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1巻
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第一話 異世界転生
ん、ここはどこだ?
俺――東村祐介は目を覚ますと、真っ白な空間にいた。
あたりを見回しても何もなく、ただひたすらに真っ白な空間が広がっている。
「夢……っぽくはないな」
思わず独り言を呟いてしまった。
でもなんだろうな、なんとなく夢にしては現実感があるんだよな。
そんなことを考えていると――
「その通り、夢ではないのじゃよ」
「うおっ!!」
驚きの声を上げつつ振り向くと、そこにはなぜかちゃぶ台がある。そしてその向こう側には長くて白い髭を生やした禿げ頭の老人が座っていた。
「びっくりした。あんたは誰だ?」
「儂はこの世界を管理する者じゃ。そうじゃな、神様だと思ってもらって構わん。とりあえず立ち話もなんじゃから、座ってくれんかのう」
よくわからないが、とりあえず疑問は棚上げしつつちゃぶ台の手前に座る。
……って、ちょっと待て。この流れは小説やアニメで見たことがある。
確か大体このあとにロクでもないセリフを聞くハメに――
「東村祐介、享年三十三。寝ている間に心臓麻痺で安らかに死亡……」
「ちょっと待てえええええええ!」
思わずちゃぶ台をひっくり返してしまった。
おい、ちょっと待て! 嘘だろ? 俺、死んだの!? 頼むから冗談だと言ってくれ!
「気持ちはわかるが、少し落ち着くのじゃ」
老人がそう言いつつ横に置いてあった杖を手に取り、ひょいと振るうと、たちまちちゃぶ台が元の場所に戻ってきた。
なんだこれ、魔法か?
いや、今はそんなこと、どうだっていい。
「俺が死んだっていうのは本当なのか!? 身体だってどこも悪くなかったし、眠る時だって体調を崩していなかったぞ!」
身体だけは昔から丈夫だったし、よく運動もしていたから、会社の健康診断で引っかかったことすらない。
「……それなんじゃがのう。大変申し訳ないのじゃが、実はお主が死んだのは部下の手違いでな。本当のところ、お主は死ぬことはなかったのじゃ」
「ふざけんなあああああああ!」
またしてもちゃぶ台をひっくり返してしまった。
いや、でもこれはさすがに我慢ならない!
「まあさすがにすんなり受け入れられないじゃろうな」
また神様が杖を振るい、ちゃぶ台が元の場所に戻ってきた。
「そりゃそうだろ! 手違いなんだよな!? すぐに生き返らせてくれるんだよな!?」
俺はそう言いつつ、神様に詰め寄るが――目を逸らされた。
「……それがのう、実はこちらにも厳しい規則があって、一度死亡を承認してしまうと、生き返らせることができなくなってしまうのじゃ」
「いやいや! それはさすがに困る。なんとかして生き返らせてくれって!」
「すまんのう。こればっかりは儂にもどうにもできないのじゃ……その代わりに今の記憶を持ったまま、剣と魔法の世界で第二の人生を送らせてやるぞ。それだけじゃない。今回の件のお詫びに、その世界で楽に生きていける特別な能力をいくつかプレゼントさせてもらおう。それでなんとか許してはくれんかのう?」
「そういう異世界もののテンプレとか、マジでいらないから! 頼むから元の世界に戻してくれ!」
「いや、そこまで拒否せんでも……おかしいのう、数十年前に同じような提案をした際には、二つ返事で了承してもらえたのじゃが……」
俺も異世界ものと呼ばれる小説を読んだことはある。でも、異世界で勇者になって、チートスキルで俺TUEEEとか、マジでいらない! だって――
「たぶんそれはその人が今の生活に未練がなかったからだ。俺は今の生活に未練しかない! ようやく、自分のキャンプ場を持てそうだったんだよ!」
先日ブラックな会社を早期退職して、いよいよ自分のキャンプ場を作り始めようというタイミングだ。
必要な物を調べ上げ、土地を探して、書類だって準備している最中である。
俺は剣と魔法の世界よりも、キャンプ場でまったりと焚き火をしているほうが幸せなんだよ!
「そっ、そうなんじゃな……」
神様がドン引きしているっぽい。
だが、長年の夢がこれから叶うという時に間違えて殺されたんじゃ、死んでも死にきれん!
神様は困ったように言う。
「とはいえ元の世界に戻すことは規則によってどうしてもできなくてのう……ふむ、どれどれ……ほう、これがお主の言うキャンプという物か。なるほど、何やら皆いろんな道具を持って楽しそうに過ごしておるのう……よし。それなら向こうの世界でキャンプ場を作れる能力を授けるなんてどうじゃろう?」
ピクッと、俺のこめかみが動く。
「……そうじゃのう。まずは指定した場所で安全に過ごせるように、結界を張れる能力なんてどうじゃ? その結界内では暴力行為をはじめとした、犯罪行為を禁じられるのじゃ」
ピクッ、ピクッ!
