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2.偶然の出会い
しおりを挟む(それにしてもびっくりしたな、急に雪代のことを話し出すなんて、
・・・まさかバレたりしてないよな?)
不安が過り、そのもさっとした前髪に手を伸ばした。目元を隠すように前髪をいじる。普段も前髪によって彼の目は覆われているのだが、いつも以上に目元は見えなくなった。
(まあ、顔を出したところで俺があの雪代だと分かる人はいないと思うが・・・。)
花魁のあの顔はかなりの化粧を施しているし、そもそも世間に雪代の顔はあまり出回っていないので気づく人はそういないだろう。
しかし普通に顔を出していても自分のこの顔が、かなり人目を引くものだということは自覚していた。
騒がれるのは好きじゃないし、結果としてバレてしまう可能性だってある。
そのため、できるだけ目立たないよう顔を隠し、地味な冴えない会社員として過ごすことにしたのだ。
最低限の会話を交わし、黙々と仕事をこなす日々。目立つような功績も取らなければ、ミスも犯さず、ただひっそりと会社の片隅で息を潜めて過ごす毎日だった。
あの事件があって花魁を引退した俺は、その後通っていた大学を卒業し、無事に大手企業に就職した。そしてそんな社会人生活も3年目を迎えていた。
(しかし、数年前に人気だった花魁のことなんてもう忘れ去られてると思ったのに、未だにテレビで取り上げられてるなんてな、もう皆興味無いだろ・・・)
本日二度目のため息を吐いた俺は、出てきた理由にしようと自販機に立ち寄り、飲み物を買う。
買ったコーヒーを手にし、先程いたたまれなくなって離れたデスクに戻ろうと歩き出した。
ドスッッ
角を曲がろうとしたその時、誰かとぶつかった。
「うわっ」
ぶつかった拍子に体がよろけ、会社では一度も外したことの無い眼鏡が外れそうになる。幸いなことに落ちなかったが、斜めに傾いたことで、目元は顕になった。
レンズを通さない視界に自分がぶつかった人物を捕える。よろけているのはこっちだけで相手の方はビクともしていないようだ。そのまま視線を上にあげ、顔を見た。
相手もこっちも見たようでちょうど視線がバッチリと合う。
(やばっ)
咄嗟にメガネを戻し、顔を隠しながら体勢を整える。
「大丈夫ですか!?社長!」
ぶつかった男の後ろにいた人物が声を上げた。
(社長!?!)
予想だにしなかった言葉の出現に、驚きが隠せず動揺してしまう。しかし、すぐさま冷静さを取り戻し謝罪の言葉を述べ、頭を下げる。
「申し訳ありません!」
少し冷静になったものの、やはりぶつかった相手が社長だということに混乱した胸中は穏やかではない。
(まさか社長にぶつかるなんて・・・!!)
思いもしなかった非常事態に心臓の鼓動が上がる。
そのまま頭を下げ続けていたが、その社長という男から返事は一向に返ってこなかった。
まさか怒ってるのかと思い、気になって社長の方を見る。
だが、当の社長は驚いた様子ではあったものの、怒ってはいないようだった。その事に安堵するも、その動揺した表情にそんなにびっくりしたのかなと疑問が浮かぶ。
その事に自分だけではなく、一緒にいた男も不思議に思ったようで「社長?」ともう一度声をかけた。
「・・・・・・あぁ、大丈夫だ」
二拍ほど間を置いて社長が答えた。その静かな口調にもう一度、胸をなでおろす。
「君、気をつけなさいよ」
横にいた男に釘を刺され、もう一度謝った。
「すみませんでした、気をつけます」
そう言ってその場を去ろうとした時、勢いよく社長に腕を捕まれ、止められた。
「・・・お前、名前は?」
「深山 春です・・・」
(やっぱなんか罰とかあんのか・・・!?)
驚きながらも名前を答えるが、一瞬にして不安な気持ちが襲う。握り締めている手に力が入っていて、掴まれた右腕が痛い。
しかし不安とは裏腹に社長は、「そうか・・・」とだけ言い、手を離した。
何だ?とよく分からないまま、俺はもう一度頭を下げ、その場を後にした。
はあ~・・・
本日何度目かのため息と共に、さっきあった出来事を思い出す。
そして最後のは何だったのかと再び頭を悩ませた。
怒ってなさそうに見えたが、本当は怒っていて、もしかしたら後で呼び出されたりするのかもしれない。考えれば考えるほど不安が募るが、あの時の社長の様子からやっぱり違うか?とも混乱が生まれる。全然怒っていないようにも見えたし、何よりぶつかったぐらいで怒るような器が小さい人物にも見えなかった。
(しかし、最近社長が変わったって言ってたけど、あの人が今の社長か・・・)
たしか、神野 祐人だったか。
名前は知っていたが実際に見たのは初めてだった。
凄いイケメンだと女性社員が騒いでいたを聞いたが、本当にその通りだったなと、さっき見た姿を思い出し納得した。
同じ男でもかっこいいとわかる整った顔立ちだった。おまけに背が高く、体格も良かった。
ぶつかって分かったが、あれはかなり鍛えられた体だ。パッと見でも引き締まった体というのがわかるが、俺の予想では実際はもっと凄いだろう。着痩せするタイプだな。
スタイルが良いから何百万もするブランド物のスーツも見劣りもせず、着こなしていたし、かと言って嫌味にも見えず、整えられた短髪も相まって全体的に爽やかだった。
一瞬話した感じからも、クールで、いかにも仕事が出来そうな男という印象を受けた。そりゃあ女性社員たちが騒ぐわけだと心のなかで頷く。
(しかもここの社長っていうことは、神野財閥の御曹司だよな)
神野財閥と言えば、誰もが聞いたことがある日本でも有数の大企業グループだ。この会社も、神野グループが経営している会社のひとつであり、代々神野一族が社長を務めている。前の社長も神野グループ前総帥の弟だった。
最近総帥の代替わりがあったらしく、代替わりに伴いこの会社にも変動があったと、社内の噂で聞いた。今の社長・神野祐人は、現総帥の息子らしい。
そんな財閥の御曹司でイケメン、まさにハイスペックエリート、女にモテないはずがない。
そんな奴、どんだけ女が寄ってくるんだと考えたら、ひぇぇと寒気が走り、身震いする。
自分も外見から、それなりに女に囲まれた人生を送ってきたが、俺にとってはあまりいいものではなかった。それ故に、自分以上に女が寄ってきているかもしれない社長の半生を想像し、勝手に同情の気持ちを抱く。
そうやってあれこれ考えているうちに、元いたデスクに到着し、仕事を再開した。
その時俺はすっかり忘れていた。
あの時、眼鏡が外れた状態で目が合ったことを。
社長に一瞬素顔を見られてしまったことを。
それがどういう結果を巻き起こすのかをこの時の俺は想像もしていなかった。
*
社長室――
1つの机と1つの椅子が真ん中に置かれ、横には沢山の本が並べられた棚がある。普段は塵一つない綺麗なその部屋が、今はその椅子に座る男によって、沢山の資料が散りばめられていた。
男は尋常じゃない手さばきで机に置かれたパソコンをカタカタといじっている。
社員名簿のファイルを開き、熱心に隈無く見渡していく。
突然、1人の社員の欄で、動かし続けていた手と目がピタッと止まる。
そして何かを確信したように呟いた。
「・・・ついに見つけた、深山 春、
いや、雪代」
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