上 下
65 / 78
あなたのお仕事

しおりを挟む
 結局その後「出勤前に一緒にシャワー浴びたいな~」と無邪気に言う彼に騙されて、半ば朦朧とする頭で頷いたのがまずかった。
 心地良さと気だるさで身体が動かせない私を軽々と抱き上げた彼は、そのままバスルームへと私を運ぶ。「洗ってあげるね」なんて言われて身を委ねた結果、彼に全身をくまなく洗われたあと、やっぱりもう一度彼と深く繋がることになってしまったのは言うまでもない。

 カエデくんが用意してくれた朝食を食べ終えて時計を見ると、時刻は9時を回ったところだった。

「ね、今日、仕事、ちゃんと行くよね?」
「ん? うん、行くよ?」
「……そう、なら良いけど」
「亜矢さんも早く支度して?」
「……ええ?」

 なんで私が、支度を……?
 意味も分からず、バスローブを身に纏ったままクローゼットへと連れて行かれる。戸惑っている私を尻目に、彼は女物の服が掛けられているエリアで洋服を選び始めた。ワンピースを手にとっては、うーん、と唸ったり、似合うね、と頷いたり。

「ねえ、カエデくん」
「んー? なぁに?」
「なんで私まで……?」
「ん? 僕の仕事、知りたいでしょ?」
「う、ん、そりゃまぁ……」

 何着も私の前にかざしては戻し、次を取ってかざしては戻し……を繰り返して、淡い水色のワンピースに決めたらしい。それを元に下着まで選んで、「はい、着てみて」と嬉しそうに私に手渡すカエデくん。

「……は?」
「絶対に似合うから」
「……え、待って、ここで着替えるの?」
「ふふ、そうだよ?」
「……じゃあ、出ててもらっていい?」
「んふふ、やだ」
「……はあ?」

 この変態め。
 私が着替えるところを見たいだなんて、可愛い顔して、そう言うところだけ〝オス〟なんだから……。

 文句を言って追い出したいところだけど彼の出勤時間が迫っているはずで、ここで押し問答をしていては彼の職場に迷惑を掛けかねない。私は出来る限り大きなため息をついて、バスローブの紐を解いた。
 なるべくカエデくんのことを視界に入れないようにしながら下着を身につける。恥ずかしくて頬が熱いけれど、きっと恥ずかしがったら彼の思うつぼだ。だから私はなるべくそれを表に出さないように、心を無にして衣服を身につけていく。

 背中のファスナーを上げようとしたところでカエデくんに「僕が上げてあげる」と言われ、私は長い髪がその動作の邪魔にならないようにと前へ垂らして彼に背中を委ねる。それが間違いだったと気づいたのは、むき出しの背中に口づけられた後だった。

「もうっ。油断も隙もないんだからっ」
「ふふっ、ごめんごめん。美味しそうだったから、つい」

 彼の不意打ちにプリプリと怒る私に、いつものようにふわふわと笑うカエデくん……。どっちが年上だか分からない構図だ。彼の方が五つも年下なはずなのにぐるぐるバタバタと翻弄されているのはいつも私の方で、余裕で笑っているのは彼の方。
 悔しいわけじゃないけど、こんなはずじゃなかった、とは思う。

 彼の勤務先は住んでいる雑居ビルから徒歩で数分らしい。勤務先に向けて並んで歩いているところだ。
 すぐ迷子になるから、と言われて、またしても私の右手は彼に拘束されている。絡む指に意識を持って行かれそうになるのをなんとか耐えながら、彼の職場までの道のりの風景を記憶することに集中する。

 足を止めるのと同時に「着いたよ」と言われて、ハッとして顔をカエデくんへと向けた。
 誇らしげに「ここが僕の職場」と指さした先は、とても雰囲気の良いカフェだった。意外なような気もするし、しっくりくるような気もする。

「……ここ?」
「うん、そうだよ」

 ふんわりと優しく笑うカエデくんに、心臓がなぜだかぎゅうっとなる。
 この子の笑顔はあまりにも心臓に悪い。

 どうぞ、と促されて開店前のカフェのカウンター席の片隅に座り、私は店内をぐるりと見渡した。シックで落ち着いた雰囲気の店内はとても居心地が良い。
 仕事を始める前にカエデくんがコーヒーを淹れてくれた。

「今日は開店準備だけの日で、お昼前に終わる予定だから、ちょっと早めのランチをここで食べて帰ろうね~」
「うん、分かった……」
「じゃ、ここでちょっと待っててね。あ、何でも好きなもの頼んでくれて良いからね?」
「ん、ありがと」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません

如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する! 【書籍化】 2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️ たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) 🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。  けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。  さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。 そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。 「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」  真面目そうな上司だと思っていたのに︎!! ……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?  けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!? ※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨) ※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧ ※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

大人な軍人の許嫁に、抱き上げられています

真風月花
恋愛
大正浪漫の恋物語。婚約者に子ども扱いされてしまうわたしは、大人びた格好で彼との逢引きに出かけました。今日こそは、手を繋ぐのだと固い決意を胸に。

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...