9 / 54
第9話 賢い選択
しおりを挟む「ジンさんの言いたいことはわかるよ。でも僕にはどうすることもできないし、する気もない。あの子供隊が魔族というだけで、それは処刑されてしかるべき理由になるんだ」
「ああ。親を殺されたあのガキ共が大人になって、俺や俺の仲間に害を与えるかもしれねえ。その可能性がある以上、あのガキ共を生かしておくわけにはいかねえな」
「………………」
マルコ達が薄情な人間ということではない。まだ出会って数時間しか経っていないが、この3人が優しい人達であることはよくわかっているつもりだ。
この世界では魔族は殺さなければならない敵……ただそれだけのことなんだ。
「そうだよな。ごめん、変なこと言ってしまった。魔族のことを何も知らない俺が口を出していい話じゃなかった、忘れてくれ」
「いや、いいんだ。魔族を知らない人が見たら、そう思ってしまうのも仕方のないことだと思うよ」
「ったく、あんまり甘えこと言っていると、生きていけねえぞ」
「そうよ、今回は盗賊に身ぐるみを剥がされただけだったからまだよかったけれど、魔族に出会っていたら死んでたのよ。優しさも大事だけれど、現実をしっかり見ないといけないわ」
「ああ、そうだな。気を付けるよ」
「わかってはいるんだけどなあ……」
時刻は真夜中、宿のそれほど立派ではない天井を固いベッドの上から横になって見上げている。
マルコ達と別れたあとは、買取所に行って例の牛の素材を買取ってもらった。思ったよりも高く売れて金貨20枚、アバウトだが日本円に換算すると約20万円もの大金だ。
そんなに大金を一瞬で稼げたにもかかわらず、俺の気は沈んだままだ。その原因は言わずもがな、あの鎖でつながれた魔族の子供達だ。
「当たり前だけれど、みんな絶望的な表情をしていた……」
連行されていた魔族の子供達は全部で3人だ。子供が3人ということはそれほど大きな集落ではなかったか、あるいは遠征軍と戦った時に殺されてしまったかだな。
魔族の子供達は全員がバラバラの姿をしていた。頭から2本の角をはやした女の子、肌の色が青色の男の子、頭から獣の耳を生やした女の子。
確かに普通の人とは身体の一部分が異なるが、それを除けば本当にただの子供にしか見えなかった。
集落を襲われ、親しい人を、家族を殺された上に敵国の兵士に捕まったんだ。そりゃ希望もなにもあったものではない。
「たぶん俺もあの時はあんな顔をしていたんだろうな……」
俺の人生の中で最低最悪だったあの日……
両親が事故で亡くなってしまったあの日のことを、俺は一生忘れることがないだろう。
朝までは本当にいつも通りだった父さんと母さんとの幸せな日常……行ってきますと友達の家へ遊びに出かけた日曜日。
「家に帰ってきて、父さんと母さんが事故で亡くなったことを聞いたときは、全然理解することができなかったんだよな」
両親が亡くなって、もう二度と会うことができないと、心の中で本当に理解するまでには数日がかかった。そして俺はもう二度と父さんと母さんに会えないんだと理解したあとはただひたすらに泣いた。
泣きつかれて眠って、起きたらまた泣くの繰り返しだった。あの時のことをはっきりと覚えていないが、きっとあの魔族の子供達のように絶望的な表情をしていたに違いない。
父さん……母さん……助けて。亡くなった両親から返事や救いがないことを分かっていながらも何度も泣きながら呟いた。そして事故を起こした相手や両親を奪った運命や神様をひたすらに憎んだりもした。
「忘れちまえよ……どうせ俺にはなんの関係のない子供達だ」
俺には縁もゆかりもない、今日初めて出会った子供達だ。それにここは異世界で、俺は元の世界から来た完全な部外者でしかない。
仮に魔王の力であの子供達を助けることができたとしても、そのあとはどうする?
集落を襲われ、大切な友人や家族を人族に奪われたんだぞ。間違いなく人族を恨んでいるに違いない。そんな子供達を子育ての経験もない俺が育てるのか?
かといって子供達を助けた後近くにある魔族の集落にまで連れていって面倒を見てもらう? いくらなんでも無責任すぎるだろ。
「忘れよう。それが一番賢い選択なんだ」
そう、それが一番賢い選択なのだ。幸い多少の金は手に入った。明日この街を出て、魔族が近くにいない街まで行って、人族と魔族の戦争のことなんか忘れてのんびりとしたスローライフを送ろう。よし、そうしよう。
「全然眠れなかったな……」
人族と魔族の戦争のことは忘れて別の街に移動しようと決めたわけだが、本当にそれでいいのかと自問自答をしていてほとんど眠ることができなかった。オッサンは眠れるときにはすぐに眠れるが、考え事をしてしまうと眠れなくなってしまうのである。
「おはようございます」
「はい、おはようさん。なんだい、ずいぶんと酷い顔をしているじゃないかい?」
部屋を出て1階に下りるとこの宿の女将さんがいた。30代くらいで茶色い短めの髪だ。ちなみにこの街の人達はいろんな場所から集まっているらしく、茶色や金色、銀色、赤色など様々な髪の色をしている。俺以外に黒髪の人もいた。
「ええ。昨日は全然眠れなくて……」
「なるほど、昨日は遠征軍の勝利の宴が街のあちこちでおこなわれていたからね。あんたも明け方近くまで飲んでいたクチかい?」
「……まあそんなところです」
さすがに宿の付近で騒いでいる人は少なかったが、街中では明け方近くまで大騒ぎをしていた人達が大勢いたらしい。
「今日はこのまま連泊していくかい?」
「いえ、今日のこの街を出る予定です」
いろいろと夜中にも考えたが、やはり人族と魔族の戦争にはかかわらずにこの街を出ることにした。
とりあえず市場で食料や調味料や簡単な調理道具を購入してから出発するとしよう。
3
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
異世界でキャンプ場を作って全力でスローライフを執行する……予定!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説

