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あなたが誰でもきっと
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「ここは、雑居ビルなんじゃないの……?」
「ふふ、雑居ビルに見せかけた、僕のプライベート空間でーす」
「楓くんのプライベート空間……?」
「うん。あとで全部見せるね~」
エレベーターに乗り込み、五階のボタンを押すとすぐになめらかに動き出す。
駐車場がある地下、入口がある一階、楓くんの部屋がある五階以外の場所は一体どうなっているんだろうか。
「雑居ビルじゃないってことは、テナントとかは入ってないってこと……?」
「そうだよ」
「他には誰もいないの?」
「うん、僕たちだけだよ」
「そ、っか……」
だから入り口にはビルの名前とかテナント名の入った看板とか集合ポストとかがなかったんだ、と納得する。
エレベーターはあっという間に五階へ到着し、玄関扉を開けると和風だしのいい香りがふわりと漂ってきた。それとともに私のお腹がグーと鳴る。
相変わらず私のお腹は腹立たしいほどに食いしん坊だ。
「ふふ。晩ご飯、出来てるよ。すぐ温め直すから座って待ってて~」
「うん、ありがとう」
家庭的な和食がテーブルへと並べられていく。
楓くんの作る料理はいつもどれも丁寧に作られていて、本当に美味しい。やっぱり楓くんは天才だ、と何度も感心して感動する。
楓くんに聞きたいことはたくさんあるけれど、せっかく手間ひまをかけて作ってくれたものだ、食事をしながらするような話じゃない気がして、いまは他愛もない会話をしながら食事を楽しんだ。
デザートを食べ終えて、楓くんと共にソファへと移動する。
私の気持ちなんて全てお見通しの楓くんは、「さて。何から聞きたい?」なんて言いながらふわふわと微笑んでいる。
「えっと……、今日の会議って……」
「うん。えっとね。お店の企画のこと、話したでしょ?」
「ああ、うん」
「それを子会社の方で正式に承認してもらうための会議だったわけ」
「……え? じゃあ……」
「うん。正式に動き出すことになりました~!」
「すごい……! 良かったね!!」
「うん、ありがとう~」
「頑張ったんだね……!」
ふわふわの笑顔で嬉しそうに目を細める楓くんが可愛くて仕方がない。やっぱりどこか大型犬っぽくて、つい頭を撫でたくなるのを私は懸命に我慢した。
「……あの資料、亜矢さんと結麻ちゃんが準備してくれたんだよね?」
「え? ああ、うん。若月ちゃんに楓くんのこと聞いて……びっくりした」
「ふふ。ごめんね、黙ってて」
「んー、まあ、さっきのでだいたい事情は分かったから……」
「でも。説明させて?」
「うん、それはもちろん」
少し不安そうにしていた楓くんだったけれど、私の返事を聞いて、ホッとした表情へと変わった。
いつもふわふわ笑っていてあまり何にも動じそうにない雰囲気を持っているけれど、やっぱり彼でも不安になったり緊張したりするんだと、なんだか妙に安心した。
「篠宮って名字ってさ、名乗るだけですぐに『それって篠宮商事と何か関係あるの?』って絶対に聞かれるんだよね。僕は小さい頃からそれが苦手でさぁ」
それは想像に難くない。よくある名字とは違うから、とても簡単にそう連想されてしまうのだろう。
「優秀な兄がいるって言うのもコンプレックスだったなぁ」
優秀な兄とはもちろん、我が社の専務のことだ。
確かにあんなに何もかも上手くそつなくこなせる人は世の中そう多くはないと思う。比べられるのが重荷に感じる気持ちは理解できる。
「僕は兄みたいに抜群に頭がいいってわけでもないから、小さい頃から勉強よりも母の料理を手伝ってる方が好きな子でさ」
「何歳ぐらいからお料理してたの?」
「うーん、物心ついた頃には子供用の包丁を握ってたから、ほんとに小さい時からだね」
「そうなんだ」
「うん。料理だけなら、あの兄に勝てるからね。どんどん面白くなっていって、気がついたら『夢は自分のお店を持つこと』って言ってたかなぁ」
「そっか。じゃあ叶ったってことだよね?」
「そうだね、小さい頃に想像していたのとは少し形は違うけど、叶ったよ」
「すごいね!」
「まあ僕だけの力じゃないけどね。結局は兄とか叔父さんとかが後押ししてくれてなんとか形にしてもらった感じかな」
「そんなことないよ……」
楓くんの叔父さんである取締役もお兄さんである専務も、とても優しい人ではあるけれど、ビジネスに対してはとても厳しい人だ。血縁者だからと言ってそう簡単に全てを許可するとは思えない。
だからこそ最初はランチだけしか許可しなかったんだろうし、楓くんの頑張りが認められたからこそ、ディナーも出せるようになったんだと思う。
「ふふ、雑居ビルに見せかけた、僕のプライベート空間でーす」
「楓くんのプライベート空間……?」
「うん。あとで全部見せるね~」
エレベーターに乗り込み、五階のボタンを押すとすぐになめらかに動き出す。
駐車場がある地下、入口がある一階、楓くんの部屋がある五階以外の場所は一体どうなっているんだろうか。
「雑居ビルじゃないってことは、テナントとかは入ってないってこと……?」
「そうだよ」
「他には誰もいないの?」
「うん、僕たちだけだよ」
「そ、っか……」
だから入り口にはビルの名前とかテナント名の入った看板とか集合ポストとかがなかったんだ、と納得する。
エレベーターはあっという間に五階へ到着し、玄関扉を開けると和風だしのいい香りがふわりと漂ってきた。それとともに私のお腹がグーと鳴る。
相変わらず私のお腹は腹立たしいほどに食いしん坊だ。
「ふふ。晩ご飯、出来てるよ。すぐ温め直すから座って待ってて~」
「うん、ありがとう」
家庭的な和食がテーブルへと並べられていく。
楓くんの作る料理はいつもどれも丁寧に作られていて、本当に美味しい。やっぱり楓くんは天才だ、と何度も感心して感動する。
楓くんに聞きたいことはたくさんあるけれど、せっかく手間ひまをかけて作ってくれたものだ、食事をしながらするような話じゃない気がして、いまは他愛もない会話をしながら食事を楽しんだ。
デザートを食べ終えて、楓くんと共にソファへと移動する。
私の気持ちなんて全てお見通しの楓くんは、「さて。何から聞きたい?」なんて言いながらふわふわと微笑んでいる。
「えっと……、今日の会議って……」
「うん。えっとね。お店の企画のこと、話したでしょ?」
「ああ、うん」
「それを子会社の方で正式に承認してもらうための会議だったわけ」
「……え? じゃあ……」
「うん。正式に動き出すことになりました~!」
「すごい……! 良かったね!!」
「うん、ありがとう~」
「頑張ったんだね……!」
ふわふわの笑顔で嬉しそうに目を細める楓くんが可愛くて仕方がない。やっぱりどこか大型犬っぽくて、つい頭を撫でたくなるのを私は懸命に我慢した。
「……あの資料、亜矢さんと結麻ちゃんが準備してくれたんだよね?」
「え? ああ、うん。若月ちゃんに楓くんのこと聞いて……びっくりした」
「ふふ。ごめんね、黙ってて」
「んー、まあ、さっきのでだいたい事情は分かったから……」
「でも。説明させて?」
「うん、それはもちろん」
少し不安そうにしていた楓くんだったけれど、私の返事を聞いて、ホッとした表情へと変わった。
いつもふわふわ笑っていてあまり何にも動じそうにない雰囲気を持っているけれど、やっぱり彼でも不安になったり緊張したりするんだと、なんだか妙に安心した。
「篠宮って名字ってさ、名乗るだけですぐに『それって篠宮商事と何か関係あるの?』って絶対に聞かれるんだよね。僕は小さい頃からそれが苦手でさぁ」
それは想像に難くない。よくある名字とは違うから、とても簡単にそう連想されてしまうのだろう。
「優秀な兄がいるって言うのもコンプレックスだったなぁ」
優秀な兄とはもちろん、我が社の専務のことだ。
確かにあんなに何もかも上手くそつなくこなせる人は世の中そう多くはないと思う。比べられるのが重荷に感じる気持ちは理解できる。
「僕は兄みたいに抜群に頭がいいってわけでもないから、小さい頃から勉強よりも母の料理を手伝ってる方が好きな子でさ」
「何歳ぐらいからお料理してたの?」
「うーん、物心ついた頃には子供用の包丁を握ってたから、ほんとに小さい時からだね」
「そうなんだ」
「うん。料理だけなら、あの兄に勝てるからね。どんどん面白くなっていって、気がついたら『夢は自分のお店を持つこと』って言ってたかなぁ」
「そっか。じゃあ叶ったってことだよね?」
「そうだね、小さい頃に想像していたのとは少し形は違うけど、叶ったよ」
「すごいね!」
「まあ僕だけの力じゃないけどね。結局は兄とか叔父さんとかが後押ししてくれてなんとか形にしてもらった感じかな」
「そんなことないよ……」
楓くんの叔父さんである取締役もお兄さんである専務も、とても優しい人ではあるけれど、ビジネスに対してはとても厳しい人だ。血縁者だからと言ってそう簡単に全てを許可するとは思えない。
だからこそ最初はランチだけしか許可しなかったんだろうし、楓くんの頑張りが認められたからこそ、ディナーも出せるようになったんだと思う。
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