にこすりつける。本日2回目の土下座である。俺の安いプライドなんてどうでもいい。

「どうか俺を鍛えてください!俺に戦うすべを教えてください!」

「…………」

「昨日の俺はあまりに無力でした!俺にはエレナお嬢様を抱えて逃げ惑うことしかできませんでした。もしあいつらがもっと大勢できたり、もう少しアルゼ様とリール様が遅れてしまっていたら、おそらく俺はエレナお嬢様を守りきることはできなかったでしょう。

 俺はもう昨日みたいな無力さを味わいたくありません。先ほどエレナお嬢様の前で散々大きなことを言いましたが、これだけは俺一人の力ではどうにもできません。

 仕事も今まで以上に頑張ります、俺に力をください!エレナお嬢様を、サリアやマイルを、大切な人たちを守れる力を俺にください!」

「……お前の話はよくわかった。とりあえず椅子に座れ」

「はい、失礼します」

 目の前にある椅子に座りアルゼさんの正面に座る。どうなんだ鍛えてくれるのか、くれないのか?名前を呼んでくれるようになったから少しは俺のことを認めてくれたと思ったのだが駄目なのか?

「……お前を鍛えるという話だが、私の方からもエレナ様に提案しようと思っていたところだ。昨日のようなことが起こる可能性がある以上、ユウキにもエレナ様をお守りするすべを身につけさせておいたほうが良いと思ってな」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

「ただ私もなかなか忙しい身だからな。朝と夜のわずかな時間しかとれん。なのでそれ以外の時間はリールとシェアルに鍛えてもらうこととする」

「はい、わかりま……あれっ?なぜそこでシェアル様の名前が出てくるのですか?」

「あいつはああ見えて優秀な魔法の使い手だ。私とリールは剣は使えるのだが魔法はからっきしでな。そっちのほうはシェアルから習え」

「冗談ですよね?ははっ、俺アルゼ様の冗談なんて初めて聞きましたよ」

 いくらなんでもあのドジメイドが優秀な魔法の使い手なわけがない。仮に魔法が使えたとしても威力調整は間違える、狙いは当たらない、魔力暴走がとまらないみたいな姿しか想像できない。

「……冗談であったらあんなやつはとっくの昔にクビにしている!掃除は遅い、料理はできない、この間など私の秘蔵のワインを落として割りおった!魔法が有能であることとエレナ様が懐いていなければとっくにお払い箱だ!」

 おうっ、あの温厚なアルゼさんがたいそうご立腹だ。まあ確かに俺もなんでこの人こんな使えな……いや、ドジなのにクビにならないのかなと思ったことは一度ではない。というか一日一回は思っていたがそういう理由か。

「……ゴホン、まあ気持ちはわかるが魔法に関してのみあいつは一流だ。この屋敷にもシェアルの結界魔法が常時展開されている。これほど魔力量が多いものはこの国の中でもそう多くはないだろう、魔法に関してのみだがな」

 2回も魔法に関してのみって言ったよ。大事なワインも割られたと言われたし、よほど不満が溜まっているらしい。それにしてもシェアルさんはそんなにすごい魔法使いだったのか。もしかしたら俺も魔法が使えるかもしれない。広範囲殲滅魔法とか古代魔法とかとんでもない魔法が使えたりしないかなあ。

「まずは新しく買った奴隷2人にお前の仕事を教えろ。読み書きは無理だろうが料理や掃除などはあの2人でもできるだろう。そうして空いた時間をお前の鍛錬の時間として使え」

「なるほど、わかりました!」

 確かにサリア達が俺の仕事を手伝ってくれれば俺の仕事量も少しは減るはずだ。その分の空いた時間を鍛錬に使えるというわけか。

「昨日会った黒の殺戮者もまたいつ襲ってくるかわからん。あのレベルの相手はともかく、そこいらの盗賊どもは簡単に退けるくらいの力を早急に身につけろ」

「えっ?黒の殺戮者はアルゼ様が捕まえたのではないのですか?」

「あいつは私と戦ってすぐに引いていった。こんな場所でエレナ様に意識が行っている私と戦うのはもったいないからなどとほざいておった、とことん戦闘狂な男だ。そもそもあの男は強者と戦うためだけに暗殺や誘拐などの依頼を受けていると噂されている。おそらくだが今度はエレナ様ではなく私を狙ってくるだろう」

「な、なるほど。それですぐに私とエレナお嬢様に追いつく事ができたのですね。それにしてもあの時はギリギリでした、もう少しお二人が遅れていたらどうなっていたことか」

 あの黒ずくめの男はよっぽどやばいらしい。まじか、街中で毒ナイフをいきなり投げてくるイカれたやつがまた襲ってくるのかよ……

 まあ今回はそのおかげで助かった可能性もあるがな。二人が助けに来てくれたのはかなりギリギリのタイミングであった。

「……そのことだがな、実はお前達が行き止まりの袋小路に入ってすぐに私はお前達に追いついていた。騒ぎが起こっていることに気づいたリールも私達を探しており、袋小路の手前の道ですでに合流していた」

「えっ、そんな!?なんですぐに助けてくれなかったんですか?」

 通りでタイミングが良すぎるはずだよ!俺が声を張り上げる前からすでに袋小路の手前にいたのか。助けてもらっておいてなんだが、真剣を持った相手を前にするのは凄まじく怖かったからもっと早く助けて欲しかった。

