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第15話 俺の覚悟
しおりを挟む「はあっ、はあっ、はあっ」
「ユウキ、私も走るわ」
「はあっ、はあっ、こっちの方が速いです!」
もう少しだ、もう少しでリールさんのいる大通りへ出られる。この通りはもうみんな避難していて誰もいないが、大通りへいけばリールさんだけでなく憲兵や他の人にも助けを求められるはずだ。俺の体力もぎりぎりもちこたえてくれそうだ。
「くっ!!」
くそったれ!あと少しだってのに。いや、ゴール手前の場所に兵を配置するのは定石といえば定石か。
「ああん、なんだよこっちに来てんじゃねえかよ」
「ちっ、あの有名な殺戮者もあてになんねえな!」
「どうせあの狂人のことだから老騎士のやろうとの戦闘に夢中なんじゃねえか」
「へっ、へっ、へっ、まあ俺達の取り分が増えるからいいじゃねえか」
普通の街の人ではない人相の悪いやつら4人が誰もいなくなった通りの真ん中で待ち構えていた。やつらは全員剣やナイフを手にし、こちらを見ている。どうみてもさっきのやつの仲間に違いない。相手は横一列に並んでいて抜け出せるような隙間もない。どうする、どうすりゃいい?
「くそっ、こっちだ!」
さすがにこの広い通りで麺棒を武器に真剣を持った相手とエレナお嬢様を守りながら戦えるわけがない。ひとつ手前の道を左に曲がった。なんとしても大通りまでたどり着くしかない!
「ちっ、やつら逃げたぞ!」
「へっ、ガキひとり抱えて逃げられっかよ、さっさと追うぞ!」
ちくしょう、確かにこのままじゃあいつらに追いつかれてしまう。何かいい方法はないか逃げながら考えろ。どうすればいい?こうなったらエレナお嬢様をひとりで行かせて俺が時間を稼ぐしか方法はないか。
「ユウキ、そっちはだめ!!」
「しまったっ!」
なんてこった、袋小路に入ってしまった。普通はひとつ左の道に出てそこから右の道に曲がれば、大通りに道は繋がっているものだろうが。なんてついてないんだよ、本気でうらんでやるからな神様!
「残念だったな兄ちゃん、おらさっさとそのガキを渡しな!」
「へっへっへっ、おら痛い目見る前にさっさとしろ!」
「ふざけるな、おまえらこそさっさと諦めろ!すぐに憲兵やアルゼ様たちが来てくれる!今逃げればまだ捕まらずにすむぞ」
強がりだ。いくらなんでもこんなすぐに助けが来てくれるわけがない、自分でもわかっている。だが頼む、何かの間違いでもいいから引いてくれ!
「馬鹿が、そんなすぐに助けはこねえよ!おら、てめえにゃ用はねえ、さっさとどけば命だけは助けてやっからよ」
「誰がどくか、おまえらこそそこをどきやがれ!」
「ユウキ……」
俺の背中をエレナお嬢様が震えながらつかんでくる。俺は手に持っていた麺棒を両手で構えエレナお嬢様の前へ出る。
「ぷっ、そんな棒っきれでどうするんだよ、このロングソードが見えねえのか?」
「おいおい、こいつ威勢はいいけど震えてるじゃねえか。だっせえなおい、もう少し格好つけることもできねえのかよ?」
「がっはっはっ、本当だよ。びびりまくってんじゃねえか、おしっこちびりそうってか」
ゲラゲラと笑う4人。ちくしょう、本当に足が震えてやがる。真剣を前にすることがこんなに怖いなんて思わなかった。情けねえ、本当に情けない。頼む、誰でもいい、神でも悪魔でも構わない。今だけでいいからエレナお嬢様を守る力を俺に貸してくれ!
「ああん?おいよく見りゃこいつ奴隷じゃねえかよ?おいお前らちょっと待ってくれ」
俺の右手の奴隷紋をみて俺が奴隷と気付いたらしい。ロングソードを持った髭面のやつが一人こちらに近づいてくる。ひとりなら何とかなるかもしれない。頼むから震えよおさまってくれ!
「おい、兄ちゃんちょっと俺の話を聞け。一旦休戦だ、ほれ」
そういうと髭面は持っていたロングソードを地面に置く。なんだ自分から武器を手放したりして、何かの罠か?
「兄ちゃん、自由になりたくはねえか?」
「はあ?何いってんだ?」
「へへっ、まあ何言ってるかわからねえよな。奴隷には話されてるわけねえからな。実を言うとな俺も元は奴隷だったんだ」
元は奴隷だった。髭面の男はそういった。だがこの男の右手には奴隷紋が見当たらない。主人が奴隷から解放したってことだろうか?
「奴隷から自由になる方法は二つしかねえ。ひとつめは主人から奴隷契約を解除することだ。奴隷契約を行える奴隷商にいきゃあどこでもできる。たいていの奴隷はそれだけを目指して主人に媚売って頑張ってるわけだ。へっ、どんなに頑張ったところで奴隷から解放してくれる主人なんざいねえのによお。
そして二つ目だ。兄ちゃんも一度は考えたことがあるだろう、奴隷から主人を害することは出来ねえが、病気や他のやつの手で主人が死んじまったらどうなるんだってな。
そいつが答えだ、たとえ主人が奴隷紋の力で罰を与えている最中であろうが、奴隷契約は解除されて右手の奴隷紋が消える。こっちのほうは奴隷商と一部の主人くらいしかしらねえ。少なくとも奴隷どもにはぜってえ教えられねえ、反旗を翻す奴隷が増えるだろうからな」
確かに主人が死んだ場合についてはエレナお嬢様に買われ、奴隷紋がついたその日に一度考えた。そうか、その場合には奴隷契約が解除されるのか。
「俺の場合も兄ちゃんと同じ状況でよ。クソ主人と旅行している最中に馬車が盗賊達に襲われてな、当然クソ主人は俺達奴隷に自分を守れと命令するわけだ。もし自分が死んだら命令違反した時の苦痛が死ぬまで続くって脅してよ。
だがそこで盗賊が本当のことを俺達に教えてくれたわけだ。するとクソ主人も手のひらを返してよ、今までしてきたことを謝って、盗賊どもを追い払えたら奴隷から解放するなんていうんだぜ。
はっ、誰が信じるかってんだ!今まで十年以上もの間、さんざん無茶な命令をされ、鞭や奴隷紋で罰を与えら続け、まともな人間扱いされたことなんざ一度もなかったぜ。たとえ盗賊達を追い払えたとしてもどうせ奴隷との約束なんて無視するんだろうよ。
俺達奴隷は全員一致でクソ主人を盗賊達に差し出した。当然奴隷紋の罰で激しい痛みが体中を襲ったが、それもクソ主人が死ぬまでの間だけだったぜ。盗賊達の言うとおりクソ主人が死んだ後に嘘のように痛みが引いてよ、右手の奴隷紋がすうっと消えるんだ。
しかも盗賊達は約束通りクソ主人を差し出した俺達には一切手をださねえでくれてよ。あれほど嬉しかったことは今までになかった。俺にはそいつらが神様に思えたぜ。
だから俺もそん時に決めた。もし俺が同じような状況の奴隷を見つけたらクソ主人をぶっ殺して奴隷から解放してやるってことをな!」
「…………」
この髭面の男は地獄を見てきたんだろう。俺なんかとは比べ物にならないような地獄を。俺の場合はたった2週間だ、盗賊達に捕まり奴隷商に売られ、エレナお嬢様に買われるまでの2週間。だがこの男は十年以上もの間その地獄に耐えてきたのだ。そこから自由になった時の喜びは俺には想像することもできない。
「兄ちゃんも奴隷ならわかるだろう?人として扱われねえつらさがよう。まともに体も洗えやしねえ、まともな睡眠すら与えられねえ、まともな飯なんてもってのほかだ。理不尽な命令をされてちょっとでも逆らえばすぐに鞭だ。いや鞭ならまだいい、奴隷紋の力による罰が一番つれえ。奴隷から自由になった今でもたまに夢でもでてきやがる。
なあ兄ちゃん、今俺がお前を救ってやるよ。俺を救ってくれた盗賊の恩人に誓ってお前に手はださねえし、後ろのやつらにも手を出させねえ!命令違反でちょっとの間だけ死ぬほど痛てえかもしれねえが、すぐにそこのガキをぶっ殺して自由にしてやっからよ!」
「…………」
もし俺がエレナお嬢様を見捨てれば俺は自由の身になれる。おそらくそれは本当なのかもしれない。時間が経てば経つほど向こうが不利になるにもかかわらず、武器を手放してまで俺を説得しようとしてくれる。何より俺を説得しようとする熱意が男の話を裏付ける。本気で俺を救ってくれようとしていることが伝わってくる。
そうだな、こんなの考える必要なんてないじゃないか。
自然と麺棒を構えた両手の震えは止まっていた。俺はそっと両手を下ろし構えをといて髭面の男の方へ近づいていく。
「えっ……ユウキ、ユウキ!」
後ろからエレナ様の声が聞こえてくるが俺はその声を無視して男のほうへ近づいていく。
「よし兄ちゃん、すぐに奴隷から解放してやるから待ってい……」
「めえええええええええぇぇぇん!!!」
バキィィィィィ!
