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「亜矢さん、お疲れ様~っ」
「ごめん、さっきメッセージ見て……っ」
「うん大丈夫だよー。仕事、もういいの?」
「大丈夫、全部終わった」
「そっか。じゃ、帰ろ?」
「……」
はい、と差し出される手をじっと見つめる私。これは、手を繋ぐ、と言う意味か……?
「迷子になったら困るでしょ?」
もうかれこれ何年も通勤してるんだから、さすがに駅までの短い道のりで迷子になったりしない。にっこり笑顔で差し出されたままの彼の手を、私は「繋ぐわけないでしょ」と、軽くペシリと叩いた。
それにここは会社の前だから、うちの会社の社員がぞろぞろ歩いてる。そんな中でつき合ってもいない男と手なんか繋ぐわけないじゃん。
そのままスタスタと一人駅の方へ歩き出した私を、「亜矢さん待って~」と彼が追いかけてくる。なんだか本当に犬みたい。
構わずに歩き続けると、すぐに追いついた彼に右手をさらわれた。
「ちょっ、とっ」
「僕が迷子になるから手繋いでて!」
「……はぁ?」
「ふふ。冗談」
「……子供みたい」
「あはは」
子供にしては大きすぎるけどね。呆れて、既にしっかりと彼の手に繋がれてしまっている私の右手の奪還は諦めた。
彼の温かい手に包まれているとなんだか安心するのは、迷子にならなくて済むからなのかもしれない。……そう思うことにしておこう。
会社の人にこの状態を見られるのはちょっと恥ずかしいけども……。
と言うか、ちょっと待って。さっき、帰ろう、って言った? 言ったよね? 駅に着いて改札をくぐりホームへと向かう階段が、私がいつも使ってる階段とは逆なんですけど? と言うかキミの家はこっちかも知れないけど、私の家は逆なんですよ。
「ねえ、ちょっとっ」
「んー?」
「逆なんだけど」
「え、なにが??」
「私の帰る方向」
「えー?」
「……ねえ、ちょっと」
「え、だって、僕の家はこっちだし」
「だから、私の家はこっちじゃないんだってば」
駅まで送るだけだったんじゃないの? どう言うことよ?
「えー、僕の家に帰るんだよね?」
「……はぁ?」
「僕ん家だと食事が一日三食付くし、家賃も無料だよ?」
「なに? 何の話?」
「え。一緒に住みましょう、って言うお誘いです」
にこにこしながらとんでもない誘いを持ちかける子だね。話の内容が突飛すぎる。
「亜矢さんひとりにしておくと、ちゃんと食事してなさそうだから」
「……」
返す言葉が思いつかない、だって真実を言い当てられてしまったから。
ぐうの音も出ないとはこのことか。
「あ。ふふっ、ごめん、忘れてた」
「……何を?」
「じゃーん! おやつとデザートも付きまーす!」
「……」
ねえねえ、どう? と繋いだ手を揺する。
え、キミ、成人男性だよね? なんかだんだん子供を相手にしてる気分になって来たよ……。
「一緒になんか住みません」
「えーっ、なんで!?」
「いや、なんでって……。だって、私たち別に一緒に住むような関係じゃないし」
「え、だったらどう言う関係なら一緒に住んでくれる?」
「ええ? えっと……」
一瞬真剣に考えてしまったけれど、よく考えたら一緒に住む前提なのはおかしい、絶対に。危ない、うっかり彼の口車に乗せられてしまうところだった。
にこにこしてるメープルくんをじろりと睨んで、「一緒になんか住めるわけないでしょっ」と私が言うと、彼は「えー、なんでー?」と悲しそうな声音でしょんぼりと項垂れた。
思わず罪悪感みたいなものが涌き出てきてしまうから始末が悪い。
「ねぇ。一体、何考えてるの?」
「何って? 普通に、好きな人と一緒に住みたいなーって考えてるんだけど?」
あっさりとそう言いきられてしまって、言葉をなくす。
「ごめん、さっきメッセージ見て……っ」
「うん大丈夫だよー。仕事、もういいの?」
「大丈夫、全部終わった」
「そっか。じゃ、帰ろ?」
「……」
はい、と差し出される手をじっと見つめる私。これは、手を繋ぐ、と言う意味か……?