「……お前があの状況でどういう行動をとるのか興味があってな。敵のたたずまいからして私とリールにとって問題のなさそうな相手であったからできたことだが。エレナ様をおいて敵のほうに近づいていった時には敵共々切り捨てようと思っていたぞ」

 あっぶね~!!敵を油断させるためとはいえエレナお嬢様を裏切るフリをしていたが、危うくその段階で二人に切り捨てられるところだった。

「……情けないけどあの状況では武器のない俺にとって不意打ちくらいしかできませんでしたからね」

「奴隷などというものは自分が自由になることしか考えていないと思っていたからな。お前もエレナ様を裏切って自由を選ぶのかと思っていたぞ」

「あれだけ優しく接してくれたエレナお嬢様を裏切ることなんてできませんよ!」

「……お前にも一応話しておこう。エレナ様のお父上である前領主様がご存命の時にはこの屋敷にも10人近くの使用人がおり、その中には3人の奴隷がいた。前領主様はとてもお優しいお方であられた。奴隷を他の使用人と同じように扱われ、食事も同じものを与えられ、奴隷紋や鞭打ちなどの罰など与えたことなどなかった」

「エレナお嬢様と同じでとてもお優しいお方だったのですね」

「ああそうだ!前領主様もこの国の奴隷の扱いをひどく嘆かれておられた。奴隷のやつらにも10年間働けば奴隷から解放し、仕事がないようならばこのまま屋敷で働いてもよいとも約束されていたのだ!」

 10年間働いたらか、元の世界の感覚でいうとそれでも十分長いようにも感じるがこの世界では破格の待遇なのだろう。一度奴隷になったら解放などされないのが普通で、死ぬまで奴隷でいることに比べたら10年は短いのかもしれない。

「奴隷共も感謝しており、前領主様に拾われて幸せであったと言っておった。だが奴らは前領主様の厚意を裏切りおったのだ!

 前領主様が突然の事故で亡くなってしまわれた時にエレナ様は数人の使用人と奴隷達と共に近くの森に遊びにお出かけになられていた。奴隷の中に主人が死ねば奴隷契約が消えることを知っていた奴がいたのかわからんが、奴隷紋が消えた奴らはエレナ様達を置き去りにして屋敷に戻り、屋敷に残っていた奴隷共全員で逃げ出しおったのだ。屋敷にあった骨董品などの金目のものを盗みだしてな!

 幸いなことにエレナ様は無事に戻ってこられたが、前領主様を亡くされたことと奴隷共に裏切られたことによりひどく傷つかれた!」

「…………」

 確かにそれはひどい。それほど優しくしていた奴隷達に裏切られた時のショックは俺には想像できない。そしてそんなひどい出来事があってなお、エレナお嬢様は奴隷の俺にあれほど優しく接してくれていたのか。

「逃げ出した奴隷共はこの街からも逃げ出しているようでまだ見つけられていない。エレナ様はもう探さなくてもいいと仰っているが私はあいつらを許せん!必ず見つけ出して前領主様とエレナ様を裏切った報いを与えてやる!!」

 そうかそんな出来事があったから初めはアルゼさんやリールさんの風当たりが強かったのか。いや、二人でなくともそんなことがあれば奴隷に対してきつく当たってもしょうがない。

「残った使用人も次々と辞めていき、今では残ったものは私とリールとシェアルだけだ。

 この地区の領主はエレナ様に引き継がれたが、エレナ様はまだ幼い。人や金や物、多くのものがこの地区からでていった。この状態が続けばこの地区の領主のお役目も降ろされてしまうかもしれん」

 なるほど、それでこの屋敷の大きさや使用人の部屋の多さの割りに人が少なかったんだな。それに状況もあまりよくないのかもしれない。奴隷制度の廃止以前にエレナお嬢様がこの地区の領主の役目をおろされしまうかもしれない。

「……ではエレナお嬢様が領主であり続けるためには人や金や物をこの領地に集めればいいんですね?」

「まあそうだ。屋台で売る予定であるライガー鳥のからあげもその一環だ。この地区でとれるライガー鳥を使い、これが名物として認められれば多少は人が集まるだろう」

 元の世界でいうご当地グルメのようなものだな。そうか人や金や物を集める、これはある意味簡単なことなのかもしれない。

「奴隷制度を廃止するためにもこの世界を豊かにする必要がある。そしてこの世界を、国を、この街を、そしてこの街を豊かにするにはまずエレナお嬢様の領地を豊かにしないいといけないですね。そうか、わかりやすい道が見えてきたぞ!」

「ふっはっは、先ほどもそうだったが相変わらず大口を叩きおる。そんな大きなことを語る前にまずは目の前のをしっかりとこなして行けよ」

「そうですね、まずは目の前のことから頑張っていきたいと思います!ですが先ほど言ったことも実現してみせますよ!」

「先に言っておくが私はまだ完全にお前を信用した訳ではない。幼いからと言ってあの2人の子供もな。せいぜいこれからの行動で信用させて見せるのだな、ユウキ」

 アルゼさんは笑いながら言う。完全ではないにしろ少し認めてくれただけで十分だ。まあちょっと大口を叩きすぎたかもしれないな。まずはエレナお嬢様の領地を豊かにすることから始めよう。さあ、現代日本の知識チートの出番だぜ!
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