「それと向こうの世界の金銭と引き換えに、こちらの世界のキャンプ道具や、その他の物を取り寄せる能力とかはどうじゃ? この能力があれば、向こうの世界でキャンプ場を作るのに必要な物を手に入れられるじゃろ。これが儂にできる精一杯じゃ。いかがかの?」
「神様の部下って言っても、誰にでも間違いはあるもんな。それでよろしく頼む。いろいろとわがままを言ってすまなかったな」
「……現金なやつじゃのう。まあこれ以上文句を言われても面倒じゃから、断られたら了承を取らず、なんの能力も授けずに別の世界に送っていたところじゃったわい」
セーフ! 調子に乗って『もう一声!』とか言わなくてよかった。
この神様、穏やかな顔に似合わず、やろうとしていたことがエグい!
「あの、これから俺が行く世界ってどんな世界なのでしょうか?」
思わず敬語になってしまった。
さっきまでいきなりの展開だったから動揺していたが、目の前にいる老人は神様だし。
「すまんが詳しく説明している時間がなくてのう。自分自身の目で確かめてくれんか。そうじゃ、向こうの世界の者の言葉や文字がわかるようにしておこう」
「はい、ありがとうございます」
「うむ。それでは向こうの世界に送るとしよう。大きな街の近くに送るから、まずはそこを訪ねるのがよい。改めて、申し訳ないことをしたのう。向こうの世界での人生、自由に楽しんでくれ」
そう口にして、神様が杖を振るう。
うっすらと意識が遠のいていく……
「う、うう~ん」
気付けば、草原のど真ん中に寝そべっていた。
手に触れる草の感触や頬を撫でる風の感覚――どうやら、夢ではないようだ。
「……まあ過ぎたことをとやかく言っても仕方ないか」
よくよく考えたら、間違えて俺を死なせてしまったとはいえ、不祥事を隠さず話して謝罪し、特別な能力を授けた上で別の世界に送ってくれたって考えると、いい神様ではあったんだろうな。
幸いキャンプ場にしようとしていた土地の手付け金もまだ払っていないから、両親や弟には迷惑をかけないだろうし。
今まで散々自由に生きてきたから、せめて家族には幸せになってほしいものだ。
「さあ切り替えていくぞ! ステータスオープン!」
………………何も起こらない。
あれ? 異世界ものの常識に照らして考えれば、ステータスって見られる物じゃないの?
めちゃくちゃ恥ずかしいんだが……
「あれ、じゃあ結界は?」
掌を上に向けると、結界のほうはちゃんと出てきた。
なんだろう、何も考えずとも歩き方がわかるように、なんとなく使い方がわかる。
俺を中心に、透明な膜が周りを覆っている。なんなら、もっと範囲を広げられそうだ。
「あとはどうやって日本の物を取り寄せるか、だな。お取り寄せ、買い物、ストア……ってなんか出た!?」
いきなり目の前に、半透明なウインドウが現れた。
そしてそこには見覚えのある日本の商品の名前と写真が載っている。
食品コーナーに調味料、本や雑貨にキャンプ道具。おっ、大工仕事に使えそうな道具に、ホームセンターで売っているような資材まで購入できるじゃないか!
確かにこの能力を使えば、異世界でキャンプ場を作るのも夢ではない。
というか、このストアの能力を使えばお金を簡単に稼げそうだ。
日本の商品を転売するだけでお金の心配はないだろう。
そんなことを考えながらウインドウを眺めていると――
「うお! 既に百万円分もチャージされている!?」
ウインドウには『残高』と書かれた欄があり、そこには『百万円』と表示されていた。
これだけの元手があれば、なんだってできそうだ。
「神様に感謝だな」
とりあえず一度試してみるか。ええ~と、ペットボトルの水を買ってみよう。
ウインドウを操作して、食品コーナーにある百円の水の写真をタップする。
おお……『冷たい』と『温かい』が選べるのか。
『冷たい』の文字のすぐ下にある『購入』と書かれたボタンを押す。
「おっと!」
ボタンを押すと同時に、ウインドウからペットボトルが出てきた。
残高を見ると水の料金である百円が引き落とされたようで、『九十九万九千九百円』と表示されている。
感心しつつも、水を飲む。
「ぷはあ、美味い。でもよく考えたらアイテムボックスとかはないんだよな。空いたペットボトルをそのあたりに捨てるのは、ちょっとまずい気もする」
そういえば異世界ものの定番である、アイテムボックスはもらえなかった。
バッグはストアで買えるから、なくても大丈夫と言えば大丈夫だが、日本の物を異世界に適当に放っておくのはなんだかよくない気がするし……
なんとなく、まだ半分くらい中身のあるペットボトルをストアのウインドウに通してみた。
するとペットボトルが消えた。
代わりに別のウインドウが開かれ、そこには『水×一』と表示されている。
タップすると、『取り出す』と『削除』の選択肢が出てきた。
試しに道端にあった草と石をウインドウに通してみる……が、それらはウインドウを素通りしてしまう。
どうやらこのストアで買った物しか収納することはできないらしい。
「それでも十分便利な能力には変わりないな。よし、能力の検証も終わったことだし、いよいよ異世界の街へ向かうとするか。あ、でもその前に服装を現地に合わせたほうがいいよな……あれ?」
視線を下に向けると、服装が変わっているのに気付く。
上は襟付きのシャツと上着で、下は茶色のズボン。ズボンはベルトではなく、ずり落ちないよう紐で固定されている。
材質は絹ではなさそうだが……よくわからん。
羊毛か、異世界の生物の毛で編まれているのかな。
目も粗いようだし、ちょっとごわごわしているから、正直着心地はそれほど良くない。
でも、きっとこれがこの世界の標準的な服装なのだろう。
ポケットの中を弄ると、この世界のお金と思われる金貨に銀貨、銅貨が入っていた。
神様、気が利き過ぎだろ!