固有スキルガチャで最底辺からの大逆転だモ~モンスターのスキルを使えるようになった俺のお気楽ダンジョンライフ~
うみ
ファンタジー
恵まれない固有スキルを持って生まれたクラウディオだったが、一人、ダンジョンの一階層で宝箱を漁ることで生計を立てていた。
いつものように一階層を探索していたところ、弱い癖に探索者を続けている彼の態度が気に入らない探索者によって深層に飛ばされてしまう。
モンスターに襲われ絶体絶命のピンチに機転を利かせて切り抜けるも、ただの雑魚モンスター一匹を倒したに過ぎなかった。
そこで、クラウディオは固有スキルを入れ替えるアイテムを手に入れ、大逆転。
モンスターの力を吸収できるようになった彼は深層から無事帰還することができた。
その後、彼と同じように深層に転移した探索者の手助けをしたり、彼を深層に飛ばした探索者にお灸をすえたり、と彼の生活が一変する。
稼いだ金で郊外で隠居生活を送ることを目標に今日もまたダンジョンに挑むクラウディオなのであった。
『箱を開けるモ』
「餌は待てと言ってるだろうに」
とあるイベントでくっついてくることになった生意気なマーモットと共に。

スローライフとは何なのか? のんびり建国記
久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。
ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。
だけどまあ、そんな事は夢の夢。
現実は、そんな考えを許してくれなかった。
三日と置かず、騒動は降ってくる。
基本は、いちゃこらファンタジーの予定。
そんな感じで、進みます。

召喚されたら無能力だと追放されたが、俺の力はヘルプ機能とチュートリアルモードだった。世界の全てを事前に予習してイージーモードで活躍します
あけちともあき
ファンタジー
異世界召喚されたコトマエ・マナビ。
異世界パルメディアは、大魔法文明時代。
だが、その時代は崩壊寸前だった。
なのに人類同志は争いをやめず、異世界召喚した特殊能力を持つ人間同士を戦わせて覇を競っている。
マナビは魔力も闘気もゼロということで無能と断じられ、彼を召喚したハーフエルフ巫女のルミイとともに追放される。
追放先は、魔法文明人の娯楽にして公開処刑装置、滅びの塔。
ここで命運尽きるかと思われたが、マナビの能力、ヘルプ機能とチュートリアルシステムが発動する。
世界のすべてを事前に調べ、起こる出来事を予習する。
無理ゲーだって軽々くぐり抜け、デスゲームもヌルゲーに変わる。
化け物だって天変地異だって、事前の予習でサクサククリア。
そして自分を舐めてきた相手を、さんざん煽り倒す。
当座の目的は、ハーフエルフ巫女のルミイを実家に帰すこと。
ディストピアから、ポストアポカリプスへと崩壊していくこの世界で、マナビとルミイのどこか呑気な旅が続く。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

異世界に行けるようになったんだが自宅に令嬢を持ち帰ってしまった件
シュミ
ファンタジー
高二である天音 旬はある日、女神によって異世界と現実世界を行き来できるようになった。
旬が異世界から現実世界に帰る直前に転びそうな少女を助けた結果、旬の自宅にその少女を持ち帰ってしまった。その少女はリーシャ・ミリセントと名乗り、王子に婚約破棄されたと話し───!?

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる