隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗

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絡めとられて

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「篠宮商事でさ、亜矢さんが入社してすぐに大きな式典があったでしょ?」

 楓くんは、そう話を切り出した。
 式典――私が会社に入社してまだ一ヶ月ほどしか経っていないピカピカの新入社員の頃の行事だ。

「うん、あった……」

 秘書課に配属され、役員のそばでガチガチになりながら突っ立っていたことを思い出して、今でも思わず冷や汗が出そうになる。

「僕もあの場にいたんだけど。……覚えてない?」
「……え、そうなの?」

 あの日の記憶のほとんどは、緊張しすぎて引きつった笑顔しか作れなかったり、変な言葉遣いになって泣きそうになったり、手が震えて飲み物をこぼしそうになったり――そんな自分の失態ばかりだ。
 けれど……。
 懸命に記憶をたどれば、なんとなくだけどいろいろと思い出せるもので……。

「……あ」

 そう言えば社長のご家族も式典にいらっしゃっていて、社長夫人にご挨拶させていただいた時に、確かひとりの青年が夫人の傍らにいた記憶が……。間違いなく彼にも挨拶をしたはずだ。
 でも、どんな風に挨拶をしたのかは全く記憶にない。
 あの時の青年が、楓くん……?

「ふふ、思い出してくれた?」
「……うん、ちょっとだけ」
「僕はいまでも鮮明に覚えてるよ」
「うわ……っ、恥ずかしいからやめてっ」
「ふふ、なんで? 亜矢さん、あの時からすごく綺麗で可愛くて、」
「思い出さないでってば!」

 緊張しまくってひどい状態の私を懐かしそうに語るのは本当に勘弁してほしい。
 いますぐ楓くんの記憶を改ざんしたい。

「僕はあの時、亜矢さんに一目惚れしたんだよね」
「……ええ!?」

 あの状態の私に!? うそでしょ!?

「緊張してるのも可愛かったけど、やっぱり、背筋を伸ばして凛とした雰囲気がとても印象的だったんだ。すごく素敵だなって思った」

 あの時は本当に色々いっぱいいっぱいだったけど、先輩にアドバイスされた通りとにかく背筋だけは伸ばしておこうと思ったことは覚えている。
 そんな風に見えていたのなら、やっぱり先輩のアドバイスは的確だったと言うことだ。

「あの時って、本来なら僕は大学一年生のはずだけど、留学のために休学してたから、実際はまだ高校生だったんだよね」
「ああ、そうか、そうだね」
「それがすごく悔しくてさ。さすがに社会人の女性が高校生を相手に恋愛感情を持ったりしないだろうから」
「……確かに」
「ふふ、やっぱり?」
「そりゃ、未成年とか高校生とかは完全に対象外です」
「だからせめて大学生だったなら、って。ほんっとに悔しかったんだよね」
「んー、大学生でもあんまり変わらなかった気がするけど……」
「ええ? 亜矢さん、ひどいっ」
「あはは、だって、四つも下だよ? あの時の四歳差は大きいよー」

 私の言葉に、ぷう、と頬を膨らませて拗ねる楓くんが可愛い。

「うん。僕もさすがにそれは分かってたから、あの時は本当に泣く泣く諦めた。だって年齢差だけは僕にもどうしようもないし」
「うんうん、現実的でよろしい」
「でも予想外に再会できて……今度は絶対に『落とそう』って思った」

 可愛らしいふわふわの笑みが、いつの間にか妖しい笑みに変わる。その豹変具合に、私は思わずドキリとした。

「ふふ、ごめんね? もう絶対に放してあげられないから、覚悟してね」

 楓くんはそう言って私をギュッと抱きしめる。
 どうやら私は楓くんに捕まってしまったらしい。

 あの時の再会は半分仕組まれていたものだと知るのは、まだもう少し先の話だ――。


 ―END―

 ※※※(次ページより、番外編(楓side)です)※※※
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