上 下
35 / 136

第35話 透明腕輪

しおりを挟む

 目の前にいる男には俺が見えていない。これは俺が右腕に付けている腕輪の力だ。この腕輪はダンジョンの最深部で出てくる宝箱から出てきたマジックアイテムのひとつである。

 これを腕にはめると、身に付けた者は透明になるというとんでもアイテムだ。俺は見たまんま『透明腕輪』と名付けた。こんなぶっ壊れアイテムがあれば、ダンジョン攻略なんて楽勝だろと思うかもしれないが、この腕輪は使用可能な時間がものすごく短い。

 合計で10分も身に付けていれば、この腕輪は壊れてしまう。そしてこの腕輪は他の者から透明に見えるようになるだけで、足音や臭い、地面に付いた足跡なんかはそのまま残る。

 深い階層で出てくるモンスターはこの腕輪を使って近付いても一瞬で気付かれてしまうので、ほとんど意味のないマジックアイテムであったが、ダンジョンの外であれば、その効果は非常に凶悪だ。

「ぎゃああああああ!」

 俺が見えていない立てこもり犯の股間を思い切り蹴り上げた。男は悶絶してその場に倒れ込む。そしてそのまま次の立てこもり犯の元へ一直線に走る。

 金的――男の弱点としては有名だが、普通に蹴られたくらいではここまで悶絶するほどの威力にはならない。

 だが、ダンジョン内で常にモンスターと命のやり取りをしている俺には、どんな悪人であっても多少は躊躇してしまうような本気の蹴りを、一切の躊躇なく全力で男性の急所である睾丸へと叩き込むことができた。

 もちろんここはダンジョンの外であるため、今の俺にはダンジョンの中で得られる超人的な力はないが、幾多のモンスターとの戦闘経験もあり、敵の急所を正確に攻撃することができる。

 今履いている靴は硬いし、すぐに起き上がれるような痛みではない。もし睾丸が破裂すればショック死する可能性すらあるといえば、その痛みが想像を超えたものであることは分かるだろう。

 周りに人質や負傷した店員さんがいるから大規模なマジックアイテムは使えず、立てこもり犯たちを1人ずつ拘束している暇もないから、こうするのが一番手っ取り早い。

「何なんだよ、何が起きていやがるんだよ!」

「分からねえが、目には見えない野郎がいやがるな! おい、下半身への攻撃に気を付け――」

「ぎゃああああああ!」

 さすがに3人目の立てこもり犯を倒したところで、向こうもこちらが持っているマジックアイテムの効果に気付いたらしいが、ギリギリで4人目の股間を蹴り上げた。これで残りは2人だが、あとの2人は離れた場所にいる。

 今俺の存在に気付いた剣を持っている男がこの立てこもり犯のリーダーか?

「う、動くなあああ!」

「ひいいい!」

 もうひとりの立てこもり犯が近くにいた人質と思われるおっさんを盾にして、ナイフを首元に当てた。

 ……くそっ、こうなることは分かっていたから、作戦を立てて一気に立てこもり犯を制圧したかったんだ。

 先ほどリスナーさんや華奈と瑠奈の案内に従って、六本木モールのこの店まで辿り着いたはいいが、状況を把握する前に手を出してしまった。

 本来なら、俺が透明腕輪で姿を隠して敵や人質の現状を把握しつつ、一度引いてリスナーさんたちと作戦を立てるつもりだった。

 必要があれば、結局ここまでついてきてしまった華奈と瑠奈の手を借りて、立てこもり犯を一網打尽にするつもりだったのだが計画が完全に狂ったな。

 店の中に入って現状を確認していると、金髪の男が女の子に襲い掛かろうとしたから、つい手が出てしまった。正直なところ、この店の中にいるタヌ金さんだけを救い出せればそれだけでよかったんだが、俺にもまだ人らしい感情が少しは残っていたらしい。

「でかしたぞ! よし、そのまま動くなよ」

 真っ先に俺の存在に気付いた赤い剣を持ったリーダと思われる男が、金的を警戒しながらおっさんを人質に取ったもうひとりの男の方へ合流した。

「リ、リーダー。何がどうなっているんだ……?」

「……おそらくだが、透明になれるマジックアイテムを持った野郎がいる。そんなマジックアイテムは見たことも聞いたこともないが、たぶんさっき話していた特殊部隊だろう」

 特殊部隊か、今はそんな部隊もいるのか。しかしまずいな、普段の書き込みから考えて、あのおっさんがタヌ金さんである確率はかなり高い。せめてどの人質がタヌ金さんなのかを確認してから仕掛けたかった。

「おい、そこにいるやつ! 今すぐに姿を現せ、さもないとこの男の喉を切り裂くぞ!」

「ひいい、助けてくれ!」

 ……くそっ、あの人がタヌ金さんでないと分かれば、賭けで透明なまま突っ込むのだが、あの人がタヌ金さんの可能性が高い以上、そんな危険を冒すことはできない。

「……分かった。その人には手を出すなよ」

「うおっ、何もないところから声が!?」

「やはり、透明になるマジックアイテムか!」

 俺は立てこもり犯の言う通りに透明腕輪を外して、その姿を見せた。

「お、男がいきなり現れやがった!?」

「……どこかで見た顔だな。て、てめえは最近虹野の会見で話題になっていた処刑人じゃねえか!?」

 どうやらリーダーの男は俺のことを知っているらしい。偵察のつもりだったから今の俺はマスクや帽子はしていない。というか、その呼び方はなんだ……?

「そうか、ダンジョンの奥まで攻略をしていたというのは本当だったんだな。それでこんないかれたマジックアイテムを持っていやがったのか!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

底辺ダンチューバーさん、お嬢様系アイドル配信者を助けたら大バズりしてしまう ~人類未踏の最難関ダンジョンも楽々攻略しちゃいます〜

サイダーボウイ
ファンタジー
日常にダンジョンが溶け込んで15年。 冥層を目指すガチ勢は消え去り、浅層階を周回しながらスパチャで小銭を稼ぐダンチューバーがトレンドとなった現在。 ひとりの新人配信者が注目されつつあった。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

冤罪で自殺未遂にまで追いやられた俺が、潔白だと皆が気付くまで

一本橋
恋愛
 ある日、密かに想いを寄せていた相手が痴漢にあった。  その犯人は俺だったらしい。  見覚えのない疑惑をかけられ、必死に否定するが周りからの反応は冷たいものだった。  罵倒する者、蔑む者、中には憎悪をたぎらせる者さえいた。  噂はすぐに広まり、あろうことかネットにまで晒されてしまった。  その矛先は家族にまで向き、次第にメチャクチャになっていく。  慕ってくれていた妹すらからも拒絶され、人生に絶望した俺は、自ずと歩道橋へ引き寄せられるのだった──

幼馴染達にフラれた俺は、それに耐えられず他の学園へと転校する

あおアンドあお
ファンタジー
俺には二人の幼馴染がいた。 俺の幼馴染達は所謂エリートと呼ばれる人種だが、俺はそんな才能なんて まるでない、凡愚で普通の人種だった。 そんな幼馴染達に並び立つべく、努力もしたし、特訓もした。 だがどう頑張っても、どうあがいてもエリート達には才能の無いこの俺が 勝てる訳も道理もなく、いつの日か二人を追い駆けるのを諦めた。 自尊心が砕ける前に幼馴染達から離れる事も考えたけど、しかし結局、ぬるま湯の 関係から抜け出せず、別れずくっつかずの関係を続けていたが、そんな俺の下に 衝撃な展開が舞い込んできた。 そう...幼馴染の二人に彼氏ができたらしい。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

処理中です...