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第6話 奴隷契約

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「それじゃあマイル、サリア、二人とも元気でな。体には気をつけるんだぞ!」

「ユウキ兄ちゃんも元気でね!俺、ユウキ兄ちゃんから教えてもらった話を絶対に忘れないよ。僕もいつかキンタロウみたいに強くてかっこいい男になるんだ!」

「ユウキお兄ちゃん、元気でね!」

 いよいよ二人と別れる時間が来てしまった。俺だけがこれから別の奴隷商の店に移る。出会ってからたった一週間ちょっとだがこの子達と別れるのは本当に辛い。この子達を守ることができなかった自分が本当に嫌になる。

「おい時間だ、荷馬車が来たからさっさと乗れ!」

「……わかりました。それじゃあ二人とも体に気をつけるんだぞ!絶対にまた会えるって信じてるからな、それまで元気でな!」

「ばいばい、ユウキ兄ちゃん!」

「ユウキお兄ちゃん、絶対にまた会おうね!」

 最後にマイルとサリアを抱きしめお別れをする。神様お願いします、どうかこの二人に本当の神のご加護がありますように。



 荷馬車に乗って一時間ほどで別の奴隷商のお店についた。確かに高級店というだけあって外見は先ほどまでいたお店よりだいぶ綺麗で派手であった。というか奴隷を売る店というものは路地の裏とかあまり目立たない場所にあるものだと思っていたがこの世界ではそんなことはないんだな。法律的にも合法なのかも知れない。

「おまえは読み書き計算ができるんだってな。どれくらいできるか確認しておきたいからこれらの問題を解いてみろ」

「……はい、旦那様」

 この店の店主も前の店と同じように太っていて派手な服装と金ピカな装飾品をつけていた。やはり奴隷商という商売は他の商売よりももうかるのかもしれない。

 出題された問題は前より少しだけ難しくなっており、二桁以上の掛け算、割り算、読むだけでなく自分で手紙を書く問題などがあった。とはいえ、さすがに現役の高校生である俺にとっては全く問題なかった。書く方については日本語でこう書きたいと思って書くとこちらの世界の文字になって勝手に書けていた。

「ほう、全問正解とは素晴らしい!こいつは高く売れること間違いなしだ。さてどこに売り込みに行くかな。

 確かあそこの商店が帳簿を付けられる奴隷を欲しがっていたな。いや、あの地区の領主が家事ができて帳簿も付けられる万能な奴隷を探していたと聞いていたぞ。より多くの金を出すのはこっちのほうか。よし、早速連絡を取らせよう。おい、こいつは一人用の牢にいれておけ。他の奴隷共に壊されたら大損害だからな!」

「はっ!」

 こいつもただの金の亡者か、腐ってやがる。この世界にはまともな大人はいないのかよ。

 一人用の牢に入れられるが前の牢と大して変わらない。大きさが一人用のため狭いだけで、部屋はとても暗くひどい悪臭を放っている。出された食事も前の奴隷商の店と同じパンと腐りかけた野菜の切れ端だ。一週間ぶりに食べた時はあんなにうまく感じたものだが、今では全くうまく感じない。

 ただし、高級店ということだけあってあまり痩せてガリガリになったらまずいのか、量だけは前の店よりはあった。だが奴隷の高級店といっても奴隷に対する扱いは前の店とたいして変わらない。この世界の奴隷の扱いは最悪のようだ。



 ここに連れて来られてから二日間が過ぎた。たった二日なのに俺の精神はもうすでに限界だった。やはり一人きりなのは相当堪えるものがある。二人は元気かな、体とか壊してなければいいんだけど。

 サリアにはえらそうに諦めないことが大事なんて事を言ったけどもう無理かもしれない。この世界では奴隷になったらもうまともな人生を送ることはできないんじゃないのか。

「おい、お前を買ってくれるかもしれないお客様がいらっしゃったぞ。何か粗相でもしでかしやがったらただじゃおかねえからな!」

 どうやらお客が来たようだ。知ってるさ、どうせろくでもないような客なんだろう。この世界にはまともなやつなんているわけがない。絶対にどこかのタイミングで逃げ出してみせる。

 上客なのか知らないが、部屋に行く前に濡れたタオルで身体中を乱暴にゴシゴシと拭かれた。高く売るために少しでも良く見せたいのだろう。



「お待たせいたしました。こちらが例の奴隷となります。名前はユウキ、年齢は18歳でございます」

 部屋にはこの店の店主と50~60代くらいの男がいた。こちらがお客様なのだろう。スーツのようなパリッとした服を着ているところを見るとそれなりにお金持ちなのかもしれない。白髪の混じった髪に鋭い目つき、背筋がピンと伸びておりかなりの威圧感を放っている。

「ふむ、こいつか。それで基本的な家事と読み書き計算はできると聞いていたが?」

「はい、読み書き計算のほうはこちらのほうでも確認しましたが、こちらが出した問題にはすべて正解しました。どこの商店にでも勤められると思いますよ。申し訳ありませんが、家事のほうは自己申告なので確認はできておりません。おい、どうなんだユウキ?」

「……はい、旦那様。基本的な掃除や洗濯などは問題なくできると思います。料理ですが、今まで自分で作ってきたので人並みにはできると思います。ただ私はだいぶ遠くの国から来たので、こちら地域の食材や料理方法に慣れるまで少し時間が必要かもしれません。ですが、いろいろな国を旅してきましたので皆様が知らないような美味しい料理を作ることができます」

 元の世界で俺はよく料理をしていた。うちの両親は共働きでよく夜遅くまで働いていた。そのため俺は学校が終わると夜まで一人で過ごしているいわゆる鍵っ子だった。始めは簡単なご飯を炊いたり味噌汁を作ったりするだけだったが、小遣いをくれるということで平日は俺が飯を作るようになっていた。最近は部活が忙しくて料理はしていないが、コロッケやハンバーグなどお手の物だ。

「なるほど、まあ家事のほうはできなくてもこちらで鍛えていけば問題ない。言葉遣いも問題ないだろう。よし、こいつを貰おう」

 どうやらこのじいさんが俺の主となるようだ。今のところはそれほど問題のある人には見えないのだが、どうせこの人もろくな人ではないんだろうな。

「はい、誠にありがとうございます!それではお支払いの後に隣の部屋で奴隷契約を行います。おい、お前は先に行って待っていろ!」

「かしこまりました、旦那様」

 奴隷紋については事前に説明されていた。この世界では奴隷契約というものが存在する。主となる者の血を一滴使い、契約を行うことにより奴隷の右手に奴隷紋が刻まれる。

 奴隷紋の効力は三つ。一つ目は奴隷は主から逃げ出すことができなくなる。主から逃走しようとするとひどい激痛が体を襲う。二つ目は奴隷は主に対して攻撃ができなくなる。主に対して悪意のある行動を取ろうとすると激痛が走る。三つ目は奴隷が主の命令に逆らえなくなる。こちらも同様に体中に激痛がはしる。

 この世界の奴隷には人権などかけらも存在しない。主の命令には全て絶対服従なのだ。主からのみ奴隷契約を解除することは可能らしいが、よほどのことがなければ奴隷を解放することはないようだ。

 牢屋から奴隷商の店主の部屋や隣の部屋への移動が逃げ出すためのチャンスであるのだが、やはりそこはむこうも警戒しており、移動時には常に三人の屈強な使用人が武器を携えて連行していく。ご丁寧に両手に枷をかけられている腕を両側から掴んで威圧してくる。この移動がここから逃げ出す最後のチャンスだったのだが、今回も無理であった。くそっ、奴隷紋が刻まれるともう逃げ出すことができなくなってしまう。

 隣の部屋に入ると中央に机が置かれていた。机の下の地面には怪しげな魔法陣が刻まれており、机の上にはボーリングの玉くらいの大きさの水晶のようなものがおいてあった。おそらく奴隷契約に使われるのだろう。それにしてもはじめてこの世界で見ることができる魔法が奴隷契約の魔法とはな……



 しばらくすると店主とさっきのじいさんが部屋に入ってきた。そしてなぜかもう一人、この場に似合わないドレスを着た少女が入ってきた。

 年齢は小学校高学年くらいでサリアより少しだけ上に見える。金髪碧眼、白く美しい肌が赤く可愛らしいドレスの合間から見え隠れする。長くて綺麗な髪をポニーテールにまとめ結わいている。西洋の綺麗な人形を人間のサイズにしたらこんな感じになるんだろうな。だがこいつも高そうなドレスを着ているしどこぞの金持ちの甘やかされてた子供か。