そういえばこのストアにチャージされているお金って補充できるのかな……
試しに銅貨をストアのウインドウに通してみる。
すると残高に表示される額が、百万円に戻った。
どうやらこちらの世界のお金をウインドウに入れると、ストアの残高が増えるらしい。
ってことは、あの銅貨は百円相当ってことか。
しかし、チャージした金額を逆に銅貨にすることはできないみたいだ。
間違えて全部ストアにチャージして、こちらの世界のお金がない、なんてことにならないように注意しないとな。
「なんにせよ、これならすぐに街へ入っても大丈夫そうだ。何をするにしてもまずは情報集めからだな。いざ、異世界の街へ!」
◆ ◇ ◆
少し歩くと、遠目に大きくて高い壁が見えてきた。
あれが神様の言っていた、近くにある大きな街なのだろう。
高い壁の周囲を回り、街への入り口を探す。
どうやらかなり大きな街みたいで、入り口へ辿りつくまでにだいぶ時間が掛かってしまった。
そこでは検問が行われているようで、十人ほど並んでいる。
列に並び、十分ほど待って、いよいよ俺の順番がきた。
周囲を見るにこの世界の人たちも同じような服装だし、おかしく思われないと信じたい。
「通行証を提示せよ。なければ通行税として銀貨三枚を徴収する」
どうやら神様からもらったこの世界の言葉がわかる能力は正常に機能しているようだ。
門番の話す言葉が、しっかりと日本語で聞こえてくる。
なるほど、街に入るためには通行税が必要なのか。
危なかった。神様からこの世界のお金をもらっていなかったら、速攻で詰んでいたところだ。
「通行証はないから、通行税を払いたい」
「うむ、ではそちらで支払いを行うように」
銀貨を三枚渡すと、あっさりと「通ってよし」と言われる。
鎧と槍で武装した、屈強な門番たちの間を通り、街の中へ入る。
「おお~!」
城壁の中には、『これぞ異世界』って感じの景色が広がっていた。
門の前には、大勢の人々や荷馬車が行き交う広い道があり、それを挟んだ向こう側には中世ヨーロッパを思わせる建造物がいくつも建っているのだ。
人々の格好も様々。大きな荷物を背負った商人に、農作物をたくさん持った農民、プレートアーマーを身に着けた……あれは騎士か冒険者か?
そして、道を歩いているのはただの人だけではない。頭から耳を生やし、長い尻尾をパタパタと振っている猫の獣人、ほとんど犬の姿のまま二足歩行しているような犬の獣人、毛むくじゃらで髭面の少し背の低いドワーフなどなど……様々な種族が、この街には住んでいるようだ。
「これはテンションが上がるな! さて、これからどうしようか。とりあえず情報収集をするなら、まずはあそこからだな!」
というわけで、まず市場にやってきた。
元の世界で海外旅行に行った時もそうだったが、大きなスーパーとかに行ってみると、大体の物の値段やその国の文化などがわかるんだよな。
「安いよ安いよ~! ほらそこの兄ちゃん、ちょっくら見ていってくれよ!」
「そこの綺麗なお嬢さん、うちの店のアクセサリーなんてどうだい! その美貌が更に引き立つこと間違いなしだ!」
周囲からはそんな声がひっきりなしに聞こえてくる。
なかなか活気のある市場みたいだ。
このあたりは露店が多く立ち並ぶ区画で、奥は屋台街になっているんだな。
とりあえずいろいろな物の値段をチェックして、だいたいの相場を調べてみた。
そうしてわかったのは、金貨一枚を日本円に換算すると一万円ほど、銀貨一枚は千円くらいになるらしいということ。
まぁ、大雑把な理解ではあるが。
俺の残りの所持金は、金貨十枚と銀貨二枚と銅貨五枚――日本円にすると十万円とちょっとってところだ。
うーん、一から生活を築いていくことを考えると、少し心許ないな。
とはいえ、ストアに百万円分チャージされていて、そこからでも食料や飲み物を調達できることを考えれば、しばらくの間はもつだろうが。
あと、文字も異世界の言葉なのに、日本語として頭に入ってくるということがわかった。
そんなことを考えていると、横合いから声をかけられる。
「そこの格好いい兄ちゃん、ワイルドボアの串焼きはどうだい! 一本銅貨五枚だぜ!」
そう言って串を差し出してくるおっちゃんの笑顔は、とても眩しい。
露店を一通り見て回って、今は屋台街にいる。
ちょうど小腹も空いていたところだし、食べてみるとするか。
お世辞とはいえ、『格好いい兄ちゃん』と言われて悪い気はしないし。
……我ながらチョロいな。
「それじゃあ、串焼きを一本くれ」
「はいよ! 兄ちゃん、ここら辺じゃ見かけない髪の色をしているな。遠くの国から来た旅人か?」
「ああ、ついさっきこの街に着いたんだ。やっぱりこの国じゃ黒髪は珍しいのか?」
「まあ少ないってだけで、全く見ないわけじゃない。それにこの街には兄ちゃんみたいな黒髪の人族より珍しい種族が大勢いるから、そんなに気にすることねえと思うぞ。ほれ、串焼きお待ち!」
「お、美味そうだな。ありがとう」
