63 / 148
第63話 天使の涙
しおりを挟むずっと俺の配信を見ていてくれた月面騎士さんにしか分からない質問を2~3個してみたが、目の前の男性はすべて答えてくれた。どうやら彼がリスナーの月面騎士さんであることは間違いないようだ。
「初めまして。実際に会うことができてとても嬉しいよ。……いやあ、いつもコメント越しに会話をしているけれど、実際に会ってみると、何だが少し恥ずかしいかもな」
リアルでリスナーに会うのはタヌ金さんに続いて2人目だ。前回のルートビアさんにも言ったことだが、リスナーのみんなには本当にお世話になったから、お礼をしたいと伝えたんだが、全員に断られてしまったしな。
「……俺もこんな時じゃなければ、素直にヒゲダルマと会えたことを喜べたんだけどな」
「こんな時? そういえば俺に何か頼みがあるんだったな。俺にできることなら――って、何をしているんだ!?」
いきなり月面騎士さんが俺の前で両手を地面につき、頭を地面にこすりつけて土下座をしてきた。
「ヒゲダルマ、母ちゃんを助けてください!!」
「母親……どういうことだ? まずは顔を上げてくれ!」
「お願いします……お願いします……どうか母ちゃんを助けてください……」
嗚咽の混じった涙声――月面騎士さんの心の底からの助けの声が聞こえた。
「まずは落ち着くんだ。俺にできることならなんでもする! だからゆっくりとでいい、事情を話してくれ」
「ううう……」
土下座をやめない月面騎士さんの身体を無理やり起こす。彼の顔は土と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
持っていたハンカチを公園の水道で濡らして顔を拭いてあげ、彼が落ち着くのを待った。
「……取り乱して悪かった。実は5日前に母親が突然倒れたんだ」
「そうか、ご家族が大変だったんだな」
「病院へ運ばれてから、すぐにいろいろと検査したんだ。だけどなんの病気か分からなくて、2日後に別の大きな病院へ転院させられた。そこでさらに詳しい調査をして分かった病名はルーノアム病という病気だった」
「ルーノアム病……いったいどんな病気なんだ?」
「この病にかかると、自律神経に異常が発生して肺や心臓といった呼吸や全身に血液を送る機能が大きく阻害され、最終的には死に至る恐ろしい病らしい。未だに病の原因も分からず、治療法も見つかっていない難病なんだ」
「治療法が見つかっていない!?」
「ああ、治療方法は見つかっていない。だけどその病気を治す方法がひとつだけ存在するんだ」
「……そういうことか。マジックアイテムの『天使の涙』」
治療法が見つかっていない難病、俺に頼みたいこと、最近日本のダンジョンでも発見されたマジックアイテムの天使の涙。そのすべてがひとつにつながった。
「そう、天使の涙だ。ルーノアム病について詳しく調べたんだが、海外ではすでにこの病の研究が進められていて、天使の涙が特効薬となることが発表されていた。元々この天使の涙というマジックアイテムは上位の万能状態異常回復ポーションらしく、いくつかの病にも効果のあることが確認されているらしい」
「なるほど、確かにそれなら可能性は十分にあるな」
ダンジョンのゲートが現れたのはこの日本だけではない。世界中にダンジョンが現れ、日本よりも攻略が進んでいて、マジックアイテムについての研究が進んでいる国も数多く存在する。
ダンジョン内で手に入れることができるマジックアイテムのひとつに『解毒ポーション』というものがある。モンスターから受けた毒を解毒できるのだが、一部の病にも効果があることは日本でも発表されていた。
俺も万能状態異常回復ポーションは持っていないが、毒や石化などの状態異常を回復するマジックアイテムは持っている。だけどすでに他の状態異常回復ポーションなんかは試されているのだろう。
「その天使の涙はお金じゃ手に入らないのか? 金ならモンスターの素材やマジックアイテムなんかを売ればいくらでも――」
「金で手に入る可能性はあるけれど、問題は時間なんだ。この病の最大の特徴はその病の進行の早さらしい。治療用の機械を使って呼吸や全身に血液を循環させることはできるそうだが、それでもあとたったの4~5日しかもたないと医者が言っていた!」
「4~5日……」
「日本のダンジョンで見つかった天使の涙はすでに治療や研究に使われてしまってもうないんだ。海外のどこかの研究機関からそれを買えるかも分からないし、交渉の時間や海外からの輸送時間すべてを合わせたら絶対に間に合わない……」
「うっ……」
確かに国内に天使の涙が現存するのならば、金の力で入手することはできると思うが、それが海外となると話は異なる。
入手しやすいマジックアイテムならともかく、貴重なマジックアイテムについては国家間の権力的なバランスなどもあって、金をいくら積んでも手に入らない可能性もあるし、海外の人と交渉をして輸送する時間も考えたら4~5日でそれを入手するのは厳しいように思える。
「残る手段は、ヒゲダルマに頼んで天使の涙が出たというダンジョンに潜って宝箱を探してもらうことに賭けるしかないんだ!」
月面騎士さんの瞳からは再び涙が流れている。
「俺はそんな奇跡みたいな確率に賭けて、今日初めて会うヒゲダルマに命の危険があるダンジョンへ潜ってくれと縋りつくことしかできないクソ野郎だ! それに俺はヒゲダルマに渡せるような対価なんて何も持っちゃいない!」
「………………」
「気付いているだろう? 他のリスナーのみんなと違って、俺は毎日ヒゲダルマの配信をリアルタイムで見ている。1日中家に引きこもってネットの掲示板や配信を見ているだけのただの引きニートなんだ! 俺は社会の役に立たたないごく潰しで、あれだけ母ちゃんに迷惑をかけておいて、自分の力じゃ母ちゃんのために何ひとつしてやれないただのクズなんだよ!」
誰かを怒鳴りつけるように、心の内のすべてを吐き捨てるように月面騎士さんは大きな声で叫んだ。母親がそんな難病を患った運命よりも、何もできない無力な自分自身に怒りを感じているのだろう。
「俺は……役立たずだ……」
そして彼は両ひざをついて崩れ落ちた。
183
お気に入りに追加
516
あなたにおすすめの小説
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。
暁月ライト
ファンタジー
魔王を倒し、邪神を滅ぼし、五年の冒険の果てに役割を終えた勇者は地球へと帰還する。 しかし、遂に帰還した地球では何故か三十年が過ぎており……しかも、何故か普通に魔術が使われており……とはいえ最強な勇者がちょっとおかしな現代日本で無双するお話です。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
辻ダンジョン掃除が趣味の底辺社畜、迷惑配信者が汚したダンジョンを掃除していたらうっかり美少女アイドルの配信に映り込み神バズりしてしまう
なっくる
ファンタジー
ダンジョン攻略配信が定着した日本、迷惑配信者が世間を騒がせていた。主人公タクミはダンジョン配信視聴とダンジョン掃除が趣味の社畜。
だが美少女アイドルダンジョン配信者の生配信に映り込んだことで、彼の運命は大きく変わる。実はレアだったお掃除スキルと人間性をダンジョン庁に評価され、美少女アイドルと共にダンジョンのイメージキャラクターに抜擢される。自身を慕ってくれる美少女JKとの楽しい毎日。そして超進化したお掃除スキルで迷惑配信者を懲らしめたことで、彼女と共にダンジョン界屈指の人気者になっていく。
バラ色人生を送るタクミだが……迷惑配信者の背後に潜む陰謀がタクミたちに襲い掛かるのだった。
※他サイトでも掲載しています
ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。
夜兎ましろ
ファンタジー
高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。
ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。
バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる