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ずっと一緒にいたいから

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 ――翌朝。

 何かが顔に触れる気配で、徐々に覚醒されていく。
 ……え、なに?
 まだ全然頭が回らなくて、そう言えば昔よく犬のメープルが私の顔を舐めて起こしてくれてたな、なんて懐かしく思い出す。

「……ん」

 けれどもいま私の顔に触れているそれは、もっとサラリとした感触で……。

「おはよ、亜矢さん」
「……」
「朝だよ?」
「う、ん……?」
「ふふっ、朝から可愛いー」
「……」

 ……いや、あのね? 朝から可愛いのは、カエデくん、あなたなのですけど……?
 そう口にしそうになるのを我慢して、私はのそりと起き上がる。
 どうやら私の顔に触れていた〝何か〟は、カエデくんの手だったらしく……、私の額や頬を撫でたり、鼻をツンツンと突いたり、好き勝手に私の顔を弄んでくれたようで……。

「……カエデくん」
「うん?」
「私の顔は、オモチャじゃないんだけど」
「うん」
「……いや、あのね?」
「亜矢さん。朝ご飯、出来てるよ?」
「誤魔化さないで」
「ふふ、ごめん。だって亜矢さんが可愛いんだもん」
「……もうっ」

 〝可愛い〟と言われただけであっさりと許してしまうのは、私なんかよりカエデくんの方がずっと可愛いからだ。彼の可愛さにすっかりやられてしまっている私は、彼がふわふわと笑うだけでうっかり色んな事を許してしまう。
 それにしても、どこからどう見れば私なんかのことが可愛く見えるんだろうか。
 彼の思考回路はナゾばかりだ。

 用意してくれた朝食を食べ、出勤のための身支度をする。「今日はどの服にする?」と尋ねられて、私は眉根を寄せた。
 ここは彼の家で、本来なら彼の持ち物しか存在しないはずだ。それなのに、ベッドルームに繋がるこのウォークインクローゼットには私のために用意されたらしい洋服などが数多く収納されている。
 しかも、見るたびにその量が明らかに増えているのだ。最初はほんの一角だけだったのが、今では半分ほどが女物の衣類が占めている。
 一体いつの間にこんなことに……?

 カエデくんにすすめられるままにスーツに身を包み、アクセサリーを身につける。
 オフィスでつけても大丈夫な控えめなデザインのネックレスとピアスは、とても品が良い。

「……ありがと、借りるね」

 私がそう言うと、カエデくんは「ん?」と小首を傾げた。

「これ、全部亜矢さんのために用意したものだよ?」
「えっと、でも……」
「……ごめん、好みじゃなかった?」
「ち、違う、そうじゃなくて! どれもとっても素敵だし、正直、すごく好みなんだけど、」
「ふふ、良かった。遠慮せずに使ってね?」
「……ありがと、う」

 私の言葉を遮るように続けられて、私が言おうとしていたはずのセリフを全く違う言葉にすり替えさせるのは、彼の得意技らしい。
 私のために用意しただなんて軽く言ってくれるけど、ここまで揃えるのにどれだけお金がかかってるだろうか。あまりブランドなどに詳しくない私でも、ここに揃えられた洋服がとても高級なものだと分かる。間違いなく〝ハイブランド〟と言うカテゴリに入るだろうものばかりだ。
 それらをたくさん揃えた上で、〝全部亜矢さんのために用意した〟なんてサラッと言ってのけてしまう彼の思考と財力は、いったいどうなっているんだろう。

 すっかり身支度を終えて「じゃあ行ってきます」と口にすると、カエデくんが「え?」と首を傾げた。
 驚くところだったかな? 会社に行く支度をしてたんだから、間違ったことは何も言ってないはずだ。

「あのね、亜矢さん」
「え、なに? だって私、今日は出勤するって、」
「車で送って行くに決まってるじゃん!」
「でも、」
「昨日体調不良でお休みしたのは誰ですか?」
「うっ……、私、です……」
「今日はおとなしく僕に送られて下さいっ」
「……はい」

 いつもよりずっと圧の強い彼の言葉に逆らうことなど出来ず、申し訳ない気分になりながらも会社まで送ってもらった。彼の住むビルから私の勤める会社までは車だとあっという間で、本当に便利なところに住んでるものだ。
 前に受けた同居のお誘いに思わず心が揺れてしまいそうになるほどに。

「送ってくれて、ありがとう。じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。帰りも迎えに来るからね~」
「ええ? 大丈夫だよ!?」
「だーめ。大人しく送り迎えされて下さいっ」
「……分かった。ありがとう」
「うん。分かればよろしい」
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