確かに市場を回っていた中でも、黒髪はあまり見なかったな。
金髪か茶髪の人族が多い。
黒髪が厄災の証とか言われる世界じゃないのは、助かった。
そんなことを考えつつワイルドボアの串焼きにかぶりつくと、熱々な肉の脂が口中に広がっていく。
シンプルに塩のみの味付けだが、肉自体がかなり美味しいので、全然アリだな。
これで五百円くらいなら、だいぶお買い得な気がする。
そうだ、せっかくだし今のうちにキャンプ場作りに必要なことを聞いておこう。
「ところで、この街で商売をするにはどうしたらいいか、教えてくれないか?」
「兄ちゃん、ここで商売を始めるのか。それなら商業ギルドに行って、そこで手続きをする必要があるぞ」
「おお、ありがとう。行ってみるよ」
串焼きを平らげ、おっちゃんに商業ギルドへの道を聞いてから俺は歩き出す。
◆ ◇ ◆
少し歩いて、商業ギルドへ。
商業ギルドは他の建物に比べて一際大きいので、一目でそうだとわかった。
早速中に入り、受付へ。
『キャンプ場』という概念がこの世界に広まっている可能性はなかなかに低そうなので、シンプルに商売の始め方を聞く。
男性の職員は、優しく丁寧にいろいろと教えてくれた。
彼が言うには、次のような取り決めがあるらしい。
立ち売りや露店など、店を構えない形で物を売る場合には一日毎に決まった金額を納めればよいが、店を構える場合には商業ギルドに登録する必要がある。そして、この街の外に宿泊施設を作る場合にも、その土地がこの街の管轄内であれば商業ギルドに届け出なければならない、とのこと。
ひとまず、難しい資格を取得したり高い税金を納めたりしなくてはならないとかではなく、本当に良かった。
それからもこの街での商売について詳しく質問をしていたら、すっかり遅くなってしまった。
最後におすすめの宿を聞いて、俺は商業ギルドをあとにする。
今俺は、宿の自室にてベッドに仰向けの状態で寝っ転がっている。
宿の一階にある酒場で酒を飲みつつ、晩飯を食べて今さっき戻ってきた。
その代金と、宿の宿泊代である銀貨五枚を合わせて、結局今日使った金額は金貨一枚分くらい。
神様からもらったお金はまだまだあるが、早めに行動を起こさないと、いずれ金が尽きる。
さて、明日からはどうするかな。
神様からもらったこの能力を活かせば、楽にお金を稼ぐことができそうなのはわかるから、そんなに焦ってはいない。だが、やはり俺は長年の夢だったキャンプ場作りをしてみたい!
俺は昔からキャンプをするのが大好きだった。
そしていろんなキャンプ場に足を運ぶうちに、自然と自分のキャンプ場を持ってみたいと思うようになったのだ。
キャンプ場を訪れた人に楽しんでもらい、尚かつ自分もキャンプをしながら楽しみたい。
日々をのんびり過ごしながら、美味い物を食べて過ごす――そんなスローライフが俺の理想だ。
「しかし、俺一人じゃ絶対に無理だな」
物資はストアを通じて手に入れることができるが、明らかに人手が足りないのはわかる。
日本でキャンプ場を作るのなら、業者に頼み、管理棟やトイレなどを建てようと思っていたが、こっちじゃそうもいかんだろう。それに、いくら結界があるとはいえ、まだまだ未知なこの世界を一人で開拓するなんて、怖くてできん。
聞いた話だと、街の外には普通に魔物や盗賊が出没するらしいし。
結界の中で暴力は振るえないとはいったって、こっちにも攻撃手段がなくて倒せないから、安心はできないものな。
「まずは護衛がほしい。それと大工仕事が得意で、設備を作れる人材も必須。よし、明日は冒険者ギルドに行って、どれくらいの費用で人を雇えるか見てみよう」
商業ギルドで聞いた話によると、この街では求人情報は冒険者ギルドに集まるって話だ。
あとやるべきことは……そうだ、ストアの能力で何を買えるか、詳しく見ておこう。
人を雇うに際して元手が足りなければ、この街で日本の物を売ってお金を稼がなくてはならないかもしれないしな。
俺はストアを起動し、ページをスクロールし始めた。
第二話 ダークエルフとの交渉
翌朝。
まだそれなりに早い時間ではあるが、冒険者ギルドにやってきている。
それにしても異世界に来てから初日の夜かつ、たいして柔らかくないベッドなのに、ぐっすり眠れてしまったな。我ながらなんと神経の図太いことか。
それはさておき、冒険者ギルドに入るのは、やや緊張する。
だって、異世界ものだと冒険者ギルドで絡まれるのがテンプレだし……いや、そんなことを考えて躊躇っていても仕方ない。
カランッ、カランッ。
ドアを開けると、視線が俺に集中するが、それも一瞬のこと。
どうやら冒険者に絡まれるイベントは発生しなかったみたいだ。
服装を見て、依頼人だとわかってもらえたのかもしれない。
改めて周囲を見回す。
ごつい鎧を着込んで大きな剣を携えた剣士、高価そうな水晶がついた杖を持つ黒いローブを羽織った魔法使い……ここにいる人々も、まさにファンタジー世界の住民って感じだ!
ん、ここはどこだ?
俺――東村祐介は目を覚ますと、真っ白な空間にいた。
あたりを見回しても何もなく、ただひたすらに真っ白な空間が広がっている。
「夢……っぽくはないな」
思わず独り言を呟いてしまった。
でもなんだろうな、なんとなく夢にしては現実感があるんだよな。
そんなことを考えていると――
「その通り、夢ではないのじゃよ」
「うおっ!!」
驚きの声を上げつつ振り向くと、そこにはなぜかちゃぶ台がある。そしてその向こう側には長くて白い髭を生やした禿げ頭の老人が座っていた。
「びっくりした。あんたは誰だ?」
「儂はこの世界を管理する者じゃ。そうじゃな、神様だと思ってもらって構わん。とりあえず立ち話もなんじゃから、座ってくれんかのう」
よくわからないが、とりあえず疑問は棚上げしつつちゃぶ台の手前に座る。
……って、ちょっと待て。この流れは小説やアニメで見たことがある。
確か大体このあとにロクでもないセリフを聞くハメに――
「東村祐介、享年三十三。寝ている間に心臓麻痺で安らかに死亡……」
「ちょっと待てえええええええ!」
思わずちゃぶ台をひっくり返してしまった。
おい、ちょっと待て! 嘘だろ? 俺、死んだの!? 頼むから冗談だと言ってくれ!
「気持ちはわかるが、少し落ち着くのじゃ」
老人がそう言いつつ横に置いてあった杖を手に取り、ひょいと振るうと、たちまちちゃぶ台が元の場所に戻ってきた。
なんだこれ、魔法か?
いや、今はそんなこと、どうだっていい。
「俺が死んだっていうのは本当なのか!? 身体だってどこも悪くなかったし、眠る時だって体調を崩していなかったぞ!」
身体だけは昔から丈夫だったし、よく運動もしていたから、会社の健康診断で引っかかったことすらない。
「……それなんじゃがのう。大変申し訳ないのじゃが、実はお主が死んだのは部下の手違いでな。本当のところ、お主は死ぬことはなかったのじゃ」
「ふざけんなあああああああ!」
またしてもちゃぶ台をひっくり返してしまった。
いや、でもこれはさすがに我慢ならない!
「まあさすがにすんなり受け入れられないじゃろうな」
また神様が杖を振るい、ちゃぶ台が元の場所に戻ってきた。
「そりゃそうだろ! 手違いなんだよな!? すぐに生き返らせてくれるんだよな!?」
俺はそう言いつつ、神様に詰め寄るが――目を逸らされた。
「……それがのう、実はこちらにも厳しい規則があって、一度死亡を承認してしまうと、生き返らせることができなくなってしまうのじゃ」
「いやいや! それはさすがに困る。なんとかして生き返らせてくれって!」
「すまんのう。こればっかりは儂にもどうにもできないのじゃ……その代わりに今の記憶を持ったまま、剣と魔法の世界で第二の人生を送らせてやるぞ。それだけじゃない。今回の件のお詫びに、その世界で楽に生きていける特別な能力をいくつかプレゼントさせてもらおう。それでなんとか許してはくれんかのう?」
「そういう異世界もののテンプレとか、マジでいらないから! 頼むから元の世界に戻してくれ!」
「いや、そこまで拒否せんでも……おかしいのう、数十年前に同じような提案をした際には、二つ返事で了承してもらえたのじゃが……」
俺も異世界ものと呼ばれる小説を読んだことはある。でも、異世界で勇者になって、チートスキルで俺TUEEEとか、マジでいらない! だって――
「たぶんそれはその人が今の生活に未練がなかったからだ。俺は今の生活に未練しかない! ようやく、自分のキャンプ場を持てそうだったんだよ!」
先日ブラックな会社を早期退職して、いよいよ自分のキャンプ場を作り始めようというタイミングだ。
必要な物を調べ上げ、土地を探して、書類だって準備している最中である。
俺は剣と魔法の世界よりも、キャンプ場でまったりと焚き火をしているほうが幸せなんだよ!
「そっ、そうなんじゃな……」
神様がドン引きしているっぽい。
だが、長年の夢がこれから叶うという時に間違えて殺されたんじゃ、死んでも死にきれん!
神様は困ったように言う。
「とはいえ元の世界に戻すことは規則によってどうしてもできなくてのう……ふむ、どれどれ……ほう、これがお主の言うキャンプという物か。なるほど、何やら皆いろんな道具を持って楽しそうに過ごしておるのう……よし。それなら向こうの世界でキャンプ場を作れる能力を授けるなんてどうじゃろう?」
ピクッと、俺のこめかみが動く。
「……そうじゃのう。まずは指定した場所で安全に過ごせるように、結界を張れる能力なんてどうじゃ? その結界内では暴力行為をはじめとした、犯罪行為を禁じられるのじゃ」
ピクッ、ピクッ!
「それと向こうの世界の金銭と引き換えに、こちらの世界のキャンプ道具や、その他の物を取り寄せる能力とかはどうじゃ? この能力があれば、向こうの世界でキャンプ場を作るのに必要な物を手に入れられるじゃろ。これが儂にできる精一杯じゃ。いかがかの?」
「神様の部下って言っても、誰にでも間違いはあるもんな。それでよろしく頼む。いろいろとわがままを言ってすまなかったな」
「……現金なやつじゃのう。まあこれ以上文句を言われても面倒じゃから、断られたら了承を取らず、なんの能力も授けずに別の世界に送っていたところじゃったわい」
セーフ! 調子に乗って『もう一声!』とか言わなくてよかった。
この神様、穏やかな顔に似合わず、やろうとしていたことがエグい!
