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「……あ、おはよう、亜矢さん。よく眠れた?」
「……おは、よう」

 リビングのソファから起き上がったメープルくんは、朝から可愛さ全開の笑顔で私に挨拶をする。その様子から見るに、前回と違って彼は今回ソファで寝たらしい。罪悪感が込み上げてきて、私はすぐに頭を下げた。

「あの……ごめんね、ベッド……」
「ああ、ううん、大丈夫。亜矢さんすごく疲れてたみたいだから一人で寝た方が良いだろうなって思って」
「……ごめん」
「ふふ。大丈夫だって。僕わりとどこでも寝れちゃうんだよね~。キッチンに持ち込んだ椅子とかで寝たりとかね、しょっちゅうだから」

 そう言っていつものふわふわ笑顔。
 相変わらず朝から穏やかだね、きみは。なんだか安心してしまう。

 昨晩、彼が作ってくれた夕食を平らげた私は、彼が片付けをしている間にソファで眠ってしまったらしい。ベッドで眠るよう声を掛けてくれて、私もそれに応じたらしいんだけど……全然記憶にない。
 用意してくれていたパジャマに着替えたのも私自身が自分で着替えたのだそうだけど、それも記憶になかった。

 え、じゃあ私、メープルくんの前でお着替えしちゃったってこと? うわ……、恥ずかしすぎる。

 私はうつむいて熱くなる顔を隠しながら「あの、私の服は……」と問うと、「ごめん、またクリーニングに出しちゃった」と返ってきて……。

 やっぱりそうだよね? そうだと思った。どうしよう、会社に間に合わない。と言うか、パジャマのままでは自宅にも帰れない、どうしよう……。

「あの、私、会社に……」
「ああ、うん、そう言うと思った。じゃあシャワーの前に服だけ用意しよっか。こっち来て~」

 手招きされるままに彼についていくと、寝室の奥にあるまだ開けたことのない扉の奥へと連れて行かれる。そこはウォークインクローゼットになっていて、彼の服が綺麗に収納されていた。その一角に、何点か女物のスーツやワンピースが掛かっている。

「ここにあるもの使ってくれる? 下着類はこの引き出しに入ってるはず。足りないものがあったら言って?」
「……え、あの……?」
「あ、サイズは多分大丈夫だと思うんだけど……」
「え?」
「前のスーツのサイズを参考にして揃えてあるから」
「……ええ?」

 一瞬、誰か他の女の人のために置いてあるものかと思ったけど、そうではないってこと? え、下着も、って。
 あ、もしかして見ただけでサイズが分かっちゃうとか言うアレ? プレイボーイな男だとそう言うのすぐ分かっちゃう感じ?
 ……なんかもやもやする。

 深く追求すると自滅しそうなので、引き出しをサッと開けてパッと手に取る。スーツとブラウスも一番手前のものを取り、両手に抱える。

「あの、お風呂、お借りします……っ」

 私の言葉に、「うんどうぞ。朝食、用意しとくね」と返して、彼は扉の向こうへと消えていった――。


 ――朝から健康的かつ美味しそうな朝食をすっかりとお腹の中に消し去り、私は彼の運転する車の助手席に収まっている。
 彼が「会社まで送っていく」と言って聞かなくて、私が渋々折れた。車が会社のど真ん前に止められる。
 えええ、待って、出来ればもうちょっと脇とか、一筋向こうとかに止めて欲しかった。言わなかった私が悪い。誰かに見られたら変に噂されたりしないだろうか、と青くなりながら、「送ってくれてありがとう」とメープルくんにお礼を言う。

「どういたしまして。行ってらっしゃい」
「い、行ってきます」
「あ、亜矢さん、待って、忘れ物っ」
「……え?」

 さすがに今回はドアを開けるようなエスコートはしなかったけれど、代わりに呼び止められた。
 忘れ物? 何だろう……、と思っている間に、彼に肩をグイと引っ張られる。え、と思っている間に、彼の顔が近づいてきて――頬に軽くキスをされた。

「……っちょ、っと……!!」
「ふふ、一日元気に過ごせるおまじないだよ。じゃあ、行ってらっしゃい~」
「……も、もうっ。ばかっ」
「ふふふ」

 にこにこ笑顔でひらひらと手を振る彼をジロリと一睨みし、私は無言で車を降りた。
 頬が、熱い……。今日はちゃんと仕事が出来るだろうか……。
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