俺は持てる力の全てを用いて髭面の男の頭を麺棒で打ちぬいた。それこそこの髭面の男が死んでも構わないというくらいの力で思いっきりいった。
「がはっ」
「「「なにいいい!!」」」
髭面の男が勢いよく倒れるが、ぴくぴくと痙攣しているところをみるとどうやら生きてはいるらしい。金属製の額当てをつけていたからだいぶ衝撃が軽減されたのかもしれない。後ろで髭面の男の話を黙って聞いていた3人が驚いた顔をしている。どうやら俺が髭面の男の話を聞いてエレナお嬢様を裏切ると思っていたらしい。
俺は即座に髭面の男が地面に置いたロングソードを拾い、エレナお嬢様のいる後ろへ戻る。
「エレナお嬢様、一瞬だけ耳を閉じていてください」
「……えっ、こう?」
エレナ様に背を向け残った3人と向き合う。髭面の男から奪ったロングソードを両手で構え、深く深く息を吐き出し今度は限界まで息を吸い込む。
「えいいやあああああああああああああ!!」
全力で声を張り上げ気合を入れる。覚悟は決まった、俺の全てをかけてエレナお嬢様を守ってみせる!
俺は中学に入ってから今までの間剣道部に入っていた。剣道では試合が始まる前に大きな声で気合を入れ、気、剣、体の一致させ集中力を高めている。
今俺はこの世界に来て初めて、いや元の世界を含めて初めて真剣を手に持ったが、最高に集中できている状態であることが感覚でわかる。
初めてこの世界に来た時は武器も持たず多数の盗賊相手に何もできなかった。先ほどまでは初めて真剣を相手にすることの恐怖で身体が振るえて身動き一つできなかった。だが今は違う。長年の練習で身体に染み付いていた掛け声をあげることにより気合は入り、後ろには大切な守るべき人がいる。
今ならこいつらにも負ける気はしない!!
「おいふざけんな、そいつはてめえのことを自由にしてやろうとしてたのになにしてくれんだ!」
そうだな、確かにこの髭面の男は本気で俺を救ってくれようとしてくれたことはわかる。そんな男に対して不意打ちで攻撃し武器を奪ったことに多少の罪悪感はある。
「気持ちは嬉しいが余計なお世話だ!確かにそいつの主人はくそったれな主人だったのかもしれねえが、この人は違う!俺をちゃんとした人として扱ってくれているし、奴隷紋による罰なんて一度も与えられていない!」
俺もそいつと同じような状況になっていたら迷わず主人を裏切っていたかもしれない。でもエレナお嬢様はそいつの主人とは違う。奴隷である俺に対して温かい言葉をかけてくれ、屋敷の人達と同じ食事を食べさせてくれた。おれはあの日のことを一生忘れない!!