「こちらの方がこれからお前が使えることになるエレナ様だ。これからしっかりと仕えるように!」

 あれ、あっちのおっさんが主人になるんじゃないのか。そうか、この子の執事みたいなもんか。

「はじめましてエレナ様、ユウキと申します。どうぞよろしくお願い致します」

 わかっているよ、こんな可愛らしい女の子であってもどうせ奴隷の扱いはひどいのだろう、もう期待もしていないさ。

「はじめましてユウキ。アルガン=ベルゼ=エレナです、これからよろしくお願いします」

「エレナ様、このような奴隷ごときにきちんと名乗る必要などございません」

「もう、じいったら。これから長くお世話になるんだからそういうことは言わないのっ!」

「全くエレナ様は甘すぎます……」

「それでは奴隷契約を始めましょう。おい、そこに跪け!エレナ様はこちらの水晶に両手をおかざしください」

 俺が椅子に座り少女が机の水晶に両手をかざす。

「エレナ様は水晶に両手をかざしたままこのようにお続けください。「汝は我に忠誠を誓うか」と。お前はこう続けろ。「我は汝に絶対の忠誠を誓う」と。」

 ……忠誠なんざ誓いたくもない。忠誠など絶対に誓わないとでも言ってやろうか?いや、この人には買われなくなるかもしれないが、ひどい罰を与えられて他の人売られるだけだ。奴隷の運命から逃れられるわけもない。

「汝は我に忠誠を誓うか」

「……我は汝に絶対の忠誠を誓う」

 俺が答え終わると地面に描かれている魔法陣が光輝く。それと同時に俺の右手の甲からひどい熱を感じる。右手の甲を見てみると謎の紋様が浮かび上がってきた。これが奴隷紋なのだろう。黒い六芒星の紋様がはっきりと浮かび上がると魔法陣からの光も消えていく。

「お疲れ様でした、これで奴隷契約は完了となります。それでは奴隷紋の確認をして見ましょう。ユウキこの棒でエレナ様を軽く叩いてみろ」

 店主はそういうと俺の両手の枷を外し、鉛筆くらいの細さの棒きれを俺に渡してくる。まじかよ、こんな細い棒きれで叩こうとしても奴隷紋が発動するのかよ。俺は言われた通りに棒きれでエレナ様を軽く叩こうとする。

「がああああっ」

 痛い、痛い!

 突如身体中に凄まじい痛みが引き起こされる。ちくしょう、奴隷紋のある右手だけではなく体全体、手足の先から体の内側にも痛みが響いてくる。盗賊に蹴られた時も、奴隷商に鞭でぶたれた時よりもはるかに痛い、今まで生きてきた中で一番の痛さだ。これでは主人に逆らうどころか立っていることすらできない。

「このように奴隷が主人にほんの少しでも危害を加えようとした場合や主人から逃げ出そうとした時、主人の命令に従おうとしない場合に奴隷紋が効果を発揮し、奴隷に激しい痛みを与えて奴隷の動きを封じます」

「もういいです!もうわかりましたからやめてあげてください!」

「エレナ様はお優しいですな、感服致します。奴隷紋の痛みは逃亡や害を与える行為をやめてからある程度の時間が経つか、痛みが治まるように念じると治まる仕組みになっております」

「念じればいいのね。お願い、痛みよ治って!」

 エレナ様が両手組み祈り始めると、途端に痛みが引いていく。奴隷紋の痛みか、この痛みはまともに耐えられるような痛みではない。

「ユウキ、大丈夫?ごめんね、ごめんね」

「……エレナ様、ご忠告致しますがこいつら奴隷に気を使う必要など全くございませんよ。こいつらは常に逃げ出すことしか考えてない輩ですからな。単なる物として扱うのがよろしいかと」

「そんなことできるわけないじゃない!……もういいわ、これで契約も終わりでしょう」

「はい、こちらで引き渡しは完了となります。この度は誠にありがとうございました。また奴隷のご入用がありましたらぜひ当店をご利用くださいませ」

 これで引渡しは終わったようだ。俺は奴隷紋の痛みからなんとか立ち直りエレナ様のあとを追って奴隷商の店を出た。
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