「迷子になったら困るでしょ?」
もうかれこれ何年も通勤してるんだから、さすがに駅までの短い道のりで迷子になったりしない。にっこり笑顔で差し出されたままの彼の手を、私は「繋ぐわけないでしょ」と、軽くペシリと叩いた。
それにここは会社の前だから、うちの会社の社員がぞろぞろ歩いてる。そんな中でつき合ってもいない男と手なんか繋ぐわけないじゃん。
そのままスタスタと一人駅の方へ歩き出した私を、「亜矢さん待って~」と彼が追いかけてくる。なんだか本当に犬みたい。
構わずに歩き続けると、すぐに追いついた彼に右手をさらわれた。
「ちょっ、とっ」
「僕が迷子になるから手繋いでて!」
「……はぁ?」
「ふふ。冗談」
「……子供みたい」
「あはは」
子供にしては大きすぎるけどね。呆れて、既にしっかりと彼の手に繋がれてしまっている私の右手の奪還は諦めた。
彼の温かい手に包まれているとなんだか安心するのは、迷子にならなくて済むからなのかもしれない。……そう思うことにしておこう。
会社の人にこの状態を見られるのはちょっと恥ずかしいけども……。
と言うか、ちょっと待って。さっき、帰ろう、って言った? 言ったよね? 駅に着いて改札をくぐりホームへと向かう階段が、私がいつも使ってる階段とは逆なんですけど? と言うかキミの家はこっちかも知れないけど、私の家は逆なんですよ。
「ねえ、ちょっとっ」
「んー?」
「逆なんだけど」
「え、なにが??」
「私の帰る方向」
「えー?」
「……ねえ、ちょっと」
「え、だって、僕の家はこっちだし」
「だから、私の家はこっちじゃないんだってば」
駅まで送るだけだったんじゃないの? どう言うことよ?
「えー、僕の家に帰るんだよね?」
「……はぁ?」
「僕ん家だと食事が一日三食付くし、家賃も無料だよ?」
「なに? 何の話?」
「え。一緒に住みましょう、って言うお誘いです」
にこにこしながらとんでもない誘いを持ちかける子だね。話の内容が突飛すぎる。
「亜矢さんひとりにしておくと、ちゃんと食事してなさそうだから」
「……」
返す言葉が思いつかない、だって真実を言い当てられてしまったから。
ぐうの音も出ないとはこのことか。
「あ。ふふっ、ごめん、忘れてた」
「……何を?」
「じゃーん! おやつとデザートも付きまーす!」
「……」
ねえねえ、どう? と繋いだ手を揺する。
え、キミ、成人男性だよね? なんかだんだん子供を相手にしてる気分になって来たよ……。
「一緒になんか住みません」
「えーっ、なんで!?」
「いや、なんでって……。だって、私たち別に一緒に住むような関係じゃないし」
「え、だったらどう言う関係なら一緒に住んでくれる?」
「ええ? えっと……」
一瞬真剣に考えてしまったけれど、よく考えたら一緒に住む前提なのはおかしい、絶対に。危ない、うっかり彼の口車に乗せられてしまうところだった。
にこにこしてるメープルくんをじろりと睨んで、「一緒になんか住めるわけないでしょっ」と私が言うと、彼は「えー、なんでー?」と悲しそうな声音でしょんぼりと項垂れた。
思わず罪悪感みたいなものが涌き出てきてしまうから始末が悪い。
「ねぇ。一体、何考えてるの?」
「何って? 普通に、好きな人と一緒に住みたいなーって考えてるんだけど?」
あっさりとそう言いきられてしまって、言葉をなくす。
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