「あの、これから俺が行く世界ってどんな世界なのでしょうか?」
思わず敬語になってしまった。
さっきまでいきなりの展開だったから動揺していたが、目の前にいる老人は神様だし。
「すまんが詳しく説明している時間がなくてのう。自分自身の目で確かめてくれんか。そうじゃ、向こうの世界の者の言葉や文字がわかるようにしておこう」
「はい、ありがとうございます」
「うむ。それでは向こうの世界に送るとしよう。大きな街の近くに送るから、まずはそこを訪ねるのがよい。改めて、申し訳ないことをしたのう。向こうの世界での人生、自由に楽しんでくれ」
そう口にして、神様が杖を振るう。
うっすらと意識が遠のいていく……
「う、うう~ん」
気付けば、草原のど真ん中に寝そべっていた。
手に触れる草の感触や頬を撫でる風の感覚――どうやら、夢ではないようだ。
「……まあ過ぎたことをとやかく言っても仕方ないか」
よくよく考えたら、間違えて俺を死なせてしまったとはいえ、不祥事を隠さず話して謝罪し、特別な能力を授けた上で別の世界に送ってくれたって考えると、いい神様ではあったんだろうな。
幸いキャンプ場にしようとしていた土地の手付け金もまだ払っていないから、両親や弟には迷惑をかけないだろうし。
今まで散々自由に生きてきたから、せめて家族には幸せになってほしいものだ。
「さあ切り替えていくぞ! ステータスオープン!」
………………何も起こらない。
あれ? 異世界ものの常識に照らして考えれば、ステータスって見られる物じゃないの?
めちゃくちゃ恥ずかしいんだが……
「あれ、じゃあ結界は?」
掌を上に向けると、結界のほうはちゃんと出てきた。
なんだろう、何も考えずとも歩き方がわかるように、なんとなく使い方がわかる。
俺を中心に、透明な膜が周りを覆っている。なんなら、もっと範囲を広げられそうだ。
「あとはどうやって日本の物を取り寄せるか、だな。お取り寄せ、買い物、ストア……ってなんか出た!?」
いきなり目の前に、半透明なウインドウが現れた。
そしてそこには見覚えのある日本の商品の名前と写真が載っている。
食品コーナーに調味料、本や雑貨にキャンプ道具。おっ、大工仕事に使えそうな道具に、ホームセンターで売っているような資材まで購入できるじゃないか!
確かにこの能力を使えば、異世界でキャンプ場を作るのも夢ではない。
というか、このストアの能力を使えばお金を簡単に稼げそうだ。
日本の商品を転売するだけでお金の心配はないだろう。
そんなことを考えながらウインドウを眺めていると――
「うお! 既に百万円分もチャージされている!?」
ウインドウには『残高』と書かれた欄があり、そこには『百万円』と表示されていた。
これだけの元手があれば、なんだってできそうだ。
「神様に感謝だな」
とりあえず一度試してみるか。ええ~と、ペットボトルの水を買ってみよう。
ウインドウを操作して、食品コーナーにある百円の水の写真をタップする。
おお……『冷たい』と『温かい』が選べるのか。
『冷たい』の文字のすぐ下にある『購入』と書かれたボタンを押す。
「おっと!」
ボタンを押すと同時に、ウインドウからペットボトルが出てきた。
残高を見ると水の料金である百円が引き落とされたようで、『九十九万九千九百円』と表示されている。
感心しつつも、水を飲む。
「ぷはあ、美味い。でもよく考えたらアイテムボックスとかはないんだよな。空いたペットボトルをそのあたりに捨てるのは、ちょっとまずい気もする」
そういえば異世界ものの定番である、アイテムボックスはもらえなかった。
バッグはストアで買えるから、なくても大丈夫と言えば大丈夫だが、日本の物を異世界に適当に放っておくのはなんだかよくない気がするし……
なんとなく、まだ半分くらい中身のあるペットボトルをストアのウインドウに通してみた。
するとペットボトルが消えた。
代わりに別のウインドウが開かれ、そこには『水×一』と表示されている。
タップすると、『取り出す』と『削除』の選択肢が出てきた。
試しに道端にあった草と石をウインドウに通してみる……が、それらはウインドウを素通りしてしまう。
どうやらこのストアで買った物しか収納することはできないらしい。
「それでも十分便利な能力には変わりないな。よし、能力の検証も終わったことだし、いよいよ異世界の街へ向かうとするか。あ、でもその前に服装を現地に合わせたほうがいいよな……あれ?」
視線を下に向けると、服装が変わっているのに気付く。
上は襟付きのシャツと上着で、下は茶色のズボン。ズボンはベルトではなく、ずり落ちないよう紐で固定されている。
材質は絹ではなさそうだが……よくわからん。
羊毛か、異世界の生物の毛で編まれているのかな。
目も粗いようだし、ちょっとごわごわしているから、正直着心地はそれほど良くない。
でも、きっとこれがこの世界の標準的な服装なのだろう。
ポケットの中を弄ると、この世界のお金と思われる金貨に銀貨、銅貨が入っていた。
神様、気が利き過ぎだろ!
