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第16話 俺の願い
しおりを挟む街での騒動が終わったあと、捕まえたやつらを憲兵に引渡し俺達は屋敷に帰ってきた。誰に依頼されたのかは後日憲兵に確認するそうだ。自業自得とはいえ、あの元奴隷だったという髭面の男の気持ちは少しわかるので、そこまで重い罪にならなければいいんだけどな。
これだけ忙しい出来事があったあとも、自分の仕事はきっちりとこなさなくてはならない。晩御飯は今日市場で買ってきた味噌を使ったなすと野菜の甘味噌炒めと味噌汁を作った。甘味噌炒めは好評だったが味噌汁は思ったほどの反応ではなかった。やっぱりあれは日本人のみのソウルフードなのだろうか。
さすがに今日はいろいろとありすぎてもう限界のようだ。重い身体を何とか動かし、後片付けと明日の準備を終えてすぐにベッドの中にダイブした。
次の日、二度寝したい衝動をおさえ、なんとかベッドから這い出てくる。それにしても痛い、昨日はエレナお嬢様を抱えて限界近くまで走ったから全身が筋肉痛だ。この世界に来てからぜんぜん運動してこなかったから当然といえば当然か。
「ユウキ~おはよう!」
ドンッ
厨房で朝食の準備をしているといきなりエレナお嬢様が後ろから抱きついてきた。……正直に言って全身の筋肉痛がひどいから結構痛い、だがそんなものは我慢だ。
「おはようございます、エレナお嬢様。昨日はいろいろと大変でしたが、お体のほうは大丈夫ですか?」
「ええ!ユウキ達が守ってくれたから大丈夫よ!それよりユウキは大丈夫?どこか怪我をしたりしていない?」
「俺は逃げ回っていただけなので大丈夫ですよ。本当に情けないところをお見せしました」
「そんなことはないわ!ユウキはとっても格好よかったもの!それにほら、ユウキも一人倒したじゃない」
……いやさすがにあれは倒したとはいえない。奴隷の俺を心配してくれ、武器を手放してまで説得しようとしてくれた髭面の男を、俺は思いっきり不意打ちで脳天に面を打ったのだ。あれっ?よく考えると俺って最低じゃねえ?エレナお嬢様を守るためだから後悔はしていないが、どう考えても悪役がやることである。
「あれは倒したとはいえません。武器も持っていない相手に不意を打って攻撃しましたからね。あとはアルゼ様とリール様が助けてくれましたし、俺は何もしていませんよ」
「でもユウキがいなかったら私は死んでいたかもしれないわ!じいと暗殺者との戦いに巻き込まれていたかもしれないし、一人で逃げていたらすぐに4人に殺されていたわ」
「そう言われると俺も少しだけがんばったかいがあります」
「ええ、ユウキのおかげよ!だから改めて言わせてもらうわね、ありがとう!」
「……こちらこそもったいないお言葉をありがとうございます」
「うん!じゃあ後でね、おいしい朝ごはん期待しているわ!」
そういうとエレナお嬢様は厨房から出て行った。わざわざ奴隷の俺に礼をいうために朝早くから厨房まできてくれたのか。本当に優しいお方だ。
それにしてもエレナお嬢様が後ろから抱きついてきたのにはびっくりした。今までエレナお嬢様があんなことをしたことがなかったから不覚にもドキッとしてしまった。これだから年齢イコール彼女いない暦なのはいかんなあ、ちょっとしたことでもすぐに動揺してしまう。まあでもエレナお嬢様の俺への評価が少しだけあがったのかもしれないな。
さあ、今日も気合を入れておいしい朝ごはんを作るとしよう!
朝食の片付けの後、俺はエレナお嬢様に呼び出された。いつも書類仕事をしている部屋に入るとすでにエレナお嬢様が座っており、横にはアルゼさんもいた。
「遅くなりまして申し訳ありません」
「構わないわ、片付けをしていたのよね?今日の朝ごはんもとっても美味しかったわ!いえ、ユウキが来てから作ってくれた料理はどれもいままでに食べたことがなくてとっても美味しいわ」
「ありがとうございます、そういっていただけると頑張って作ったかいがあります」
「それで話っていうのはね、ユウキにご褒美をあげようと思って。ユウキが来てくれてからまだ少ししか経っていないけれど、ユウキは私たちの想像以上に働いてくれているわ!美味しいご飯を作ってくれるし、みんなの手伝いもちゃんとこなして、昨日は私を助けてくれた。
これだけ頑張ってくれているのになんのご褒美もないなんて主人失格だものね。ユウキ、何か欲しいものはある?あまりおっきなお願いは叶えられないかもしれないけれど言ってみて?」
「…………」
欲しいもの……というよりはひとつだけお願いしたいことがある。だが仕事をよくやっているとはいえ俺がこの屋敷にきてからまだたった一週間と少し、俺が願いたいこととはまったく釣り合いが取れていない。時間があれば元の世界の知識を使い、その願い以上の利益を出すことは可能だ。だがこれは時間が立ちすぎてしまうと間に合わない。いや、すでに今この時点でも、もう間に合っていない可能性もある。
「実はひとつだけどうしてもエレナお嬢様にお願いしたいことがございます!」
「なあに、言ってみて?」
「……2人の子供の奴隷を買っていただきたいのです」
昨日市場であった豚貴族の奴隷の扱い、元奴隷であったという髭面の男が今まで受けていた仕打ち。俺は幸運なことにエレナお嬢様に買われ何不自由ない生活を送れているが、この世界の普通の奴隷は違う。
あの2人とはこの世界にきてからたった1週間程度の付き合いでしかない。だが、盗賊に捕らわれていた間、奴隷商の店の地下牢に閉じ込められていた間、確かに俺はあの2人に救われていた。2人を元気付けるためにいろいろな話をしていたが、俺自身も2人の存在に元気付けられていたことは間違いない。
偽善であることはわかっている。例え2人だけを救えたところでそれ以外の大勢の幼い奴隷達が日々過酷な扱いを受けている。それは何も変わらない。だがそれでも、俺はあの2人がそんなつらい状況に陥るのを黙って見ているわけにはいかない!
「その2人は俺と一緒に盗賊達に捕らえられ奴隷にされました。盗賊達に捕らえられている間、奴隷商の地下牢にいる間、俺は彼らに救われました!彼らがいたからあの地獄のような環境で耐えることができました。
エレナお嬢様からはこれ以上ないご恩を受けています。この上更にこんなお願いをすること自体がどれだけ罰当たりなのかもわかっているつもりです。
ですがお願い致します、どうか彼らをこの屋敷に仕えさせてください!!
面倒は俺がみます!今以上に働いてみせます!まだまだ商売使えそうな料理や知識で彼らの購入にかかる費用以上のお金を必ず稼いでみせます!どうか、どうかお願いします」
俺は地べたに座り額と両手を地面にこすりつけ土下座する。無茶を言っていることはよくわかっている。たった一週間と少し働いただけの奴隷がもう2人も奴隷を買ってくれだなんて馬鹿げている。だが俺には、今の俺にはエレナお嬢様に頼るしかできることはない!
「……なんだ良かった」
うん?良かったとはどういうことだ?
「頭を上げてユウキ。大丈夫よ、それくらいのお願いなら叶えてあげられるわ!ねえじい、これなら大丈夫でしょう?」
「……ふう。まったくエレナ様は甘すぎます。だがまあ、屋敷の使用人も足りていないし新しく出す屋台の人手もまだ足りていない。子供の奴隷2人程度ならたいした金もかからない。ユウキが今まで以上に働くと誓うのであればその願いを叶えてもよろしいでしょう」
「本当ですか、誓います!今以上に働くことを誓います!」
「ふふっ、これ以上働いたら倒れちゃうわ。今までと同じでも十分よ。
……本当はね、ユウキが奴隷から解放されたいって、この屋敷から出て行きたいって言ってきたらどうしようかなって不安だったの」
「そんな!俺はまだエレナお嬢様にご恩を返せておりません。それにこの屋敷での生活もとても気に入っています。もし仮に奴隷から解放されたとしてもこの屋敷に雇ってもらいたいと思います」
これは今の俺の嘘偽りのない本音だ。異世界ものの定番である冒険者だが、チートスキルのない俺には何の魅力も感じない。元の世界の知識チートを使い大金持ちになるのは少し魅力的だがその分敵や面倒ごとも多くなるだろう。それなら今の俺の生活のようにご飯を作って普通の仕事をしているだけでも俺には十分すぎる。
「ありがとうユウキ、そういってくれると私も嬉しいわ!さあそうと決まればすぐにその子達を迎えに行きましょう。子供の奴隷は需要が少ないから大丈夫だとは思うけど急いだほうがいいわね!じい、馬車を用意して」
「かしこまりました。昨日今日で再び襲撃されることはないと思いますが、念には念を入れリールとシェアルにも同行させましょう!」
「エレナお嬢様、アルゼ様、本当にありがとうございます!」
俺は再び頭を下げる。
「……ふん、感謝はこれからの行動で示すんだな。さっさと出かける準備をしろ」
「もうじいったら。さあユウキ、行きましょう!」
「はい!!」
馬車は俺が最初にいた奴隷商に到着した。エレナお嬢様とアルゼさんと俺の3人で奴隷商の店の中に入る。頼む、2人ともまだいてくれ!
「これはこれは領主であるアルガン様ではございませんか!こんな場所までわざわざようこそ!本日はどのような奴隷をお買い求めでしょうか?」
だれだったかな?そうだダルサだ。相変わらず肥え太った体にキラキラとした派手な装飾品をたくさん付けている。
「そうだな、若くて安い子供の奴隷が2人ほど欲しい」
アルゼさんがエレナお嬢様の代わりに答える。こう答えたのは馬車の中で打ち合わせされている。特定の2人が欲しいというと足元をみられる可能性が高いからだ。
「そういえばここにいる奴隷が最初にいたのはこの店だったと聞いたな。おい店主、この奴隷と一緒に連れて来られた奴隷はまだいるか?一緒に過ごしたことのある奴隷がいると扱いやすいからな」
「ここの奴隷ですか?ううん……おお、お前はユウなんとかだったな。そうかそうかお前は中央の店に行ってアルガン様に買われたのか、そいつはラッキーだったな!この街の領主様に買われるとはお前も運がいい!確かお前と一緒に来た子供はまだ売れ残っていたはずだな。おい、確認して来い」
「はっ!」
ダルサが使用人を地下牢に確認に行かせる。本当によかった、まだ他のものに買われていなかったようだ。
「旦那さま、確認してまいりました。男の子供はまだ売れ残っていましたが女の子供はちょうど昨日売れたやつです。今はまだ地下牢にいますが、身なりを綺麗にして3日後に引渡し予定でございます」
「ああ、昨日売れた子供だったか。しまったなあ、性奴隷用の若い少女を探してた変態貴族なんぞに売るべきではなかったか。まあしょうがないか。
アルガン様、申し訳ありませんが女の子供だけ売れてしまったようです。他にも若い子供はおりますし男のほうが安いですから、残り一人はそちらの中からお選びいただいくということでもよろしいでしょうか?」
「そんなっ!!」
間に合わなかった!しかも買ったやつは性奴隷用だと、ふざけるな!それも昨日、嘘だろ!なんで俺はこんなについていないんだ!!まただ、また俺には力がなくてサリアを救えない!
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!
「いえ、その女の子をもらうわ!」
「は?」
エ、エレナお嬢様!?
「聞こえなかったの?ユウキと一緒に連れてこられた男の子と女の子をいただくわ!」
「アルガン様、そうはいわれましても女のほうはすでに売却が決まっておりまして……」
「あらそう。それじゃあその貴族の倍の値段を出すわ!」
「は?ばっ、倍?」
「あらまだ足りない?そうね、それなら3倍出しましょう。この地区の領主であるアルガン家がその下級貴族の3倍の値段でその女の子を買いましょう。それでもまだご不満?」
「いえ、いえ、いえ!!十分にございます!それほどあれば貴族の方にお詫びのお金を十分にお渡しできます。おい、早く2人を契約の部屋に連れて来い!」
「はっ!」
どたどたと慌しく使用人が部屋から出て行く。
「あっ、ああ!」
サリアも、サリアも助けてもらえる!よかった、本当によかった!
「……たまには領主様の威光を使ってもいいわよね!」
エレナお嬢様は俺に向かってウインクをしてくる。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
俺はエレナお嬢様に何度も頭を下げる。本当にこの人はなんて人だ!気づけは俺の瞳から涙がポロポロとこぼれ落ちていた。俺はこの人にどうすればこれだけのご恩を返せるのだろうか……
「さあユウキ、先に契約の部屋に行ってあの子達に会ってきなさい。私達は契約書の記入と支払いを済ませてからいくわ」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
俺は何度もサリアお嬢様に頭を下げてから部屋を出て行き、隣の契約の部屋で2人を待つ。
「ユウキお兄ちゃん?」
「ユウキ兄ちゃんだ!」
2人ともいる!別れた時よりも更に痩せているが、それでも2人とも生きて目の前にいるんだ!
「サリア、マイル!」
たまらずに俺は2人を抱きしめる。よかった、また会えた、生きてまた会うことができた!
「みんな、もう大丈夫だ!みんなで一緒に暮らせるぞ!俺を買ってくれたご主人様がみんなも一緒に買ってくれた。ご主人様は本当にいい人だ、美味しいものを一杯食べさせてくれるし、罰なんて与えない、最高のご主人様だ!」
「主人なんてどうでもいいよ!サリアちゃんとユウキ兄ちゃんと一緒に暮らせるだけで十分だよ!嘘じゃないよね?夢なんかじゃないんだよね?」
「……サリア信じてたよ、王子様のユウキお兄ちゃんがきっと、きっと迎えに来てくれるって!」
エレナお嬢様達が来るまで俺達は3人でお互いを確かめ合うように抱きしめながらわんわんと泣いていた。エレナお嬢様が来てからも俺達が落ち着くまで待ってくれていた。俺は本当に恥ずかしいところを見せっぱなしだな。
「汝、我に忠誠を誓うか?」
「我、汝に絶対の忠誠を誓う」
2人とも順番に俺と同じように奴隷契約を行う。2人にも俺と同じように右手に黒い六芒星が浮かび上がってきた。奴隷紋の確認は必要ないときっぱりと言ってくれたため2人は激痛を受けることなく契約を終えることができた。エレナお嬢様が奴隷契約を終え、全員の乗った馬車はエレナお嬢様のお屋敷へと帰っていく。
応援ありがとうございます!
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