「馬鹿が、てめえは自由が欲しくねえのか?」
「俺だって自由は欲しいさ!だがな、ここで恩人である人を裏切って自由を手にしても嬉しくもなんともねえんだよ!んなもん奴隷以下だ、俺は奴隷以下のくそったれなやつになんかなりたくはねえ!」
「おまえ、こいつの言葉になんも感じなかったのか?関係ねえ俺でさえお前を見逃してやろうっ気持ちになっちまったぞ!」
「確かにそいつには同情する。俺も地獄を見てきたが十年もの長い間地獄を見ていたそいつにはとうてい敵わない。
でもなあ、そいつの話を聞いて俺は改めて自分が本当に恵まれているということを自覚したよ。ちゃんと俺を名前で呼んでくれて、普通の食事を食べさせてくれる、それがどれだけ嬉しかったかお前らにはわからねえだろうな。
奴隷である俺を人として扱ってくれたこの人に俺はまだ何も返せていない。今こそ恩を返すときだ。俺が殺されるとしても必ずお前らは道連れにしてやる!刺し違えても俺の後ろへは行かせねえ!
俺は俺の全てをかけてこの人を守ってみせる!!」
「ユウキ……」
「ちっ、いい覚悟だ。だがよ、俺達もそう簡単にはひけねな!仕事として請け負った以上、青臭いガキにびびって逃げちまったんじゃ俺達も終わりだからな」
やはりこっちが真剣を手にしたとしても引いてはくれないか。上等だ、俺の覚悟を見せてやる!こちらの世界で元の世界の剣道の腕がどれだけ通じるかわからないけれどやるしかない!
「全員で行くぞ、おら!」
ちっ、やはり三人で来るか。気合を入れろ、命にかえてもエレナお嬢様を守ってみせる!
「がっ」
「ぐわっ」
「ぎえっ」
ドサドサドサッ
急に残っていた三人がその場に崩れ落ちた。なんだ、何が起きた?
「じい、リール!」
「エレナ様、大変お待たせいたしました」
「エレナ様、遅くなってしまい申し訳ありません」
三人が倒れた後ろから二人が顔を出す。全く見えなかったがニ人が一瞬でこの三人を倒してくれたようだ。
本当によかった、アルゼさんもリールさんもギリギリ間に合ってくれた。どうやら三人に後ろからの一撃で意識を刈り取ったらしい。血が一滴も流れていないところを見ると三人ともまだ生きているのだろう。
「ふうっ……」
ああ、安心したら体中の力が一気に抜けてその場に座り込む。大声を上げたのは覚悟を決め気合をいれるためであったが、アルゼさんとリールさんに俺達の居場所を知らせるためでもあった。こんなに早く来てくれるとは思わなかったな、嬉しい誤算だ。
それにしても二人とも本当に格好いい。まるで物語の主人公のように最高のタイミングで来てくれた。二人が女性だったら一発で惚れていた自信があるぞ。
「ユウキ、大丈夫?」
「すみません、エレナお嬢様、安心したらちょっと力が抜けてしまって。ははっ、格好悪くてすみません」
「そんなことないわ、ユウキ!とっても格好よかったわよ!」
「もったいないお言葉です」
「エレナ様、もうこれ以上襲撃はないと思いますが、こいつらは衛兵に任せて早急に屋敷に帰りましょう」
「さあエレナ様、こちらに。先に馬車の中でお待ちください」
「ええ、早くみんなで屋敷に帰りましょう」
「さあ行きましょう。おい……」
アルゼさんがこちらの方を向く。
「……ユウキ、今日はよくやった、さっさと屋敷に帰るぞ」
「ふふっ、ユウキくんお疲れ様。さあ屋敷に帰ろうか」
「あっ……」
アルゼさんもリールさんも初めて俺のことを名前で呼んでくれた!ただそれだけのことなのに泣きそうになるほど嬉しい。少しだけだけど俺のことを認めてくれたのかもしれない。
エレナお嬢様を抱え走り回り、覚悟を決め、命をかけ、真剣を持った相手と対時した報酬がこれかよ。ははっ、十分じゃねえか、そして何よりも……
「ユウキ、助けてくれてありがとう!さあ屋敷に帰りましょう」
「はい!!」
この可愛らしいエレナお嬢様の笑顔、この笑顔を見れただけで俺は満足だ!
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