そういえばこのストアにチャージされているお金って補充できるのかな……
試しに銅貨をストアのウインドウに通してみる。
すると残高に表示される額が、百万円に戻った。
どうやらこちらの世界のお金をウインドウに入れると、ストアの残高が増えるらしい。
ってことは、あの銅貨は百円相当ってことか。
しかし、チャージした金額を逆に銅貨にすることはできないみたいだ。
間違えて全部ストアにチャージして、こちらの世界のお金がない、なんてことにならないように注意しないとな。
「なんにせよ、これならすぐに街へ入っても大丈夫そうだ。何をするにしてもまずは情報集めからだな。いざ、異世界の街へ!」
◆ ◇ ◆
少し歩くと、遠目に大きくて高い壁が見えてきた。
あれが神様の言っていた、近くにある大きな街なのだろう。
高い壁の周囲を回り、街への入り口を探す。
どうやらかなり大きな街みたいで、入り口へ辿りつくまでにだいぶ時間が掛かってしまった。
そこでは検問が行われているようで、十人ほど並んでいる。
列に並び、十分ほど待って、いよいよ俺の順番がきた。
周囲を見るにこの世界の人たちも同じような服装だし、おかしく思われないと信じたい。
「通行証を提示せよ。なければ通行税として銀貨三枚を徴収する」
どうやら神様からもらったこの世界の言葉がわかる能力は正常に機能しているようだ。
門番の話す言葉が、しっかりと日本語で聞こえてくる。
なるほど、街に入るためには通行税が必要なのか。
危なかった。神様からこの世界のお金をもらっていなかったら、速攻で詰んでいたところだ。
「通行証はないから、通行税を払いたい」
「うむ、ではそちらで支払いを行うように」
銀貨を三枚渡すと、あっさりと「通ってよし」と言われる。
鎧と槍で武装した、屈強な門番たちの間を通り、街の中へ入る。
「おお~!」
城壁の中には、『これぞ異世界』って感じの景色が広がっていた。
門の前には、大勢の人々や荷馬車が行き交う広い道があり、それを挟んだ向こう側には中世ヨーロッパを思わせる建造物がいくつも建っているのだ。
人々の格好も様々。大きな荷物を背負った商人に、農作物をたくさん持った農民、プレートアーマーを身に着けた……あれは騎士か冒険者か?
そして、道を歩いているのはただの人だけではない。頭から耳を生やし、長い尻尾をパタパタと振っている猫の獣人、ほとんど犬の姿のまま二足歩行しているような犬の獣人、毛むくじゃらで髭面の少し背の低いドワーフなどなど……様々な種族が、この街には住んでいるようだ。
「これはテンションが上がるな! さて、これからどうしようか。とりあえず情報収集をするなら、まずはあそこからだな!」
というわけで、まず市場にやってきた。
元の世界で海外旅行に行った時もそうだったが、大きなスーパーとかに行ってみると、大体の物の値段やその国の文化などがわかるんだよな。
「安いよ安いよ~! ほらそこの兄ちゃん、ちょっくら見ていってくれよ!」
「そこの綺麗なお嬢さん、うちの店のアクセサリーなんてどうだい! その美貌が更に引き立つこと間違いなしだ!」
周囲からはそんな声がひっきりなしに聞こえてくる。
なかなか活気のある市場みたいだ。
このあたりは露店が多く立ち並ぶ区画で、奥は屋台街になっているんだな。
とりあえずいろいろな物の値段をチェックして、だいたいの相場を調べてみた。
そうしてわかったのは、金貨一枚を日本円に換算すると一万円ほど、銀貨一枚は千円くらいになるらしいということ。
まぁ、大雑把な理解ではあるが。
俺の残りの所持金は、金貨十枚と銀貨二枚と銅貨五枚――日本円にすると十万円とちょっとってところだ。
うーん、一から生活を築いていくことを考えると、少し心許ないな。
とはいえ、ストアに百万円分チャージされていて、そこからでも食料や飲み物を調達できることを考えれば、しばらくの間はもつだろうが。
あと、文字も異世界の言葉なのに、日本語として頭に入ってくるということがわかった。
そんなことを考えていると、横合いから声をかけられる。
「そこの格好いい兄ちゃん、ワイルドボアの串焼きはどうだい! 一本銅貨五枚だぜ!」
そう言って串を差し出してくるおっちゃんの笑顔は、とても眩しい。
露店を一通り見て回って、今は屋台街にいる。
ちょうど小腹も空いていたところだし、食べてみるとするか。
お世辞とはいえ、『格好いい兄ちゃん』と言われて悪い気はしないし。
……我ながらチョロいな。
「それじゃあ、串焼きを一本くれ」
「はいよ! 兄ちゃん、ここら辺じゃ見かけない髪の色をしているな。遠くの国から来た旅人か?」
「ああ、ついさっきこの街に着いたんだ。やっぱりこの国じゃ黒髪は珍しいのか?」
「まあ少ないってだけで、全く見ないわけじゃない。それにこの街には兄ちゃんみたいな黒髪の人族より珍しい種族が大勢いるから、そんなに気にすることねえと思うぞ。ほれ、串焼きお待ち!」
「お、美味そうだな。ありがとう」
確かに市場を回っていた中でも、黒髪はあまり見なかったな。
金髪か茶髪の人族が多い。
黒髪が厄災の証とか言われる世界じゃないのは、助かった。
そんなことを考えつつワイルドボアの串焼きにかぶりつくと、熱々な肉の脂が口中に広がっていく。
シンプルに塩のみの味付けだが、肉自体がかなり美味しいので、全然アリだな。
これで五百円くらいなら、だいぶお買い得な気がする。
そうだ、せっかくだし今のうちにキャンプ場作りに必要なことを聞いておこう。
「ところで、この街で商売をするにはどうしたらいいか、教えてくれないか?」
「兄ちゃん、ここで商売を始めるのか。それなら商業ギルドに行って、そこで手続きをする必要があるぞ」
「おお、ありがとう。行ってみるよ」
串焼きを平らげ、おっちゃんに商業ギルドへの道を聞いてから俺は歩き出す。
◆ ◇ ◆
少し歩いて、商業ギルドへ。
商業ギルドは他の建物に比べて一際大きいので、一目でそうだとわかった。
早速中に入り、受付へ。
『キャンプ場』という概念がこの世界に広まっている可能性はなかなかに低そうなので、シンプルに商売の始め方を聞く。
男性の職員は、優しく丁寧にいろいろと教えてくれた。
彼が言うには、次のような取り決めがあるらしい。
立ち売りや露店など、店を構えない形で物を売る場合には一日毎に決まった金額を納めればよいが、店を構える場合には商業ギルドに登録する必要がある。そして、この街の外に宿泊施設を作る場合にも、その土地がこの街の管轄内であれば商業ギルドに届け出なければならない、とのこと。
ひとまず、難しい資格を取得したり高い税金を納めたりしなくてはならないとかではなく、本当に良かった。
それからもこの街での商売について詳しく質問をしていたら、すっかり遅くなってしまった。
最後におすすめの宿を聞いて、俺は商業ギルドをあとにする。
今俺は、宿の自室にてベッドに仰向けの状態で寝っ転がっている。
宿の一階にある酒場で酒を飲みつつ、晩飯を食べて今さっき戻ってきた。
その代金と、宿の宿泊代である銀貨五枚を合わせて、結局今日使った金額は金貨一枚分くらい。
神様からもらったお金はまだまだあるが、早めに行動を起こさないと、いずれ金が尽きる。
さて、明日からはどうするかな。
神様からもらったこの能力を活かせば、楽にお金を稼ぐことができそうなのはわかるから、そんなに焦ってはいない。だが、やはり俺は長年の夢だったキャンプ場作りをしてみたい!
俺は昔からキャンプをするのが大好きだった。
そしていろんなキャンプ場に足を運ぶうちに、自然と自分のキャンプ場を持ってみたいと思うようになったのだ。
キャンプ場を訪れた人に楽しんでもらい、尚かつ自分もキャンプをしながら楽しみたい。
日々をのんびり過ごしながら、美味い物を食べて過ごす――そんなスローライフが俺の理想だ。
「しかし、俺一人じゃ絶対に無理だな」
物資はストアを通じて手に入れることができるが、明らかに人手が足りないのはわかる。
日本でキャンプ場を作るのなら、業者に頼み、管理棟やトイレなどを建てようと思っていたが、こっちじゃそうもいかんだろう。それに、いくら結界があるとはいえ、まだまだ未知なこの世界を一人で開拓するなんて、怖くてできん。
聞いた話だと、街の外には普通に魔物や盗賊が出没するらしいし。
結界の中で暴力は振るえないとはいったって、こっちにも攻撃手段がなくて倒せないから、安心はできないものな。
「まずは護衛がほしい。それと大工仕事が得意で、設備を作れる人材も必須。よし、明日は冒険者ギルドに行って、どれくらいの費用で人を雇えるか見てみよう」
商業ギルドで聞いた話によると、この街では求人情報は冒険者ギルドに集まるって話だ。
あとやるべきことは……そうだ、ストアの能力で何を買えるか、詳しく見ておこう。
人を雇うに際して元手が足りなければ、この街で日本の物を売ってお金を稼がなくてはならないかもしれないしな。
俺はストアを起動し、ページをスクロールし始めた。
第二話 ダークエルフとの交渉
翌朝。
まだそれなりに早い時間ではあるが、冒険者ギルドにやってきている。
それにしても異世界に来てから初日の夜かつ、たいして柔らかくないベッドなのに、ぐっすり眠れてしまったな。我ながらなんと神経の図太いことか。
それはさておき、冒険者ギルドに入るのは、やや緊張する。
だって、異世界ものだと冒険者ギルドで絡まれるのがテンプレだし……いや、そんなことを考えて躊躇っていても仕方ない。
カランッ、カランッ。
ドアを開けると、視線が俺に集中するが、それも一瞬のこと。
どうやら冒険者に絡まれるイベントは発生しなかったみたいだ。
服装を見て、依頼人だとわかってもらえたのかもしれない。
改めて周囲を見回す。
ごつい鎧を着込んで大きな剣を携えた剣士、高価そうな水晶がついた杖を持つ黒いローブを羽織った魔法使い……ここにいる人々も、まさにファンタジー世界の住民って感じだ!
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